学位論文要旨



No 215491
著者(漢字) 村山,隆平
著者(英字)
著者(カナ) ムラヤマ,リュウヘイ
標題(和) 陸上反射法地震探査における信号/雑音比改善およびS波情報の利用に関する研究
標題(洋)
報告番号 215491
報告番号 乙15491
学位授与日 2002.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15491号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 教授 藤田,和男
 東京大学 教授 金田,博彰
 東京大学 助教授 佐藤,光三
 東京大学 助教授 福井,勝則
内容要旨 要旨を表示する

(Part1陸上反射法地震探査におけるS/N改善)

 反射法地震探査は地下のイメージを得るための物理探査手法の一つである。その適用目的としては、石油、天然ガスの探鉱・開発の他、土木における地盤調査、防災上の基盤や堆積様式の調査、さらには地球科学に関する学術的研究にまで広い範囲を包括する。石油・天然ガスの探鉱・開発の分野では、世界的に見てその対象地域が技術的に困難な地域に広がりつつある。それはたとえば海上ではより大水深の地域であり、陸上では記録の品質が悪く、地下構造の把握が困難であるためにこれまで敬遠されてきた地域への挑戦である。記録の品質が悪い原因の中でも、S/N(信号/雑音比)が低いことは最も大きな問題の一つであり、記録のS/N改善は将来の探鉱・開発活動を活性化するためのポイントである。また・地盤調査、基盤調査、学術的研究においても、S/Nが低いことが大きな障害になっているケースが多い。

 過去数年のデジタル技術の革命的進歩によって、反射法地震探査のハードウエアの環境は大幅に改善された。その結果より歪の少ない波形で、大量なデータが高密度に取得されるようになり、データ量の増大によって重合効果が高まることでS/Nの向上に直結することが期待された。これは海上や陸上でもそもそも記録のS/Nが高い地域では成立したが、低S/N地域ではうまく機能していない。主な原因は、低S/N地域では地表や表層付近の条件の変化が激しく、均質なデータが取得されることを前提とする重合に適合しないからである。従って、この点を踏まえた反射法地震探査の戦略を、実データとモデル計算を用いた考察を通して総合的に提案した。

 記録のS/N改善においては、データ取得の際にシグナルを最大化し、ノイズを抑制することが基本である。ダイナマイト震源は長年陸上地震探査の震源として使われており、多くの経験則が存在する。しかし、経験則はその裏に隠れた背景の理解が不十分であると、適用そのものが技術的に不適切であったり、調査全体の経済性を低下させる原因になる。これを防ぐためには、経験則が対象としている事象を定量的に解明することが必要である。

 ダイナマイト震源を用いる場合のパラメーターの中では、発震の深度が記録の品質と調査の経済性に与えるインパクトが最も大きい。そこで、ダイナマイトの発震深度の最適化を行うために、発震地点の物性から発生する波動のスペクトルを推定する手法を開発した。もともとは硬い岩盤中での発震で発生する波動のスペクトル推定に提案された手法を、反射法地震探査で発震が行われる表層近傍の柔らかい土壌中の発震に適用できるように改良した。この手法を用いてさまざまなモデル計算を行った結果、震源スペクトルには発震地点のS波速度が強く関与することが分った。S波速度が速い(つまり表層が固い)場合には発生する波動のスペクトル帯域は広いが、振幅は小さい。一方、S波速度が遅い(つまり表層が柔らかい)場合には発生する波動のスペクトル帯域は狭く、高い周波数成分は得られないが、振幅は大きい。一方、波形観測実験から得られたこととして、P波速度が水の速度である1500m/sよりも遅い、つまり不飽和の地層中で発震した場合、震源から発生する波動は、飽和地層中の発震に比べて振幅が10分の1以下になる。

 今回開発したスペクトル推定法を検証するために、坑井内に設置した受振器による波形観測を行い、計算したスペクトルと実測スペクトルの比較を行い、良好な一致を見た。反射法地震探査においては、調査全体、あるいは側線全体で発震深度を固定して記録を取得することが多いが、表層が複雑に変化する地域で発震深度を一定にしていては、上記の効果的な発震の条件を満たすことができない。そこで、すべての発震点で3つの発震深度を設定した実験的反射法地震探査を行い、表層の変化に応じて発震深度を変化させることがどの程度記録の品質に影響するかを検討した。共通発震点記録や共通受振点記録を見る限り、発震深度を最適化することの効果は絶大であり、大きな差異を生じていた。重合断面では、数多くの発震点、受振点のデータが平均されるため効果は薄れるものの、有意な差異が認められた。

(Part2岩石性状推定におけるS波情報の利用)

