No | 215493 | |
著者(漢字) | 小原,泰彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オハラ,ヤスヒコ | |
標題(和) | フィリピン海背弧海盆のテクトニクスとリソスフェアの組成 | |
標題(洋) | Tectonics and Lithospheric composition of Philippine Sea backarc basins | |
報告番号 | 215493 | |
報告番号 | 乙15493 | |
学位授与日 | 2002.11.18 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 第15493号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背弧海盆ダイナミックスの研究は、沈み込み帯と大洋中央海嶺拡大系の両者のダイナミックスに密接に関係している点で、地球システム全体の進化、あるいは地球システム全体における物質や熱の収支を考察する上で重要な鍵を握っているが、沈み込み帯あるいは大洋中央海嶺の研究に比較して理解が遅れていた。本研究では、最近の海上保安庁海洋情報部の調査を中心にデータが蓄積されてきたフィリピン海背弧海盆(パレスベラ海盆・マリアナトラフ)について、そのテクトニクスとリソスフェア構成物質の詳細を明らかにすることを目的とする。 パレスベラ海盆は、29Maから12Maに背弧拡大を行った背弧海盆であり、その拡大中心は、パレスベラリフトと呼ばれる右横ずれ雁行配列の短い1次セグメントとそれらを密に切る北東-南西方向の断裂帯から形成される。本研究の調査範囲内では7個のセグメントを認めることができる。それらのセグメントは、低速拡大海嶺に見られるような、ラフな地形・深い水深(平均水深約6500m)で特徴付けられ、ドレッジによってマントルカンラン岩が採取されている。パレスベラ海盆は、拡大前期として29Maから23Maまでは、年間8.8cm(両側拡大速度)で東西方向に拡大を行っていた。この時期はスムーズな海底地形、拡大軸のジャンプやプロパゲーションで特徴付けられ、マントルフロー(あるいはメルトの供給)が活発であったことが示唆される。拡大後期は、拡大軸の反時計回りの回転が生じ、22Maから12Maまで、年間7cm(両側拡大速度)で北東-南西方向に拡大を生じた。拡大後期はパレスベラリフトの形成で代表される、基本的には非マグマ的拡大で特徴付けられる。 大西洋中央海嶺では、下部地殻-上部マントルが非マグマ的拡大により、低角デタッチメント断層の下盤ブロックとしてRidge-Transform Intersection(RTI)に定置した「メガムリオン」と呼ばれる構造が最近発見された。パレスベラリフトにおいては、本研究によって、背弧海盆拡大系では初めてメガムリオンが発見された。パレスベラリフトのメガムリオンは大西洋のものに比べ約10倍大きい世界最大のメガムリオンであって、「ジャイアントメガムリオン」と命名した。パレスベラ海盆のテクトニックな特徴は以下の点で大西洋中央海嶺と顕著に異なっている。すなわち、(1)年間8.8cmから7cmという比較的高速な拡大環境の下で非マグマ的拡大が生じた(大西洋中央海嶺では低速拡大環境である)、(2)「メガムリオン」はセグメントの全長に渡って発達している(大西洋中央海嶺ではRTIに出現している)、(3)カンラン岩が拡大軸側壁に露出している(大西洋中央海嶺のモデルでは拡大軸中央部はマグマ的である)。 パレスベラ海盆のもう一つの顕著なテクトニックな特徴は、海盆の西部の一部にパッチ状に出現している非常に起伏の変化の激しいラフな地形であり、これを「カオステレーン」と命名した。カオステレーンは周囲の海底に比べ、極めて高いマントルブーゲー異常値(地殻の薄化)を示し、大西洋中央海嶺のメガムリオンと同様に非マグマ的拡大によって形成されたと解釈できる。同様なラフな地形が、比較的高速拡大を行っているAustralian-Antarctic Discordance(AAD)から発見されている。AADではマントルコールドスポットの存在が議論されている。 パレスベラリフトカンラン岩はジャイアントメガムリオンと1次セグメントのセグメント中央から得られている。パレスベラリフトカンラン岩は、1つのドレッジ中に3種の異なった岩相(F-・P-・D-type)が混在することが大きな特徴である。それらの岩石学的特徴も、一般的な大西洋中央海嶺とは顕著に異なり、むしろマントルコールドスポットの存在が議論されている赤道大西洋中央海嶺のRomanche断裂帯や、超低速拡大海嶺である南西インド洋海嶺に類似している。すなわち、(1)F-typeは、スピネルや単斜輝石の組成から推定すると、海洋底カンラン岩の最もfertileなエンドメンバーに属する、(2)P-type(含斜長石カンラン岩)が多い、(3)D-type(ダナイト)が多い、を挙げることが出来る。