No | 215471 | |
著者(漢字) | 坂井,昌人 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サカイ,マサト | |
標題(和) | 分娩時子宮収縮の子宮胎盤循環・胎児胎盤循環に及ぼす影響 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 215471 | |
報告番号 | 乙15471 | |
学位授与日 | 2002.10.23 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第15471号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.はじめに 本研究は分娩時の子宮収縮によりヒトの子宮・胎盤・胎児の循環系はどのような影響を受けるのかを明らかにするために,超音波ドプラ法を用いて各種動脈血流計測を行い,その結果について検討したものである. 陣痛発作時には,動物実験によれば子宮収縮により子宮筋内の子宮動静脈分枝が圧迫され狭小化し,子宮循環血流量が減少することが示されているが,ヒトに関しては,子宮収縮に伴う子宮胎盤循環の変化は充分検討されておらず,不明の部分が多い. 胎児脳循環に関しては,脳循環を変化させる要因として,脳動脈圧の変化と頭蓋内圧の変化の両方が考えられる.頭位経膣分娩であれば,娩出過程において頭蓋内圧が変化するためその影響を受ける可能性があるが,胎児中大脳動脈血流に代表される胎児脳循環の分娩中の変化については充分検討されていない. 臓帯胎盤循環については,胎児徐脈を認めない正常分娩の経過中の臍帯動脈血流波形は,陣痛発作時(子宮収縮時)と間歇時(弛緩時)では変化せず,分娩の時間的経過によっても変化しないとする報告が多い.正常児における一過性徐脈発生時の臍帯胎盤循環の変化については明らかになっていない.また,一過性徐脈の原因は単一ではないため,一過性徐脈と臍帯循環との関連を知るためには原因別に検討する必要がある.さらに,一過性徐脈の発生時の臍帯血流と胎児心拍数の変化の関係を詳細に検討した報告はない. 2.研究目的 (1)陣痛発作時と間歇時のヒト子宮動脈血流速度波形を観察し,陣痛発作に伴う子宮循環血流の変化を明らかにすること.さらに子宮内圧を同時に計測することにより,陣痛強度(子宮内圧)と子宮循環血流量の関係につき検討すること. (2)ヒト胎児中大脳動脈血流速度波形の分娩中の陣痛発作時と間歇時の変化を観察し,陣痛発作が胎児脳動脈血流にどのような影響を与えているのかを検討すること. (3)ヒト臍帯動脈血流が陣痛発作により変化するか否かを明らかにすること.早発一過性徐脈と変動一過性徐脈の発生時における臍帯動脈血管抵抗の変化を観察比較すること.さらに,変動一過性徐脈の経過中の臍帯動脈血流速度波形の変化と胎児心拍数の変化の時間的関係を観察して,変動一過性徐脈の発生の機序について検討すること. 3.研究方法 (1),(2):研究の対象は経膣分娩より正常正期産となった正常産婦26例で,分娩中に仰臥位で,陣痛発作時および間歇時に,母体子宮動脈,臍帯動脈,胎児中大脳動脈の血流速度波形を記録した.波形より,子宮動脈血流速度波形のresistance index(以下子宮動脈-RI)を算出し,子宮収縮と子宮動脈-RIの関係を検討した.3例では内側陣痛計で子宮内圧を測定し,子宮動脈血流との関係をみた.胎児中大脳動脈血流については児頭の骨盤への嵌入前に計測し,その波形より中大脳動脈血流速度波形のRI(以下中大脳動脈-RI)を算出し,子宮収縮と中大脳動脈-RIの関係を検討した. (3):研究の対象は経膣分娩より正常正期産となった正常産婦59例で,産婦に分娩経過中の連続CTG:cardiotocogram監視をおこない,児心拍に変動一過性徐脈がみられた30例,早発一過性徐脈がみられた9例に,徐脈の発生前後に臍帯動脈血流速度波形の計測をおこなった.胎児徐脈がみられかった20例は,正常対照例として陣痛発作時と間歇時に計測した.変動一過性徐脈または早発一過性徐脈のみられた症例では,徐脈開始前と最少心拍数の臍帯動脈血流速度波形のRI(以下臍帯動脈-RI)を求め,それらと胎児心拍数パターン,子宮収縮との関連を解析した.