学位論文要旨



No 215486
著者(漢字) 三山,剛史
著者(英字)
著者(カナ) ミヤマ,タカフミ
標題(和) 免震構造に与える積層ゴムの二次的力学特性の影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 215486
報告番号 乙15486
学位授与日 2002.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15486号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 教授 壁谷澤,寿梅
 東京大学 助教授 高田,毅士
 東京大学 教授 藤田,隆史
内容要旨 要旨を表示する

 耐震設計の最終目標は「建物の崩壊から人命を守る」から「人間、財産、機能、人の活動を守る」に変わってきている。免震構造はこの耐震設計の最終目標を容易に達成できる安全性の高い技術のひとつで、これからの適用の拡大が必要である。本論文ではこの目標に向かい、適用の機会の多い高層建物、中間階免震を選び、その技術的課題について検討を行った。高層建物に免震を適用する場合、高軸力化、大きな軸力変動、免震層の変位の増大、積層ゴムに生じる引張りの問題等が考えられ、中間階免震では積層ゴムに加わる回転の問題が考えられる。従来の免震構造では基本的にはこのような問題が無視できる範囲での適用を進めてきている。免震構造の適用を拡大するために、このような問題点の影響を明確にする事を本論文の目的としている。

 積層ゴムのせん断剛性、曲げ剛性、軸剛性はそこに加わる軸力やその変動量の増大、水平変位の増大、回転変位の発生により影響を受ける。すなわち、その剛性にかかる変位だけでなく、異なる方向の力や変位により剛性が影響を受けている。本論分ではこの影響を受けることを二次的力学特性と呼んでいる。この二次的力学特性は剛性にだけ影響を与えるのではなく、変形能力や鉛直変位にも影響を与えると考えられる。さらには、積層ゴムの引張りや着座後の振動、ねじれ振動にも影響を与えている。このような影響について以下の6点を検討した。

1)せん断剛性、曲げ剛性、軸剛性

 積層ゴムに大きな軸力変動、大きなせん断変形、回転が加わる場合に、せん断剛性、曲げ剛性、鉛直剛性はそれぞれの主方向以外の変形や力の影響を受ける。このような二次的力学特性の影響を理論と実験により検討した。

2)変形能力

 積層ゴムに回転が加わる場合の変形能力に関して理論と実験により確認した。

3)鉛直変位

 積層ゴムに水平変位や回転が加わる場合の鉛直変位に関して理論と実験により検討した。

4)積層ゴムに引張りを生じる場合の性状と着座後の振動

 高層の建物ではロッキングにより積層ゴムの軸力変動は大きくなり、引張りを生じる場合もある。引張りを生じた後の着座により積層ゴムに発生する軸力、加速度について検討を行い、最大軸力の予測方法を示した。

5)二次的力学特性を考慮した時刻歴応答解析

 理論や実験から求められた二次的力学特性を考慮した時刻歴応答解析の方法を示し、その妥当性を実験結果により確認した。

6)現実的な建物への二次的力学特性の影響の確認

 現実的な建物を考え、免震建物に適切で製造可能な積層ゴムを標準的な積層ゴムとして定め、これらの積層ゴムを用いた場合の二次的力学特性の影響を確認した。具体的にはせん断剛性に及ぼす軸力の影響、回転剛性に及ぼす水平変位や軸力の影響、曲げモーメントに及ぼす回転角や軸力の影響などについて、検討を行った。また、アスペクト比の高い建物の余裕度の検討を行った。

 これまで積層ゴムのせん断剛性は幾何学非線形が考慮されたHaringx理論により求められている。本論文では二次的力学特性の評価を行うために積層ゴムを剛棒とばねを用いた簡単なモデルにより表す提案を行った。このモデルの中ではせん断剛性、曲げ剛性、軸力が分離して表されており、弾性範囲内であれば、Haringx理論に一致するものである。このモデルではせん断剛性や曲げ剛性のせん断変位依存性、軸力依存性等の二次的力学特性や材料の非線形性を考慮する事が可能である。さらに、このモデルを用いる事により積層ゴムの水平変位だけでなく、回転変位も扱う事が可能となる。このモデルの提案の過程では曲げ剛性の軸力依存性の理論式も示した。また、積層ゴムの上下面に回転と水平変位が加わる場合の鉛直変位の理論式とその簡略式を示した。さらに積層ゴムの曲げ剛性に関しては引張り剛性の影響をふまえた評価方法を示した。

