学位論文要旨



No 215484
著者(漢字) 中塩,文子
著者(英字)
著者(カナ) ナカシオ,アヤコ
標題(和) Topotecanの抗腫瘍効果におけるPI3K-Akt生存シグナル伝達の役割
標題(洋)
報告番号 215484
報告番号 乙15484
学位授与日 2002.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15484号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
内容要旨 要旨を表示する

 アポトーシスは、多細胞生物が持っているホメオスタシス(恒常性)維持機構のひとつであり、不要になった細胞や有害となる細胞を除去する細胞消去の役割を果たしている。近年、多くの癌遺伝子や癌抑制遺伝子がアポトーシスシグナル伝達に関与していること、癌細胞はこのアポトーシスのシグナル伝達に何らかの異常をきたしていることが証明されつつある。また、抗癌剤によるDNA損傷は、癌細胞のアポトーシスシグナル伝達機構を活性化して細胞死を起こすことが明らかとなってきたが、抗癌剤によるアポトーシス誘導の分子機構の全容については、未だ明らかにされていない。

 細胞の生死は拮抗するアポトーシス誘導シグナル量と生存シグナル量の相対的なバランスによって決定されており、アポトーシスにおける生存シグナルの重要性が最近明らかにされつつある。増殖因子刺激に伴い活性化されるphosphatidylinositol-3'kinase(PI3K)の下流のエフェクターであるセリン/スレオニンキナーゼAktは、アポトーシス促進能をもつBadやcaspase-9などのリン酸化を介した不活性化によりアポトーシスを抑制し、生存シグナルの主要なメディエータとして近年注目されている。

 今回我々は、topoisomerase I阻害剤topotecanの抗腫瘍効果における生存シグナルの役割について、PI3K-Akt生存シグナル伝達経路を中心に検討した。

1.Topotecanによるヒト肺癌A549細胞におけるアポトーシスの誘導

1-1.ヒト肺癌A549細胞におけるアポトーシスの誘導

 まず、topotecanによりアポトーシスが誘導されることを、ヒト肺癌A549細胞を用いて検討した。その結果、A549細胞においてtopotecanの用量増加に伴い、cell viabilityの減少及びsub-G1 fractionの増加が認められ、アポトーシス誘導がみられた。また、様々な刺激によるアポトーシス誘導時に活性化され、アポトーシス実行過程の中心的な役割を果たすシステインプロテアーゼcaspase-3のtopotecan処理による活性変化について検討したところ、topotecan処理によりA549細胞ではcaspase-3の活性化が認められた。一方、A549細胞のカンプトテシン耐性株A549/CPT細胞は、topotecanに低感受性を示し、topotecan処理によるcaspase-3の活性化はみられなかった。

1-2.TopotecanによるAkt活性抑制作用

 次に、生存シグナルの主要メディエータであるAktに対するtopotecanの作用について検討した。Topotecan処理により、A549細胞ではAktの活性化体であるphospho-Akt量の減少(Fig.1B)及びAkt kinase活性の抑制(Fig.1A)が認められた。一方、topotecanに低感受性を示すA549/CPT細胞ではAkt活性に変化はみられなかった(Fig.1C)。Aktは、IκB kinase(IKK)のリン酸化を介した活性化によりIκBのリン酸化レベルを上昇させることから、topotecan処理後のA549細胞のphospho-IκB及びIκB量について調べたところ、topotecan処理によりphospho-IκB量の減少及びIκB量の増加がみられ、topotecanは細胞内においてもAkt活性を抑制していることが示唆された(Fig.1D)。

 TopotecanによるAkt活性の抑制作用がtopotecanで誘導される細胞死に寄与している可能性を検討するために、Aktの活性化型遺伝子をA549細胞に遺伝子導入し、topotecanに対する感受性変化を検討した。その結果、constitutively active Akt(E40K、T308D/S473D)を過剰発現させることで、topotecan処理後のcell viabilityが有意に上昇し、topotecan感受性が低下していることが示唆された(Fig.2)。このことから、topotecanで誘導される細胞死の一部はPI3K-Akt生存シグナルの抑制を介していることが示唆された。