変動一過性徐脈のみられた症例のうち12例では,変動一過性徐脈を徐脈開始前(St.I),下降期(St.II),最低期(St.III),上昇期(St.IV),回復後(St.V)の5stageに分類し,それぞれのstageの中間点付近の臍帯動脈-RIを求めた. 4.結果 (1)子宮動脈-RIは陣痛間歇時に対し,陣痛発作時は有意に上昇した.既破水症例での子宮内圧と子宮動脈-RIの関係は,直線回帰で相関係数r=0.81の有意な正の相関を示した. (2)陣痛発作時と間歇時の中大脳動脈-RIには有意差を認めなかった. (3)正常対照20例においては,陣痛発作時(子宮収縮時)と間歇期の臍帯動脈-RI値には差がみられなかった. 早発一過性徐脈のみられた9例では,徐脈発生前と徐脈中の臍帯動脈-RI値は有意な変化がみられなかった. 変動一過性徐脈みられた30例では,徐脈発生前に比し徐脈中の臍帯動脈-RI値は有意に高値となった. 変動一過性徐脈中の臍帯動脈-RI値は,早発一過性徐脈中のそれと比べて有意に高値であった. 変動一過性徐脈経過中の臍帯動脈-RI値はSt.Iに比してSt.IIで著明に上昇し,St.IIIで依然高値であり,St.IVで下降し,St.Vで元の値に復帰した.St.IIとSt.IVでは胎児心拍数には差がないにもかかわらず,臍帯動脈-RI値はSt.IVに比してSt.IIでは有意に高かった. 5.考察 子宮動脈-RIは子宮収縮時に上昇し,子宮内圧と正の相関を示した.動物実験で子宮収縮により子宮動脈血流量が減少することが報告されているように,ヒトでも子宮収縮時には子宮へ流入する動脈血流量が減少することが強く示唆される. 胎児胎盤循環に関しては,臍帯動脈-RIは陣痛発作中でも変化を示さず,正常な分娩経過中では,子宮収縮は胎盤血管抵抗を上げないということを示唆しており,胎児が陣痛のストレスに耐えられる一つの理由になっているといえる.胎盤・臍帯・胎児は同じ圧がかかる同一の系の中にあり,それぞれには新たな圧較差は生じず,そのため胎盤胎児循環系は変化しないと考えられる.子宮口が開大し児頭が子宮外に出始めると,胎児頭部には子宮内外の圧較差がかかることになり,陣痛発作のストレスは胎児に影響を与え始める. 胎児中大脳動脈-RIは陣痛発作時と間歇時で有意差がなく,この結果から子宮収縮により脳動脈血流は変化しないと考えられた.しかし,ヒトでは陣痛発作時に子宮内圧が50mmHgを超えることもあるため,児頭圧迫により陣痛発作時に脳動脈圧を超え,一過性に脳虚血状態が生じる可能性はあると予想される.児頭への圧迫により頭蓋内圧が上昇するような状況での研究が必要である. 分娩中には陣痛発作時の子宮収縮に伴って,いわゆる臍帯への圧迫が起こる可能性があり,数10%の胎児にみられる分娩時の変動一過性徐脈の原因とされる.臍帯が圧迫されれば,血液がそこを流れる際の抵抗が増し,血流が影響され,血流速度波形に変化が生じると考えられる.本研究の結果は変動一過性徐脈を生じた例で,臍帯血管抵抗が増していたこと,すなわち臍帯圧迫が起こっていたことを強く示唆している.同程度の徐脈(心拍数)でも早発一過性徐脈においては臍帯血管抵抗は変化しないと考えられた. 本研究において,変動一過性徐脈を5stageに分け,それぞれのstageにおける臍帯動脈-RIsを検討し,心拍下降期と最低期に上昇し,心拍数の回復よりも早く元の値近くまで下降することが初めて示された.このことから,臍帯が圧迫され始めて臍帯血管抵抗が上昇し,動脈圧が上昇して心拍下降期が始まり,圧迫されている間に最低期になり,圧迫が解除されて血管抵抗が減少し,拡張期血流が回復してから心拍の上昇期に入るものと推察される.圧迫が解除されてから遅れて児心拍が元の値に復帰するのは,胎児が幾分かの低酸素状態からの回復と,末梢血管の収縮などをはじめとする徐脈中の体循環の動揺から回復するのに,少し時間を要するためと考えられる.これはヒトにおいて変動一過性徐脈の発生機序の仮説を,臍帯動脈血流速度波形の変化から初めて実証したものである.変動一過性徐脈後半の徐脈回復に先立つ臍帯動脈-RIsの復帰から,臍帯動脈-RIは臍帯の圧迫と密接に関連していて,圧迫されている間のみに上昇することが推察された.超音波ドプラ法による臍帯動脈血流速度波形の計測は,ヒトの分娩時においても臍帯圧迫を検知する有力な方法になると考えられる. 6.まとめ (1)ヒトの分娩中,子宮内圧と子宮動脈-RIは正の相関を示し,子宮収縮にともなって,子宮動脈血流量が減少することが示唆された. (2)ヒトの分娩中,児頭の骨盤内嵌入前の中大脳動脈-RIは陣痛発作時と間歇時で変化がみられなかった. (3)分娩中,胎児心拍に徐脈がみられないときは陣痛発作時と間歇時で臍帯動脈-RIに変化はみられなかった.胎児心拍に変動一過性徐脈が発生した時,特に臍帯が実際に圧迫されていると考えられる心拍下降期と最低期において,臍帯動脈-RIは上昇した.対照的に早発一過性徐脈発生時には臍帯動脈-RIの上昇はみられなかった.子宮収縮に伴う臍帯圧迫により変動一過性徐脈が生じることが臍帯動脈-RIの変化から示された.臍帯動脈-RIの計測は胎児心拍監視を行う上で,臍帯圧迫の関与を知るための診断法となりうる. | |
審査要旨 | 本研究は分娩時の子宮収縮によりヒトの子宮・胎盤・胎児の循環系はどのような影響を受けるのかを明らかにするために、超音波ドプラ法を用いて各種動脈血流計測を行い、その結果について検討したものであり、下記の結果を得ている。 1.子宮動脈血流速度波形のresistance index(以下RIと記す)は陣痛間歇時に対し、陣痛発作時は有意に上昇した。既破水症例での子宮内圧と子宮動脈-RIの関係は、直線回帰で相関係数r=0.81の有意な正の相関を示した。動物実験で示されているのと同様に、ヒトでも子宮収縮時には子宮へ流入する動脈血流量が減少することが強く示唆された。 2.陣痛発作時と間歇時の胎児中大脳動脈-RI値には有意差を認めなかった。ヒトの分娩中、児頭の骨盤内嵌入前では、胎児中大脳動脈血流には陣痛発作時と間歇時で変化がないことが示された。 3.正常対照例においては,陣痛発作時(子宮収縮時)と間歇期の臍帯動脈-RI値には差がみられなかった. 早発一過性徐脈例では,胎児徐脈発生前と徐脈中の臍帯動脈-RI値は有意な変化がみられなかった. 変動一過性徐脈例では,胎児徐脈発生前に比し徐脈中の臍帯動脈-RI値は有意に高値となった. 変動一過性徐脈中の臍帯動脈-RI値は,早発一過性徐脈中のそれと比べて有意に高値であった. 変動一過性徐脈経過中の臍帯動脈-RI値は徐脈前に比して心拍下降期で著明に上昇し、最低期で依然高値だが、回復期ですでに下降し、回復後となる前に元の値に復帰した。 下降期と回復期では胎児心拍数には差がないにもかかわらず、臍帯動脈-RI値は回復期に比して下降期では有意に高かった。 すなわち、ヒトの分娩中,胎児心拍に徐脈がみられないときは陣痛発作時と間歇時で臍帯動脈-RIに変化はみられなかった。胎児心拍に変動一過性徐脈が発生した時、特に臍帯が実際に圧迫されていると考えられる心拍下降期と最低期において、臍帯動脈-RIは上昇した。対照的に、臍帯圧迫によらないとされる早発一過性徐脈発生時には、臍帯動脈-RIの上昇はみられなかった。これらから、臍帯が圧迫され始めて臍帯血管抵抗が上昇し,動脈圧が上昇して心拍下降期が始まり,圧迫されている間に最低期になり,圧迫が解除されて血管抵抗が減少し,拡張期血流が回復してから心拍の回復(上昇)期に入ることが示された.すなわち、ヒトにおいても子宮収縮に伴う臍帯圧迫により変動一過性徐脈が生じることを臍帯動脈-RIの変化から示したものである.臍帯動脈-RIの計測は胎児心拍監視を行う上で,臍帯圧迫の関与を知るための診断法となりうる. 以上、本論文は超音波ドプラ法による動脈血流速度計測からヒトの分娩時の子宮胎盤循環・胎児胎盤循環の変化を明らかにしたものである。変動一過性徐脈の解析は、ヒトにおいて変動一過性徐脈の発生機序の仮説を、臍帯動脈血流速度波形の変化から初めて実証したものである.本研究はこれまで未知に等しかった、ヒトにおける分娩時の子宮収縮にともなう胎児・胎盤循環の変化の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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