F-typeが厳密な意味で残留岩としてのパレスベラリフトカンラン岩であって、MORBタイプソースマントルを仮定した融解モデルからは、3%から4%のnear-fractional meltingによって形成されたと解釈できる。 一方、D-typeはマントル中のメルトの抽出チャネルとして解釈でき、P-typeはF-typeに比較的大量のメルトが浸透的に反応したことにより形成された、と解釈できる。F-typeの低い部分融解度とP-typeが大量に存在する事実は、パレスベラリフト下の上部マントルが「冷たい」ということを示唆している。 マリアナトラフカンラン岩の岩石学的な特徴は、(1)岩相変化は乏しく、スピネルや単斜輝石の組成は、一般的な海洋底カンラン岩の組成範囲を示す、(2)極めて小規模な貫入脈の近傍では、分化した少量のメルトが壁岩に付加する形態の反応が起こっている、ことを挙げることができる。 パレスベラリフト・マリアナトラフ共に、第一次近似的には、枯渇の程度が小さく、上部マントルが「冷たい」と結論できる。しかし、パレスベラリフトにおいて、比較的大量のメルトが壁岩と浸透的に反応している事実は、そのようなマントルプロセスがメルトの供給量が多いセグメントの中心部で生じていることを示唆している。一方、マリアナトラフの場合は、分化した少量のメルトが反応しているのみであるので、一般的な低速拡大海嶺のRTIにおけるマントルプロセスを示唆している。パレスベラリフトにおけるセグメント中心部のマントルプロセスは、パレスベラリフトカンラン岩が極めてfertileである、すなわち低い部分融解度であることと矛盾するが、次の仮説によって説明が可能である。すなわち、パレスベラリフトの「異常な」テクトニックな特徴と、岩石学的な特徴を満足するモデルとして、トランスフォームサンドイッチ効果を提案する。これは短い1次セグメントが密に分布するトランスフォーム断層に挟まれる場合、トランスフォーム効果がより効果的に作用すると考えるモデルである。すなわち、活発なマグマ活動が示唆されるテクトニックセッティングにおいても、挟まれた短い1次セグメントが、効果的なトランスフォーム効果によって非マグマ的になる、と考えるモデルである。パレスベラ海盆においては、トランスフォームサンドイッチ効果が作用しながらも、拡大後期のある時期には、セグメント中央部では一時的にマグマ的になったと考えられる。その活動は幾つかのセグメントにneovolcanic zoneが存在していることから支持される。パレスベラリフト下のマントルプロセスは、トランスフォームサンドイッチ効果によって生じた極めて部分融解度の低いマントルカンラン岩が、neovolcanic zoneの活動に伴った深部からのメルトと反応したものである、と解釈可能である。 カオステレーンを除けば、パレスベラ海盆下のマントルフローは海盆の発達史を通して比較的一様なものであったであろう。メルトの移動も2次元的な広がりを持ったものであって、その結果は海盆西部のスムーズな海底地形、拡大軸のジャンプやプロパゲーションとして出現している。しかし、海盆の拡大後期に拡大軸の反時計回りの回転が生じ、短い1次セグメントが密に分布するトランスフォーム断層に挟まれるテクトニックセッティングが出現した。パレスベラリフトにおけるメルトの移動は、リソスフェア表層のダイナミックスに影響されて3次元的なものに変化し、トランスフォームサンドイッチ効果の影響が強くなるにつれ、パレスベラリフトは次第に非マグマ的拡大に移行したのであろう。すなわち、パレスベラ海盆においてはトランスフォームサンドイッチ効果が作用したために、比較的高速拡大を行ったにも関わらず、超低速拡大海嶺に類似したマントルプロセスが生じた可能性がある。このようなパレスベラ海盆の事例から、大洋中央海嶺マントルの部分融解過程は、アセノスフェアのダイナミックス(すなわちマントルフロー)と、リソスフェア浅部のダイナミックス(例えばトランスフォームサンドイッチ効果)との複雑な相互作用によって決定されると解釈できる。 フィリピン海背弧海盆のテクトニクスとリソスフェア構成物質に関する本研究によって、次のことが明らかになった。すなわち、(1)パレスベラ海盆の拡大後期は、ジャイアントメガムリオンに象徴される非マグマ的拡大が生じた、(2)パレスベラ海盆では、活発なマントルフロー(メルトの供給)が示唆されるにも関わらず、非マグマ的拡大が生じた、(3)パレスベラリフトカンラン岩は極めて低い部分融解度で特徴付けられ、「冷たい」上部マントルを示唆している、(4)これらの特徴は、パレスベラリフトのセグメントとフラクチャーゾーンが密に配列することで、トランスフォーム効果がより効果的に作用したトランスフォームサンドイッチ効果で説明可能である、(5)パレスベラリフト下のマントルプロセスは、比較的大量のメルトの浸透的な壁岩との反応によって特徴付けられる、(6)一方、マリアナトラフ下のマントルプロセスは、一般的な低速拡大軸のRTIにおけるマントルプロセスと同様に、一部の壁岩が分化した少量のメルトと反応しているのみである、(7)フィリピン海背弧海盆のカンラン岩はあまり枯渇しておらず、島弧や前弧のカンラン岩とは異なり、超低速あるいは低速拡大海嶺のカンラン岩に類似した岩石学的特徴を示す。 | |
