学位論文要旨



No 215482
著者(漢字) 鈴木,浩史
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ヒロフミ
標題(和) 蛋白質膜透過反応におけるSecAとSecGの機能的相互作用ならびにSecEの構造と機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 215482
報告番号 乙15482
学位授与日 2002.11.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15482号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 助教授 中島,春紫
 東京大学 助教授 松山,伸一
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 大腸菌における分泌型蛋白質の細胞質膜透過は、Sec因子が構成する膜透過装置により触媒されている。一般的に、分泌型蛋白質前駆体はSecBにより認識され、SecY/E/G/D/F複合体とSecAによって構成された膜透過装置へと運ばれる。SecAは、前駆体とATPの結合によって細胞質膜へ挿入し、ATPの加水分解によって前駆体と解離し、細胞質膜から脱離する。一サイクルの膜挿入と脱離によって、前駆体蛋白質は20〜30アミノ酸残基分が細胞質膜に挿入される。サイクルを繰り返すことによって、分泌型蛋白質の膜透過が完了すると考えられている。すなわち、SecAサイクルは膜透過反応の駆動力であり、その効率は膜透過反応の速度に直接影響する。膜透過反応に必須の因子は、SecY/E/Aの三因子である。SecGはSecY/E/Aにより再構成された膜透過反応を強く促進し、膜透過反応に共役してその膜内配向性を反転させる。また、secG遺伝子破壊株は、生育および膜透過反応が低温感受性となるが、酸性リン脂質の合成に重要な役割を果たすPGSA遺伝子を過剰発現すると、低温感受性は抑制される。本研究では、膜透過反応において、もっとも大きな構造変化を示すSecAとSecGの機能的関連を調べ、酸性リン脂質がSecAサイクルを促進する理由について詳細に検討した。さらに、必須因子であるSecEの構造と機能について解析を行った。

1.蛋白質膜透過反応におけるSecAとSecGの機能的相互作用

 phosphatidylglycerophosphate synthaseをコードするpgsA遺伝子の過剰発現は、secG遺伝子破壊株の生育と膜透過反応の低温感受性を抑制する。pgsA遺伝子が他のSec因子の低温感受性を抑制するかどうかを調べたところ、secAcsR11変異株の生育と膜透過反応の低温感受性を特異的に抑制した。そこで、secAosR11変異株にsecG遺伝子破壊変異を導入したところ、常温でも膜透過反応が強く阻害され致死となった。secAcsR11変異株の変異部位は分泌型蛋白質との相互作用部位にあり、精製した変異体(csSecA)は分泌型蛋白質との化学架橋効率が低下していた。反転膜小胞と前駆体蛋白質proOmpA存在下で、SecAのATPase活性を調べ、csSecAはproOmpAに対する親和性が低下しているが、充分量のproOmpA存在下のATPase活性は野生型SecAと同程度であることを明らかにした、さらに、secG遺伝子破壊株から調製した反転膜小胞(△SecG膜)を用いても、proOmpAに対するSecAの親和性が低下することを見いだした。すなわち、SecGにはSecAと分泌型蛋白質の親和性を高める働きがあることが示唆される。細胞質膜に挿入するSecAの量は、csSecAや△SecG膜を用いると著しく減少した。△SecG膜とcsSecAを用いた場合、膜挿入するSecAは全く観察されなかった。これらの結果から、二重変異株が生育できないのは、膜透過反応の駆動力であるSecAサイクルがほとんど機能しないためであると考えられる。また、膜透過反応の際、反転するSecGの量はcsSecAを用いると大幅に減少した。これは、SecGの反転がSecAの膜挿入に依存した反応であることを示している。プロトン駆動力は、in vitroにおける膜透過反応を強く促進することが知られている。プロトン駆動力存在下では、wtSecAとcsSecAに大きな膜透過活性の差は見られなかった。しかし、SecG非存在下や、プロトン駆動力非存在下では、csSecAによる膜透過活性は著しく低下した。in vitroで△seoG変異やsecAcsR11変異が、単独では弱い膜透過阻害を示すのみであるのは、プロトン駆動力による強い促進があるためと考えられる。

