学位論文要旨



No 215502
著者(漢字) 海田,博司
著者(英字)
著者(カナ) カイデン,ヒロシ
標題(和) Al2O3基酸化物共晶体の微細組織構造と高温特性の研究
標題(洋) Microstructure and High-temperature Properties of Al2O3-based Oxide Eutectics
報告番号 215502
報告番号 乙15502
学位授与日 2002.12.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15502号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,隆
 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 教授 田賀井,篤平
 東京大学 助教授 杉山,和正
 東京大学 助教授 小暮,敏博
 国立極地研究所 教授 小島,秀康
内容要旨 要旨を表示する

天然に産する岩石や人工的に作られた材料は様々な組織を持つ。それぞれの組織はその物質を特徴づけるものであり,岩石であれば形成に関する重要な情報を含み,材料であればその特性を決めるものである。こうした組織の形成メカニズムを解明することは,物質科学における重要な課題のひとつである。本研究は融液からの結晶成長法を用い,固体無機物質の組織を自在に制御し,組織と特性の関係を明らかにしようとするものである。

1950年代初めにウィスカー状の単結晶が理論値に近い強度を持つことが報告されて以来,強度材としての複合材料の研究が盛んに行われている。こうした複合材料のうち,共晶組成を持つ融液を一端から一定速度で凝固させ(一方向凝固),規則的な共晶組織を持つように作製されたものを一方向凝固共晶体という。このように規則的な配列をした凝固組織を持つ物質は,それぞれの成分が単独での場合や無秩序に配列した組織を持つ物質に比べて高い強度を持つ。したがって,一方向凝固共晶体は,凝固過程のメカニズムという観点からは理学的,強度発現という観点からは工学的な研究対象となっている。本研究でも組織と特性との関係を明らかにするという目的から,成長物質として一方向凝固共晶体を取り上げた。

 一方向凝固共晶体についての研究は1960年代より,合金についてその構造特性や微細組織形状が議論され,1970年代に入り,その対象は非金属の固体無機物質へと移っていった。しかし,その微細組織の形状制御は困難であり,組織形成メカニズムの多くは未だ解明されていない。一方,1995年および1997年には,制御された均一な微細組織を持つAl2O3/Y3Al5O12共晶体,Al2O3/GdAlO3共晶体がそれぞれ開発され,さらに1999年には,Al2O3/Y3Al5O12のファイバー化が報告された。しかし,これらの研究はいずれも高温強度特性に着目しているために,微細構造などの議論は十分になされていない。

 本研究では特にAl2O3基酸化物共晶体に着目し,(1)マイクロ引き下げ(Micro-pulling-down method;μ-PD)法によるAl2O3/RE-Al-O(REは希土類元素)二元系共晶体ファイバーの希土類サイト置換体および新たな構造を持つ新規共晶体化合物の作製,(2)同じくμ-PD法によるAl2O3/Y3Al5O12/ZrO2三元系共晶体ファイバーの新規作製,(3)作製した新規共晶体化合物の相同定,(4)各種共晶体化合物の微細組織観察とその形状特性の比較および評価,(5)ビッカース硬さによる機械特性およびアニーリングや高温での引張試験による高温特性の基礎評価,(6)合金の強度と結晶粒径との関係の経験式であるHall-Petchの関係式が本系に適用できるかの検討,(7)コンピューターでのモデリングによる微細組織の解析,などを目的とする。

以下に実験方法を述べる。試料作製にはμ-PD法を用いた。この方法は溶融凝固法の一種であり,まず,完全に融解した原料にるつぼの下方先端に開けた小さな穴を通して種結晶を接触させ,この種結晶を下方に引き下げていくことで融液を結晶化させ,育成を行う。育成中の固液界面の様子はCCDカメラを用いて観察を行い,育成速度と温度を調節する。通常の育成速度は0.1-20mm/min程度であるが,物質によっては従来のバルクの結晶育成法に比べ非常に早い30mm/minまでの育成が可能である。出発原料は純度99,99%〜99.999%の高純度酸化物を用い,評価にはX線回折装置,走査型電子顕微鏡,電子プローブ・マイクロアナライザー,マイクロビッカース硬さ試験装置,引張試験装置を用いた。また,コンピューターによる画像処理およびシミュレーションも行った。