1-3.TopotecanによるAkt活性抑制メカニズム

 次に、topotecanによるAkt抑制がアポトーシス誘導のどの時点で起こっているか検討するために、経時的解析を行った。phospho-Akt量の減少はtopotecan処理後12時間頃より、caspase-3活性化は24時間頃よりみられ、Akt抑制がcaspase-3活性化より時間的に先に起こることが示唆された。TopotecanによるAkt抑制がcaspase活性化の上流であることを確認するために、caspase阻害剤を用いて検討した。caspase阻害剤により、topotecanによるcaspase-3活性化は抑制されたのに対し、Akt抑制作用は影響を受けなかったことから、topotecanによるAkt活性抑制はcaspase-3活性化の上流に位置することが示唆された。

 さらに、topotecanのAkt抑制メカニズムについて検討を加えた。Aktの活性化には膜への移行及び膜近傍でのリン酸化が重要であることから、これらに関与している上流のキナーゼPI3K及びPDK1についてtopotecanの作用を検討した。

 Topotecan処理したA549細胞のcell lysateよりPDK1及びPI3Kを免疫沈降し、PDK1活性及びPI3K活性をそれぞれ調べた。その結果、topotecanはPDK1及びPI3Kの活性を用量依存的に抑制することが示された(Fig.3)。以上のことから、TopotecanはPI3K及びPDK1の活性を抑制することでAktの膜移行及びリン酸化の両者を阻害し、Aktの活性化を抑制することが示唆された(Fig.4)。

2.ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)におけるbFGF-、VEGF-induced migrationに対するtopotecanの抑制作用

 Topotecanがin vivoラット血管新生モデル(rat disc angiogenesis model)において血管新生阻害剤TNP470と同程度の血管新生阻害作用を示すことが報告され、topotecanの抗腫瘍効果の一部には、癌細胞に対する直接的な細胞毒性効果の他に血管新生阻害を介した間接的な作用も寄与している可能性が示唆された。血管新生は、腫瘍の増殖や転移に重要な役割を果たしており、VEGFなど様々な因子により制御されている。また、VEGF等によりAktが活性化することが知られている。

 Topotecanは前述のとおりPI3K-Akt経路の抑制作用を有することから、この経路の遮断と血管新生阻害作用との関わりについて検討した。

2-1.bFGF-及びVEGF-induced migrationに対する作用

 まず、VEGFまたはbFGF刺激によるヒト臍帯内皮細胞(HUVEC)のmigrationに対するtopotecanの効果をin vitro invasion assayにて評価した。

 その結果、VEGFまたはbFGF刺激によりHUVEC migrationの亢進がみられたが、topotecanを同時添加することでVEGF及びbFGF刺激によるHUVEC migrationはいずれも抑制された。

 また、PI3Kの特異的阻害剤LY294002処理でもbFGF刺激によるHUVEC migrationの抑制がみられたが、シスプラチン処理ではbFGF-induced migrationに対する影響は認められなかった(Fig.5)。

2-2.TopotecanによるAkt活性抑制作用

 PI3K阻害剤LY294002によりHUVECのmigration抑制作用が認められたことから、bFGFinduced migrationにPI3K-Akt経路が関与していることが示唆された。そこで、topotecan処置後のAktに対する作用について検討したところ、HUVECにおいても,A549細胞と同様にtopotecan処理によりAkt活性の抑制が認められた。

 次にAktの活性化体であるMyr-Aktを遺伝子導入したHUVECを用いて、topotecanのmigration抑制に対する影響を検討した。その結果、Aktの活性化体を導入した細胞ではtopotecanによるmigration抑制作用はみられなかったことから,topotecanはPI3K-Akt経路の抑制を介して血管新生を抑制している可能性が示唆された(Fig.6)。

 以上、TopoI阻害剤topotecanの抗腫瘍効果におけるAktを介した生存シグナル伝達遮断の意義について検討した。その結果、topotecanはヒト肺癌A549細胞におけるアポトーシス誘導時に、Aktをリン酸化する上流のキナーゼPDK1及びPI3Kの活性を抑制することでAktの活性化を抑制し、PI3K-Akt生存シグナル伝達の抑制作用を有していることが示唆された。また、HUVECにおいてもAkt活性を抑制し、VEGF及びbFGF刺激に伴うmigrationを阻害していることが示された。Aktの活性化型遺伝子を導入することでtopotecanの作用の減少がみられたことから、topotecanのPI3K-Akt生存シグナル伝達の抑制を介した直接的な癌細胞へのアポトーシス誘導作用及び血管新生阻害作用が、topotecanの抗腫瘍効果の一端を担っている可能性が示唆された。

