学位論文要旨



No 215483
著者(漢字) 吉田,貴子
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,タカコ
標題(和) 絶対メタノール資化菌Methylobacillus sp.12S株の細胞外多糖生合成系の解析
標題(洋)
報告番号 215483
報告番号 乙15483
学位授与日 2002.11.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15483号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大森,俊雄
 東京大学 教授 高橋,秀夫
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

 C1化合物であるメタンは天然ガスの主要成分であり、豊富な天然資源として注目を集めている一方、温暖化寄与係数が二酸化炭素と比較して21倍も高く、環境への安易な放出が問題視されている。またメタノールはメタンから一段階で合成可能であり、同様に豊富な資源として注目を集めてきた。これらC1化合物は安価で大量に入手可能であることから、古くから発酵基質としての応用が検討されている。本研究では、C1資化菌の多くがEPS生産能を保持していることに着目し、豊富な天然資源である一方、環境汚染物質でもあるメタンやその合成物メタノールから各種糖物質を発酵生産することを目的とした。本研究ではメタノールをCl化合物のモデル物質として選定し、EPS生産能を有するメタノール資化菌をスクリーニングした。得られた菌株から、遺伝子工学的手法を用いてオリゴ糖、単糖といった糖物質を生産する変異株の作製を試みるほか、そのEPS生合成系遺伝子について分子生物学的に解析することを目的とした。

【EPS生産能を有するメタノール資化菌の土壌からの単離とそのEPSの構造解析】

 千葉県田畑土壌50種よりEPSを生産するメタノール資化菌をスクリーニングした結果、ムコイド形態を呈する12S株を単離した。メタン資化性の有無および16SrDNA配列の相同性に基づき、本菌株は絶対メタノール資化性Methylobacillus属と同定されたまた。12S株が生産するEPSをメタノランと命名し、その構造を解析した結果、グルコース、ガラクトース、マンノースを約2.4:1.0:1.Oの割合で含む分子量105-106の多糖であることを明らかにした。Methylobacillus属細菌の中で多糖生産が報告されている菌株では、いずれの場合もポリグルコースの合成が確認されている。12S株は、これら既知の菌株とは異なり、グルコースのほかにマンノース、ガラクトースといった中性糖を含むヘテロ多糖を生産していることから、新種の可能性が強く示唆された。

【単糖、オリゴ糖を生産する変異株の構築とその蓄積物質の同定】

 メタノランの構造より、12S株はメタノールを基質としてグルコースを生産するポテンシャルが高いことが推測された。さらに、12S株は絶対メタノール資化菌であるため、自らが細胞外に蓄積する糖物質を、それが例えグルコースであっても異化することができない性質も有しており、メタノールから糖物質を発酵生産する菌株として非常に有効であることが示唆された。そこで、12S株のEPS生合成能に変異を加えることで、グルコースなどの単糖や低分子の糖を細胞外へと蓄積する変異株の構築を試みることとした。Tn5挿入変異により構築した11種のEPS合成能欠損(EPS-)変異株から、単糖、オリゴ糖を細胞外に蓄積する変異株のスクリーニングを試みた結果、培養上清中に著量の還元糖を蓄積する変異株を計3株取得した。これら変異株が蓄積する糖を同定した結果、いずれの菌株もメタノランの主要構成糖であるグルコースの他に、4炭糖であるエリスロース、トレオース、さらに構造未決定の2糖を蓄積していることが明らかとなった。

【12S株のメタノラン生合成に関わる遺伝子の単離と解析】

 EPS-変異株Ma1株よりTn5により破壊された遺伝子領域をクローニングし、genewalkingにより約10.0-kbの遺伝子領域について塩基配列を決定し、多糖合成に関わると推測される7個の遺伝子epsABCKLDE(図1)の存在を明らかにした。推定アミノ酸配列に基づく相同性検索の結果、EpsAはLuxR superfmilyに属する転写調節タンパク質と有意な相同性を示し、同familyに保存され亡いるDNA-bindingモチーフも同様に保存していた。EpsBおよびEpsEは、莢膜多糖、リポ多糖合成系でよく研究が進められているWzy依存型多糖合成モデルにおける糖転移酵素と、ペリプラズムから細胞表層への輸送に関与するタンパク質にそれぞれ相同性を示し、同様に各酵素に特異的なコンセンサス配列も保存していた。またEpsKおよびEpsLはcAMP-binding domainとタンパク質のfoldingに関与するpeptidyl proryl cis-trans isomerases(PPI)に共通のモチーフをそれぞれ保存していた。しかしEpsDおよびEpsCは既知のいずれのタンパク質とも相同性を示さなかった。