 実験から依存性のデータを取得するため、及び上記の評価方法を検証するために積層ゴムの静的加力試験を実施した。従来の積層ゴムの加力試験は積層ゴムの上下面の回転角を0としたものが多く行われているが、この試験では、積層ゴムの上面の回転角を変化させる実験も行った。この試験から以下の事項が明らかとなった。

1)積層ゴムのせん断剛性のせん断変位依存性について実験式を得た。また、回転剛性のせん断変位依存性は積層ゴムの上下面の重なり部分の断面二次モーメントにほぼ比例している事を確認した。

2)曲げ剛性の軸力依存性の試験結果から、面圧が低い場合は引張り剛性の影響を受けて曲げ剛性は小さくなること、50kg/cm2以上であれば、面圧の増加に伴って曲げ剛性が小さくなる事、その曲げ剛性の低下がHaringxの理論から得られた値に比べ大きい事を確認した。

3)軸剛性の水平変位依存性に関しては本論文で示した評価式により概ね表される事が示された。

4)降伏モーメントは積層ゴムの引張り降伏応力を10kg/cm2、引張り側の剛性を圧縮側の剛性の1/10とし、平面保持を仮定して求めた値にほぼ一致しする事を示した。

5)建物の中柱、外柱を想定し、せん断変位に連動させて軸力や面圧を変化させた試験を行った。この結果はせん断剛性試験や回転剛性試験で得られた結果と対応する事を確認した。更に、せん断剛性試験や回転剛性試験から得られた二次的力学特性を考慮する事により、提案している剛棒とばねのモデルで妥当に評価できる事を示した。

6)負の面圧を受けた後にせん断剛性が多少変化すること、その剛性の変化は免震の機能に大きな影響は与えない事を確認した。

7)回転を生じる場合の鉛直変位について理論式により妥当に評価できる事を確認した。

8)積層ゴムの上面に回転を加えた場合と加えない場合について積層ゴムのせん断破断試験を行った。その結果、上面に与えた回転角は積層ゴムの変形能力にあまり影響を与えないという結果が得られた。

 大きな軸力変動の建物応答への影響の確認、積層ゴムに引張り、および着座後の振動の性状を調べる目的で、アスペクト比を5とした1/12の建物模型を用いて振動台実験を行った。この実験では模型を4つの積層ゴムで支持し、線形のオイルダンパーを用いた。実験結果の評価が単純になるように地震動は水平方向1方向のみとして行い、免震装置に加わる力と変位に着目した計測を行った。この実験結果から以下の事が言える。

1)ロッキング振動による軸力変動で積層ゴムのせん断剛性が変化している事を確認したが、その影響は建物全体では無視できるものであった。

2)水平変位の増大により軸剛性が低下する水平変位依存性を確認した。

3)積層ゴムに引張りを生じ、その後着座してからの振動は、建物中央を回転中心とするロッキング振動と水平振動、および建物全体の上下振動に分離できる事を示した。

4)積層ゴムに生じた引張り量からその後の着座により積層ゴムに生じる最大軸力の予測方法を示した。実験結果とよい一致をしている事がわかり、予測方法の妥当性を確認した。圧縮軸力が大きくなることから、積層ゴムの圧縮せん断状態の限界を定める事は積層ゴムの引張り量の限界を定める事になるといえる。

 これらの理論と実験結果を用いて二次的力学特性を考慮した時刻歴応答解析を行い、振動台実験で得られた二次的力学特性の実験結果が妥当にシミュレートできることを示した。この応答解析では二次的力学特性と材料非線形性がせん断ばね、回転ばね、軸ばねに考慮されており、そのための収斂方法も示した。

 これらの理論、実験結果、解析結果をふまえ、二次的力学特性が免震建物の設計に及ぼす影響を検討した。この検討では設計用エネルギースペクトルから免震層の変位やせん断力係数を求めており、個々の地震動の影響のない平均的な値となっている。以下に得られた結果を示す。

1)せん断剛性の変位依存性に関してはおおよそ予測される最大応答せん断歪での剛性を用いれば、依存性の影響は無視できる事、予測される最大応答変位より小さ目のせん断ひずみでのせん断剛性を用いれば免震層の最大変位は少し大きくなるため、変位に余裕を見る必要があるが、せん断力係数は小さ目に出るため、安全側の結果が得られる事を確認した。

