学位論文要旨



No 215497
著者(漢字) 長田,由紀子
著者(英字)
著者(カナ) オサダ,ユキコ
標題(和) 更年期女性の適応状態に影響を与える心理・社会的要因
標題(洋)
報告番号 215497
報告番号 乙15497
学位授与日 2002.11.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第15497号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 数間,恵子
 東京大学 助教授 福岡,秀興
 東京大学 助教授 萱間,真美
内容要旨 要旨を表示する

【研究目的】

 更年期は、心身ともに危機的な時期と考えられる。それはこの時期が、ホルモンのバランスの崩れからいわゆる更年期症状が生じやすい時期であることに加えて、閉経は女性性の喪失など否定的な体験としてとえられてきたこと、子供や夫婦関係、介護や仕事などにおけるストレスの多い時期であることなどが、精神的不適応状態を促進させると考えられるためである。こうした時期のQOL(qua1ity of life;生活の質)を維持するための要因を探ることは必要であり、更年期症状を考慮しつつ心理・社会的要因について検討することは重要であるが、それは十分に行われてきていない。

 本研究では、閉経前、閉経周辺、閉経後の3群(以下、閉経過程3群と略す)において更年期に関する意識、身体的な指標である更年期症状、精神健康の指標である抑うつ状態について比較し、更年期の各時期における心身の適応状態の特徴について検討する。さらに、更年期のサイコロジカル・ウエルビーイングを目指して、更年期症状、自己効力感、夫婦関係満足度、更年期に関する意識、ライフスタイルが抑うつ状態に与える影響について閉経過程3群別に検討し、各ステージ毎に更年期の精神健康を高める方略を探ることを目的とした。

【研究方法】

 2000年11月〜2001年1月、典型的更年期とされる年代の女性を対象に、質問紙を用いた無記名自記式による郵送調査を行った。調査は倫理上の問題回避と回収率を上げるために、学生あるいは講習会や婦人団体を通して、また調査会社を通して行われ、それぞれの回収率は35.6%、93.3%であった。各群間で本研究で用いた変数の平均値を検討した結果、全ての変数において有意差はなく、変数間の関係にも類似の傾向が見られたので、分析は全対象者を一括して行った。分析対象となったのは44〜55歳の597名で、平均年齢は49.2(±3.01)歳であった。内訳は、月経に変化を感じていない「閉経前群」128名、周期の乱れや変化を感じているが1年以内に月経があったと回答した「閉経周辺群」317名、1年以上月経がない「閉経後群」152名であった。なお、子宮あるいは両卵巣摘出により月経が停止している「人工的閉経群」は分析から除外した。

 測度としては、更年期の精神的適応状態を調べるために、抑うつ症状を測定する20項目から成るCenter for Epidemiological Studies Depression Scale日本語版(以下、CES-Dとする:高得点ほど抑うつ症状が強いことを示す)を用いた。また更年期症状の指標として、ホルモン状況を反映すると言われる10項目から成る簡略更年期指数(Simplified Menopausal Index,以下SMIとする:高得点ほど更年期症状が重いことを示す)を用いた。適応に関連する心理変数として、対人関係や問題を解決する力が自分にどの程度あると認知しているかを示す23項目から成る自己効力感、10項目から成る夫婦関係満足度尺度、およびライフスタイルに関する2尺度を用いた。ライフスタイルについては、抑うつ症状と関連があった項目を因子分析した結果をもとに尺度を作成し、4項目から成る自己優先傾向尺度および2項目から成る家族優先傾向尺度を用いた。さらに更年期に関する意識として「更年期に対する危機感(以下、危機感とする)」「閉経評価」「老年期イメージ」項目を用いた。

【結果】

(1)閉経前・閉経周辺・閉経後群の比較

 本研究で用いた各変数について、一要因の分散分析により閉経前群・閉経周辺群・閉経後群の3群間の比較を行った。その結果、更年期に関する意識である危機感および閉経評価において群の主効果が有意であり、多重比較の結果、閉経前、閉経周辺に比べて閉経後の群に肯定的な評価傾向が示された。またCES-D,SMIについても群の主効果は有意であり、多重比較の結果、閉経前に比べて閉経周辺、閉経後の群に高い値が示された。

(2)閉経過程3群別による変数間の相関

 CES-D,SMI、危機感の3つの変数は、全群で互いに正の有意な相関が示された。さらにCES-DおよびSMIは、閉経周辺群において家族優先傾向とも有意な正の相関が見られた。また、CES-Dは自己効力感、夫婦関係満足度、自己優先傾向、老年期イメージとの間に負の有意な相関が示された。

(3)閉経過程3群別によるCES-Dに影響を与える要因

 閉経過程3群別に、CES-Dを従属変数とした階層的重回帰分析を行った。、説明変数としては第一段階で年齢を、第二段階でSMIを、第三段階で自己効力感、夫婦関係満足度、自己優先傾向、家族優先傾向、危機感、閉経評価、老年期イメージ等の心理変数の中で、CES-Dとの相関が有意であった変数を投入した。

 分析の結果、最終的な決定係数は.400、.440、.363と、いずれの群においても高い値が得られた。いずれの場合もSMIの影響は有意であったが、さらに心理変数を投入した段階での決定変数の変化量も、すべての群で有意であった。SMIの影響は閉経前群で最も大きく、閉経周辺、閉経後ではそれに比較して小さかった。自己効力感は閉経前より閉経周辺、閉経後群で強い影響を与えていた。また夫婦関係満足度はいずれの群においても有意であったが、閉経前群においてより強い影響を与えていた。

