学位論文要旨



No 215496
著者(漢字) 李,志偉
著者(英字) Lie,Si Ie
著者(カナ) リ,シイ
標題(和) 東台湾における急性心筋梗塞患者の冠危険因子と運動療法の及ぼす効果
標題(洋) Coronary Risk Factors and Effects of Exercise Therapy for Patients with Acute Myocardial Infarction in Eastern Taiwan
報告番号 215496
報告番号 乙15496
学位授与日 2002.11.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第15496号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 数間,恵子
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 教授 高本,眞一
内容要旨 要旨を表示する

 台湾は中央山脈が南北を走り、西台湾と東台湾に分かれている。東台湾の面積は台湾総面積の約20%を占めるが、人口は約60万人で台湾総人口の約3%に過ぎない。Tzu Chi総合病院の心臓内科のカテーテル室は東台湾において唯一の心臓カテーテル施設であり、他の病院及び診療所クリニック医から送られたきた患者の心臓評価の集中地である。従って、本施設における研究によって、東台湾における急性心筋梗塞患者の特性を把握することが出来るものである。

 本論文には二つの目的がある。第一目的は東台湾における急性心筋梗塞患者の性別及び年齢別の冠動脈疾患危険因子の差異を明らかにすることである。第二目的は八週間の第二期監視型外来式運動療法完了後、一ヶ月一回の電話あるいは家庭訪問を行い、第三期非監視型在宅運動療法が冠動脈疾患危険因子及びMETs(Metabolic Equivalents)で表す運動耐容能に及ぼす効果である。台湾においては、冠動脈疾患危険因子の実態についての研究は少ないこと、急性心筋梗塞後のリハビリテーションはほとんど行われていないことが本研究の背景である。

目的1:東台湾における急性心筋梗塞患者の性別及び年齢別冠動脈疾患危険因子の比較背景と目的

 修正可能な冠動脈疾患危険因子(冠危険因子)に対する介入は急性心筋梗塞の発症及び再発率を減少することができる。そのためには冠危険因子を明らかにすることが必要である。

 従来、急性心筋梗塞は中高年層に罹患率が高い疾病であったが、最近では若年者の発症が増加する傾向がある。台湾では、動脈硬化性心疾患と冠危険因子との関係は欧、米、日とほぼ一致しているが、冠危険因子の性別及び年齢別差異はまだ明らかにされていない。本研究の第一目的は東台湾における急性心筋梗塞患者の性別及び年齢別の冠危険因子の特徴を明らかにすることである。本研究の結果によって、冠危険因子の国際的な比較が可能になり、急性心筋梗塞患者の発症及び再発予防に貢献できるものである。

方法

 急性心筋梗塞で入院した患者383名を急性心筋梗塞群とし、胸痛で入院し、カテーテル検査で正常冠動脈あるいは軽度狭窄例であった228名をコントロール群として比較分析した。全対象者は男女別に年齢を若年群(<50歳)、中年群(50〜69歳)及び高年群(≧70歳)の3群に分け、喫煙率、高血圧、糖尿病、肥満度(Body mass index:BMI)及び血清脂質(総コレステロール、中性脂肪、HDLコレステロール、LDLコレステロール)などの変数を分析した。群間の連続変数及びカテゴリー変数比較はそれぞれt-test及びChi-square testで検定した。群内比較(男性急性心筋梗塞群のみ)はANOVAに引きつづいてpost hoc Scheffe testで検定した。

 二群の間で、リスク要因の有意差検定を行い、有意差が認められた変数と重要と思われる変数について、男女別に、ロジスティク回帰分析をおこなった。

結果

 急性心筋梗塞群を性別差で見ると、喫煙率は男性の方が女性より有意に高かった(男対女64%対28%;p=0.000)が、糖尿病既往歴(女対男;32%対22%;p=0.046)及び平均年齢は女性の方が男性より有意に高い(女対男;71.0±9.3歳対68.2±7.9歳;p=0.005)結果であった。