2)面圧依存性により積層ゴムのせん断剛性が変化する場合の検討を行った。軸力の増加は積層ゴムの安定限界変形に対する安全率を下げるため、軸力の評価が重要となるが、免震層の固有周期の変動は小さく、応答に与える影響も小さい事を確認した。

3)積層ゴムの上面に回転角を加えた場合、せん断力が低下し免震層の固有周期は長くなる。このため、免震層の応答変位はわずかに大きくなり、せん断力係数は小さくなる。変位に少しの余裕を見る必要はあるが、上部建物に対しては安全側となる事を確認した。

4)積層ゴムの曲げ剛性は水平変位依存性の影響を受け、せん断歪が200%程度となるとほとんど0となり、回転による応力は無視でき、そのため生じるモーメントはPΔモーメントが主体となる事を確認した。

5)アスペクト比の大きい建物の終局状態としては積層ゴムのせん断引張り破断と建物の転倒が考えられる。これらの状態について安全の余裕度をエネルギーの面から検討した結果、転倒に対しては基礎幅を広げることにより同じアスペクト比でも余裕度は上がるが、引張りせん断破断に対する余裕度はあがらないことを示した。また、アスペクト比が大きい場合は建物の幅を大きくし、外側の免震装置には引張り変位が大きく取れる免震装置を使用する必要がある。

6)軸力変動により懸念されるねじれに対しては、ねじれ振動の発生しやすい4本柱の建物を想定して検討した。その結果、座屈応力に対する最大軸応力が0.4倍以下であれば、偏心率は3%以下となる事を確認した。

7)鉛直歪にはS1、S2、ntrが関係し、直径には直接関係しない事、回転による鉛直変位は軸力に関係しない事等を確認した。

 本論文では高層建物の免震化、長周期化、柱頭免震の普及を目指して検討を行った。この場合の課題となる二次的力学特性に関して、理論式で示される部分、実験から得られる部分を明らかにした。理論式で示される部分に関しては実験により確認を行い、その妥当性を示した。さらに実験から、材料の非線形性などのデータを取得した。振動台実験により二次的力学特性の確認を行い、つづいて浮き上がりを生じて着座した後の振動性状を明らかにした。さらに着座後に積層ゴムに生じる最大軸力の予測方法を示し、実験結果からその妥当性を確認した。また、理論や実験から得られた二次的力学性特性を考慮した時刻歴応答解析の方法を示し、実験結果が妥当にシミュレートできることを確認した。さらに二次的力学特性が免震建物の設計に及ぼす影響を示し、無視できる範囲、安全側の評価となる場合を示した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「免震構造に与える積層ゴムの二次的力学特性の影響に関する研究」と題し、積層ゴムを利用した免震構造において、大きな軸力及び軸力変動ならびに大きな水平変位・回転が積層ゴムの力学特性に及ぼす影響について考察したもので、全7章からなっている。

 1章ではこの研究の目的を示している。免震構造が耐震設計の目標を容易に達成できる安全性の高い技術のひとつで、これからの適用の拡大が期待されることを論じ、これから適用の機会が多くなると予想される高層建物、中間階免震を対象に選び、その技術的課題について検討している。高層建物に免震構造を適用する場合の問題点として、高軸力化、大きな軸力変動、免震層の水平変位の増大、積層ゴムに生じる引張りの問題を挙げ、また中間階免震では、積層ゴムに加わる回転の問題が生じることを指摘している。積層ゴムに加わる軸力やその変動量の増大、水平変位の増大、回転変位の発生により積層ゴムのせん断剛性、曲げ剛性、軸剛性が影響を受けることを指摘し、また剛性だけではなく、変形能力や鉛直変位も影響を受けることも指摘し、これを「二次的力学特性」と呼称している。また従来の積層ゴムを利用した免震構造では、基本的には「二次的力学特性」が無視できる範囲で適用を進めてきているが、今後適用拡大を行うために、これらの問題点の影響を明確にする必要性を指摘し、その解明を本論文の目的としている。

