学位論文要旨



No 215470
著者(漢字) 国松,志保
著者(英字)
著者(カナ) クニマツ,シホ
標題(和) 超音波生体顕微鏡による前眼部(隅角・毛様体部)の構造学的検討
標題(洋)
報告番号 215470
報告番号 乙15470
学位授与日 2002.10.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15470号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 助教授 富田,剛司
 東京大学 助教授 太田,信隆
 東京大学 講師 奥平,博一
 東京大学 講師 石川,隆
内容要旨 要旨を表示する

 超音波生体顕微鏡(Ultrasound Biomicroscopy,以下UBM)は、1990年Pavlinらによって開発された高周波・高解像度超音波診断装置である。UBMは50MHzという高周波の振動子を用いており、それによって側面・軸性解像力がおのおの50μm、エコー深達度は約4mmと小さいものの、高解像度の画像を得ることが可能になった。そのため、∪BMは、従来の眼科検査機器では観察が困難であった隅角・毛様体、虹彩後面といった、眼球前方の部位の描出に優れているという利点をもっている。今回の研究では、正常眼および病的眼双方において、従来の検査法では得ることができなかった、前眼部の構造についての新しい情報を得ることができた。

狭隅色眼の超音波生体顕微鏡による観察

 閉塞隅角緑内障の診断にあたっては、隅角の評価が必須であり、隅角の広狭については隅角鏡によるShaffer分類が、隅角閉塞の可能性と関連して広く利用されている。しかし、隅角鏡は、眼球に接触させて検査するため、眼球の圧迫が不可避であり、さらに光源を必要とするため暗所での観察は不可能であった。UBMを用いた隅角検査では、眼球を圧迫することなく検査が可能で、また光源を必要としないため、暗所での観察が初めて可能となった。本研究において、狭隅角眼80例80眼において、UBMで得られた隅角所見と、従来の隅角鏡所見とを比較したところ、平均隅角角度はShaffer分類slit群では3.05±3.88°、Shaffer分類1度群では5.19±4.93°、Shaffer分類2度以上群では9.11±6.47°であり、UBMにて測定した平均隅角角度がShaffer分類で近似された角度より小さかった。また、Shaffer分類別に機能的隅角閉塞の頻度を調べたところ、Shaffer分類slit及び1度に分類される狭隅色眼では、明所にて29%、暗所にて63%と高率に機能的隅角閉塞をきたしていた。Shaffer分類2度以上群と判定された群では、明所では11%だが、暗所になると25%に機能的隅角閉塞をきたした。隅角鏡検査によるShaffer分類は、簡便であることから、今後も広く用いられる隅角の評価方法であるが、Shaffer分類で近似される隅角角度と、UBM検査での隅角角度とに差があったことや、「隅角閉塞が起こりにくい」とされるShaffer分類2度以上と判定された群でも、UBMを用いると、暗所では25%に機能的隅角閉塞を来たしていたことから、少なくとも本邦人における狭隅色眼のShaffer分類では、実際より毛隅角閉塞の危険性を過小評価してしまう可能性があると考えられ、注意が必要であると思われた。

毛様体皺襞部の超音波生体顕箪鏡による観察

 毛様体皺襞部嚢胞は、隅角閉塞を起こして続発緑内障となった症例が報告されているが、今までは、病理眼や細隙灯顕微鏡検査で偶然に発見されたものであり、虹彩毛様体移行部や毛様突起間に生じるという解剖学的理由で、その検出には限度があった。本研究において、15〜84歳の正常人116例232眼と多数例に対して、UBMを用いて毛様体の観察を行ったところ、毛様体嚢胞は116眼中63眼(54.3%)に認められ、その発生頻度は加齢とともに減少していた。また、8方向別にみると、下側から耳側にかけて発生頻度が高く、また存在数も多かった。毛様体嚢胞の分布範囲と平均径には左右眼の間で、有意な相関があった。毛様体嚢胞は、その発生機序も不明であり、臨床的意義についてもさらなる検討を要するが、正常人にも数多くみられることから、病的な意義は通常は少ないと考えられる。しかし、前眼部の病変を観察するにあたり、正常人における毛様体嚢胞の発生頻度が高いことを常に念頭におくことは、以後重要であると考えられた。