 女性の急性心筋梗塞群の中年群において、コントロール群と比較すると、喫煙率(29%対10%;p=0.009)及び糖尿病既往歴(37%対18%;p=0.019)は急性心筋梗塞群の方が有意に高かった。男性高年群を除き、性別及び年齢別に関わらず、総コレステロール、中性脂肪は急性心筋梗塞群の方がコントロール群に比較して有意に高かった。HDLコレステロールは急性心筋梗塞群の方が有意に低かった。

 コントロール群に比較し、急性心筋梗塞中年群に群間BMI値の有意差は見られなかった。BMI値は性別に関わらず、若年急性心筋梗塞群で大きく、高年急性心筋梗塞群で低い結果であった。

 ロジスティク回帰分析の結果によると統計上有意な説明変数は女性では糖尿病既往歴、喫煙率、年齢、高値総コレステロール、低値HDLコレステロール、男性では喫煙率、低値HDLコレステロール、高値総コレステロールであった。

結論

 本研究第1目的の結果、東台湾における急性心筋梗塞患者の性別及び年齢別それぞれの冠危険因子の特徴がよく示された。その中で、女性急性心筋梗塞群では、平均年齢が高く、糖尿病既往歴及び喫煙と急性心筋梗塞発症との間に強い関連があることが示された。

 男性若年急性心筋梗塞群では、BMI値、総コレステロール及び中性脂肪などが高く、HDLコレステロールは低いことが示された。今後の心筋梗塞一次予防のために重点的に対応すべき危険因子領域が明らかにされた。

 ロジスティク回帰分析の結果による喫煙率、低値HDLコレステロール及び高値総コレステロールは男女別に関わらず共通の独立冠危険因子であった。

目的2:運動療法が急性心筋梗塞患者冠状動脈危険因子及び運動耐用能に及ぼす効果背景と目的

 冠危険因子と動脈硬化性心疾患との関係はFramingham Heart Studyのような大規模な数多くの疫学研究で、明らかになっている。数多くの冠危険因子の中でも、台湾がもっとも重要視、かつ、注目しているのは、低HDLコレステロール及び高い喫煙率などである。これは第1研究でも明らかにされた点である。

 心臓リハビリテーションプログラムは1960年代に始まり、急性心筋梗塞患者長期臥床後、運動耐容能の回復を主な目的としたが、最近では、包括的リハビリテーションとして、冠危険因子の改善に重点をおいている。しかし、台湾では急性心筋梗塞後のリハビリテーションはほとんど行われていない。

 第二期心臓リハビリテーションは監視型外来式運動療法(第二期運動療法)を経由して、冠危険因子を改善することにより、冠動脈疾患の再発予防ができるだけでなく、医療経済的な効果も期待できるものである。第三期非監視型運動療法は、第二期心臓リハビリテーションに引き続き行われるもので、余暇時間における身体活動を利用した在宅運動療法(第三期運動療法)が中心である。これは、心血管機能を改善するのみならず、禁煙と肥満管理など生活習慣の変容を目指すものである。

 第二期監視型運動療法を長期に行うことは、運動時の強度を確実に把握でき、安全性を確保できるものであるが、費用が高く、患者の交通往復不便などの問題がある。このような問題点から、本研究では、余暇時間における身体活動及び生活習慣変容教育などを含めた第三期運動療法をいかに生かせるかの新しい試みを行うことを目的とした。第三期運動療法の評価は、台湾で始めての試みである。

方法

 急性心筋梗塞後、週2回8週の第二期運動療法及びその後6ヶ月間の第三期運動療法に参加した者を運動群(男性:17例、女性:3例、平均年齢:55.7±10.6歳)とした。運動群に対し、急性心筋梗塞後、合併症、外傷及び希望しないなどの理由で全く運動を行なわなかったものを非運動群(男性:18例、女性:6例、平均年齢:60.2±10.9歳)とし、両群について比較検討した。

