学位論文要旨



No 215505
著者(漢字) 横山,俊祐
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,シュンスケ
標題(和) 集住環境計画における創発的方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 215505
報告番号 乙15505
学位授与日 2002.12.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15505号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 松村,秀一
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、集合住宅という空間的・物的環境と、住み手が集まり住みあう人的・社会的環境の統合体としての「集住環境」を対象に、環境決定論を基盤にして人と環境との相互規定の関係を構築する在来型の計画論から脱して、両者の相互浸透(Transaction)によるたゆまぬ新しい質的創造へと転換する運動のプロセスを「創発(Emergence)」と呼び、集住環境の創発に向けての基本理念や条件を提示することを目的としている。集住環境の具体的対象として公営住宅を扱い、住み手を環境の単なる他律的な使用者や客体的な位置づけから、環境に自律的・能動的に働きかける創造者へと誘導するハード(空間面)とソフト(プロセス面)の諸条件を体系的に明らかにしている。

 調査・考察の対象として、主に、ストック型社会の要請に対応して公営住宅の建替をとりあげ、環境移行という視点から建替計画を評価しつつ,創発的方法のあり方を検討している。即ち、環境移行に伴う住み手への影響への配慮を欠いた事業主体による在来型計画・事業に対する批判的検討とともに、筆者自らが具体的な公営住宅の建替計画を実践し(Participant Research),従前環境に潜在する多面的価値の解読の方法と、創発を生起する計画方法のあり方を仮説的に提示したうえで,その計画実践と居住後評価を行うことにより、創発的方法の意義を実証的に編み出している。

 そのように「持続型社会」に対応して,人間と環境の相互浸透作用のうち,特に人間から環境に対する働きかけに着目すること,並びに,その作用における創発の必要性を提起し,研究の背景・目的・方法を論じ、この領域におけるパラダイムシフトをもたらす論であることを明示している。

 そのために先ず,人間から環境への働きかけ,即ち住み手の有する自律的な環境形成能力(「暮らしの力」)を他律的に供給された集合住宅が時間の経過とともに自律的な集住体へと改変される状況から明らかにしている。ここでは,木造平屋,二戸一型の団地とRC造積層型住棟の団地を対象に,住戸内外の増改築,開放的な住戸平面の多様な住みこなし,外部空間の菜園への改変行為,自治活動や近隣関係等における「時熟」に着目する。既存公営住宅団地の「時熟」の特質は,画一性や全体性に傾斜した当初の計画では想定し得ない,計画とは異質の・個別化(Custumization)や状況に柔軟に対応する肌理の細やかさを有すること,・生活価値に基づく独自の合理性を有すること,・個別化は全体の秩序を崩さずに,寧ろ多様で,有機的な全体を創発すること,・それ故に「暮らしの力」は自律的であること,・時熟は,単なる使用を越えて多様な意味や意味の込められた場を生成すること,・集住環境の創造が時間,空間,主体の広がりにおいて持続的,発展的,連鎖的に生起すること,などである。あわせて,生活を規定,教導する従来の「強い計画」から自律的な環境行動を触発する「弱い計画」への転換など,研究のスタンスの具体化と創発的方法に向けての計画理念を提示している。高密既成市街地における人間関係や集住環境の空間特質に、生活の本質的意味を見出し、物的環境価値だけでなく、共生価値の顕現化とその増殖へ向けての計画手法の必要性と可能性を提起している。

 そうした既存住宅団地における住み手の自律的な「暮らしの力」と,その経時的な発現の結果としての集住環境の「時熟」を考慮して,団地建替計画の新たな方法論が求められる。それを検討するために,全国の自治体の公営住宅建替計画・事業の実態と課題を系統的・組織的調査によって明らかにしている。建替計画のハードの側面は,一般的に新規計画に準じる方法が採られている。反面,円滑な事業の進捗が重視される点に特徴があり,事業主体をして,計画段階で従前居住者を対象に建替えの不安感の解消や合意形成,住要求の把握や計画案の事前説明,話し合いによる住戸配分,あるいは,周辺地域を含めた地域環境の計画的な改善など,新規計画とは異なる簿替計画に独自の取り組みに向かわしめている。即ち,建替計画には,・継続居住する従前居住者という「住み手の特定性」・改善すべき「計画課題の具体性や参照性」などの固有の計画条件が存在すること,及び,事業現場においても,それらを前提にした即人的・即地的な計画プロセスや方法が萌芽的に模索されていることを指摘している。

 しかしながら,それらは建替事業の円滑な進捗を図るための手法という点で,事業主体(自治体)の論理である。一般的な建替事業は,計画力によるドラステイックな環境改変を伴い,住み手にとって「危機的な環境移行」といえる。汎く展開されている新規建設に準ずる在来型の建替事例を環境移行という住み手の論理で評価し,モノによる規定の計画の限界と,従前の集住環境の時熟化を自律的に実践してきた住み手の「暮らしの力」の持続と変容について検討している。