毛様体裂孔の超音波生体顕微鏡による観察

 アトピー性皮膚炎(以下AD)の眼合併症のうち、網膜剥離は失明にもつながる最も重篤な眼合併症である。その原因裂孔としては、毛様体扁平部裂孔・毛様体皺襞部裂孔が特徴であり、特に注意を払う必要があるとされている。しかし、毛様体は、眼底の最前方に位置するため、眼底検査が最もしづらい部位である。また、毛様体に裂孔が生じても、発症初期は自覚症状に乏しい部位であり、毛様体から網膜に剥離がかなり広がってから発見されることも少なくない。本研究において、ADに合併した網膜剥離症例19例(眼科受診群)と、皮膚科より受診したAD患者38例(皮膚科受診群)の計57例に対して、UBMを用いて観察した。その結果、眼科受診群19例中9例全例(100%)に毛様体裂孔が検出され、uBMを併用することにより、毛様体裂孔の検出精度が高まったものと考えられた。また、皮膚科より受診したAD患者38例の中では、1例(2.6%)に毛様体裂孔が明確に検出され、自覚症状のないAD患者であってもスクリーニング検査を行う必要性が示唆された。両群で、毛様体裂孔発症の危険因子に対して、統計学的に検討したところ、眼科受診群では、皮膚科受診群と比べて、皮膚科的重症度、血中総IgE値、ステロイド投与期間には差がなく、Hertoghe徴候(眉の外側1/3が租となっていること。眼周囲を叩いたり、こすったりすることにより生じる)が見られ、叩打癖(掻痒感のため、顔面、特に眼周囲を叩くこと)のある症例が多いことが分かり、AD患者における毛様体裂孔の発症には、叩打癖が強く関連することが示唆された。叩打癖があり、なおかつHertoghe徴候の見られるAD患者には、眼科的症状の有無に関わらず、眼科受診を勧め、UBM検査を施行する必要があると考えられた。

超音波生体顕微鏡を用いたドラッグデリバリーシステムの評価

 最近、薬物を効率的に眼内組織へ到達させて作用させる新しい方法として、ドラッグデリバリーシステム(DDS)が注目されている。DDSの草分け的存在であるガンシクロビルインプラントは、一度硝子体内に挿入されると、眼内で固定されている位置が虹彩の後方であるため、通常の眼科的検査での観察は困難である。薬物の枯渇したインプラントに対しては、入れ替え術が必要となり、その合併症として、硝子体出血、縫合不全、炎症、網膜剥離、白内障などが報告されているが、どのような症例にその合併症が多いかについては知られていない。今回、ガンシクロビルインプラントを行った活動性CMV網膜炎を発症したAlDS患者のうち観察可能であった6例8眼(挿入部位13ヶ所)に対して、UBMにより、硝子体内に留置されたインプラントの観察を行ったところ、インプラント前面は高輝度の陰影として観察され、3眼3ヶ所(23.1%)でインプラントが通常の位置より前方に傾斜しており、4眼4ヶ所(30.1%)で後方に傾斜していた。また、支持板付近の沈着物が7眼12ヶ所(92.3%)に認められ、膜様物は2眼2ヶ所(15.4%)に認められた。これは、海外の報告での、入れ替え術中の所見や剖検眼での所見と合致するものであり、UBMによりインプラント術後の組織変化を観察することが可能であると考えた。

まとめ

 今回の検討では、まず、未だ緑内障を発症していない狭隅色眼を対象に、緑内障の診断において隅角の広狭の評価法として広く使われているShaffer分類と、UBM検査による機能的隅角閉塞の有無とを比較したところ、多く症例が機能的隅角閉塞をきたしていることが分かった。今後、機能的隅角閉塞が、器質的隅角閉塞へ移行するかは不明であるが、今回、従来の検査法である隅角鏡での観察結果と∪BM検査結果を比較したことにより、従来の隅角鏡検査では隅角閉塞の危険性について過小評価される可能性が示唆されたことは、たいへん意義深いことと思われた。

 さらに、正常眼における∪BM検査を施行することにより、それまで観察困難であった毛様体皺襞部嚢胞が高頻度に認められ、加齢とともに減少することが分かった。その発生機序は不明であるが、正常人に数多くみられたことは、病的意義が少ないことを意味しており、このように、毛様体嚢胞のとらえ方を変化させたという点で、本研究の意義は大きいといえよう。UBM検査は、侵襲が少なく、検査時間も短いことから、多数の正常な生体眼での検査が可能となった。房水産生や調節を行うなど、生理学的にも重要な場である毛様体について、このような知見が得られたことから、今後、UBMにより、毛様体の加齢変化など、さまざまな生理学的特性が明らかになることが期待される。

 一方、病的眼についてもUBM検査を行った。AD患者に対してUBM検査を行うことにより、AD患者に合併する網膜剥離の原因としての毛様体裂孔の検出に極めて有用であることを初めて明らかにし、効果的なスクリーニング法も開発した。また、眼科を受診した網膜剥離症例では、皮膚科受診中の重症AD患者よりも、叩打癖のある症例が多いことが分かり、毛様体裂孔発症には叩打癖が強く関連することが示唆された。「叩打癖がある」「Hertoghe徴候が見られる」患者の眼科受診・UBM検査が必要であるという、一つの指針が示せたことは、臨床上、有意義と考えられる。