 本研究から以下のような結果が得られた。各種共晶体化合物について粉末X線回折による相同定を行い,いずれの場合も不純物を含まない回折パターンが得られた。Al2O3/RE-Al-O二元系の場合,Sm,Eu,GdではAl2O3/perovskite型構造,TbからLuおよびYではAl2O3/garnet型構造であることが明らかとなった。また,反射電子像からこの系の共晶体ファイバーはいずれも二種の物質が三次元的に絡み合った"Chinese script structure"と呼ばれる微細組織構造を持つことが分かった。Al2O3/perovskite型構造を持つ共晶体ファイバーに関してはAl2O3/garnet系とは異なり作製が困難であり,それぞれの共晶体の微細組織はいずれも均一ではなく,形状の異なるコロニーが存在していた。Al2O3/Y3Al5O12/ZrO2三元系に関しても均一な組織を持つ共晶体ファイバーが作製できたが,その組織構造はAl2O3とY3Al5O12のChinese script structure中にZrO2の小粒がY3Al5O12相の周囲に分散して存在しているものであった。微細組織の大きさは育成速度により制御可能であり,速度が速いほど組織が小さくなり,組織が小さいほどビッカース硬さが大きくなることが明らかになった。さらに,作製した共晶体ファイバーの熱安定性を調べるために,アニーリング試験を行ったところ,粒成長は観察されず,高温酸化雰囲気下にも十分耐えられる特性を持つことが確かめられた。引張試験においては,これまで報告されているバルク体に比べて高い強度が得られ,Al2O3/RE-Al-OとAl2O3/Y3Al5O12/ZrO2を比較すると,室温から1200℃の範囲では後者,1500℃付近では前者の強度が高かった。これは,1500℃付近では三元系の融点に近づいたことが原因と考えられる。

これまで報告されているAl2O3-RE2O3系の実1験結果からは,Al2O3と共晶を持つ物質はperovskite相なのか,またはgarnet相なのか,あるいはそれら以外の相なのか解明されていなかった。しかし,本研究結果より,GdとTbとの間に境界があり,Al2O3/perovskite型構造とAl2O3/garnet型構造とに分かれることが明らかとなった。共晶体の微細組織は構造によって異なり,主にChinese script状と棒状が観察された。これは,共晶体において,ラメラ状と棒状の微細組織形状を比較した場合,より少ない物質の領域の全体に占める割合が28%以上の時はラメラ状,それより小さい場合は棒状になることが知られているが,本系にも同様の因子が関与していると考えられる。このことはコンピューターによるモデリングによっても確かめられ,およそ30%以下では棒状,それ以上ではラメラ状からChinese script状になる様子が再現できた。また,微細組織の大きさλは,育成速度vとλ=kv-1/2(κ:定数)の関係があることが確かめられ,強度σと組織の大きさdの関係としては,主に合金系に適用されるHall-Petchの関係式σ=σ0+kd-1/2(σ0,k:定数)が本系にも適用可能であることが分かった。

本研究をまとめると以下のようになる。(1)Al2O3/RE-Al-Oの希土類サイトを置換した各種新規共晶体ファイバー作製をμ-PD法を用いて行い,希土類置換効果による構造の変化を系統的に追跡し,GdとTbの間を境にAl2O3/perovskite型構造およびAl2O3/garnmet型構造に分かれることを明らかにした。(2)μ-PD法によってAl2O3/Y3Al5O12/ZrO2三元系共晶体ファイバーを作製し,その組織構造を明らかにした。(3)微細組織の形状変化とその容積比との関連性を明らかにし,コンピューターによるモデリングによってもその組織変化を再現できた。(4)共晶体の作製速度と組織の大きさ,および組織の大きさと強度の関係をそれぞれ明らかにした。(5)室温から1500℃の広い温度範囲で強度試験を行い,1200℃程度までは三元系,それ以上では二元系共晶体の強度が高いという高温特性を明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなる。天然に産する岩石や人工的に作られた材料はさまざまな組織を持つ。それぞれの組織は,岩石であればその成因遍歴を語り,材料であれば強度特性の決定要因となる。このような組織構造の形成メカニズムと機械的特性の関連性を解明することは,物質科学における重要な課題のひとつである。

 本研究の最も重要な成果は、最新の単結晶育成技術であるマイクロ引き下げ(Micro-pulling-down method;μ-PD)法を超高温強度材料の開発研究に展開し、新規な二元系および三元系酸化物共晶体ファイバー超高温強度材料を開発し、その微細組織構造および機械的特性の関連性の解明を通じて、エネルギー問題を解決できる超高温耐熱材料開発の開発指針を得ることに成功した点にある。