【考察】

 更年期に関する意識については、閉経後の群に、より肯定的な態度が示され、この結果は先行研究と一致するものであった。これについては、閉経を体験することでその価値を考えたり自分への意味づけを行うことによって、閉経後は態度が肯定化傾向に向かうと考えられた。一方抑うつ症状や更年期症状については閉経前群に比べて閉経周辺群および閉経後群の得点が高く、心身の不適応傾向が示唆された。抑うつ症状が閉経周辺・閉経後の群に強く見られたのは、加齢の影響も考えられるが、ホルモンの影響による更年期症状の出現との関わりが推測された。

 閉経過程3群別に変数の関係を検討した結果、いずれの時期においても抑うつ症状と更年期症状、危機感との間には正の相関関係が見られ、これらが深く関わっている可能性が示唆された。危機感は抑うつ症状よりも更年期症状との間の相関の方が高かったが、危機感が更年期症状を強める場合と症状によって危機感が強まる場合の両方の可能性が考えられる。閉経周辺期ではまた、抑うつ症状や更年期症状の強さと、家族を優先させる傾向が強いライフスタイルが関係していたが、こうしたライフスタイルはストレスを与え、更年期の適応を悪くさせるのではないかと考えられる。また、自己効力感を高めること、共感的な夫婦関係を築くこと、自分を大切にすること、老年期に対して明るいイメージを持つことなどは、適応を高めるために有効に働く要因であることが示された。

 閉経過程3群別に行った重回帰分析の結果からは、更年期の抑うつ症状に対する更年期症状の影響は大きいが、そのほかにも自己効力感、夫婦関係満足度が影響していることがわかった。またそれらの影響の強さは閉経前群、閉経周辺群、閉経後群の間で違いがあり、閉経前では抑うつ状態に対して夫婦関係満足度の影響が大きく、閉経後では自己効力感の影響がより強かった。

 以上の結果から、地域保健活動を実施する場合、更年期の過程の特徴を捉えてサポートを提供してゆくことが効果的であるといえよう。閉経前の段階は、未体験である更年期への不安の除去や老年期および更年期に対する見直しが必要であり、また妻・母親役割の負担も比較的大きい時期なので、夫のサポートが重要である。閉経周辺期では、実際にさまざまな症状を体験する時期でもあるので、症状についての理解を深めることによる不安の低減が重要であろう。さらに症状軽減に向けて情報を獲得しやすくすることも必要である。更年期症状は個人差も大きいので、個々の問題にきめ細かく相談の出来る場が必要とされよう。閉経後では、問題解決に対する自己効力感を持つことが精神健康に影響を与えると思われる。そこで、問題解決に対する積極的な姿勢や対人関係を拡げる努力を支援するなど、老年期に向けた生活設計を行う際の援助が必要とされよう。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、これまでに十分な研究が行われていない更年期の心理的側面を取り上げ、更年期の適応状態に影響を与える心理・社会的要因を明らかにしようとした研究である。更年期にあたる一般の女性597名を対象に行った調査結果をもとに、閉経前、閉経周辺、閉経後列に適応状態を比較し、更年期症状の影響をふまえた上で、抑うつ症状に対する心理・社会的要因の影響について検討し、下記の結果を得ている。

1.更年期に関する意識については、更年期に対する危機感においても自身の閉経に対する評価においても、閉経前群および閉経周辺群と閉経後群との間には有意な差が見られ、閉経後群により肯定的な評価傾向が示された。

2.更年期の適応状態を示す抑うつ症状、更年期症状については、閉経周辺群および閉経後群と閉経前群との間に有意な差が見られ、他の2群に比べて閉経前群の心身の適応状態は良い傾向が示された。

3.閉経過程による群別に変数間の関係を検討した結果、いずれの群においても抑うつ症状、更年期症状、更年期に対する危機感との間には正の有意な相関関係が見られ、さらに抑うつ症状は、自己効力感や夫婦関係満足度をはじめとするのいくつかの心理変数との間に関係が見られた。

4.抑うつ症状を従属変数とし、更年期症状、心理変数という順序で説明変数を投入する階層的重回帰分析を行った結果、抑うつ症状に対する更年期症状の影響は明らかであったが、いずれの群においても心理変数を投入することによって決定係数の有意な上昇が見られた。その結果、閉経前群では、更年期症状の重いこと、夫婦関係満足度の低いこと、老年期イメージが暗いことが、抑うつ症状を高めていた。また閉経周辺群では、更年期症状の重いこと、夫婦関係満足度の低いこと、自己効力感の低いこと、老年期イメージが暗いことが、抑うつ症状を高めていた。さらに閉経後群では、自己効力感の低いこと、更年期症状の重いこと、夫婦関係満足度の低いことが、それぞれ抑うつ症状を高めていた。

 更年期の心理的側面に関する実証的な研究は少ないが、更年期の抑うつ症状に影響を与える心理・社会的要因について、身体的要因を考慮した上で検討を行った研究はこれまでになかった。本研究は、閉経のプロセス別に適応と心理・社会的要因との関係を詳細に分析・検討し、更年期の健康増進に向けての教育・啓蒙において有用な情報をもたらしたと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク