学位論文要旨



No 215477
著者(漢字) 長,直子
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,ナオコ
標題(和) 精神分裂病患者・家族への心理教育の効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 215477
報告番号 乙15477
学位授与日 2002.10.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第15477号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 助教授 山崎,喜比古
 東京大学 助教授 中安,信夫
 東京大学 助教授 佐々木,司
 東京大学 助教授 木内,貴弘
内容要旨 要旨を表示する

序論

 精神分裂病患者の家族は生活上の様々な困難や負担を抱えている。それらによって生じるストレスを減らし、家族のニーズに対応した支援を行うことは家族自身の健康やQOLを高めるためにも、また家族によって支えられている患者にとっても必要である。

 近年、心理社会的な援助を家族と患者に行うことの必要性が認識されるようになり、米国の精神分裂病治療ガイドラインの中にも推奨治療法として位置づけられるようになった。家族を対象とした心理教育の効果評価研究は数多く行われてきているが、家族への成果を検討した研究はごくわずかである。また患者を対象とした心理教育の効果に関しては、知識の習得や服薬コンプライアンス以外については明らかになっていない。

 わが国でも家族に対する心理教育が急速に広まっており、患者に対する心理教育も徐々に取り組みが始まっている。しかし患者・家族プログラムともに実践報告や症例報告は多くみられるものの、効果研究はまだほとんど行われていない。

 そこで本研究は精神分裂病の患者および家族を対象とした心理教育プログラムの有効性について、家族への効果指標を取り入れ、また患者についてはこれまで用いられることの少なかった主観的な効果指標も用い、複数の視点から探索的な検討を行うことを目的とする。

方法

対象

 某国立病院の精神科病棟に1998年6月末から4ヵ月間に入院した患者を対照群、1998年10月末から7ヵ月間に入院した患者を介入群とし、以下の基準を満たす患者と家族員1名(家族員の中で主に日常的に患者の世話をしているもの)を分析対象とした。基準は、(1)精神分裂病の診断がついていること(ICD-10のF20)、(2)急性症状があるために入院した患者であること(休息入院のために入院した患者は除く)、(3)入院期間が20日以上1年未満であること、(4)年齢が15〜65歳であること、(5)同居家族がいる、もしくは別居で患者に日常的な援助を提供している家族がいること、(6)患者、家族双方の同意がとれたもの、(7)介入群では患者・家族がプログラムに1回以上参加していること、である。除外基準は、(1)知的障害があるもの、(2)器質性脳疾患の合併症をもつもの、である。

 介入群の患者40名の特徴は男性20名、女性20名、平均年齢33.6±11.3歳、平均罹病期間9.0±9.5年、初回入院16名であり、対照群の患者46名の特徴は男性18名、女性28名、平均年齢41.4±12.0歳、平均罹病期間13.4±10.0年、初回入院11名であった。介入群と対照群で年齢(p<.01)、罹病期間(p<.05)に有意差が認められた。

心理教育の実施

 介入群の患者と家族には、それぞれ患者グループ、家族グループによる心理教育プログラムを実施した。患者プログラムは入院中に週1回、90分間X5回実施した。約15分間の情報提供と各回のテーマに沿ってストレスや副作用への対処の仕方などについてアイディアを出し合い、必要に応じてロールプレイを用いた。家族プログラムは入院中から開始し、退院後も継続的に実施した。講義1時間、解決指向型のグループワーク2時間からなる計3時間のプログラムを月1回X8回実施した。

 対照群の患者と家族には通常の入院治療に加え、入院時調査終了後に心理教育プログラムで用いたものと同じテキストを配布し、内容についての簡単な説明を行った。

効果評価のための調査

 調査は入院時、退院時、退院9ヵ月後の3時点で実施した。調査項目は、精神症状、臨床的再発の有無(以上、主治医による評価)、参加準備性、疾患の知識、病識、自尊感情(以上、患者による自己評価)、患者の社会機能、生活困難度、患者拒否度、疾患の知識、自己効力感、対処行動(以上、家族による自己評価)である。

統計的解析

 年齢、罹病期間および入院時(一部の尺度については退院時)の各尺度得点を共変量とし、退院時または退院9ヵ月後の得点を目的変数とした共分散分析による検定を行い、介入群と対照群の比較を行った。

結果

患者への効果

 2群の基礎属性をコントロールしてもなお、入院時と比較した退院時の陰性症状(F=4.45,p<.05)、参加準備性(F=7.29,p<.01)および退院9ヵ月後の陰性症状(F=6.35,p<.01)、病識尺度の下位尺度である「治療の必要性」(F=5.68,p<.05)、社会機能尺度(F=7.47,p<.01)について、介入群が対照群よりも有意に改善していた。