 反射法地震探査で従来使用されているP波から得られる情報は、音響インピーダンス(P波速度と密度の積)のコントラストである。P波速度と密度はどちらも、岩石の鉱物組成、孔隙率、孔隙内流体、圧力等さまざまな岩石性状の関数であり、このうちどれが支配的な要素となっているかを知ることはP波から得られる情報だけでは同定しにくい。一方、ずれの波であるS波は流体中を伝播しないので、P波とはその特性が大きく異なり、P波の情報とS波の情報を組み合わせることで孔隙内流体の推定精度を大きく向上させることができる。

 まず、反射法地震探査データにおける振幅アノマリーの評価において、従来のP波情報だけを用いた場合の限界を認識し、AVO(Amplitude Versus Offset)解析の可能性を検証するために、メキシコ湾のデータを用いたケーススタディーを行った。ある油田では強振幅が油胚胎域に対応するとして掘削を行っていたが、あるとき、強振幅を掘削した結果が完全な水砂であった。これを詳細に検討した結果、強振幅の支配要因は高い孔隙率であったことが分った。これは、物性と岩石性状の関係における非一意性(ノン・ユニークネス)の問題を示している。強振幅とはいえ、油を胚胎する部分と水砂の部分では振幅が微妙に異なる。これらを区別するために行ったAV0解析では、従来のInterceptとGradientに基づく手法ではうまく区別できない振幅の詳細な吟味が、ホライゾンに沿う重合前データの振幅値を効果的に視覚化することで可能になった。

 メキシコ湾のケースで見たような、ノン・ユニークネスの問題、つまり、振幅アノマリーを生成する原因が複数存在するということに対して、定量的なモデリングや解析を行い、原因を同定する精度を向上させる手段として、Gassmann(1951)の理論に立脚した手法を開発した。これは、岩石と流体の体積弾性率の差に着目し、Gassmannの式の効果的な簡略化を行うことで、音響インピーダンスとポアソン比(あるいはVp/Vs)を岩石が支配する要因(岩石項)と孔隙内流体が支配する要因(流体項)に分離した表現とし、両者の挙動を直感的に理解できるようにしたものである。そして、さまざまなケースに対するモデル計算を通して、岩石性状の変化による物性の変化を定量的に分析した。

 孔隙内流体が水からガスに変化することによる音響インピーダンスの変化は、ドロマイトや石灰岩のような構成鉱物が硬い岩石や孔隙率が少ない岩石では小さいのに対して、粘土鉱物を含む砂岩のように柔らかい岩石や孔隙率の高い岩石では大きい。

 また、孔隙内流体がガスから水に変化することによる音響インピーダンスの変化と同じだけの変化を生じる孔隙率の変化を計算した。これによれば、クリーンな砂岩において孔隙率が20%から23.5%に増えることは、孔隙内流体がガスから水に変化することによる音響インピーダンスの変化と同じ変化を生む。このような結果はメキシコ湾のケーススタディーで見たようなノン・ユニークネスの例を説明するのに極めて有効である。

 ポアソン比の挙動も検討した。砂岩においては、粘土鉱物含有量の増加によってポアソン比が上昇する。従って、砂岩がガスを含んでいても粘土鉱物が多い場合、ポアソン比はあまり下がらず、かえってクリーンな砂岩のポアソン比の方が小さいケースが、ある孔隙率以下の場合では生じ得る。つまり、AVO解析によってもこれら両者を正しく識別することが困難な場合があることが明確になった。

 このように、Gassmannの式を基にした定量的な物性の分析によって、振幅アノマリーを解析する際の注意点をあらかじめ認識し、実データの解析をより客観的に行うことができる。この際、今回簡略化した式を用いてその物理的意味を吟味しながら物性の挙動を理解することが重要である。

 最後に、S波情報を得るもうひとつの手法としての、S波探査を論じた。S波探査は通常S波の発震や受振に特殊な機器を必要とするが、特にS波バイブレーター等を用いたS液発生では地表面を傷めることが多く、適用が制限される。これに対して、Edelmann(1981)が提唱した、2台の逆位相バイブレーターを用いてS波震源とする手法を検証した。まず、浅孔内に設置した受振器での波形観測を通して通常のP波バイブレーターの発生する波動を詳細に検討し、P波とS波の放射パターンを作成した。P波がバイブレーター直下に最も強く放射されるのに対して、S波は鉛直から27度の方向に最も強く放射されていた。次に、2台の隣接するP波バイブレーターを逆位相で振動させたところ、P波は抑制され、S波は強調された。

 そこで、2台の逆位相バイブレーターを震源として、石油井を用いてVSP調査を実施した。この結果、地下2000m程度でも良好なS波が観測され、この方式が地下数千メートルまでS波を透過させる震源であることを検証した。このS波に関して、速度、周波数、波長、振動方向などに関する詳細な検討を行った。そして、VSP記録にP波の場合と同様なデータ処理を行うことで、S波の反射波を抽出した。これと通常の反射法記録断面を深度領域で比較したところ、主要な反射イベントで良好な対比を得た。さらに、P波とS波の初動のピックからP波速度とS波速度の比(Vp/Vs)を求め、これと坑井で得られていた岩相を対比したところ、Vp/Vs=1.8が砂岩と泥岩の境界と割合良く一致しており、Vp/Vsが岩相推定のパラメーターとなり得る可能性があることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