 遺伝子破壊により各Epsタンパク質のメタノラン合成における関与を検討した結果、EpsB、EpsD、EpsCはメタノラン合成に必須であることが確認され、見出された2種のクラスター(epsABCおよびepsKLDE)はメタノラン合成系遺伝子群をコードしていることが強く示唆された。さらに、Wzy依存型多糖合成モデルに関わる糖転移酵素ならびに輸送タンパク質と相同性を有するEpsB、EpsDがメタノラン合成に必須であることから、同多糖も類似の機構により合成されることが強く示唆された。Wzy依存型多糖合成モデルでは、まず細胞内膜上のlipid carder上に繰り返し単位であるrepeatingunitが合成され、これが膜中をペリプラズム側へと転移した後、Wzyによって未成熟多糖へと重合され、細胞表層へと輸送されると推測されている。EpsBは、特にlipid carrier上にrepeating unitを合成する際に最初の糖を転移させる酵素と相同性を示したことから、EpsB破壊株と野生株より膜タンパク質を抽出し、メタノラン構成糖にあたる、UDG-glucose、UDP-galactose、GDP-mannoseに対するlipid carrierへの取り込み能を比較した。その結果、EpsBは、lipidarrierへglucoseを転移するglucose-1-phosphate transferaseであることが同定された。

 LuxR superfamilyの転写制御因子と有為な相同性を示したEpsAの破壊株では多糖生産量が50%まで低下しており、メタノラン合成に必須ではないが関与していることが確認された。さらにEpsAの12S株内での構成的な発現は、メタノランの過剰生産を引き起こすことが観察され、同タンパク質がメタノラン合成系遺伝子群の正の制御に関わることが強く示唆された。一方、EpsKおよびEpsDは、遺伝子破壊の結果、メタノラン合成に必須ではない、もしくは代替する機能を有するタンパク質が他に存在することが推測された。

【総括と今後の展望】

 従来の発酵技術では、メタンやメタノールを基質とする場合、生産菌株はC1資化菌に限られており、おのずと生産可能な物質種にも制限が生じていた。しかし、本研究で構築したグルコースを細胞外に蓄積する変異株とそのほかの有用物質生産菌株とを2段階発酵することで、多様な物質をメタノールから生産可能になることが期待される。また、erythroseのアルジトール体であるエリスリトールを発酵生産する系は既に構築されており、実際に人工甘味料の一種として実用化されている。しかし、erythroseやthreoseといったテトロースに関する有効な発酵生産系は構築されていないことから、本研究で得られた変異株は、新規な糖物質の生産菌株としての意義も有していることが期待される。

 一方、EpsAはメタノラン合成系遺伝子群の正の転写制御に関わると推測された。EpsAはLuxR superfamilyに特異的なモチーフを保存しており、quorum sensingを含めた環境刺激に応答する可能性が考えられる。本タンパク質がどのような環境に応答して発現を正にswitchしているのかを明らかに出来れば、12S株におけるメタノラン生産の生物学的意義について知見が得られることが期待される。特に、かねてから提唱されているRMP経路とEPS合成の生化学的関連性について検証する上で重要な知見を与えるであろう。

 また、EpsLはメタノラン合成に必須ではないものの、folding catalyst様タンパク質と有意な相同性を示したことは、非常に興味深い。既知の多糖合成系遺伝子群でこのようなクラスター構造の例は報告がなく、本eps遺伝子群の一つの特色とも言える。Pseudomonas aeruginosaのアルギン酸合成に関する研究で、転写制御因子であるMucAへの変異はアルギン酸の過剰生産を引き起こすだけでなく、ペリプラズムに局在しタンパク質の正常なfoldingを補助するdisulfide bond isomerase、DsbAの過剰発現も誘導することが観察されている。この報告からも、多糖合成に直接的には関与しないfolding catalystを多糖合成系遺伝子群内にコードし、同一の転写制御下に置くことは、多糖生産の高効率化に役立っている可能性が推測された。今後は、EpsLの機能についての詳細な解析も必要と思われる。