審査要旨 | 本論文は、フィリピン海背弧海盆の海底地形や重力異常など地球物理学的マッピングの結果と海底より得られたリソスフェア物質の詳細な岩石学的分析・解析をあわせてフィリピン海背弧海盆発達のダイナミクスを明らかにするとともに、大洋中央海嶺と比較することで、拡大系の非マグマ的テクトニックスの一般的特徴を明らかにしたものである。 本論文は、6章からなり、第1章では、背弧海盆ダイナミクスの研究は、沈み込み帯ダイナミックスと大洋中央海嶺拡大系ダイナミクスの両者に密接に関係しており、地球システム全体の進化と物質や熱の収支を理解する上で重要であるという視点に立ち、フィリピン海背弧海盆のテクトニクスとリソスフェア構成物質の検討により、海洋拡大系のダイナミックスを明らかにするという研究目的を述べている。第2章では、本研究で用いたデータソースと、その手法について述べられている。 第3章から本論に入り、まずパレスベラ海盆のテクトニクス、特に非マグマ的テクトニクスの詳細な記載と議論を行っている。ここで注目すべきは、第一に、海上保安庁海洋情報部による詳細な地球物理マッピングの成果に基づいて、「メガムリオン」と呼ばれる海洋性低角デタッチメント断層を背弧海盆において世界で初めて明らかにした事、第二に、パレスベラ海盆は、比較的高速拡大を行ない、活発なメルトの供給が示唆されるにもかかわらず、非マグマ的テクトニクスが認められる事を示した点である。ここで、海洋中央海嶺での研究からすれば矛盾である高速拡大と非マグマ的テクトニクスの共存を説明するのに、トランスフォームサンドイッチ効果が提唱されている。これは、密に分布するトランスフォーム断層に挟まれたセグメントがトランスフォーム断層からの効果的冷却によって非マグマ的になるとする新しいモデルである。 第4章では、パレスベラ海盆拡大軸(パレスベラリフト)のカンラン岩の岩石学について、記載と議論を行っている。本章ならびに第5章で述べるマリアナトラフカンラン岩の詳細な記載は、背弧海盆のカンラン岩について、世界で初めてなされたものである。パレスベラリフトカンラン岩は、極めて肥沃的な組成を持つハルツバーガイト、含斜長石カンラン岩、ダナイトの3種の岩相から構成されることが述べられ、これらの岩相分布や、テクトニクスの考察から、パレスベラリフト下の上部マントルは「冷たい」事、少量の部分融解メルトが分離した一部のマントルカンラン岩に、より深部に由来するメルトが、浸透的に反応したという事を明らかにした。 第5章では、マリアナトラフカンラン岩の岩石学について、詳細な記載と議論を行っている。パレスベラリフトとは異なり、マリアナトラフカンラン岩は、岩相変化に乏しく、その化学組成は一般的な海洋底カンラン岩の組成範囲に収まることが述べられている。マリアナトラフ下の上部マントルにおいては、マントル内で冷却分化した少量のメルトが壁岩に付加する様式の反応が支配的であることを明らかにした。 第6章では、第3章から第5章で述べたことを元に、総合的な議論を行ない、論文全体の結論を述べている。前半では、二つの海盆のマントル物質のデータに基づいて、フィリピン海背弧海盆のマントルは、枯渇度が低く、従って上部マントルは「冷たい」と結論している。この「冷たい」マントルは、比較的高速拡大を行っていたパレスベラリフトにおいては、トランスフォームサンドイッチ効果のためであり、一方、低速拡大海嶺であるマリアナトラフにおいては、拡大速度に支配された冷却効果のためであると結論している。本章の後半では、「ムリオン構造」の認められる大西洋中央海嶺のAscension断裂帯とSt.Paul断裂帯において、「トランスフォームサンドイッチ効果」仮説の検証を行っている。 以上述べたように、背弧海盆のリソスフェア構成物質を初めて詳細に検討し、フィリピン海背弧海盆の海底地形や重力異常など地球物理学的データと有機的に結びつけて、フィリピン海背弧海盆発達テクトニクスを明らかにした地球科学的意義は大きい、また新しい境界領域を開拓したという点から高く評価できる。さらに、背弧海盆の検討結果を大洋中央海嶺情報と比較することで、拡大系の非マグマ的ダイナミクスの理解を深めた点も評価できる。よって本審査委員会は、全員一致で本論文が本学の博士(理学)の学位を授与するに値するものと認定した。 なお、本論文第3章は、吉田剛・加藤幸弘・春日茂氏(いずれも海上保安庁海洋情報部)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。また、第5章は、R.J.Steen(University of Texas at Dallas)・石井輝秋(東京大学海洋研究所)・圦本尚義(東京工業大学)・山崎俊嗣氏(産業技術総合研究所・地質調査総合センター)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析、解析、検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 | |
UTokyo Repositoryリンク |