 2章では、「二次的力学特性」を扱うための既往の研究について概観し、それに基づき理論的な提案を打っている。まず二次的力学特性の評価を行うために、積層ゴムを剛棒とばねを用いて表現する簡単な解析モデルの提案を行っている。このモデルでは、せん断剛性、曲げ剛性、軸力が分離して表されているが、弾性範囲内では積層ゴムの幾何学非線形性を考慮したせん断剛性の理論値として知られるHaringx理論に一致することを確認している。さらに、せん断剛性や曲げ剛性のせん断変位依存性、軸力依存性等の二次的力学特性や、材料の非線形性を考慮することも可能であり、積層ゴムの水平変位だけでなく回転変位も含んだ表現となっている。このモデルの提案の過程では、曲げ剛性の軸力依存性の理論式も示しており、また、積層ゴムの上下面に回転と水平変位が加わる場合の鉛直変位の理論式とその簡略式、さらに積層ゴムの曲げ剛性に関して引張剛性の影響をふまえた評価式についても考察している。全般的に設計プロセスにおいて取扱いの容易な解析モデルとなっていることが評価できる。

 3章では、2章で提案した剛棒とばねを用いた解析モデルによる理論値の確認、二次的力学特性や非線形性に関する実証的なデータの取得を目的に、積層ゴムに対する静的載荷実験を実施した結果を報告している。積層ゴムの水平剛性や曲げ剛性の軸力依存性について理論値とほぼ一致することを確認しており、さらに水平剛性や曲げ剛性の水平変位依存性に関する実験データの取得を行っている。積層ゴムに加わる軸カや回転角が水平変位に伴って変化する場合の変形性状を、2章で提案した解析モデルで十分妥当に表現できることを確認し、鉛直変位量に関しても理論値が実験値にほぼ一致することを確認している。また積層ゴムの上下面に回転が加わった場合の変形能力は、その曲げ剛性が水平変位依存性の影響を受けて小さくなるため、回転の無い場合の変形能力とほぼ同等となることも実験により確認している。従来実験例が比較的少ない二次的力学特性に関して貴重な載荷実験データを提供している。

 4章では、大きな軸力変動の建物地震応答への影響を実証的に調べ、積層ゴムに引張が生じた場合の地震応答性状、および着座後の振動応答性状を調べる目的で、アスペクト比を5とした縮尺1/12の建物模型を用いて振動台実験を行った結果を報告している。この実験結果からせん断剛性の軸力依存性の確認、軸剛性の水平変位依存性の確認を行っている。さらに積層ゴムに引張を生じた後、着座してからの振動応答性状について検討し、着座後に積層ゴムに生じる最大軸力の簡便な予測方法を示し、振動台実験結果を妥当に予測できることも確認している。積層ゴムの力学特性が建物全体の地震応答性状に及ぼす影響を、振動台実験という実証的な研究手段で解明しているところが評価できる。

 5章では、2章で示した理論と3章と4章の実験結果を用いて二次的力学特性を考慮した時刻歴地震応答解析を行い、振動台実験から得られた二次的力学特性に関する地震応答性状が妥当にシミュレートできることを示している。この応答解析では、二次的力学特性と材料非線形性が、提案解析モデルにおける、せん断ばね、回転ばね、軸はねに考慮されており、応答計算において必要となる収斂計算方法についても明らかにしている。

 6章では、前章までに示した理論と実験結果をふまえて、二次的力学特性が免震建物の設計に及ぼす影響を解析的に検討している。地震入力エネルギーから免震層の変位や応答加速度を求めており、個々の地震動特性の変動による影響を除外した包括的な地震応答性状について考察しているところが特徴的である。せん断剛性の水平変位依存性、面圧依存性、積層ゴムに加わる回転は免震層の水平変位を少し大きくする一方で免震層に生じるせん断力係数は小さくなるため、建物部分の設計検討においては安全側の結果が得られることを示し、さらにアスペクト比が大きい場合の免震建物の転倒と、積層ゴムの引張・せん断破断に関して検討を行い、建物の耐震余裕度についても考察している。また積層ゴムに加わる軸カの変動により生じるねじれの検討を行い、現実的には影響が少ないことを確認している。いずれも免震建物の構造設計において参考となる有益な知見を導出している。

 7章では、前章までの成果の要約と結論を示し、今後の研究課題について展望している。

 以上のように、本論文では、積層ゴムを利用した免震構造において、高軸力、高軸力変動、大きな水平変位・回転が、積層ゴムの力学特性に及ぼす影響について実験的・解析的に解明し、この種の免震建物の構造設計に有益な知見と解析モデルを提供している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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