 木論文は独立した2つのパートから成っている。最初のパートは陸上反射法地震探査における信号/雑音比改善を論じ、次のパートは岩石性状推定におけるS波情報の利用を論じている。

 過去数年のデジタル技術の革命的進歩によって、反射法地震探査のハードウエア環境は大幅に改善され、盃の少ない波形での大量なデータが高密度に取得されるようになったが、陸上の低S/N地域ではかならずしも十分なS/N向上が図られていない.著者は、実際の現場データの詳細な解析からこの主な原因が、低S/N地域のデータでは、地表や表層付近の条件の変化が激しく均質なデータが取得されにくいため、重合処理に適合しないからであると結論づけている。この点を踏まえ、著者は、反射法地震探査の戦略を実データとモデル計算を用いた考察を通して総合的に提案している。それらは、データ取得デザインにおける一様サンプリング、データ取得におけるシグナルの最大化とノイズ(特に震源ノイズ)の抑制、データ取得の品質管理における反射波の認識および必要ならばそのための処理、そしてデータ処理におけるシグナルとノイズの効果的分離とそのための繰り返し処理である。この考え方の妥当性を示すため、長年陸上地震探査の震源として使われてきたダイナマイト震源を用いた例を取り上げている.そこでは、弾性体内の球形空洞の内壁に発破によって生じた圧力が作用するというモデルに基づき、発震地点の物性からダイナマイトによって生成される波動のスペクトルを推定する実用的手法を開発した。ここでは、実測できない2つのパラメータである非弾性領域の半径およびその半径における最大圧力を、坑井内に設置した受振器で観測された実データとの整合性を条件として定める方法を提案している。この手法を用いてさまざまなモデル計算を行った結果、震源スペクトルには発震地点のS波速度が強く関与すること、すなわち、S波速度が速い(つまり表層が固い)場合には発生する波動のスペクトル帯域は広いが振幅は小さいこと、一方、S波速度が遅い(つまり表層が柔らかい)場合には発生する波動のスペクトル帯域は狭く高い周波数成分は得られないが振幅は大きいこと、などを明らかにした.そして、すべての発震点で3つの発震深度を設定した実験的反射法地震探査を行い、表層の変化に応じて発震深度を変化させることがどの程度記録の品質に影響するかを明らかにした。

 次に反射法地震探査データにおける振幅アノマリーの評価において、従来のP波情報だけを用いた場合の限界を認識し、AVO(Amplitude Versus Offset)解析の可能性を検証するために、メキシコ湾のデータを用いたケーススタディーを行っている。ある油田では強振幅が油胚胎域に対応するとして掘削を行っていたが、結果が完全な水砂であった。これを詳細に検討した結果、強振幅の支配要因は高い孔隙率であることを示し、物性と岩石性状の関係における非一意性(ノン・ユニークネス)の問題であることを明らかにしている.具体的にはGassmann(1951)の理論に立脚した手法を開発している。これは、岩石と流体の体積弾性率の差に着目し、Gassmannの式の効果的な簡略化を行うことで、音響インピーダンスとポアソン比(あるいはVp/Vs)を岩石が支配する要因(岩石項)と孔隙内流体が支配する要因(流体項)に分離した表現とし、両者の挙動を直感的に理解できるようにしたものである。そして、さまざまなケースに対するモデル計算を通して、岩石性状の変化による物性の変化を定量的に分析した。このように、Gassmannの式を基にした定量的な物性の分析によって、振幅アノマリーを解析する際の注意点をあらかじめ認識し、実データの解析をより客観的に行うことができることを示している.

 最後に、S波情報を得るもうひとつの手法としての、S波探査を論じている。S波探査は通常S波の発震や受振に特殊な機器を必要とするが、特にS波バイブレーター等を用いたS波発生では地表面を傷めることが多く適用が制限される。これに対して、Edelmann(1981)が提唱した、2台の逆位相バイブレーターを用いてS波震源とする手法を検証した。この結果、地下2000m程度でも良好なS波が観測され、この方式が地下数千メートルまでS波を透過させる震源であることを立証した。さらに、P波とS波の初動のピックからP波速度とS波速度の比(Vp/Vs)を求め、これと坑井で得られていた岩相を対比したところ、Vp/Vs=1.8が砂岩と泥岩の境界と割合良く一致しており、Vp/Vsが岩相推定のパラメーターとなり得る可能性があることを示した。

 これら一連の研究を通じ、本論文は、反射波を解析対象とする地震探査の技術的発展に多大な貢献をしたと考えられる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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