 継続居住者には,住戸面積の拡大・設備の高水準化・老朽化の更新等の物的環境改善のみが評価されているに過ぎない。寧ろ,住戸の改造・外部空間の育成・維持管理などのハードな環境や,近隣関係・コミュニティ活動などのソフトな環境に対する働きかけが後退し,従前の自律的で能動的な集住環境の形成意識が従後には,「与えられた環境に住まわされている」という他律的・受動的な意識へと変容している。積層化による接地性の低下・住戸の閉鎖化や囲い込み・共私領域の明確な区分と隔絶・余地空間の欠如・RC化による固い仕上げ等の生活を規定する「強い計画」,並びに,従前の近隣構成の解体・事業主体による一方的な計画と供給などは,人間-環境系の関係性を分断し,「暮らしの力」を発揮する場と契機を阻害している。即ち,在来型の建替計画は,従前の住み手の自律的創造による多様な意味と関係性を帯びた「場」を白紙に還元し,住み手の働きかけを規定・制約・疎外する「空間」を出現させている。

 しかしながら,新規居住者に較べて継続層住者は,近隣関係・コミュニティ形成・維持管理・集住マナーなどにおいて意識が高く,新規居住者をリードしつつ集住の潤滑化・熟成化に寄与するキーパーソンに位置づけられる。集住の熟練者としての継続居住者の環境形成におけるイニシャティブを触発するような意識づけと環境計画が求められる。

 そのような建替計画の課揮に対して,集住環境計画における環境移行のあり方や創発的方法を仮説的に提示し,具体的な計画実践による更新後の生活実践の評価を通して,創発の特性や意義,ならびにそれを生成するための計画の基本理念と方法論を考察している。更新前後を通した価値発見・評価の手法により、研究と計画、理論と実践をつなぐ調査法を開発し、「暮らしの力」と「計画の力」の相互浸透関係による創発の生成を実証的に論じている。

 計画上の特徴は,・継続居住者との協働による計画づくり,・従前の生活価値(開放的な住まい方,自律的な増改築,外部空間への自律的な働きかけ,開放的な家族関係)を継承発展した住戸住棟計画,・個別設計による個性的な住戸計画,・増築の余地を残す等「つくり過ぎない」住戸,・生活領域の拡張や共和の重層化に向けた住戸間の多様な隙間,・植栽を制限し上部分を多く残した余地性のある外構計画,・参加の計画による従前の団地コミュニティの活性化,などである。そうした「計画の力」と住み手の自律的な「暮らしの力」が相互浸透し,・問題改善に加えて従前の生活価値を継承する意欲の高い住戸内生活やしつらえ,・負の克服(Negative Capability)と正の増殖(Positive Capability)を兼ね備えた能動的な住戸改造,・趣味の場に加えて高齢者の見守りや出会いの機会の増大のための自律的な菜園づくり,・新規居住者を含めた新たな集住コミュニティ形成に向けての継続居住者のイニシャティブと協働性の発揮など,創発的な状況が多様に生起し,出来合いの環境に順応するだけには留まらない発展的・持続的・主体的な環境移行が達成されている。創発の特質は,計画が想定した状況と同一ベクトル上に位置しつつも,そこから質的に「一瞬の飛躍(Lonely Jump)」が見られること,及び生活価値からの合理性を備えた自己創出にある。それ故に,全体性や体系性(或いは計画の意図)と個性とが相互浸透的に編み込まれ文脈化された環境が創出している。その根底には,環境の物的・人的アフォーダンスを住み手が知覚し,働きかけるメカニズムが窺われる。

 住み手の創発生成の源泉は,従前団地における慣習化した住経験や意識的・無意識的な生活価値から,或いは,参加型計画プロセスを通して意識づけられた環境に対する「領有感」や「自分達の環境は自ら創り出す意欲」,そこで形成された暮らしのコンセプトにある。それら様々なポテンシャリティと人の働きかけを触発受容するような「余地性」「可変性」のある物的環境や「共同性」のある人的環境とが,多様な関係性のデザインによってつながりつつ,互いの多様な接触とコミュニケーションを通して触発しあうことで,他のレベルの発展が起こる文脈を微妙に変化させる動的作用関係(「縁起」)が,創発の顕現化である。

 集住環境計画における創発的方法は,単に集合住宅の建替計画に留まらず,住環境整備事業やストック活用型計画など,広い範囲に適用できる計画論である。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、集合住宅という空間的・物的環境と、住み手が集まり住みあう人的・社会的環境の統合体としての「集住環境」を対象に、環境決定論を基盤として人と環境との相互規定関係を構築する在来型計画論から脱して、両者の相互浸透によるたゆまぬ新しい質的創造へと転換する運動のプロセスを「創発」と呼び、集住環境の創発へ向けた基本理念や条件の提示を目的とし、住み手を環境の単なる他律的な使用者や客体的な位置づけから、環境に自律的・能動的に働きかける創造者へと誘導するハード(空間面)とソフト(プロセス面)の諸条件を明らかにしている。

 公営住宅の建替を対象とし、環境移行に伴う住み手への影響への配慮を欠いた在来型計画・事業に対する批判とともに、筆者自らが具体的な公営住宅の建替計画を実践し、従前環境に潜在する多面的価値の解読の方法と、創発を生起する計画のあり方を仮説的に提示したうえで、その計画実践と居住後評価を行うことにより、創発的方法の意義を実証的に示している。

 先ず、住み手の自律的な環境形成能力(「暮らしの力」)を、他律的に供給された集合住宅が時間の経過とともに自律的な集住体へと改変される状況から明らかにしている。ここでは増改築、開放的な住戸平面の多様な住みこなし、外部空間の菜園への改変行為、自治活動や近隣関係等における「時熟」に着目した。「時熟」の特質は、画一性や全体性に傾斜した当初計画とは異質の、個別化や状況に柔軟に対応する肌理の細やかさ、生活価値に基づく独自の合理性をもつが、全体の秩序は崩さずに、多様で有機的な全体を創発し、自律的で多様な意味の込められた場を生成し、時間・空間・主体の広がりにおいて持続的・発展的・連鎖的に生起することにある。これにより、生活を規定・教導する従来の「強い計画」から自律的な環境行動を触発する「弱い計画」への転換という創発的方法に向けての計画理念が提示された。

 次に、全国の公営住宅建替計画・事業の実態調査によって、建替計画は一般的に新規計画に準じる方法が採られている反面、円滑な事業の進捗が重視される点に特徴があり、事業主体をして、計画段階で従前居住者を対象に不安感の解消や合意形成、住要求の把握や計画案の事前説明、話し合いによる住戸配分、あるいは、周辺地域を含めた地域環境の計画的な改善など、建替独自の取り組みに向かわしめていることを明らかにした。

 しかし、建替事業はドラスティックな環境改変を伴う住み手にとっての「危機的な環境移行」であるので、新規建設に準ずる在来型の建替事例を、環境移行という住み手の論理から評価し、モノによる規定の計画の限界と、従前の時熟化を自律的に実践してきた住み手の「暮らしの力」の持続と変容について検討し、継続居住者の従前の自律的で能動的な集住環境形成意識が、従後には「与えられた環境に住まわされている」という他律的・受動的な意識へと変容し、生活を規定する「強い計画」、従前の近隣構成の解体、事業主体による一方的な計画・供給は、人間-環境系の関係性を分断し、「暮らしの力」を発揮する場と契機を阻害していること、新規居住者に較べて継続居住者は近隣関係・コミュニティ形成・維持管理・集住マナーなどにおいて意識が高く、新規居住者をリードしつつ集住の潤滑化・熟成化に寄与するキーパーソンに位置づけられることを示した。

 そのような建替計画の課題に対して、具体的な計画実践によって、更新前後を通した価値発見・評価の手法により、研究と計画、理論と実践をつなぐ調査法を開発し、「暮らしの力」と「計画の力」の相互浸透関係による創発の生成を実証的に論じた。

 この計画の特徴は、継続居住者との協働による計画、従前の生活価値を継承発展した住戸住棟計画、個別設計による個性的な住戸計画、増築の余地を残す等「つくり過ぎない」住戸、生活領域の拡張や共私の重層化に向けた住戸間の多様な隙間、余地性のある外構計画、参加の計画による従前の団地コミュニティの活性化などであり、実際にそうした「計画の力」と「暮らしの力」が相互浸透し、問題改善に加えて従前の生活価値を継承する意欲の高い住戸内生活やしつらえ、負の克服と正の増殖を兼ね備えた能動的な住戸改造、趣味だけでなく高齢者の見守りや出会いの機会の増大のための自律的な菜園づくり、新規居住者を含めた新たな集住コミュニティ形成に向けての継続居住者のイニシャティブと協働性の発揮など、創発的な状況が多様に生起し、発展的・持続的・主体的な環境移行が達成されていることを明らかにした。

 ここでの住み手の創発生成の源泉は、従前団地における住経験や生活価値から、参加型計画プロセスを通して意識づけられた環境に対する「領有感」や「自分達の環境は自ら創り出す意欲」、そこで形成された暮らしのコンセプトにあり、それらと人の働きかけを触発受容するような「余地性」「可変性」のある物的環境や「共同性」のある人的環境とが、多様な関係性のデザインによってつながりつつ、互いの多様な接触とコミュニケーションを通して触発しあうことで、他のレベルの発展が起こる文脈を微妙に変化させる動的作用関係が、創発の顕現化であるとしている。

 以上のように本論文では、公営住宅の建替をとりあげ、従前環境に潜在する多面的価値の解読の方法と、創発を生起する計画方法のあり方を提示し、その計画実践と居住後評価を行うことにより、創発的方法の意義を実証的に示している。

 筆者自らが具体的な公営住宅の建替計画を実践し、そのプロセスを追いながら研究を進める方法も成功している。

 ストック型社会の要請に対応し「持続型社会」を目指した建築計画学の一つのあり方を提示し、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51210