学位論文要旨



No 215495
著者(漢字) 洪,鉄
著者(英字) Hong,Tie
著者(カナ) ホン,ティエ
標題(和) マウス大腸炎における生薬の薬理学的研究 : 有効成分と作用機序
標題(洋) Pharmacological Study of Chinese Herbal Medicines on the Murine Colitis : The action mechanism and active ingredient
報告番号 215495
報告番号 乙15495
学位授与日 2002.11.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15495号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 助教授 山田,安彦
 東京大学 講師 川辺,隆夫
内容要旨 要旨を表示する

 潰瘍性大腸炎とクローン氏病などの炎症性腸疾患は再燃と寛解を繰り返す。これらはヒト消化管の慢性炎症性疾患の中でも難治性である。炎症性腸疾患の患者数は増加傾向にあり、今後もさらに増加することが予想されている。しかし、その病因とメカニズムは、いまだに不明な部分が多い。最近になって、潰瘍性大腸炎とクローン氏病には免疫系のシステムが重要な役割を演じていることが明らかになってきた。その治療法については副腎皮質ホルモンやサラゾスルファピリジンなどがあるが充分ではなく、さらに新しい有効な治療法の開発が期待されている。一方、漢方薬は近年になって、多くの臨床報告や基礎研究から、その有効性が実証されはじめ、いろいろな難病への治療に、その応用が試みられている。しかし、炎症性腸疾患への漢方薬の応用については充分なエビデンスが得られていないのが現状である。そこで、今回、既に報告されている炎症性腸疾患の動物モデルを用いて、各種漢方薬の構成生薬について、その有用性の評価を試みた。我々まずDSS(Dextran Sulfate Sodium)4〜5%水溶液を、実験開始時より実験終了までマウスに自由摂取させることによって、ヒトの潰瘍性大腸炎に類似した大腸炎モデルを作製した。またこれとは別に、直径1mmのゾンデをマウスの肛門内に約4cm挿入して50%エタノールに溶解したTNBS(2,4,6-trinitrobenzene sulfonic acid)(5mg/ml)0.1mlを注入することによって、クローン氏病に類似した実験的大腸炎モデルを作製した。これらのモデルの大腸炎組織の炎症部位には、好中球やリンパ球、マクロファージなどの炎症細胞浸潤が認められている。そして免疫細胞より産生されるIL-12,IFN-γなどは増加し、逆にIL-4,IL-10などは減少し、Th1/Th2のバランスの失調が認められている。このように、主として免疫細胞に伴うTh1優位のサイトカインにより、病態が形成されるものと考えられている。今回我々は、これらのモデルを用いて、漢方薬の構成成分が炎症性腸疾患に有効であるかどうか、また、その薬理学的作用および作用機序についての解明も試みた。さらに、炎症性腸疾患に有効な生薬成分の薬理学的作用および作用機序についてもその解明を試みた。

 黄連解毒湯は黄連、黄柏、黄苓、山梔子の4種の生薬から構成されており、臨床的に消化管の炎症性疾患の治療に用いられることがある。

 我々はDSSモデルマウスやTNBSモデルマウスを用いて、黄連解毒湯について検討を行った。黄連解毒湯の投与は黄連解毒湯原末を1g/kg/dayの濃度になるように調整し、実験開始時より実験終了まで、ゾンデを用いて毎日経口投与した。実験終了後、末梢ヘモグロビン濃度を測定し、大腸の肛門から盲腸までの大腸組織を取り出し、出血の有無を判断し、大腸の長さおよび重量を測定した。また、大腸炎の炎症強度を点数化した。さらにHE染色を行い、組織学的に検討を行い、脾臓および胸腺の重量を測定した。フローサイトメトリーを用いて、細胞表面抗原の解析を行った。さらに、脾臓のリンパ球に対しCD3抗体による刺激を行い、培養上清中のIFN-γおよびIL-4を測定した。