 退院後9ヵ月間における臨床的再発は、介入群11名(27.5%)、対照群12名(26.1%)で2群の再発率に有意差を認めなかった。

家族への効果

 入院時と比べ、退院9ヵ月後における生活困難度(F=4.29,p<.05)、患者拒否度(F=9.73,p<.01)、自己効力感(F=6.14,p<.05)について、介入群が対照群よりも有意に改善していた。

心理教育の参加

 全5回の患者プログラムの平均参加回数は4.5±1.4回、全8回の家族プログラムの平均参加回数は平均6.0±3.3回であった。参加回数による効果の違いは明らかでなかった。

考察

 介入群における陰性症状の改善は、患者のプログラム参加への体験に加え、家族プログラムの中で家族が患者と適切な距離でコミュニケーションを行うための対処技法について話しあったことなどが、患者の社会性を促進したものと推察される。また、介入群の患者は退院後も継続して治療の必要性の認識を持つことができており、長期的にみて通院や服薬の継続にも影響を及ぼす可能性があると考えられる。参加準備性は退院時に高まったがその効果は持続しなかったため、継続的なプログラムに結びつける必要性が示唆された。家族評価による患者の社会機能の改善は、症状改善による効果および家族の患者に対する認識が肯定的に変化したことの両方を示している可能性がある。

 介入群の家族では生活困難度が改善され、患者援助に関する行動特異的な自己効力感が高まり、対照群の家族では患者に対する拒否的な感情が高まったことは、家族プログラムにより家族の病気や症状に関する理解が深まり、他の家族と体験を共有することで家族の気持ちが楽になり、家庭内のストレスを下げることに役立ったことを示唆していると考えられる。

 患者・家族とも、知識の改善効果が明らにできなかったが、その理由として対照群にもテキストを配布した影響があると考えられる。

 本研究の意義は、(1)患者・家族の双方に心理教育プログラムを実施した効果について明らかにしたこと、(2)複数領域における効果を評価したこと、(3)比較研究デザインを用いたこと、(4)低コストの心理教育モデルで効果を示したこと、である。本研究の限界として(1)プログラムのどの要素が効果をもたらしたのか不明であること、(2)エントリーの約半数の対象者についての結果であること、(3)自記式質問紙の信懸性が明らかでないこと、が挙げられる。

結論

 医療機関に入院中の精神分裂病患者40名とその家族を対象とし、患者と家族に対しグループによる心理教育をそれぞれ実施し、入院時、退院時、退院9ヵ月後の3時点において、主治医による評価、患者・家族による自記式調査を実施し、対照群46名の結果と比較した。患者に関する結果変数について心理教育の効果が対照群と比べて有意であったのは、退院時および退院9ヵ月後の陰性症状、退院9ヵ月後における治療の必要性に対する認識、社会機能であり、これらの改善により心理教育は患者の地域生活におけるQOLを高める可能性が示唆された。家族に関する結果変数について心理教育の効果が有意にみられたのは、退院9ヵ月後における生活困難度、患者拒否度および自己効力感であり、これらの改善により心理教育は家族のQOLを高め、家庭内のストレスを軽減し、長期的には患者の再発の予防に良い影響を及ぼす可能性が示唆された。以上の結果より医療機関において入院中の患者と家族に心理教育を実施することは、患者と家族の双方にとって有益であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は精神分裂病患者の家庭内のストレスを軽減し、長期的には患者の予後の改善に寄与するために心理教育プログラムを実施し、その効果について検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.精神科病棟に入院した精神分裂病患者40名とその家族に、それぞれ患者グループ、家族グループによる心理教育プログラムを実施し、対照群46名との比較を行った。心理教育が家族に及ぼす効果について家族の自記式調査から把握したところ、家族の患者ケアに関する特異的自己効力感が高まっていることが示された。

2.患者の再発との関連が明らかになっているFEの批判的言動と関連の強い家族の患者に対する拒否感について、介入群では改善が対照群では悪化が示された。

3.生活者としての家族機能の障害をとらえた生活困難度について、退院時に比べ退院9ヵ月後時点で介入群では改善していることが明らかとなった。

4.主治医による患者の症状評価からは、退院時および退院9ヵ月後時点において介入群で陰性症状が改善していることが示された。

5.主治医による症状評価および患者の自記式調査から、介入群の患者では治療の必要性の認識が客観的・主観的に改善していることが示された。

6.患者の社会機能について家族が評定した調査からは、介入群で改善していることが示された。患者の社会機能が実際に改善しているか、もしくは患者の行動に関する家族の認知が肯定的な方向に改善された可能性が示唆された。

 以上、本論文は心理教育の実施が精神分裂病の家族と患者にもたらす効果について明らかにした。本研究は、精神分裂病の心理教育の効果について比較群を設定して検討を行った日本で初めての研究であり、精神分裂病の心理社会的治療における臨床的な意義も大きいと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク