学位論文要旨



No 215504
著者(漢字) 平田,隆祥
著者(英字)
著者(カナ) ヒラタ,タカヨシ
標題(和) 超音波法によるコンクリート構造物のひび割れ詳細調査方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 215504
報告番号 乙15504
学位授与日 2002.12.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15504号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 阿部,雅人
 東京大学 助教授 岸,利治
内容要旨 要旨を表示する

 土木構造物は我が国の社会基盤を支える重要な社会資本であり,戦後の国土の復興期と高度成長期に大量かつ大規模に整備が進められ経済発展を促す役割を担ってきた.しかしながら,1989年以降のバブル経済の崩壊を契機として右肩上がりの経済発展が終焉を迎え,土木分野の社会資本整備においてもこれらの構造変化を視野に置いた改革が求められている.また,1970年代以降に建設された一部のコンクリート構造物にひび割れなどの早期劣化現象が生じたことから,コンクリート構造物の耐久性に対して疑念が生じ,塩害やアルカリ骨材反応などによる早期劣化問題が顕在化した.さらに,1995年に発生した兵庫県南部地震によるコンクリート構造物への甚大な被害や近年のコンクリート剥落事故の多発により,コンクリート構造物がメンテナンスフリーでかつ安全であるとする「コンクリート神話」は完全に打ち砕かれた.これらの問題に対処するため,防止対策や設計方法などに関して多くの調査や研究が実施され建設技術は飛躍的に進歩してきたが,このような問題を考慮せずに建設されたコンクリート構造物が多数残っているのが現状であり,耐久性診断や健全性評価が求められている.従って,21世紀は多数のコンクリート構造物の維持管理が必要となるとともに,社会資本整備費に占める維持管理費の比率が増大し,コンクリー卜構造物の診断や補修が重要視されてゆくことは疑う余地がない.

 一方,コンクリート構造物の調査・診断を合理的に実施するためには,コア採取やコンクリートの斫りなどの破壊を伴う試験を必要最小限とし,非破壊試験により測定箇所を増やしてコンクリート構造物の全体的な調査を行うことが効果的である.しかし,コンクリート構造物の非破壊試験方法の多くは研究途上にあり,測定技術者の技量に委ねられる場合も多く,測定限界や測定精度が十分に把握されていないため非破壊試験に対する信頼性の低下を招く自体も生じている.

 本研究は,コンクリート構造物の診断を行う上で重要な測定項目であるひび割れなどの内部欠陥を対象とし,超音波法による高精度で,かつ合理的なひび割れの詳細調査方法を構築することを目的とした.

 本研究では,

(1)超音波伝播時間による正確な長さ計測を行うことを目的として,コンクリート部材に対する探触子の設置方法と超音波伝播速度の測定結果の関係を把握する.

(2)鉄筋コンクリートのひび割れ深さの測定において,誤差要因となりうる構造物の表層部に配置された鉄筋の識別方法について検討を行い,鉄筋コンクリートのひび割れ深さの測定方法について検討する.

(3)コンクリート部材の内部欠陥であるひび割れ形状や空隙深さの測定を行い,その測定精度および欠陥の可視化方法について検討する.

(4)実構造物に適用することにより,超音波法によるコンクリート構造物の合理的なひび割れ詳細調査の手順について検討し,その調査方法の提案を行う.

 以下に各章の概要を述べる.

 第2章では,コンクリート構造物の非破壊試験の目的と測定上の留意点についてまとめた.また,本論文に関連する超音波手法の既往の研究成果について述べ,各種のひび割れ測定方法の問題点を整理して本研究の方向性と位置付けを明らかにした.

 特に,超音波法によるひび割れ深さの詳細調査の信頼性を向上するためには,測定誤差の要因を明らかにしてその除去方法を明確にするとともに,調査結果を平面的あるいは立体的に図化して第三者に対して客観的かつ解りやすい形で説明することが重要であることを示唆した.

 第3章では,超音波法によるコンクリート構造物のひび割れ測定を念頭に置き,その測定で必要となる超音波の基本的な性質とひび割れ測定原理についてまとめた.また,実際のひび割れ測定に関連して生じる超音波の諸現象とその解析方法についてまとめた.

 第4章では,超音波探傷器を用いてどの様に超音波伝播速度を測定すれば,正確な超音波伝播速度が測定できるかを,数種類の測定方法および測定機械の両面から検討した結果について述べた.

 測定方法の影響については,コンクリート部材に対する探触子の設置方法の違いで透過法,斜角法,表面法,回折法の順に超音波伝播速度が小さく測定されることを明らかにし,透過法に比べ表面法や回折法の超音波伝播速度は数%程度小さくなることを示した,

 特に,表面法による超音波伝播測定では探触子の設置間隔の影響を受け,その間隔が小さくなると超音波伝播速度は著しく大きく計測されるため注意を要することを指摘するとともに,このような場合は近似計算により実現象に即した値が得られることを示した.

 一方,機械的な影響として,コンクリート部材の測定では探触子の種類や周波数の違いにより超音波伝播速度の測定結果は数%程度のばらつきを生じる可能性があることや,超音波深傷器の0点調整に問題があること,さらに受振波の振幅値の違いで超音波パルスの受信時間の測定結果が変化することを示した.

 このようにコンクリート部材の超音波伝播速度の測定では多くの要因を考慮する必要があり,市販の超音波探傷器により超音波伝播速度を誤差数%で正確に測定することは非常に困難であることを指摘した.

 第5章では,ひび割れ面を貫通している鉄筋の識別方法と,鉄筋コンクリートに生じているひび割れ深さの測定精度の向上手法について検討を行った.また,妨害波の消去方法と超音波が透過する最大ひび割れ幅について検討した.

 超音波法によるひび割れ深さの測定では,測定者が誤計測を認識できないため,ひび割れ面を鉄筋が貫通している場合,超音波パルスが鉄筋を経由してひび割れ深さを過小に評価する場合があった.そこで,受振した初頭波が鉄筋を経由したパルスかどうかを,コンクリート表面上での探触子の回転操作で識別する方法を考案した.この方法によると超音波パルスが鉄筋を経由している場合は,受振波に特徴的な変化が生じるため簡易に超音波伝播経路を識別できることを明らかにした.

 従来のひび割れ深さの測定方法は多くの仮定条件を用いており,コンクリートの不均一性や正確な超音波伝播速度の測定が困難であるといった実現象を考慮した方法となっていない.従って,ある条件下では正しくひび割れ深さを測定できても条件が異なると正確な測定が行えないといった問題点があることを指摘した.そこで,実現象である走時曲線を数学的に近似してひび割れ深さを求める測定方法を考案した.この方法の特徴は,超音波探傷器や探触子の機械特性,コンクリートの品質や超音波パルスの減衰といった測定誤差に関係する項目を,探触子間の補正距離を用いて便宜的に固定化することにある.この方法によれば予め超音波伝播速度を求めることなくひび割れ深さの測定誤差を数%程度に抑え,高精度に測定できることを実験および超音波伝播解析で明らかにした.

 コンクリート部材の表層部に配置されている鉄筋を経由した超音波パルスを消去する方法について検討した結果,探触子の回転操作と受振波の加算平均化処理の併用により,この妨害波を除去できる可能性があることを明らかにした.また,超音波パルスが透過する最大ひび割れ幅については明確な答えを得ることができなかったが,概ね0.01mm〜0.1mmの範囲内にあり,O.1mm幅のひび割れまでは超音波法による深さの測定が可能なことを明らかにした.これらの内容は,未解明な部分が多く今後の研究によって明らかにされることを期待する.

 第6章では,第4章,第5章の研究成果を用いて実構造物のひび割れ詳細調査を行い,超音波法によるコンクリート構造物のひび割れ詳細調査方法について検討した.

 超音波法は日常点検で把握された変状部位を詳細に調査する方法として適しており,その役割が期待されている.その調査結果は第三者にも理解しやすいことが求められている.そこで,超音波法によりコンクリート部材の内部に存在する傾斜ひび割れや空隙を可視化する事を試み,これらの内部欠陥を三次元の立体図化できること,およびその測定精度を明らかにした.また,内部欠陥の測定において測定誤差が生じる原因について検討するとともに,実構造物への適用が可能であることを確認した.

 第7章では,本研究で得られた成果を簡単に取りまとめるとともに,コンクリート構造物の維持管理システムに本研究成果をどのように織り込んでゆくかを提示し,最後に今後の課題を挙げ本論文の結びとした.

 得られた結論を基に超音波法によるコンクリート構造物のひび割れ詳細調査方法について総括すると,これまで行われていた測定方法が他分野から導入された経緯から,コンクリート特有の条件を十分に考慮することなく適用された結果,実現象と大きく異なる測定結果を提示してしまい逆に超音波法の信頼性を失っていたと思われる.今後は,コンクリート構造物に適用する場合の問題点を明確にするとともに,調査結果を第三者に解りやすい形で提示してこの方法の信頼性を回復していく必要があると考える.超音波法は非破壊試験技術のなかでも歴史があり,コンクリート構造物の維持管理において詳細点検の中核をなすべき技術である.従って,本技術の体系化を急ぐ必要があり,増大する維持管理の要求に対する期待に応えていくことが大切である.

 これらの知見が今後の超音波法によるコンクリート構造物のひび割れ詳細調査方法の参考となり,更なる技術の発展に資することができれば幸いである.

審査要旨 要旨を表示する

 コンクリート構造物は,戦後の国士の復興期と高度経済成長期に大量かつ大規模に整備が進められ,我が国の経済発展を促す役割を担ってきた。一方,1970以降に建設された一部のコンクリート構造物にひび割れなどの早期劣化現象が生じたため,コンクリートの耐久性に関する問題が顕在化している。今後,少子高齢化していく社会状況を鑑みると,大量な社会資本ストックを少ない技術者で管理・運営していくことが必要不可欠となる。この様な現状においては,既設コンクリート構造物の耐久性診断や健全性評価が必要不可欠となる。これまでに,既設コンクリート構造物の詳細調査手法として各種非破壊試験方法の適用が試みられている。しかし,何れの試験方法も測定精度が曖昧であり,結果として適用範囲を明確に示していないという問題を抱えている。本研究は,コンクリート構造物の劣化の加速因子であるひび割れに着目し,超音波法を用いた詳細点検手法の提案を目的として行ったものである。

 第1章は序論であり,本研究の社会的背景とコンクリート構造物の維持管理システムの重要性を示している,また,土木学会コンクリー卜標準示方書「維持管理編」の維持管理システムにおける詳細点検と非破壊試験の位置付けを明らかにするとともに,各種のひび割れの詳細点検に用いる非破壊試験方法および超音波法の概要についてまとめている。

 第2章は,コンクリート構造物の非破壊試験の日的と,測定上の留意点についてとりまとめている。超音波手法に関する既往の研究をまとめるとともに,超音波によるひび割れ深さ測定手法の研究の現状について記述し,各種測定方法の問題点を整理して本研究で対象とする範囲を明確としている。

 第3章は,超音波法こよるコンクリート構造物のひび割れ測定を念頭に置き,その測定で必要となる超音波の基本的な性質とひび割れの測定原理において検討し,とりまとめている。さらこ,実際のひび割れ測定において超音波の基本的性質に関連して生じる諸現象と超音波の解析方法に関する検討を行っている。

 第4章は,測定した超音波伝播時間をひび割れ深さに換算する過程で必要となるコンクリート部材の超音波伝播速度の測定方法に関して検討している。超音波探傷器を用いてどの様に超音波伝播速度を測定すれば,正確な超音波伝播速度が測定できるかを,測定方法および測定機械の両面から検討した結果に関して記述している。

 第5章は,最初に無筋コンクリートのひび割れ深さの測定精度の向上手法について検討を行っている。次に,ひび割れ面を貫通している鉄筋の識別方法と,鉄筋コンクリートのひび割れ深さの測定方法について検討している。最後に,測定結果が一般のユーザにも理解できるように,得られたひび割れ測定結果を可視化する方法を提案している。

 第6章は,第4章,第5章の研究成果を用いて実構造物のひび割れ詳細調査を行い,超音波法によるコンクリート構造物のひび割れの詳細調査方法について検討している。

 第7章は,本研究で得られた成果を簡単に取りまとめるとともに,今後のコンクリート構造物の維持管理システムに本研究成果をどのように織り込んでゆくかを提示し,最後に今後の課題を挙げ本論文の結びとしている。さらに,実験の結果得られた知見から,超音波法によるコンクリート構造物のひび割れ詳細調査方法の提案を行っている。

 以上を要約すると超音波法による高精度で,かつ合理的なコンクリート構造物のひび割れの詳細調査方法を提案するとともに,調査結果を可視化することにより多くのユーザにもわかり易い手法の提案を行っており,コンクリート工学の発展に寄与するところ大である。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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