学位論文要旨



No 215485
著者(漢字) 後藤,健介
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,ケンスケ
標題(和) リーモートセンシングによる植生指標を用いた農地・森林災害モニタリング手法の開発
標題(洋)
報告番号 215485
報告番号 乙15485
学位授与日 2002.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15485号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 助教授 有川,正俊
 東京大学 助教授 貞広,幸雄
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の背景と目的

 日本には多くの農地、森林があるため、自然災害によって植生が大きな被害を受け、農業や林業が大打撃を受けることが多い。このような農地・森林の自然災害による植生被害を、本研究では農地・森林災害と呼ぶが、この被害は広域であり、被害の減少、拡大防止などの対策を講じるためには、災害モニタリングを行うことが重要となる。最近では、農地・森林災害調査には、広域性や定量性に優れたリモートセンシング技術が用いられるようになったが、これら既往の研究では災害後の植生指標を調べたものが多く、解析結果を各種資料収集や災害特性などを調べた現地調査結果と比較していないため、植生指標によって災害の被害状況を把握できているのか分からない難点がある。

 そこで、本研究では、被害前後の植生指標を比較することにより被害状況を把握するモニタリング手法によって、実際の塩害、林野火災の被害をモニタリングし、この結果を地上リモートセンシングや各種資料収集、ヒアリング調査などの現地調査結果と比較することで、植生指標によって塩害、林野火災の被害状況を把握できているのかを、3つのケーススタディによって検証した。

2.ケーススタディの概要と結果

 本研究では、農地・森林災害の中でも実際に起こった塩害、林野火災に関して3つのケーススタディを行った。

 ケーススタディ1では、1997年の台風9713号によって南西諸島のサトウキビが被害を受けた塩害を、地上リモートセンシングおよび衛星リモートセンシングを利用して調査解析した。地上リモートセンシングでは、被害が大きかった笠利町のサトウキビの温度変化と分光反射特性を調べ、その結果、図1のように・塩害を受けたサトウキビの植物活性度が低いことが分かった。このことは、植物活性度を表す植生指標を利用する本研究の手法の有効性を示す。

 また、塩害を受けたサトウキビは、被害後約1週間は健全なものと肉眼では見分けがつかず、1週間後に被害が可視化する。しかし、近赤外領域のスペクトル変化は表れている。このことは、被害後1週間の間に、地上リモートセンシングによって塩害サトウキビを早期発見し、水を掛けるなどの対策を取れば、被害を最小限にすることが可能であることを示唆する。

 最終的には、図2に示すように、衛星データから植生指標を算出して作成した被害度分類図を地上踏査によるものと比較することで、農地・森林災害モニタリングヘの衛星データの利用可能性を評価したが、地上踏査による被害度分類図が大まかなものであったため、衛星データから作成した被害度分類図の精度検証を行えず、農地・森林災害モニタリングヘの衛星データの利用可能性が十分に分からなかった。そこで、特に衛星データの利用可能性の評価に焦点を当てて、ケーススタディ2を行った。

 ケーススタディ2では、1999年の台風9918号によって起きた塩害を、熊本県の竜北・小川・鏡の3町を対象として調べた。このケーススタディでは、まず、対象地内の竜北町不知火干拓地において行われた土壌塩分調査結果と衛星データから算出した植生指標NDVIの相関関係を調べた。土壌塩分濃度が高ければ、その箇所における植生に付着した塩分濃度も高いことを示す。このことと、塩害を受けた植生の活性度は低いことを鑑み、塩害の被害を数値として表しているNDVI比が土壌塩分濃度と相関関係にあれば、NDVI比によって塩害の被害を調べる植生指標を用いたモニタリング手法の妥当性力認められることとなる。両者の関係を調べた結果、図3に示すように、相関関係があることが分かり、植生指標NDVIを利用した塩害モニタリング手法の妥当性が示された。

 植生指標を用いたモニタリング手法の妥当性が確認できたことから、図4、図5のように対象地全域のNDVI比画像を衛星データから作成した。これらのNDVI比画像より、時間の経過とともに被害が進行し、時間の遅れを伴って被害が表面化する塩害の特徴を捉えていることが分かった。このことは、塩害モニタリングヘの衛星データの利用可能性を示すものである。

 また、ケーススタディ1のサトウキビと同様に、塩害を受けたい草は、被害後1週間の間は被害が可視化することはないが、1週間後に赤く変色した。このことから、被害後1週間の間に地上リモートセンシングによるモニタリングを行って、塩害を受けたい草を選定すれば、塩分を洗い流すことで、被害を最小限に留めることができると期待される。

 ケーススタディ3では、1983年に起こった岩手県久慈市の林野火災を調査解析した。このケーススタディでは、久慈市林野火災の被害状況を植生指標を用いて解析する場合、どの植生指標が解析により適しているかを、F検定とt検定を行うことで確認した。解析に用いた植生指標はRVI,DVI1,DVI2,NDVI,TVI、GVIの6式である。

