No | 215475 | |
著者(漢字) | 顧,艶紅 | |
著者(英字) | Gu,YanHong | |
著者(カナ) | コ,エンコウ | |
標題(和) | Menkes病とO�tipital horn syndrome患者におけるATP7A遺伝子の変異 | |
標題(洋) | ATP7A gene mutations in patients with Menkes disease and Occipital horn syndrome | |
報告番号 | 215475 | |
報告番号 | 乙15475 | |
学位授与日 | 2002.10.23 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(保健学) | |
学位記番号 | 第15475号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1993年にMenkes病の責任遺伝子-ATP7Aが同定され、この疾患は細胞内のGolgi体膜と細胞質膜における銅輸送の障害によって引き起こされることがわかった。ATP7AのゲノムDNAの全長は約150kbで、cDNAは23のエクソンからなり、cDNAの翻訳領域は約4500bpである。ATP7Aがコーディングしている銅輸送ATPase蛋白-ATP7Aは細胞内で銅のサイトソールからGolgi体への輸送に関与している。Menkes病の細胞では細胞の銅の吸収は正常であるが、ATP7Aの欠損により、銅は細胞内のサイトソールに蓄積し、細胞外に分泌されない。小腸における銅輸送障害の結果、全身の銅欠乏になり、銅酵素の活性低下による重篤な症状を示す。 Menkes病は中枢神経症状をはじめとする多臓器にわたり多彩な症状を呈する重篤なX染色体劣性遺伝疾患である。生後2-3ヶ月の間に母体由来の銅は減少し、典型的な症状が現れ、診断される場合が多い。しかし、胎内あるいは新生児時期に発症の例もある。重症例では難治性痙攣が発症し、非経口銅補充をしないと多くは3歳までに死亡する。軽症のMenkes病である。occipital horn症候群は独特な後頭部の骨の突出が特徴で、発症年齢は遅く、運動失調や関節・皮膚の過伸展、軽度知能障害等が見られる。Menkes病の臨床検査の特徴は血清銅及びセルロプラスミンの低値、経口銅負荷で血清銅値の上昇が見られない、培養皮膚繊維芽細胞、培養羊水細胞の銅濃度高値などである。保因者は血液生化学的検査では異常は見られないが、培養皮膚繊維芽細胞の銅濃度高値で診断できる場合が多い。しかし、培養細胞内銅濃度正常でも保因者でないとは限らない。Menkes病は胎内〜生後2ヶ月以内にあるいは発症する前に銅補充治療を開始すれば神経障害の予防が期待できる例もあるが、膀胱憩室などの結合組織の異常の進行は防げない。 本症の責任遺伝子が発見されてから本症患者の遺伝子変異が同定できるようになった。患者の遺伝子変異が同定されれば、遺伝子解析を用いた保因者診断、出生前診断が可能になる。しかし、今までの報告は殆ど欧米患者の変異で、日本人患者の変異はまだ明らかではない。日本人の保因者診断、出生前診断の報告はまだない。日本人Menkes病の病態を明らかにし、遺伝子診断法を確立するために、本研究では20名の血縁関係のない日本人Menkes病患者と2名の血縁関係のない日本人。occipital horn症候群患者の遺伝子を解析し、皮膚繊維芽細胞の銅濃度を測定した。さらに遺伝子解析と細胞内の銅測定を用いて、8名の患者の母親と4名のおばに対し、保因者診断を行い、2家系で出生前診断を実施した。本研究はすべて患者家族からの希望によって行ったもので、全例インフォームドコンセントを得た上で行った。 1.Menkes病患者及びoccipital horn症候群患者の遺伝子変異と培養繊維芽細胞の銅測定臨床症状から診断された20名の血縁関係のない日本人Menkes病患者と2名の血縁関係のない日本人occipital horn症候群患者の白血球、株化リンパ球、臍帯あるいは培養皮膚繊維芽細胞から、genomic DNAとtotal RNAを抽出し、PCRとRT-PCRでATP7Aの各エクソンとcDNAを増幅し、一部のPCR産物をSSCPでスクリーニングしてからdirect sequencingを打った。 19名のMenkes病患者から18の異なった変異が見つかった。そのうち塩基の挿入と欠失は6名、ノンセンス変異は7名、ミスセンス変異は3名、スプライスサイト変異は3名であった。6名の患者の変異がすでに報告された変異と同じであったが、残りの12変異は今までに報告されていない変異であった。RT-PCR解析により、スプライスサイト変異を示した3名のMenkes病患者では、変異近くの1つあるいは2つのエクソンが異常なスプライシングにより切り出され、正常の長さのcDNAがなかったことがわかった。