Fig.1 TopotecanによるAkt活性の抑制

Fig.2 活性化型Akt遺伝子導入によるTopotecan感受性変化

Fig.3 Topotecan によるPDK1およびPI3K活性抑制

Fig.4 Topotecan によるPI3K-Akt生存シグナル伝達の抑制機序

Fig.5 bFGF-induced HUVEC migrationに対するTopotecanの抑制作用

Fig.6 活性化型Akt遺伝子導入によるHUVEC migration亢進とTopotecanの作用の減弱

審査要旨 要旨を表示する

 アポトーシスは、多細胞生物が持っているホメオスタシス(恒常性)維持機構のひとつであり、不要になった細胞や有害となる細胞を除去する細胞消去の役割を果たしている。近年、多くの癌遺伝子や癌抑制遺伝子がアポトーシスシグナル伝達に関与していること、癌細胞はこのアポトーシスのシグナル伝達に何らかの異常をきたしていることが証明されつつある。抗がん剤によるDNA損傷は、癌細胞のアポトーシスシグナル伝達機構を活性化して細胞死を起こすことが明らかとなってきたが、抗がん剤によるアポトーシス誘導の分子機構の全容については、未だ明らかにされていない。抗がん剤の誘導するアポトーシスの感受性を規定する分子を同定し、その作用機構を分子レベルで明らかにすることは、より効果的な癌化学療法を考える上で重要である。

 細胞の生死は拮抗するアポトーシス誘導シグナル量と生存シグナル量の相対的なバランスによって決定されており、アポトーシスにおける生存シグナルの重要性が最近明らかにされつつある。増殖因子刺激に伴い活性化されるphosphatidylinositol-3' kinase(PI3K)の下流のエフェクターであるセリン/スレオニンキナーゼAktは、アポトーシス促進能をもつBadやcaspase-9などのリン酸化を介した不活性化によりアポトーシスを抑制し、生存シグナルの主要なメディエータとして近年注目されている。そこで、本研究では、topoisomerase I阻害剤topotecanの抗腫瘍効果における生存シグナルの役割について、PI3K-Akt生存シグナル伝達経路を中心に検討した。

1. Topotecanによるヒト肺癌A549細胞におけるアポトーシスの誘導

1-1. ヒト肺癌A549細胞におけるアポトーシスの誘導

 ヒト肺癌A549細胞をtopotecan処理したところ、topotecanの用量増加に伴い、cell viabilityの減少及びsub-G1 fractionの増加が認められ、アポトーシス誘導がみられた。また、様々な刺激によるアポトーシス誘導時に活性化され、アポトーシス実行過程の中心的な役割を果たすシステインプロテアーゼcaspase-3のtopotecan処理による活性変化について検討した結果、topotecan処理によりA549細胞ではcaspase-3の活性化が認められた。一方、A549細胞のカンプトテシン耐性株A549/CPT細胞は、topotecanに低感受性を示し、topotecan処理によるcaspase-3の活性化はみられなかった。

1-2. TopotecanによるAkt活性抑制作用

 生存シグナルの主要メディエータであるAktに対するtopotecanの作用について検討したところ、A549細胞では、topotecan処理によりAktの活性化体であるphospho-Akt量の減少及びAkt kinase活性の抑制が認められた。一方、topotecanに低感受性を示すA549/CPT細胞では、Akt活性に変化はみられず、Aktはtopotecan感受性規定因子の一つである可能性が示唆された。さらに、AktはIkB kinase(IKK)のリン酸化を介した活性化によりIkBのリン酸化レベルを上昇させることから、topotecan処理後のA549細胞のphospho- IkB及びIkB量について調べたところ、topotecan処理によりphospho-IkB量の減少及びIkB量の増加がみられ、topotecanは細胞内においてもAkt活性を抑制していることが示唆された。

 TopotecanによるAkt活性の抑制作用がtopotecanで誘導される細胞死に寄与している可能性を検討するために、Aktの活性化型遺伝子をA549細胞に遺伝子導入し、topotecanに対する感受性変化を検討した。その結果、constitutively active Akt(E40K, T308D/S473D)を過剰発現させることで、topotecan処理後のcell viabilityが有意に上昇し、topotecan感受性が低下していることが示唆された。このことから、topotecanで誘導される細胞死の一部はPI3K-Akt生存シグナルの抑制を介していることが示唆された。