 第二期運動療法は、運動負荷試験結果から個別に処方し、トレドッミルを用い、個別年齢別予測最大心拍数(220-年齢)の60〜79%の範囲内で実施した。第三期運動療法は、第二期運動療法終了時運動負荷試験最大心拍数の79%以下の強度に設定し、理学療法士により、月毎に電話もしくは家庭訪問により、在宅運動継続性を確認した。血清脂質、BMI値及び喫煙状況は、両群共に、第二期運動療法の開始、終了時及び退院後第8ヶ月目に記録した。METs値は運動群のみで第二期運動療法の開始、終了時及び退院後第5、8ヶ月目に運動負荷試験によって測定した。第三期運動療法期間における、在宅運動状況(運動種類、頻度及び一回運動時間)は、退院後第5、8ヶ月目に電話、訪問もしくは運動負荷試験時に質問紙で調査した。週3回、1回30分を確実に行う患者を運動習慣ありと定義した。

 群間連続及びカテゴリー変数比較はそれぞれWilcoxon及びChi-square testで検定した。群内各測定時点経時的での連続変数はrepeated measures ANOVA test引き続いてLeastSignificant Differenceで、カテゴリー変数(喫煙率)はCochran's Qtest引き続いてMcNemartestで検定した。

結果

 第二期運動療法期間における、喫煙率は両群共に、有意に減少した。しかも、この現象が退院後8ヶ月目まで継続した(運動群;75%対15%;p=0.000及び非運動群;50%対17%;p=0.005)。

 METs値は第二期運動療法期間に6.29±1.40METsから9.69±1.70METsへ有意に増加し、しかも、この効果は第二期運動療法終了後6ヶ月間継続した(F=80.030,p=0.000)。冠危険因子の中では、HDLコレステロールのみ、運動群の第三期運動療法期間に有意な増加が見られた(38.1±8.2mg/dl対43.5±8.0mg/dl;p=0.000)。非運動群では有意な変化はなかった。

結論

 薬物治療の下で、第三期非監視型在宅運動療法では心事故がなく、運動継続性を向上させた。また、運動耐容能及び禁煙など第二期監視型外来式運動療法効果を維持できるのみならず、HDLコレステロールを有意に増加することなどが本研究の第2目的の結果で明らかになった。従って、第三期非監視型在宅運動療法は、第二期監視型外来式運動療法の延長であるということができ、安全、有効、便利且っ経済的な方法であり、今後提唱されるべきものであると結論できた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、これまでの研究では十分に把握されていなかった東台湾における急性心筋梗塞患者の性別及び年齢別の危険因子の特徴や、危険因子に対する第二期、第三期運動療法の効果を明らかにしようと試みたものである。本研究結果は、東台湾における急性心筋梗塞患者の危険因子を国際的に比較する事により、急性心筋梗塞患者の発症及び再発予防に貢献できるものである。また、台湾では急性心筋梗塞後の第二期監視型外来式運動療法はほとんど行なわれてなく、また生活習慣変容教育などを含めた第三期非監視型在宅運動療法の評価も台湾で始めての試みである。結果は下記の様であった。

(1).東台湾における急性心筋梗塞患者の性別、年齢別の危険因子の特徴がよく示された。その中で、女性急性心筋梗塞群では、男性に比較して平均年齢が高い傾向にあり、糖尿病既往歴及び喫煙と強い関連があることが示された。

(2).男性若年急性心筋梗塞群では、対照群に比較して、BMI値、総コレステロール及び中性脂肪が高く、HDLコレステロールは低いことが示された。

(3).ロジスティック回帰分析の結果、喫煙習慣、HDLコレステロール低値及び総コレステロール高値は男女別に関わらず共通の独立冠危険因子であった。今後の心筋梗塞一次予防のために重点的に対応すべき冠危険因子が明らかにされた。

(4).薬物治療の下で、第三期非監視型在宅運動療法では心事故がなく、運動継続性を向上させた。また、運動耐容能及び禁煙など第二期監視型外来式運動療法効果を維持できるのみならず、HDLコレステロールを有意に増加したことが明らかになった。

(5).第三期非監視型在宅運動療法は、第二期監視型外来式運動療法の延長ということができ、安全、有効、便利且つ経済的な方法であり、今後提唱されるべきものである。以上、本論文は東台湾における急性心筋梗塞患者の冠危険因子及び運動療法の及ぼす効果についての貴重な基礎資料となるもので、今後台湾における虚血性心疾患の診療に資するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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