学位論文要旨



No 215472
著者(漢字) 市川,直哉
著者(英字)
著者(カナ) イチカワ,ナオヤ
標題(和) ラット心移植長期生着モデルを用いた慢性拒絶反応のメカニズムに関する検討
標題(洋)
報告番号 215472
報告番号 乙15472
学位授与日 2002.10.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15472号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
 東京大学 助教授 菅原,寧彦
 東京大学 講師 武内,巧
内容要旨 要旨を表示する

 慢性拒絶反応は臓器移植後の移植臓器喪失のもっとも重要な原因の一つでT細胞の活性化を伴う反応である.一般にT細胞が活性化される際は,抗原提示細胞からレシピエントのT細胞に対してMHC/抗原ペプチド-T細胞受容体を介した第1の刺激が送られると同時に,B7-1(CD80)またはB7-2(CD86)などの副刺激分子を介した第2の刺激(副刺激)がT細胞上のCD28分子に送られることが必要とされている.また,副刺激を伴わない第1の刺激のみがT細胞に送られると,T細胞は活性化されず,むしろその抗原に対しては不応答状態が誘導されると考えられている.本研究では2種類のラット心移植モデル,すなわち慢性拒絶反応を起こすCR-proneモデルとこれを起こさないCR-resistant(免疫寛容)モデルを用いて慢性拒絶反応のメカニズムの解析を行らだ.まずドナー(LEW)ラットの骨髄細胞または全肝をレシピエント(BN)ラットに免疫抑制剤を用いて移植しプライミングを行った.その100日後に同じ系統のドナーから心移植を行うと,移植された心は免疫抑制剤を必要とせずに長期生着する.ドナー骨髄細胞でプライミングを行ったラットの心移植後100日目の移植片を組織学的に観察すると慢性拒絶反応に特徴的な小血管壁の肥厚やそれに伴う内腔の狭小化,間質の線維化が認められる(CR-prone).一方,ドナー全肝でプライミングされたラットの移植後100日目の心移植片は正常心組織とほぼ同様の組織像を示し慢性拒絶反応の特徴を認めないことが知られている(CR-resistant).また,心移植片中に存在するドナーMHCクラスII陽性抗原提示細胞は,CR-proneの移植片からは移植後早期に消失するが,CR-resistantの移植片中には移植後長期間にわたり存在し続ける.しかしながらこれらのドナーMHCクラスII陽性抗原提示細胞が慢性拒絶反応にどのように関与しているのかは十分に解析されていない.本研究ではドナーおよびレシピエント由来の抗原提示細胞上のCD86副刺激分子の発現に着目し,FACS,免疫染色,サイトカインmRNAの発現,アポトーシス,MLRなどについて解析を行った.するとCR-proneの移植片中には,心移植後早期からレシピエント由来のCD86陽性抗原提示細胞が浸潤し,IFNγ,IL-4,IL-10などのサイトカインmRNAの発現量が対照心組織に比較して高値を示した.それに伴い移植片中のTUNEL陽性細胞の数の増加が認められアポトーシスが起こっていることが示され,さらにアポトーシスは心移植後100日目の移植片中にも認められた.また心移植後100日目のCR-proneの移植片中に存在するCD86陽性細胞の数は対照心組織と同程度の値まで減少していた.一方,CR-resistantの移植片中にはドナー由来抗原提示細胞が移植後長期間にわたり残っているだけでなく,それらの細胞はCD86を発現していなかった.さらに,移植片中のmRNAの発現量もCR-Proneと比較して統計学的有意に低く,またアポトーシスの頻度も少ないことが確認された.CR-resistantから得られた移植片中に存在する心移植前のリンパ球を用いてMLRを行うと,ドナー特異的に免疫反応が抑制されており,免疫寛容が誘導されていることが示唆された.したがって,CR-resistantの移植片中に長期間存在するドナー由来抗原提示細胞は,副刺激を伴わない第1の刺激のみをレシピエントのT細胞に送ることで免疫寛容の維持に寄与している可能性があると考えられた.これらの結果より慢性拒絶反応を起こすメカニズムの1つとして,移植後早期のレシピエント抗原提示細胞によるB7分子を介したT細胞の活性化が関与していると考えられた.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は臓器移植後の慢性拒絶反応において重要な役割を演じていると考えられるメカニズムを明らかにするため,ラット心移植モデルを用いてドナー由来の抗原提示細胞を中心に解析を行い,下記の結果を得た.

 1.Lewisラットをドナー,BNラットをレシピエントとした2種類の心移植モデル,すなわち慢性拒絶反応を起こすCR-proneモデルと慢性拒絶反応を起こさないCR-resistantのモデル,を用いて慢性拒絶反応のメカニズムについて解析した.CR-prone,CR-resistantともに移植後5日目の移植片中には細胞浸潤を認め急性拒絶反応を認めたがいずれも自然軽快した.移植後100日目の移植片組織において,CR-proneは血管壁の肥厚と内腔の狭小化,間質の線維化をみとめ明らかに慢性拒絶反応と診断された.一方CR-resistantの移植片組織はほぼ正常心組織と同様の所見を示し,これら2種類の心移植モデルが慢性拒絶反応モデルとして妥当であることが示された.

 2.ドナーLewisラットMHCクラスII分子特異的モノクローナル抗体であるL21-6を用いて移植片の免疫組織染色を行いドナー由来細胞について解析した,CR-proneの心移植後100日の移植片中にはL21-6陽性細胞は認められなかった.一方CR-resistantでは正常Lewisラットと同様にL21-6陽性細胞が存狂し続けることが示された.

 3.心移植片中に存在するマクロファージをED1およびED2を用いて免疫染色を行ったところ,ドナー由来細胞であるED2陽性細胞についてはL21-6で示されたと同様,CR-resistantの移植片組織中には長期にわたり存在したが,CR-proneでは速やかに消失することが観察された.レシピエント由来細胞であるED1陽性細胞については心移植後早期(5〜15日)でCR-resistant,CR-proneともに移植片中に存在したが,移植後100日目のCR-resistantの心組織には認められなかった.しかしながらCR-Proneの心組織にはED1陽性細胞のみ認められたことから,慢性拒絶反応に陥った組織においてはドナー由来細胞は消失し代わりにレシピエント由来細胞に置き換わっていた.これらのことから移植片中のドナー由来抗原提示細胞の有無を解析することにより,移植後早期において将来の慢性拒絶反応の発生を予測できる可能性が示された.

 4.CR-ProneとCR-resistantのそれぞれの移植片中に存在する抗原提示細胞が発現する副刺激分子(CD86)について免疫染色を行い経時的な変化を調べた.CR-resistant.の組織片では移植後いずれの時点でもCD86の弱い発現が認められたのみであった.一方CR-proneでは移植後早期にレシピエント由来の抗原提示細胞がCD86を発現していることが示された.

 5.さらにCR-proneの移植片中に存在するインターフェロンγmRNAが高値であることとT細胞のアポトーシスが有意に増加していることが示された.CR-resistantの移植片中には,ドナー由来MHCクラスII陽性/CD86陰性の抗原提示細胞が長期にわたり存在するので斗レシピエントのT細胞に副刺激を欠如したシグナルを送る可能性があることが示された.

 以上,本論文はラット心移植モデルを用いた種々のパラメータの解析により,将来の慢性拒絶反応の発生を移植後早期に予測できる可能性を示したものである.現時点における臓器移植医療において,移植後の臓器不全の重要な原因の一つである慢性拒絶反応の知見に対し重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

UTokyo Repositoryリンク