第1章では、本研究で対象となる複合材料および超高温強度材料に関するこれまでの研究成果を纏めている。1950年代の初めにウィスカー状の単結晶が理論値に近い強度を示すことが報告されて以来、それを利用した複合強度材料の開発研究が注目を集めてきた。最近では、高効率発電ガスタービンなど超高温運転を可能とする超高温耐熱複合強度材料の開発を目標とし、Al2O3/Y3Al5O12共晶体およびAl2O3/GdAlO3共晶体など、一方向凝固共晶材料の研究が始まっている。本章では、このような現状を分析し、良好な機械的特性を示す微細組織の実現と同時に、従来の粉末焼結法では不可能である精密な微細組織制御ができる新たな作製方法の確立が不可欠であることを述べている。そして、最新の単結晶育成方法であるマイクロ引き下げ法の利点を述べ、組織制御した共晶材料の作製には、本マイクロ引き下げ法の利用およびその最適化が不可欠であることを述べている。

 第2章では、本研究試料の合成に使用したマイクロ引き下げ法の詳細を記載してある。また、X線回折装置、走査電子顕微鏡および高温強度測定装置など、得られた試料の基礎特性評価装置に関して解説している。特に、本研究遂行のために新たに開発したコンピューター・プログラムの基本論理構成を紹介し、本論文の巻末Appendixには、そのソースコードを掲載している。

 第3章は、本研究の実験結果を記載してある。各種Al2O3-RE2O3系酸化物において、系統的な合成実験を行うことにより、目的とするAl2O3/REAlO3型共晶体またはAl2O3/RE3Al5O12型共晶体を作製できる最適な化学組成条件を決定した。また、新しいAl2O3/Y3Al5O12/ZrO2三元系共晶体の作製も試み、得られた構成結晶相および組織に関して詳細に記載している。特に、Al2O3/RE3Al5O12型共晶体およびAl2O3/Y3Al5O12/ZrO2三元系共晶体では、Chinese script構造と呼ばれる微細組織を持つことを明らかにし、この組織が超高温耐熱複合材料を開発するための一つの目標となることを指摘している。また本章ではく、結晶化速度、体積分率など様々な条件因子が、微細組織形成に与える影響をコンピューター・シミュレーションを駆使して解明している。一方、超高温強度材料への応用を視野に入れた高温引張試験および高温耐久試験を行い、これらの共晶体は酸化雰囲気の高温状態で極めて安定であり、従来法で作製された材料と比較して数倍高い強度を示すことを実証している。

 第4章では、第3章で述べられた結果に対して考察を進めている。詳細な合成実験に基づき、希土類元素を系統的変化させたときのAl2O3-RE2O3系の相平衡図の詳細を明らかにした。そして、Al2O3/REAlO3型およびAl2O3/RE3Al5O12型共晶体作製に不可欠な、化学組成制限を考察している。また、微細組織形成の要因として、体積分率および構成相のファセット性を指摘し、コンピューター・シミュレーションの結果と本研究で作製した試料の成長様式や組織観察結果とを比較検討することによって、Chinese script構造が、合金を含む共晶系では得られなかったファセット/ファセット共晶であると結論した。また,微細組織の大きさが,材料育成速度vとλ=kv-1/2(k:定数)の関係があること、また、強度と微細組織の関係が,Hall-Petchの関係式σ=σ0+kd-1/2(σ0,k:定数)で整理できることを結論した。

 第5章では、本論文を総括し、マイクロ引き下げ法により二元系および三元系の新規超高温耐熱複合強度材料を開発したこと、微細組織形成の因子を実験およびコンピューター・シミュレーションによって実証できたことを示し、これらのデータおよびその解析で得られた結果が、全て新しい知見であることを結論した。

 本論文は、最新の単結晶育成技術であるマイクロ引き下げ法を、従来、主に粉末焼結法が用いられていた酸化物セラミックスの作製に応用し、新規超高温耐熱複合強度材料の開発研究に発展させた。同時に、Al2O3/REAlO3型共晶体、Al2O3/RE3Al5O12型共晶体ファイバーおよびAl2O3/Y3Al5O12/ZrO2三元系共晶体ファイバーを開発し、コンピューター・シミュレーションによる微細組織形成因子の特定および引張試験による高温機械特性の基礎評価を通じて、エネルギー問題を解決する超高温耐熱強度複合材料の開発指針を得ることに成功した。これらの研究成果は、岩石に代表される酸化物素材の微細組織形成因子を見出した点および結晶性複合材料合成に関する基礎手法を確立した点において、鉱物学および結晶学の発展に寄与するところが少なくない。したがって、博士(理学)の学位を授与するにふさわしいと認める。

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