学位論文要旨



No 215487
著者(漢字) 金子,祥三
著者(英字)
著者(カナ) カネコ,ショウゾウ
標題(和) 石炭-水スラリ(CWM)燃焼ボイラの開発および設計に関する研究
標題(洋)
報告番号 215487
報告番号 乙15487
学位授与日 2002.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15487号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 教授 松本,洋一郎
内容要旨 要旨を表示する

 石炭を微粒化して水と混合し,少量の添加剤によってスラリ化した高濃度有炭・水スラリ(CWM:Coal Water Mixture)は,石炭を流体化することにより貯蔵やハンドリングを容易にし,またバーナチップにより直接噴霧燃焼を可能とする石炭の新しい有効利用法である。石炭から集中的にCWMを製造すれば各発電所では重油並みの設備で取り扱えるため,特に敷地上の制約が厳しい地域において注目されている技術である。また,近年,燃料価格高騰のため稼働率が悪い油焚きボイラの燃料変換に対しても,CWMは選択肢のひとつとなる。

 CWMに関する研究は1980年頃に開始され,製造,輸送,貯蔵,燃焼等各分野について研究が成されてきた。このうち製造,輸送,貯蔵については化学反応を伴わない物理現象ということもあり,比較的早期に技術的課題は解決され,経済性向上のための工学的な改善が継続されている。

 一方,燃焼については,CWM液滴の燃焼形態についてさえ調べられた例が殆ど無く,バーナチップから噴出した直径100〜400μm程度の液滴内に含まれる数100〜数1000個の粒子が個々に燃焼するのか,或いは凝集した形態でアグロメ燃焼するのか等の基本的な部分も明らかにされていなかった。実機ボイラのバーナや火炉を設計するには,燃焼機構を明らかにし,さらに燃焼反応速度を得ることが必要とされた。

 そこで,本研究では,これらの燃焼機構を解明することにより,新燃料であるCWMを良好に燃焼させる実機ボイラを開発することを最終目的とした。

 まず,CWM単一液滴の燃焼機構解明,及び燃焼反応速度データ取得を行った。これには,従来,熱天秤に代表されるヒータ加熱法による実験が一般的であったが,これらの実験法で実現される粒子の温度上昇速度は高々10〜100℃/s程度であり,粒径30μm程度の微粉炭の場合には数10ms以内に揮発分放出,燃焼が終了する強力な輻射場での実機火炉内の現象は模擬できないと考えた。そこで本研究では単一液滴をYAGレーザによって実機と同レベルの熱流束で加熱させ,液滴からの放出ガス成分と速度について,それぞれCARS法とレーザドップラー法による非接触,且つ高速の計測を試みた。また液滴の表面温度は狭帯域赤外線分光法により求めるなど,光学的手法を駆使した非接触計測を行った。その結果,水分が蒸発した後の液滴は微粉炭が凝集しアグロメ状の粒子として燃焼が開始,継続することなどの燃焼機構が明らかになり,水分の蒸発から燃焼終了までの各段階の反応速度をアレニウス型の実験式で提示した。また,熱分解によって揮発分が放出する過程に対して,液滴の外周部に形成される灰層が拡散抵抗となるモデルにより,反応速度式の炭種依存性が説明できた。

 ここで求めた燃焼反応速度式を用い,単一液滴燃焼の数値シミュレーションを行い,実験結果との比較から,現象のモデル化と反応速度式の妥当性を確認した。さらに,一次元火炉の数値シミュレーションヘと発展させ,CWMの初期粒径と燃焼完了までの必要時間の関係を明らかにし,初期粒径400μmの液滴は約1.5〜1.7sで燃焼完了すること等が判った。これらの計算結果は円筒型燃焼試験炉の試験結果と一致した。また,炉内に噴霧されるCWMの最大粒径は350μm程度以下を目標とする,バーナチップの開発方針が定まった。

 粘度の高いCWMを微粒化するには蒸気や空気等の補助媒体を用いる2流体噴霧が不可欠であるが,広い負荷変化にも適応可能で火炉の圧力変化にも影響が少ない,実機適用性に優れる中間混合型を選定した。

 また各流体の孔径,角度などの噴霧粒径に及ぼす影響を明らかにし,多穴CWMバーナチップを新規開発した。

 基礎実験の結果,CWM燃焼の初期過程では水分の蒸発に時間を要するので,バーナにおける着火安定性にはこの蒸発時間をできる限り短くして早やかに揮発分の放出,燃焼に移行させる必要があることが判った。そこで,大型スワラと保炎器付きのバーナを設計し,0.22kg/s(800kg/h)試験炉を用いた燃焼試験により改良を加え,実機バーナを設計した。