 さらに、最近の眼科領域の新しい薬剤の開発とともに注目されているDDSのうち徐放性ガンシク口ビルインプラントの術後評価法としてUBMを用いることを考案した。今後コルチコステロイド、シクロスポリンや抗生剤と多種のDDSが臨床応用される予定だが、新しい治療法であるだけに、インプラント挿入部の組織変化、術後合併症については未知な部分が多い。今後、DDSの普及とともに、UBMがDDSの評価法のひとつとして確立されていくものと考える。

 以上、本研究では、従来明らかではなかった生体眼における隅角、毛様体皺襞部・扁平部の生理学的特性や病理の一端が、UBMを用いることにより明らかにされ、臨床上非常に有用な装置と考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、高周波・高解像度超音波診断装置である超音波生体顕微鏡(Ultrasound Biomicroscopy,以下UBM)を用いて、従来の眼科検査機器では観察が困難であった隅角・毛様体部の構造について下記の結果を得ている。

1.狭隅角眼の超音波生体顕微鏡による観察

 狭隅角眼80例80眼において、UBMで得られた隅角所見と、従来の隅角鏡所見とを比較したところ、平均隅角角度はShaffer分類slit群では3.05±3.88°、Shaffer分類1度群では5.19±4.93°、Shaffer分類2度以上群では9.11±6.47°であり、UBMにて測定した平均隅角角度がShaffer分類で近似された角度より小さかった。また、Shaffer分類別に機能的隅角閉塞の頻度を調べたところ、Shaffer分類slit及び1度に分類される狭隅角眼では、明所にて29%、暗所にて63%と高率に機能的隅角閉塞をきたしていた。Shaffer分類2度以上群と判定された群では、明所では11%だが、暗所になると25%に機能的隅角閉塞をきたした。上下耳鼻側の4方向別では、Shaffer分類2度以上群、すなわち隅角閉塞をきたしにくいと思われる症例であっても、暗所になると、上下側では、耳鼻側に比べて多くの症例で機能的隅角閉塞をきたしていることが分かった。

2.毛様体皺襞部の超音波生体顕微鏡による観察

 15〜84歳の正常人116例232眼と多数例に対して、UBMを用いて毛様体の観察を行ったところ、毛様体嚢胞は116眼中63眼(54.3%)に認められ、その発生頻度は加齢とともに減少していた。また、8方向別にみると、下側から耳側にかけて発生頻度が高く、また存在数も多かった。毛様体嚢胞の分布範囲と平均径には左右眼の間で、有意な相関があった。

3、毛様体裂孔の超音波生体顕微鏡による観察

 ADに合併した網膜剥離症例19例(眼科受診群)と、皮膚科より受診したAD患者38例(皮膚科受診群)の計57例に対して、∪BMを用いて観察した。その結果、眼科受診群19例中19例全例(100%)に毛様体裂孔が検出され、UBMを併用することにより、毛様体裂孔の検出精度が高まった。また、皮膚科より受診したAD患者38例の中では、1例(2.6%)に毛様体裂孔が明確に検出された。両群で、毛様体裂孔発症の危険因子に対して、統計学的に検討したところ、眼科受診群では、皮膚科受診群と比べて、皮膚科的重症度、血中総IgE値、ステロイド投与期間には差がなく、Hertoghe徴候が見られ、叩打癖のある症例が多いことが分かり、AD患者における毛様体裂孔の発症には、叩打癖が強く関連することが示唆された。

4.超音波生体顕微鏡を用いたドラッグデリバリーシステムの評価

 ガンシクロビルインプラントを行った活動性CMV網膜炎を発症したAIDS患者のうち観察可能であった6例8眼(挿入部位13ヶ所)に対して、UBMにより、硝子体内に留置されたインプラントの観察を行ったところ、インプラント前面は高輝度の陰影として観察され、3眼3ヶ所(23.1%)でインプラントが通常の位置より前方に傾斜しており、4眼4ヶ所(30.1%)で後方に傾斜していた。また、支持板付近の沈着物が7眼12ヶ所(92.3%)に認められ、膜様物は2眼2ヶ所(15.4%)に認められた。UBMによりインプラント術後の組織変化を観察することが可能であると考えた。

 以上、本論文は、正常眼および病的眼双方において、従来明らかではなかった生体眼における隅角、毛様体皺襞部・扁平部の生理学的特性や病理の一端を明らかにしたものであり、学位の授与に値すると考えられる。

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