1-3. TopotecanによるAkt活性抑制メカニズム

 TopotecanによるAkt抑制がアポトーシス誘導のどの時点で起こっているか検討するために、経時的解析を行ったところ、phospho-Akt量の減少はtopotecan処理後12時間頃より、caspase-3活性化は24時間頃よりみられ、Akt抑制がcaspase-3活性化より時間的に先に起こることが示唆された。TopotecanによるAkt抑制がcaspase活性化の上流であることを確認するために、caspase阻害剤を用いて検討した。その結果、caspase阻害剤により、topotecanによるcaspase-3活性化は抑制されたのに対し、Akt抑制作用は影響を受けなかったことから、topotecanによるAkt活性抑制はcaspase-3活性化の上流に位置することが示唆された。

 さらに、topotecanのAkt抑制メカニズムについて検討を加えた。Aktの活性化には膜への移行及び膜近傍でのリン酸化が重要であることから、これらに関与している上流のキナーゼPI3K及びPDK1についてtopotecanの作用を検討した。Topotecan処理したA549細胞のcell lysateよりPDK1及びPI3Kを免疫沈降し、PDK1活性及びPI3K活性をそれぞれ調べた結果、topotecanはPDK1及びPI3Kの活性を用量依存的に抑制することが示された。以上のことから、topotecanはPI3K及びPDK1の活性を抑制することでAktの膜移行及びリン酸化の両者を阻害し、Aktの活性化を抑制することが示唆された。

2. ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)におけるbFGF-, VEGF-induced migrationに対する

 topotecanの抑制作用

 Topotecanがin vivoラット血管新生モデル(rat disc angiogenesis model)において血管新生阻害剤TNP470と同程度の血管新生阻害作用を示すことが報告され、topotecanの抗腫瘍効果の一部には、癌細胞に対する直接的な細胞毒性効果の他に血管新生阻害を介した間接的な作用も寄与している可能性が示唆された。血管新生は、腫瘍の増殖や転移に重要な役割を果たしており、VEGFなど様々な因子により制御されている。また、VEGF等によりAktが活性化することが知られている。

 Topotecanは前述のとおりPI3K-Akt経路の抑制作用を有することから、この経路の遮断と血管新生阻害作用との関わりについて検討した。

2-1. bFGF-及びVEGF-induced migrationに対する作用

 VEGFまたはbFGF刺激によるヒト臍帯内皮細胞(HUVEC)のmigrationに対するtopotecanの効果をin vitro invasion assayにて評価した。

 その結果、VEGFまたはbFGF刺激によりHUVEC migrationの亢進がみられたが、topotecanを同時添加することでVEGF及びbFGF刺激によるHUVEC migration はいずれも抑制された。

 また、PI3Kの特異的阻害剤LY294002処理でもbFGF刺激によるHUVEC migrationの抑制がみられたが、シスプラチン処理ではbFGF-induced migrationに対する影響は認められなかった。

2-2. TopotecanによるAkt活性抑制作用

 PI3K阻害剤LY294002によりHUVECのmigration抑制作用が認められたことから、bFGF-induced migrationにPI3K-Akt経路が関与していることが示唆された。そこで、topotecan処置後のAktに対する作用について検討したところ、HUVECにおいても,A549細胞と同様にtopotecan処理によりAkt活性の抑制が認められた。

 次にAktの活性化体であるMyr-Aktを遺伝子導入したHUVECを用いて、topotecanのmigration抑制に対する影響を検討した。その結果、Aktの活性化体を導入した細胞ではtopotecanによるmigration抑制作用はみられなかったことから,topotecanはPI3K-Akt経路の抑制を介して血管新生を抑制している可能性が示唆された。

 以上、本研究により、topo I 阻害剤topotecan の PI3K-Akt 生存シグナル伝達の抑制を介したアポトーシス誘導及び血管新生阻害作用が、topotecanの抗腫瘍効果の一端を担っていることを明らかにすることができた。このような抗がん剤によるAkt不活性化を通じた癌細胞のアポトーシス誘導は、近年様々な抗がん剤においても認められることが報告されつつあり、今後PI3K-Aktシグナル伝達系を標的にした抗がん剤開発がさらに進むものと考えられる。この成果は、生命薬学における興味ある知見を明らかにしたものであり、博士(薬学)の学位を受けるに充分値するものと判断した。

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