学位論文要旨



No 215490
著者(漢字) 佐藤,睦
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ムツミ
標題(和) 高温超伝導体NdBa2Cu3O7-δ薄膜と常伝導体PrBa2Cu3O7-δ薄膜による積層型ジョセフソン接合の作製と特性
標題(洋)
報告番号 215490
報告番号 乙15490
学位授与日 2002.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15490号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山脇,道夫
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 助教授 浅井,圭介
内容要旨 要旨を表示する

1.研究背景

 近年、ジョセフソン接合の集積化においては、界面改質ランプエッジ接合が優れた特性(特性の指標となる超伝導電流値と常伝導状態での抵抗値の積(IcRn積値)=2〜3mV、接合100個の特性のばらつき1σ=8%)を持つことが報告されている。

 但し、この接合はその電流・電圧特性がヒステレシスを示す超伝導層/絶縁層/超伝導層(S-I-S)型の接合である。

 一方、超伝導論理回路作製を念頭に置いた回路設計においては、単一磁束量子(Single Flux Quantum:SFQ)を利用した回路が、その低消費電力・高速性・動作反復安定性において、従来のジョセフソン接合集積回路よりも優れていることで、注目されている。SFQ回路はジョセフソン接合を含むループ内に磁束量子が存在する場合をデジタル値1、しない場合を0とする回路である。このSFQ回路作製には、その電流・電圧特性がヒステレシスを示さない超伝導層/常伝導層/超伝導層(S-N-S)型のジョセフソン接合の利用が有利とされている。(ヒステレシスを示すS-I-S型ジョセフソン接合では、回路を元の状態に戻すために、毎回、電圧を0の状態にする必要があるためである。)

 S-N-S型ランプエッジ接合の候補としては、主にYba2Cu3O7-δ/PrBa2Cu3O7-δ/Yba2Cu3O7-δ接合などのジョセフソン接合が研究対象となってきたが、まだ優れたジョセフソン効果を示す有力な適用材料は確立していないのが現状である。

2.研究目的

 本研究では、SFQ回路に適用するS-N-S型ランプェヅジ接合を作製するための有力な材料を選択するため、格子整合性の良いNdBa2Cu3O7-δ/ PrBa2Cu3O7-δの組合せを提案し、その組合せによる積層型ジョセフソン接合の特性の測定を通じて、上記材料のS-N-S型接合への適用性の評価を行うことを目的とした。

3.実施内容

 ランプエッジ接合作製においては、その製作プロセスが複雑であり、プロセス中の材料特性の改質が懸案されるため、本研究では、比較的製作プロセスが簡易で材料の特性を直接、接合特性に反映し易いと考えられるトライレイヤー接合を作製することにより、超伝導層NdBa2Cu3O7-δと常伝導層PrBa2Cu3O7-δによる積層型ジョセフソン接合の特性を測定し、材料の適用性評価を行った。

3.1 a軸配向性トライレイヤージョセフソン接合の作製と特性評価

 ランプエッジ接合では、主に材料のa軸方向にジョセフソン電流が流れる構成となっているため、本研究では、a軸配向性トライレイヤー接合を主な研究対象としてプラズマスパッタリング法により作製し、特性評価を行った。また、本研究でのa軸配向性PrBa2Cu3O7-δ薄膜は抵抗率が小さく、バリア層としての機能が弱いことが懸念されるため、バリア層として、PrBa2Cu3O7-δと比べ格子定数の変化が小さく、抵抗率の増加が大きいa軸配向性CoドープPrBa2Cu3O7-δ薄膜(PrBa2Cu2.8Co0.2O7-δ薄膜)を採用した。

3.2 c軸配向性トライレイヤージョセフソン接合の作製と特性評価

 c軸方向のジョセフソン効果を利用することは、回路設計をより柔軟にする。ここでは、NdBa2Cu3O7-δ/PrBa2Cu3O7-δの組合せによるc軸方向ジョセフソン効果を評価するため、c軸配向性トライレイヤー接合をパルスレーザー蒸着法により作製し特性評価を行った。

4.実施内容の結果と評価

4.1 a軸配向性トライレイヤージョセフソン接合の作製と特性評価

 a軸配向性NdBaCu3O7-δ/PrBa2Cu2.8Co0.2O7-δ/NdBa2Cu3O7-δトライレイヤー接合において、以下の評価結果が得られた。

1)電流・電圧特性は、S-N-S型で、リーク電流を含まないResistively Shunted Junction(RSJ)-typeの特性を示し、IcRn積値はバリア層の膜厚50nmの時、4.2Kで30μV(15μAx2.0Ω)であった。この結果は、他文献(H.Akoh et al.)による(103)方向のYba2Cu3O7-δ/PrBa2Cu3O7-δトライレイヤー接合のIcRn積値の結果と良く一致する。(103)方向がa軸方向とc軸方向の両方向の電気特性を反映していることを考慮すると、同じバリア層の膜厚では、膜厚が薄くなるほど、NdBa2Cu3O7-δ/PrBa2Cu2.8Co0.2O7-δによるa軸配向性トライレイヤー接合の方が、Yba2Cu3O7-δ/ PrBa2Cu3O7-δによるa軸配向性トライレイヤー接合より、IcRn積値が増大していくと判断される。

2)超伝導電流密度JoとIcRn積値の相関では、IcRn積値がJoの1/2乗に比例する傾向がみられた。Joがバリア層の膜厚に強く依存することを考慮すると、バリア層の膜厚調整により、IcRn積値の増大が可能である。

3)マイクロ波照射に対し、良く発達したシャピロステップが観測され、そのステップ幅のマイクロ波電力依存性も明確な変化を示し、理論値Jn(2eV/hf)と良い一致を示していることから、安定したジョセフソン効果が生じていると言える。

4)超伝導電流の磁場依存性は、理想的なフラウンホーファーパターンを示し、接合面に対し均一に超伝導電流が流れていることを示唆しており、不均一な流れを示す場合の多いYba2Cu307-δ/PrBa2Cu3O7-δ接合より優れている。

4.2 c軸配向性トライレイヤージョセフソン接合の作製と特性評価

 c軸配向性NdBa2Cu3O7-δ/PrBa2Cu3O7-δ/NdBa2Cu3O7-δトライレイヤー接合において、以下の評価結果が得られた。

1)電流・電圧特性は、S-N-S型で、IcRn積値はバリア層の膜厚40nmの時、4.2Kで1.6mV(0.5mAx3.2Ω)であり、他文献(H.Akoh et al.)によるYba2Cu3O7-δ/PrBa2Cu3O7-δによるc軸配向性トライレイヤー接合より、IcRn積値が大きい。

2)マイクロ波照射に対し、安定したシャピロステップが観測され、そのステップ幅のマイクロ波電力依存性も明確な変化を示し、理論値Jn(2eV/hf)と良い一致を示していることから、安定したジョセフソン効果が生じていると言える。

3)他文献(G.A.Alvarez et al.)では同接合がS-I-S型電流・電圧特性を示しており、今回、S-N-S型特性が得られた結果とは異なっている。この相違の原因として、S-I-S型特性が得られた他文献の接合では、PrBa2Cu3O7-δ層が、Pr-Baの組成のずれにより抵抗率が増大し、絶縁層的な特性を示していることが考えられる。

5.結論

 上記の評価結果により、a軸及びc軸両方向のNdBa2Cu3O7-δ/PrBa2Cu3O7-δ接合は、YBa2Cu3O7-δ/PrBa2Cu3O7-δ接合より、大きなIcRn積値を持つポテンシャルを有し、マイクロ波応答性、磁場応答性もより優れているため、ジョセフソン効果全般の観点より、S-N-S型ランプエッジ接合適用性において優れた特性を有すると判断される。