 以上の基礎試験結果を基にしたバーナ開発,火炉設計により常磐共同火力勿来4号(75MW)にてCWMが100%燃焼可能なように改造し,太平洋炭CWMの専焼において灰中未燃分0.7%(過剰02=2.8%,Nox=197ppm)の良好な燃焼特性を得た。この成功に引き続き,新鋭の超臨界圧変圧運転ボイラである勿来8号(600MW)の微粉炭,重油,CWM混焼への改造を行った。燃焼特性は非常に良好であり,CWM混焼率を当初の15%から50%に増加する改造も行った。CWMの燃焼研究は数多くの機関で行われて来たが,事業用火力への適用は世界初のことであった。

 以上のように,燃焼のモデル化や反応速度取得を目的とした基礎試験から始まり,大型燃焼試験,それらの知見を基にした実機バーナ及び火炉設計,実機建設と,新規燃料の導入から実用化までの一連作業を行い,その成果を本論文にまとめた。

 本論文は以下の5章から成っている。

第1章:CWMの一般的特徴を述べると共に,燃焼における問題点と従来の研究について記した。さらに燃焼における課題をまとめ,本研究の目的,位置付けについて記した。

第2章:本研究の骨子を成すCWM液滴の燃焼現象の解明に関して,実験装置,方法,実験結果を記した。さらに実験結果の考察,CWMの燃焼プロセスのモデル化,反応速度を求める実験式についてまとめた。

第3章:エネルギーバランスモデルを用いたCWM単一液滴燃焼過程の数値計算手法,計算結果,及び実測値との比較を述べ,両者が良く一致していることを示した。さらに,計算プログラムをCWM液滴群の燃焼へと発展させ,バーナから噴霧されたCWMの燃焼過程について言及した。

第4章:本研究の結果に基づく総合的な考察と実機への展開,応用について述べた。

第5章:本論文の結論を記した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「石炭-水スラリ(CWM)燃焼ボイラの開発および設計に関する研究」と題し,従来,燃焼形態についてさえ調べられた例の無い石炭-水スラリ(CWM)の燃焼特性を実験および数値シミュレーションで明らかにし,新燃料であるCWMを良好に燃焼させる実機ボイラの開発に成功したものであり,論文は全5章と付録6項目からなっている.

 第1章は,「序論」であり,石炭-水スラリ(CWM)の一般的特徴を述べ,燃焼における問題点と従来の研究について述べた後,CWMの燃焼における課題をまとめ,本研究の目的と位置付けについて記している.すなわち,石炭を微粒化して水と混合し,少量の添加剤によってスラリ化した高濃度石炭・水スラリ(CWM:Coal Water Mixture)は,石炭を流体化することにより貯蔵やハンドリングを容易にし,またバーナチップにより直接噴霧燃焼を可能とする石炭の新しい有効利用法である.石炭から集中的にCWMを製造すれば各発電所では重油並みの設備で取り扱えるため,特に敷地上の制約が厳しい地域において注目されている技術であり,また近年,燃料価格高騰のため稼働率が悪い油焚きボイラの燃料変換に対しCWMは選択肢の一つとなりうる.一方,CWMに関する研究は1980年頃に開始され,製造,輸送,貯蔵,燃焼等各分野について研究が成されてきたが,このうち製造,輸送,貯蔵については化学反応を伴わない物理現象ということもあり,比較的早期に技術的課題は解決され,経済性向上のための工学的な改善が継続されている.他方,燃焼については,CWM液滴の燃焼形態についてさえ調べられた例が殆ど無く,バーナチップから噴出した直径100〜400μm程度の液滴内に含まれる数100〜数1000個の粒子が個々に燃焼するのか,或いは凝集した形態でアグロメ燃焼するのか等の基本的な部分も明らかにされていないこと,そして実機ボイラのバーナや火炉を設計するには,燃焼機構を明らかにし,さらに燃焼反応速度を把握する必要のあること,したがって本研究では,これらの燃焼機構を解明することにより,新燃料であるCWMを良好に燃焼させる実機ボイラを開発することを最終の目的としていることなどが記されている.

 第2章は,「CWM単一液滴の燃焼機構」であり,本研究の骨子を成すCWM液滴の燃焼現象の解明に関して,実験装置,方法,実験結果を記し,CWMの燃焼把握において重要でありながら従来議論の分かれていたアグロメ状燃焼か分散粒燃焼かを明らかにして,実験結果の考察,CWMの燃焼プロセスのモデル化,反応速度を求める実験式についてまとめている.