2.pgsA遺伝子の過剰発現による△secG変異株とsecAcsR変異株の低温感受性抑制機構

 pgsA遺伝子の過剰発現が△secG株とsecAcsR11変異株の膜透過に与える影響を調べた。pgsA遺伝子を過剰発現すると、△secG変異株やsecAcsR11変異株の20℃での膜透過反応は促進された。膜のリン脂質組成を調べたところ、pgsA遺伝の過剰発現によって、酸性リン脂質であるphosphatidylglycerol量が上昇し、中性リン脂質phosphatidylethanolamine量が減少することが分かった。反転膜小胞において、proOmpAの膜透過反応を調べたところ、pgsA遺伝子過剰発現による酸性リン脂質量の増加は、csSecAや△SecG膜を用いた時の膜透過を強く促進することが分かった。膜透過反応に依存したSecAのATPase活性を測定したところ、酸性リン脂質量の増加は、20℃におけるcsSecAもしくは△SecG膜によるATPase活性を特異的に強く促進することがわかった。この酸性リン脂質量増加によるATPase活性の促進は、低温下のみで観察された。低温下でのSecAの膜挿入を調べたところ、酸性リン脂質量の増加は、SecAの挿入反応と脱離反応の両方を促進する活性をもつことが示唆された。SecGの主要な機能は、低温下においてSecAの挿入─脱離サイクルを効率的に進行させることであると考えられるが、その機能は酸性リン脂質により部分的に代替可能であると考えられる。

3.SecEのN端末領域の機能

 膜透過反応の必須因子であるSecEのホモログは、細菌から動物細胞まで広く存在する。大腸菌と数種のグラム陰性細菌のSecEには、膜を貫通する領域が3カ所ある。しかし、大部分のSecEホモログの膜貫通領域は1カ所であり、これは大腸菌SecEのC末端側3番目の膜貫通領域に相当する。大腸菌SecEのN末端側の2カ所の膜貫通領域はSecE機能に必須ではないことが知られている。しかし、なぜ大腸菌をはじめとする数種のグラム陰性細菌のSecEには、3カ所の膜貫通領域があるのか不明である。そこでSecEのN末端領域を欠失した変異体の安定性や、膜透過活性について詳細に解析した。SecEのC末端領域(SecE-C)を発現する株、およびSecE-CとN末端領域(SecE-N)を同時に発現する株においてSecE-Cの安定性を調べたところ、SecE-CはSec-Nによって安定化されることが分かった。また、AAAプロテアーゼであるFtsHの温度感受性変異株を用いた場合、非許容温度においてSecE-Cが安定となることから、SecE-Cの分解には、FtsHが関与していることがわかった。しかし、SecE-NによるSecE-Cの安定化は、膜透過反応を促進せず、むしろわずかな阻害が見られた。SecY/E/Gは複合体を形成しており、細胞質膜を可溶化した後SecY/E/Gのどの抗体によっても免疫沈降が可能である。しかし、SecE-CはSecY抗体およびSecG抗体によって免疫沈降しなかった。また、SecE-Nを共発現した場合でも免疫沈降するSecE-Cは増加しなかった。これらの結果は、SecE-CとSecE-Nの相互作用がSec装置外で起こっており、そのためにSecE-CのSec装置への組み込みが減少していることを示唆している。また、SecE-CはSecYやSecGとの複合体形成が不安定になっていると考えられる。SecE-CおよびSecYから再構成したプロテオリポソームによる膜透過活性は、SecE-Nを同時に再構成してもほとんど影響されなかった。以上の結果から、SecE-Nは膜透過反応を促進する活性はないことが示された。

まとめ

 本研究によって、膜透過反応の駆動力であるSecAの膜挿入と脱離には、SecG、リン脂質組成、プロトン駆動力などが大きく影響することが明らかとなった。中でも、SecGの反転はSecAサイクルを円滑に進めるために重要な働きをしている。SecGホモログが広く細菌に存在することも、この因子の機能が重要であることを示していると考えられる。低温下やプロトン駆動力の形成が充分でない場合、SecGの機能は膜透過反応を円滑に進めるために必須になると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 大腸菌における分泌型蛋白質の細胞質膜透過は、Sec因子が構成する装置により触媒されている。SecAは、前駆体とATPの結合によって細胞質膜へ挿入し、ATPの加水分解によって前駆体と解離し、細胞質膜から脱離する。SecAが膜挿入と脱離を繰り返すことが膜透過反応の駆動力であり、その効率は膜透過反応の速度に直接影響する。SecGは膜透過反応を強く促進し、反応に共役してその膜内配向性を反転させる。SecG遺伝子破壊株は、生育および膜透過反応が低温感受性となるが、酸性リン脂質の合成に重要な役割を果たすpgsA遺伝子を過剰発現すると、低温感受性は抑制される。本研究は、膜璋過反応において大きな構造変化を示すSecAとSecGの機能的関連を調べ、酸性リン脂質がSecAサイクルを促進する理由について詳細に検討し、さらに、必須因子であるSecEの構造と機能について解析したものである。

 序論では、蛋白質膜透過反応の生理的意義と、反応機構についてこれまでに得られている知見が述べられている。

 第一章では、SecAとSecGの機能的相互作用が述べられている。pgsA遺伝子の過剰発現が他のSec因子の低温感受性変異を抑制するかどうかを調べ、secAcsR11変異の低温感受性を特異的に抑制することを見いだした。そこで、secAcsR11変異株にsecG遺伝子破壊変異を導入し、常温でも膜透過反応が強く阻害され致死となることを見いだした。secAcsR11の変異部位は分泌型蛋白質との相互作用部位にあり、proOmpAに対する親和性が低下していることを見いだした。細胞質膜に挿入するSecAの量は、低温感受性SecA(csSecA)やsecG遺伝子破壊株から調製した反転膜小胞(△SecG膜)を用いると減少した。△SecG膜とcsSecAを用いた場合、SecAは全く月莫挿入しなかった。これらの結果から、二重変異株が生育できないのは、駆動力であるSecAサイクルがほとんど機能しないためであると考えられた。また、膜透過反応の際、反転するSecGの量はcsSecAを用いると大幅に減少し、SecGの反転がSecAの膜挿入に依存した反応であることを明らかにした。

 第二章では、pgsA遺伝子の過剰発現による△SecG変異株とsecAcsR11変異株の低温感受性抑制機構が解析されている。pgsA遺伝子を過剰発現すると、酸性リン脂質であるphosphatidylglycerol量が上昇し、△SecG変異株やsecAcsR11変異株の20℃での膜透過が促進されることを明らかにした。酸性リン脂質量の増加は、csSecAや△SecG膜を用いた時のproOmpAの膜透過を強く促進すること、20℃におけるSecAのATPase活性を特異的に促進することを明らかにした。このATPase活性の促進は、低温下のみで観察された。SecGの主要な機能は、低温下においてSecAの挿入─脱離サイクルを効率的に進行させることであると考えられるが、その機能は酸性リン脂質量の上昇により部分的に代替可能であると考えられた。

 第三章では、SecEの構造と機能の関連が述べられている。SecEは膜を貫通する領域が3カ所あるが、N末端側の2カ所の膜貫通領域は膜透過反応には必須でない。SecEのC末端領域(SecE-C)は、N末端領域(SecE-N)との相互作用によって安定化されることを明らかにした。しかし、SecE-Nによって安定化されるのは過剰発現したSecE-Cであること、SecE-NとSecE-Cの相互作用はSec装置外で起こっており、そのためにSecE-CのSec装置への組み込みが減少することが示唆された。また、SecE-CはSecYやSecGとの複合体形成が不安定になっていた。以上の結果から、SecEのN末端側の領域にはC末端側と相互作用するが、膜透過反応を促進する活性はないことが示された。

 以上、本論文は膜透過反応の駆動力であるSecAの膜挿入と脱離には、SecG、リン脂質組成、プロトン駆動力などが大きく影響すること、特にSecGの反転がSecAサイクルを円滑に進めるために重要な働きをしていることを明らかにしたものであり、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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