また、20名のMenkes病患者の血清銅とセルロプラスミンが低値を示し、ノンセンス変異の患者も全例血清銅、セルロプラスミンは著明に低値であった。これらの変異によるATP7Aは機能が著しく低下していると考えられた。20名のMenkes病患者のうち、11名の培養皮膚繊維芽細胞の銅濃度を測定したところ、遺伝子変異の種類と関係なく、細胞内に銅が著明に蓄積していた。 一方、1名のoccipital horn症候群の患者はスプライスサイト変異であった。RT-PCR解析でエクソン6がスプライシングされたセグメントが確認されたほか、正常なATP7A cDNAも少量に存在することがわかった。この。occipital horn症候群の患者の遺伝子変異はMollerら報告したoccipital horn症候群の患者と同じ変異であった。そこで、Real-time RT-PCR法でこのoccipital horn症候群の患者の培養皮膚繊維芽細胞の正常なATP7A mRNAの発現量を調べたところ、正常コントロールの18-21%であった。しかし、Molleらの患者の培養皮膚繊維芽細胞の正常mRNAの発現量はコントロールの2-5%と本例の発現量と異なった。本患者の培養皮膚繊維芽細胞の銅濃度はMenkes病患者と同様に高値を示し、occipital horn症候群患者の診断に培養皮膚繊維芽細胞の銅濃度測定が有用であることを示した。しかし培養皮膚繊維芽細胞の銅濃度は本症のphenotypeを示さない。また、血清銅・セルロプラスミン値の比較ではMollerらの患者では低値であるが、本例では正常であった。これらの所見も同じスプライスサイト変異であっても患者により正常ATP7A mRNAの発現量は異なることを示唆している。すなわち、occipital horn症候群の患者においては正常なATP7A mRNAの発現量によってPhenotypeが違うという新しい知見を得た。 さらに、Menkes病患者の遺伝子変異を同定する際に日本人ATP7A遺伝子における25個の多型を同定した。 残りの1名のMenkes病患者と1名のoccipital horn症候群の患者ではATP7Aの翻訳領域だけでなく5'の上流領域と3'非翻訳領域の10個のGTT繰り返し配列も解析したが、変異は見つからなかった。 2.遺伝子解析と培養繊維芽細胞の銅測定による保因者診断 Menkes病患者の母親8名とおば4名の全血あるいは培養皮膚繊維芽細胞からgenomicDNAを抽出し、遺伝子解析を行った。 8名の母親のうち、6名の母親と1名のおばは1本の変異アレルを持っており、保因者であると診断できた。保因者のうち、2名で培養皮膚繊維芽細胞の銅濃度測定を行い、銅濃度はMenkes病患者と同様に高値を示し、遺伝子診断の結果を支持することができた。母親2名とおば3名は変異アレルを持っておらず、保因者でないことがわかった、そのうち3名で培養皮膚繊維芽細胞の銅濃度の測定を行い、いずれも正常の値を示した。また、血縁関係のないMenkes病患者2名で遺伝子変異部位は同じであったが、1名の母親は保因者で、もう1名の母親は保因者ではなかった。 3.遺伝子解析と羊水細胞の銅測定による出生前診断 Menkes病患者の2家系、2胎児で出生前診断を行った。うち1家系の患者では遺伝子変異は同定されていたが、1家系の患者は変異が見つからなかった患者である。羊水細胞からgenomicDNAを抽出し、遺伝子診断を行った結果、1人の男性胎児では変異アレルは見つからず、患者ではないと診断した。この胎児は出生後、健康であることが確認された。 典型的な臨床症状と臨床検査を呈するにもかかわらず、ATP7Aでの変異は見つからなかったMenkes病患者家系では、培養羊水細胞の銅濃度測定で出生前診断を行った。発端者がMenkes病であると診断された時、彼の母親がすでに妊娠28週目であった。羊水穿刺を行い、羊水細胞で胎児は男児であることがわかったため、培養羊水細胞の銅濃度を測定した。培養羊水細胞内の銅濃度はコントロールの羊水細胞より高く、胎児がMenkes病患者であることが強く疑われた。胎児が妊娠36週に帝王切開で出生し、生後診断のために経口銅負荷試験を行った。銅負荷によっても血清銅、セルロプラスミン値はほとんど上昇せず、Menkes病と診断し、生後22目目から早期のヒスチジン銅皮下投与治療を始めた。現在3歳で、精神運動発達は正常である。 以上の結果より、遺伝子変異が同定されていないMenkes病患者の家系での出生前診断には培養羊水細胞の銅測定が有効であることが示された。培養皮膚繊維芽細胞内の銅濃度の測定はMenkes病とOHS患者の診断に有用であるが、病気の重症度を評価することはできない。保因者では培養皮膚繊維芽細胞内の銅濃度は高値から正常までさまざまである。また、血清銅、セルロプラスミン値が正常だからと言って、OHS患者や保因者ではないとは言い切れない。従って、患者、保因者と出生前診断の確定診断できるのは遺伝子検査である。 以上、本研究で得られた新しい知見は 1)Menkes病患者で12個の新たな変異を同定した。 2)日本人ATP7A遺伝子における25個の多型を同定した。 3)0HS患者で同じスプライスサイト変異でも、培養皮膚繊維芽細胞の正常mRNAの発現量やPhenotypeが異なる。 4)患者は同じ変異であっても、母親が保因者である場合と保因者ではない場合があることであって、25%のMenkes病患者の変異は新生突然変異によるものであり、本研究成果はMenkes病患者およびその家族に非常に有用であると思われる。 | |
審査要旨 | 本研究は銅代謝病であるMenkes病の日本人患者の遺伝子変異が本症のphenotype、血清銅濃度、血清セルロプラスミンと培養皮膚繊維芽細胞内の銅の濃度の関係を明らかにするため、また、家族の希望に応じて、保因者を同定し、保因者が妊娠した際に男性胎児に対して出生前診断を行うため、Menkes病の責任遺伝子-ATP7AをDNAとmRNAレベルで解析したものであり、下記の結果を得ている。 1.20名のMenkes病患者のうち、19名のMenkes病患者から18の異なった変異が見つかった。うち12の変異は今までに報告されていない変異であった。RT-PCR解析により、Menkes病患者において正常な長さのcDNAがなかったことがわかった。また、20名のMenkes病患者の血清銅とセルロプラスミンが低値を示した。これらの変異によりATP7Aの機能は著しく低下したと考えられた。11名の患者の培養皮膚繊維芽細胞の銅濃度を測足したところ、遺伝子変異の種類と関係なく、細胞内に銅が著明に蓄積していた。 一方、1名の軽症のMenkes病であるoccipital horn症候群の患者はスプライスサイト変異であった。RT-PCR解析でエクソン6はスプライシングされたセグメントが確認されたほか、正常なATP7A cDNAも少量に存在することもわかった。Real-time RT-PCR法でこの正常なATP7A mRNAの発現量を調べたところ、正常コントロールの18-21%であった。occipital horn症候群の患者においては正常なATP7A mRNAの発現量によって血清銅とセルロプラスミン値を含むphenotypeが違うという新しい知見が得られた。本患者の培養皮膚繊維芽細胞の銅濃度はMenkes病患者と同様に高値を示し、occipital horn症候群患者の診断に培養皮膚繊維芽細胞の銅濃度測定が有用であることを示した。しかし、培養皮膚繊維芽細胞の銅濃度は本症の重症度を示さない。 2.さらに、Menkes病患者の遺伝子変異を同定する際に日本人ATP7A遺伝子における25個の多型を同定した。これは日本人Menkes病患者の遺伝子の解析に大いに役に立つ。 3.保因者は1本の変異アレルを持っているにもかかわらず血清銅とセルロプラスミン値が正常であった。保因者のうち、2名で培養皮膚繊維芽細胞の銅濃度測定を行った結果、銅濃度はMenkes病患者と同様に高値を示した。患者は同じ変異であっても、母親が保因者である場合と保因者ではない場合があることであって、25%のMenkes病患者の変異は新生突然変異によるものであり、本研究成果はMenkes病患者およびその家族に非常に有用であると考えられる。 4.遺伝子変異が同定されていないMenkes病患者の家系での出生前診断には培養羊水細胞の銅測定が有効であることが示された。 以上、本論文は日本人Menkes病患者においての遺伝子解析から(1)患者および保因者の同定と出生前診断には血清銅、血清セルロプラスミンと培養細胞内の銅濃度より遺伝子診断は最も確実な診断方法であることがわかった。(2)日本人ATP7A遺伝子における12個の新たな変異と25個の多型を同定した。(3)0HS患者で同じ変異でも、培養皮膚繊維芽細胞の正常mRNAの発現量やphenotypeが異なるという新しい知見を得た。(4)患者は同じ変異であっても、母親が保因者である場合と保因者ではない場合があることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった日本人患者においてのphenotype、血清銅、血清セルロプラスミン、培養細胞内の銅濃度が遺伝子変異との関係の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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