 黄連解毒湯はDSS大腸炎モデルマウスの体重減少と大腸炎の程度を著明に抑制した。体重当りの脾臓重量は有意に減少したが、胸腺の重量は、黄連解毒湯により有意に増加した。黄連解毒湯はDSS大腸炎モデルマウスのヘモグロビン量の減少を改善した。大腸の出血の有無を判断した結果、黄連解毒湯は出血率を著明に抑制し、大腸湿重量も減少した。また、黄連解毒湯はTNBS大腸炎モデルにおいても同様の治療効果がみられた。これらのことからDSS及びTNBSにより惹起された大腸炎モデルマウスでは、黄連解毒湯により炎症所見が改善され、免疫系も改善されることが示された。

 次に、黄連解毒湯の構成生薬について検討した結果、構成生薬のうち、黄〓はDSS惹起大腸炎モデルマウスの炎症を著明に改善しただけでなく、体重減少の著明な抑制や、血中Hb値の低下の改善効果も示した。また、黄〓により大腸炎による出血が著明に抑制され、大腸の長さの短縮も改善された。大腸炎による脾臓重量の増加も抑制された。DSS誘発大腸炎でみられた脾細胞中のT細胞のIFN-γ及びIL-12産生増加と、IL-4産生減少は、黄〓により有意に改善された。黄連および黄柏にも同様の改善傾向がみられたが、山梔子ではみられなかった。黄連解毒湯の大腸炎改善効果は、その構成生薬の一つである黄〓が最も重要な役割をもつことが示され、また、その作用機序として、黄〓がサイトカイン産生を調節することにより、組織の炎症反応を抑制し、大腸炎を改善していることが示唆された。

 また、我々は黄〓の主な成分であるbaicalein,baicalin,wogoninの効果についての検討を行った。その結果、黄〓の構成成分のうち、baicaleinはDSS惹起大腸炎モデルマウスの炎症を著明に改善しただけでなく、体重減少の著明な抑制や、血中Hb値の低下の改善効果も示した。また、baicaleinにより大腸炎による出血が著明に抑制され、大腸の長さの短縮も改善され、大腸炎による脾臓重量の増加は黄〓により抑制された。DSS惹起大腸炎でみられた脾細胞中のT細胞のIFN-γ産生増加と、IL-4産生減少は、baicaleinにより有意に改善された。黄〓の大腸炎改善効果は、その構成成分の一つであるbaicaleinが最も重要な役割をもつことが示され、その作用機序として、baicaleinがサイトカイン産生を調節することにより、炎症反応を抑制していることが示唆された。

 次に我々はDSS惹起大腸炎モデルマウスに対する黄連解毒湯の他の有効成分である黄連、黄柏の共通成分であるベルベリンに注目し、その効果と作用機序についての検討を行った。その結果、黄連、黄柏の大腸炎改善効果は、その構成成分であるベルベリンが重要な役割を演じていることが明らかになった。ベルベリンはDSS惹起大腸炎モデルマウスでみられた脾臓細胞中のT細胞のIFN-γおよびIL-12産生増加と、IL-4,IL-10産生減少を有意に改善させた。また、ヒトHT-29腸管上皮細胞にベルベリンを作用させ、その上清中のIL-8の産生量を測定した結果、ベルベリンは0.1-10μg/mlの濃度でIL-8の産生量を抑制した。

 【結語】黄連解毒湯とその構成生薬である黄連、黄柏、黄〓、山梔子がヒトの潰瘍性大腸炎とクローン氏病に対しても有効であるかもしれないという非常に興味深い示唆に富んだ結果を得た。特に黄連解毒湯には複数の有効成分が存在することが明らかとなった。今後のさらなる基礎実験と臨床報告が待たれるところである。

審査要旨 要旨を表示する

 DSS(Dextran Sulfate Sodium)水溶液を、実験開始時より実験終了までマウスに自由摂取させることによって、ヒトの潰瘍性大腸炎に類似した大腸炎モデルを作製した。また、ゾンデをマウスの肛門内に挿入して50%エタノールに溶解したTNBS(2,4,6-trinitrobenzene sulfonic acid)を注入することによって、クローン氏病に類似した実験的大腸炎モデルを作製した。本研究はこれらのモデルを用いて、漢方薬の構成成分が炎症性腸疾患に有効であるかどうか、また、その薬理学的作用および作用機序についての解明も試みた。さらに、炎症性腸疾患に有効な生薬成分の薬理学的作用および作用機序についてもその解明を試み、下記の結果を得ている。