 まず、衛星データとして用いたLANDSAT/MSSデータのうち、植物の反射特性の変化を最も強く捉えるバンド7のシュードカラー画像が航空写真から作成された被害度分類図と可能な限り一致するように、バンド7をレベルスライスし、仮の被害度分類を行った。この被害度ごとにおける火災前後の各バンドのデータを取り出し、スペクトルプロット図を作成すると、図6のようになり、被害度が大きいほど、バンド7のCCT値(平均値)が大きく減少していることが分かった。これは植物活性の低下を示唆しており、植生指標を用いたモニタリング手法の有効性を示すものである。

 次いで、バンド7のジュードカラー画像において、それぞれの被害度の地域で火災前後の6種類の植生指標を求め、火災前後で比較し、被害度別に群別分類した。この群別分類の有意性をF検定とt検定を用いて確認した結果、久慈市林野火災を植生指標で解析する場合、DVI2およびGVIの2つの植生指標がより適切であることが分かった。この植生指標を用いて作成した被害度分類図と航空写真から作成されたものとを図7のように比較した結果、植生指標を用いたモニタリング手法による被害度分類図は、今回の林野火災被害を捉え、被害度を分類できていた。このことは、航空写真に代わるものとして、衛星データが利用可能であることを示す。

3.植生指標を用いたモニタリング手法の問題点

 3つのケーススタディを通して、植生指標を用いたモニタリング手法の問題点も明らかとなった。今回、解析に用いた衛星データの解像度は30m、80mであり、被災地全体の被害状況をモニタリングするには十分であったが、圃場ごとの詳細な被害状況を把握できなかった。このことは、対象域が狭い場合における既存衛星データでのモニタリングが困難であることを示すものである。このため、対象域が狭く、詳細なモニタリングを行う場合、さらに高解像度の衛星データを用いるか、地上リモートセンシングによるモニタリングを行う必要がある。

 また、本研究で解析に用いた衛星データの観測周期は17日および18日であり、被害度分類図を作成し、植生の被害状況を調べることは可能であったが、気象条件によって最適なデータを得ることができなかった。気象条件カ悪い場合においては、既存衛星データの取得は困難であり、既存の衛星データより観測周期が短い高解像度衛星データでも気象の影響は受けることから、最適な衛星データを取得できない場合は、地上リモートセンシングによるモニタリングが必要である。

 以上のことから、本手法に地上リモートセンシングを組み合わせれば、詳細で最適なデータを取得することができる。

4.結論

 本研究では、3つのケーススタディを通して、植生指標によって塩害、林野火災の被害状況を把握できているかを検証した結果、植生指標を用いた本モニタリング手法が、農地・森林災害の中でも塩害、林野火災のモニタリングに実利用できることが確認できた。

 3つのケーススタディを通して得られた結論は、以下のとおりである。

(1)ケーススタディを通して、植生指標を用いた本モニタリング手法の有効性を確認でき、この手法を用いれば、農地・森林災害の中でも塩害、林野火災の被害状況を把握できる。

(2)地上リモートセンシングによるモニタリングを行えば、被害を受けた植生の早期発見が可能であり、塩害の場合は塩分を洗い流すなどの対策を講じることで、被害を最小限に留めることができ、被害拡大の防止に繋がる。

(3)植生指標を用いたモニタリング手法は、対象域が広域な場合においては、地上踏査や航空写真による既存手法と比較して有効であるが、対象域が狭く、被害を受けた植生の早期発見を行う必要がある場合においては、本手法に地上リモートセンシングを組み合わせて、モニタリングを行う必要がある。

 当面の課題としては、今後はケーススタディをさらに行い、対象地に被害後早急に赴き、地上リモートセンシングによって被害を受けた植生指標の変化を調べ、植生指標を用いる本モニタリング手法の有効性を追求していく。また、塩害、林野火災は勿論、他の農地・森林災害(例えば火山災害、水害など)においても、本モニタリング手法によるモニタリングを実施し、本手法の有効性を検証していく必要がある。また、ケーススタディ3においては、より適切な植生指標の決定を行ったが、各モニタリングにおいても行っていく。さらには、航空機リモートセンシングによるモニタリングを行い、その利用可能性を評価し、利用可能であれば、本手法に組み込んでいく。以上のような課題を、今後の研究において行っていき、より信頼性の高いモニタリング手法を開発していく所存である。