 また本研究で解読したepsEの下流には、Rhizobium melilotiのスクシノグリカン鎖長調節・重合に関わる酵素遺伝子exoPと相同性の高い遺伝子領域が見出されている。よって、メタノラン合成系を分子生物学的に明らかにするには、さらにepsE下流領域の塩基配列も決定する必要がある。

図1.eps遺伝子群の構造

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、土壌から単離されるC1資化菌の多くが細胞外多糖(EPS)生産能を有していることに着目し、このような能力を有するC1資化菌を用いて安価な有機化合物であるメタノールから糖物質の発酵生産を試みたほか、その多糖生合成系遺伝子を単離、解析したものであり、全四章から構成される。

 第一章では、微生物によるEPS合成機構に関する現在までの知見のほか、C1化合物の有用性やC1資化菌の特異な代謝経路について詳しく述べている。

 第二章では、土壌よりEPS生産能を有する12S株を単離し、その属を絶対メタノール資化菌Methylobacillus属と同定し、さらに、12S株が生産するEPS"メタノラン"の構成糖比をglucose:mannose:galactose=2.6:1.O:1.Oと同定している。Methylobacillus属細菌で、多糖生産が観察されている菌株については、その全てがpolyglucoseであることから、12S株は同属の新種である可能性が示された。

 第三章では、12S株にトランスポゾン5(Tn5)変異を導入することで、メタノールを基質として単糖・オリゴ糖を生産する変異株の構築を試みた結果、得られた11種のEPS合成能欠損変異株の内、3株が培地中に著量の還元糖を蓄積することを見出している。さらに、これら変異株が蓄積する糖は、メタノランの主要構成糖であるグルコースの他、4炭糖であるエリスロース、スレオース、さらに構造未決定の2糖であることを明らかにした。従来の発酵技術では、C1化合物を基質とする場合、生産菌株はC1資化菌に限られており、自ずと生産可能な物質種にも制限が生じていたが、得られた変異株とそのほかの有用物質生産株とを2段階発酵することで、多様な物質をメタノールから生産し得ることが示された。また、エリスロース、スレオースといった四炭糖を醗酵生産する系については未だ報告例が無いことから、これら菌株は、新種糖質生産菌株としても意義深いことが示唆されている。

 第四章では、構築したEPS合成能欠損変異株Ma1株のTn5挿入周辺領域をクローン化し・約10.0-kbの遺伝子領域について塩基配列を決定した結果、多糖合成に関わると推測される7個の遺伝子epsABCKLDEの存在を明らかにしている。また、糖転移酵素、輸送タンパク質とそれぞれ相同性を示したEpsB、EpsE、機能未知のEpsCは、遺伝子破壊の結果、メタノラン合成に必須であることが示され、メタノラン合成系遺伝子が少なくとも2つのオペロンにコードされていることが明らカ¥となった。特にEpsBについては、lipid carrierへ最初の糖を転移するglucose-1-phosphate transferaseであることを明らかにした。さらに、これらEpsBおよびEpsDは、いずれも大腸菌で提唱されているW胃依存型爽膜多糖合成モデルに関与する各タンパク質と相同性を有していたことから、メタノランも本モデルと類似の機構により合成される可能性が示された。LuxR superfamilyに属する転写制御タンパク質と有意な相同性を示したEpsAは・遺伝子破壊の結果、メタノラン合成に関与していることが示されたほか、EpsAの構成的な発現は、メタノランの過剰生産を引き起こすことが観察され、本因子がメタノラン合成系遺伝子の正の転写制御に関わることが強く示された。一方、cAMP-binding motifを保存するEpsKと、ペリプラズムに局在するfoldingcatalystであるpeptidyl prolyl isomeraseと相同性を示したEpsDはメタノラン合成に必須ではない、もしくは代替する機能を有するタンパク質が他に存在することが示された。

 以上、本論文は、土壌より高分子の中性多糖"メタノラン"を生産するMethylobacillus sp.12S株を単離し、その多糖構造を明らかにした。またTn5変異を用いて、メタノールから単糖やオリゴ糖を生産する菌株の構築に成功し、さらにTnタギングにより、メタノラン合成に関わる2つの遺伝子群を単離、解析した。多糖生産能を有する多くのC1資化菌が現在までに単離されているが、その遺伝子情報を明らかにした例は本研究が初めてであり、当該分野に新知見を与えたものとして学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。

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