 1)黄連解毒湯はDSS大腸炎モデルマウスの体重減少と大腸炎の程度を著明に抑制した。体重当りの脾臓重量は有意に減少したが、胸腺の重量は、黄連解毒湯により有意に増加した。黄連解毒湯はDSS大腸炎モデルマウスのヘモグロビン量の減少を改善した。大腸の出血の有無を判断した結果、黄連解毒湯は出血率を著明に抑制し、大腸湿重量も減少した。また、黄連解毒湯はTNBS大腸炎モデルにおいても同様の治療効果がみられた。これらのことからDSS及びTNBSにより惹起された大腸炎モデルマウスでは、黄連解毒湯により炎症所見が改善され、免疫系も改善されることが示された。

 2)黄連解毒湯の構成生薬について検討した結果、構成生薬のうち、黄〓はDSS惹起大腸炎モデルマウスの炎症を著明に改善しただけでなく、体重減少の著明な抑制や、血中Hb値の低下の改善効果も示した。また、黄〓により大腸炎による出血が著明に抑制され、大腸の長さの短縮も改善された。大腸炎による脾臓重量の増加も抑制された。DSS誘発大腸炎でみられた脾細胞中のT細胞のIFN-γ及びIL-12産生増加と、IL-4産生減少は、黄〓により有意に改善された。黄連および黄柏にも同様の改善傾向がみられたが、山梔子ではみられなかった。黄連解毒湯の大腸炎改善効果は、その構成生薬の一つである黄〓が最も重要な役割をもつことが示され、また、その作用機序として、黄〓がサイトカイン産生を調節することにより、組織の炎症反応を抑制し、大腸炎を改善していることが示唆された。

 3)黄〓の主な成分であるbaicalein,baicalin,wogoninの効果についての検討を行った。その結果、黄〓の構成成分のうち、baicaleinはDSS惹起大腸炎モデルマウスの炎症を著明に改善しただけでなく、体重減少の著明な抑制や、血中Hb値の低下の改善効果も示した。また、baicaleinにより大腸炎による出血が著明に抑制され、大腸の長さの短縮も改善され、大腸炎による脾臓重量の増加は黄〓により抑制された。DSS惹起大腸炎でみられた脾細胞中のT細胞のIFN-γ産生増加と、IL-4産生減少は、baicaleinにより有意に改善された。黄〓の大腸炎改善効果は、その構成成分の一つであるbaicaleinが最も重要な役割をもつことが示され、その作用機序として、baicaleinがサイトカイン産生を調節することにより、炎症反応を抑制していることが示唆された。

 4)DSS惹起大腸炎モデルマウスに対する黄連解毒湯の他の有効成分である黄連、黄柏の共通成分であるベルベリンに注目し、その効果と作用機序についての検討を行った。その結果、黄連、黄柏の大腸炎改善効果は、その構成成分であるベルベリンが重要な役割を演じていることが明らかになった。ベルベリンはDSS惹起大腸炎モデルマウスでみられた脾臓細胞中のT細胞のIFN-γおよびIL-12産生増加と、IL-4,IL-10産生減少を有意に改善させ牟。また、ヒトHT-29腸管上皮細胞にベルベリンを作用させ、その上清中のIL-8の産生量を測定した結果、ベルベリンは0.1-10μg/mlの濃度でIL-8の産生量を抑制した。

 以上、本論文は黄連解毒湯とその構成生薬である黄連、黄柏、黄〓、山梔子がヒトの潰瘍性大腸炎とクローン氏病に対しても有効であるかもしれないという非常に興味深い示唆に富んだ結果を得た。特に黄連解毒湯には複数の有効成分が存在することが明らかとなった。学位の授与に値するものと考えられる。

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