図1:サトウキビの分光反射特性

図2:地上踏査と衛星データによる被害度分類図の比較

(a)地上踏査による被害度分類図 (b)衛星データによる被害度分類図

NDVI比と土壌塩分濃度の散布図

図4:NDVI比画像

(a)被害直後 (b)被害後約1ヶ月

図5:被害後16日間の被害進行図

図6:火災前後のスペクトルプロット図

図7:航空写真と植生指標による被害度分類図の比較

(a)航空写真による被害度分類図 (b)植生指標DVI2による被害度分類

審査要旨 要旨を表示する

 台風や火災、土砂崩壊、高潮などの自然災害によって、農作物や森林が被害を受けることは地域経済上深刻な問題を引き起こす。被害は地理的に広範囲に及び、特に調査のしにくい山間部などに広がることも少なくないため、被害状況の把握には困難が伴う。被害状況の把握はさらなる間接的な被害の軽減を図ったり、救済措置を実施するためばかりでなく、保険金額の算定などにも重要であり、迅速な調査が必要とされている。植生の被害は枯死やいわゆる植生活性度の低下につながるため、衛星リモートセンシングを中心とする手法が被害評価に多く適用されてきた。その多くは植生の近赤外領域における反射が枯死や活性度の低下に伴い、相対的に低下することに着目し、植生指標と呼ばれる指標を算定することで、被害の状況をより客観的に捉えようとしている。しかし、従来の研究の多くは災害の前後に撮影された衛星画像から植生指標を算定、比較することで被害の程度とその空間分布を推定することにとどまっており、詳細な現地調査に基づいて、被害の状況と植生指標との関係がどのようにダイナミックに変化するかと言った視点が十分ではなかった。そのため、従来の研究はややもすると、天候に恵まれて偶然撮影された衛星画像から、被害の状況を大まかに把握することができるという、被害の事後評価にとどまっていたと言える。本来、植生リモートセンシングはさまざまなプラットフォームやセンサを駆使することで、被害をさまざまな時間的、空間的スケールで捉えることができるはずである。特に、その可能性を実証的に評価することがリモートセンシングによる災害モニタリング研究を発展させる上で重要と言える。

 提出論文は、こうした視点に立ちいくつかの植生災害をケーススタディに詳細な現地調査を行い、植生指標との関連を時間的にも追うことで、植生災害被害のモニタリングヘのリモートセンシング技術の適用可能性を実証的に明らかにすることを目的としている。

 論文は7章からなっている。第1章は序論であり研究の背景と目的を述べている。第2章は農地・森林災害に関する概説であり、さまざまなタイプの災害を整理し、特に論文で対象とする塩害や火災に関して既存の研究や災害事例などを整理している。第3章では、植生指標を用いた農地・森林災害のモニタリング手法に関する既存研究を整理し、その課題を明らかにすると共に、モニタリング手法を開発する上で満たすべき要件を整理している。第4章以降は実際の災害に関するケーススタディである。第4章では台風9713号による南西諸島サトウキビ塩害の調査解析と塩害対策への適用と題して、現地調査の結果と衛星および地上からのリモートセンシングによる結果の関連分析を行い、サトウキビ塩害では地上リモートセンシングを行うことで、被害が肉眼にも明らかになる以前に塩害サトウキビを発見することが可能であることを示している。そして、被害を早期に発見することができれば、真水による洗浄などの緊急対策を施すことで被害程度を軽減することができる可能性を明らかにした。第5章では、熊本県竜北・小川・鏡3町において、主としてい草が、台風9918号による高潮によって被った塩害を対象に調査解析を行った。その結果、圃場レベルにおいても植生指標の変化率と塩害被害との間には明確な相関があることがわかり、植生指標を利用した塩害モニタリング手法の妥当性が示された。さらに、サトウキビと同様に、塩害を受けたい草は被害後1週間程度たたないと被害を受けていることを確認できないが、その前に被害を受けているい草をリモートセンシングから把握できることが明らかにした。このことから、地上からリモートセンシングを行うことで、被害を早期に発見してその拡大を軽減できる可能性のあることが再確認された。第6章では、1983年に起こった岩手県久慈市の林野火災を調査解析した。このケーススタディでは、久慈市林野火災の被害状況を植生指標を用いて解析し、既存研究で提案されたさまざまな植生指標のうちどれが解析により適しているかを、F検定とt検定を行うことで確認した。その結果、植生指標の定義によっては得られる結果にかなり差のあること、言い換えれば災害タイプに応じて植生指標を選定することの重要性が実証的に示唆された。第7章は結論である。そこでは、3つのケーススタディを通して、植生指標を用いたモニタリング手法の限界と可能性、さらに将来への展開の方向が結論として明らかにされている。すなわち、衛星画像は、従来から言われているように広域のモニタリングには適していることが実証できたものの、衛星データの観測周期が長いことが多く、被害の拡大防止策の実施などに関してはきわめて不十分であること、地上リモートセンシングなどを組み合わせることで、塩害などに関しては被害の早期発見とその軽減に大きく貢献できる可能性があることが明らかになった。また今後は地上リモートセンシングに加え、ラジコンヘリなども活用した手軽な空からのリモートセンシングなどを、衛星画像と組み合わせることが有望であることを明らかにしている。

 以上をまとめると、本論文は詳細な現地調査に基づき、災害モニタリングに対するリモートセンシング技術の適用可能性と限界、またブレークスルーの方向を、実証的に示したものであり、リモートセンシング工学の発展に大きく寄与するのであると判断できる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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