以上

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、ジョセフソン接合の集積化において有利とされる超伝導層/常伝導層/超伝導層(S-N-S)型の接合の候補として、格子整合性の良いNdBa2Cu3O7-δ/PrBa2Cu3O7-δ(NBCO/PBCO)の組み合わせに着目し、その特性の測定を行うことにより、S-N-S型ランプエッジ接合特性において優れていることを明らかにしたものである。論文は、7章から構成されている。

 第1章は緒言で、S-N-S型ランプエッジ接合を作製するための有力な材料倭補として、格子整合性の観点よりNBCO/PBCOの組み合わせに着目したことを述べ、本研究の目的としては、同接合の特性の測定を行うことにより、本材料のS-N-S型接合への適用性について評価を行うことであるとしている。

 第2章では、本研究に関連する基礎知見の説明として、高温超伝導体の一般的特徴、ジョセフソン効果の概要、高温超伝導薄膜の各種成膜法の特徴、各種薄膜評価法の特徴、NBCOとPBCOの物性について概要をまとめている。

 第3章では、本研究で用いた実験条件の説明として、成膜装置、成膜プロセス、基板材料、ターゲット、基板温度把握法、パターニング用装置・材料、試料の電気計測の条件についてまとめている。

 第4章では、NBCO/PBCO積層接合を作成するための予備的な知見を得るため、NlBCOとPBCOの各薄膜、及びNBCO/PBCO多層膜の作製と特性評価を行った結果をまとめている。(100)及び(001)YBCO単結晶、(001)NBCO単結晶を基板とするa軸配向性PBCO薄膜の作製においては、良好な構造特性を持つ薄膜の作製に成功したが、(001)YBCO単結晶上のa軸配向性PBCO薄膜では、低抗率が小さく、a軸配向性PBCOを障壁層に用いる上で懸念が残る結果が得られた。この結果を受けて、PBCOにCoをドープしたa軸配向性PrBa2Cu2.8Co10.2O7-δ薄膜の作製を行ったところ、低抗率の増加が確認され、障壁層として使用できる見込みを得たとして、次章以下での積層型ジョセフソン接合作製に対する指針を得たとしている。

 第5章では、a軸配向性NBCO/PBCO/NBCOトライレイヤー接合を作製し、特性評価を行った結果をまとめている。主要な結果として、NBCO/PBCO系接合の方が、文献で報告されているYBCO/PBCO系接合より、大きなIcRn積値を持つポテンシャルを有し、マイクロ波応答特性、磁場応答性もより優れており、安定したジョセフソン効果が生じていることが明らかになったとしている。

 第6章では、c軸配向性NBCO/PBCO/NBCOトライレイヤー接合を作製し、その特性評価を行った結果をまとめている。電流・電圧特性は、S-N-S型であり、IcRn積値は他文献によるYBCO/PBCO系接合に比べ大きいことが示され、またマイクロ波電力依存性も明白に観測でき、安定したジョセフソン効果が生じていることが明らかになったとしている。

 第7章は結論であり、界面改質型ランプエッジ接合を利用した集積回路作製の基礎として、NBCOとPBCOの格子整合性の良い結晶の組み合わせにより、安定した積層膜のエピタキシャル成長を可能とし、a軸配向性、並びにc軸配向性のNBCO/PBCO/NBCO型トライレイヤー接合を作製することに成功したこと、さらにその特性評価を行うことにより、それらがジョセフソン接合としての優れた特性を有することを明らかにしたことを述べている。

 以上を要するに、本論文はNdとPrのイオン半径が非常に近いことに着目し、NBCO/PBCO/NBCO型トライレイヤー接合を作製し、その特性評価を行うことにより、S-N-S型ジョセフソン接合を利用するSFQ集積回路適用性において、本接合が優れた特性を有するものであることを明らかにしたものである。この成果はシステム量子工学のみならず、量子デバイス工学など、広く工学の進歩に貢献するところが少なくない。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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