 まず,CWM単一液滴の燃焼機構解明及び燃焼反応速度データの取得を目的とした実験に関し,従来の熱天秤に代表されるヒータ加熱法によっては実現される粒子の温度上昇速度は高々10〜100℃/s程度であり,粒径30μm程度の微粉炭の場合には数10ms以内に揮発分放出,燃焼が終了する強力な輻射場での実機火炉内の現象は模擬できないことから,本研究では単一液滴をYAGレーザによって加熱する方式を採用して,実機と同レベルの高熱流束を得ることに成功している.また計測については,液滴からの放出ガス成分と速度についてCARS法とレーザドップラー法による非接触,且つ高遠の計測を試み,さらに液滴の表面温度は狭帯域赤外線分光法により計測するなど,光学的手法を駆使した非接触同時計測を行っている.その結果,水分が蒸発した後の液滴は微粉炭が凝集しアグロメ状の粒子として燃焼が開始,継続するなどの燃焼機構を明らかにし,水分の蒸発から燃焼終了までの各段階の反応速度をアレニウス型の実験式などで提示している.また,熱分解によって揮発分が放出する過程に対して,液滴の外周部に形成される灰層が拡散抵抗となるモデルにより,反応速度式の炭種依存性を説明している.

 第3章は「CWM燃焼の数値計算」であり,エネルギーバランスモデルを用いたCWM単一液滴燃焼過程の数値計算手法,計算結果,及び実測値との比較を述べ,両者が良く一致していることを示している.さらに,計算プログラムをCWM液滴群の燃焼へと発展させ,バーナから噴霧されたCWMの燃焼過程について言及している.すなわち,第2章の実験で得られた燃焼反応速度式を用い,まず単一液滴燃焼の数値シミュレーションを行い,実験結果との比較から,現象のモデル化と反応速度式の妥当性を確認した後,さらに一次元火炉の数値シミュレーションヘと発展させ,CWMの初期粒径と燃焼完了までの必要時間の関係を明らかにすると共に,初期粒径400μmの液滴は約1.5〜1.7sで燃焼完了すること,これらの計算結果は円筒型燃焼試験炉の試験結果と一致することを確認し,CWMのアグロメ状燃焼において、現実の複雑なポーラス粒子の燃焼を直接扱うことなく、現実を再現できる近似的な解法を提案している.そして,炉内に噴霧されるCWMの最大粒径が350μm程度以下となるバーナチップの開発に取り組んでいるが,バーナとしては,粘度の高いCWMを微粒化するには蒸気や空気等の補助媒体を用いる2流体噴霧が不可欠となることから,広い負荷変化にも適応可能で火炉の圧力変化にも影響の少ない実機適用性に優れた中間混合型を採用し,基礎実験を行って,各流体の孔径,角度などの噴霧粒径に及ぼす影響を明らかにし,多穴CWMバーナチップを新規に開発している.また,燃焼基礎実験の結果,CWM燃焼の初期過程では水分の蒸発に時間を要するため,バーナにおける着火安定性にはこの蒸発時間をできる限り短くして早やかに揮発分の放出,燃焼に移行させる必要があることが判明したため,大型スワラと保炎器付きのバーナを設計し,0.22kg/s(800kg/h)試験炉を用いた燃焼試験によりさらに改良を加え,実機バーナを設計している.

 第4章は「CWM燃焼技術の実機への適用」であり,本研究の結果に基づく総合的な考察と実機への展開,応用について述べている.すなわち,第3章に述べたバーナの開発,火炉設計によって,常磐共同火力勿来4号(75MW)においてCWM100%燃焼を可能にし,太平洋炭CWMの専焼において,灰中未燃分0.7%(過剰O2=2.8%,N0x=197ppm)という良好な燃焼結果を得ている.これに引き続き,新鋭の超臨界圧変圧運転ボイラである勿来8号(600MW)の微粉炭,重油,CWM混焼への改造を行った結果について記しているが,燃焼特性は非常に良好であり,CWM混焼率を当初の15%から50%へ増加することに成功したこと,このようにして世界ではじめてCWM燃焼の事業用火力への適用に成功したことを記している.

 第5章は「本研究の結論」であり,上記の研究成果を総括してまとめている.

 以上要するに,本論文は,燃焼のモデル化や反応速度取得を目的とした基礎試験に始まり,大型燃焼試験,それらの知見を基にした実機バーナ及び火炉設計と実機建設など,新規燃料の導入から実用化に至る一連の研究と設計,開発を行い成果を得たもので,燃焼工学,熱工学,機械工学の発展に寄与するところ大である.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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