学位論文要旨



No 215506
著者(漢字) 瀬田,史彦
著者(英字)
著者(カナ) セタ,フミヒコ
標題(和) 地域格差是正政策とグローバル化に伴うその変容過程 : 日本・タイ・マレーシアにおける比較研究
標題(洋)
報告番号 215506
報告番号 乙15506
学位授与日 2002.12.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15506号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 助教授 城所,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

●目的

 本論文の目的は、グローバル化という世界の新たな潮流、また経済成長に伴って地理的に大きく流動する経済活動の下で、日本を含むアジア諸国の国土政策の根幹であった地域格差是正政策がどのような変容を遂げているのか、また今後、どのような役割を担うべきかを論じるということである。

●地域格差概念の整理

 このことを論じるにあたって、まず第一章ではこれまでの地域格差是正に関する研究において、「格差」の概念が曖昧にされたまま進められてきたことを踏まえて、新たに地域格差をその問題の捉え方によって「絶対的地域格差」「相対的地域格差」に分類し、さらに後者をその指標の見方により「地域間不平等」と「地域間不公平」の2つに分類し、その違いを明確に表す。さらに世界各国で地域格差是正、あるいは均衡ある発展ということがどのように捉えられてきたかをそれらの分類を用いながら示し、欧米、日本、アジア諸国の国土政策の概念的な共通点と相違点、またそれがアジア諸国に特徴的な国家主義とグローバル化に密接に関連していることを端的に述べる。しかし第一章では、それをいくつかの文献レビューによって仮説のような形で示したに過ぎず、具体的な検証は以降の章によってなされる。

●地域格差是正に関連する理論研究のレビュー

 第二章では、地域格差是正政策に関連する理論研究のレビューを行う。経済地理学(工業地理学)、開発経済学(開発論)などに関連して、国土政策について述べた文献は非常に多いが、地域格差是正政策という観点から一貫して経済活動の地理的な配置や移動を扱いかつ政策面にまで照らし合わせて検討したものは多くない。しかし個別で見ると、経済地理学は、政策効果や政策への逆の影響について述べたものが少ないものの、経済活動の動態について非常に詳細な分析を多く有しており、ここで検討する産業立地の基礎パターンの既存研究として紹介すべきものが多い。開発経済学は、具体論にはいると国全体の経済を一つに扱うものが多く(恐らくこれはデータの限界の影響だと思われる)国内の地域格差是正について述べるものが意外に少ないが、低開発地域振興の概念的な議論としてはすでに著名でかつ有用な理論が多く、また一部は日本やアジア諸国の国土政策の基礎理論として用いられてもいる。さらに、計量経済学、行政学などの観点から、またよりスペシフィックな産業立地政策に関する議論など、地域格差是正政策に関連するものを総合的にレビューし、それぞれの論点を整理したうえで、第三章以降の具体例との関連についても随時述べていく。

●アジア諸国の国土政策と産業立地動向の分析

 第三章〜第五章では、アジア諸国の国土政策の具体例として、日本、タイ、マレーシアのケーススタディを行っている。

 高度成長期の日本と現在のアジア諸国では、前述のような共通点と相違点がある。一方で開発主義に基づくバランスの取れた成長という十字架を背負い、他方でグローバル化の進展によって政策の選択肢を奪われつつある現在のアジア諸国の政府がどのような計画を策定し、政策を実施してきたか、またその過程でどのような矛盾を抱えていったかについて明らかにしていくためには、同じような高度成長期を経験しながらその時期や時代背景が違う国をいくつか選択する必要がある。

 第二次世界大戦後、アジアの他、ヨーロッパ、中南米諸国などを中心に著しい経済発展を遂げた国がそれぞれいくつかあるが、その時期は必ずしも同じではない。本論文の主題の一つであるグローバル化の影響の検証には、グローバル化以前と以降の政策及び実態の違いを浮き彫りにすることが必要と考えられる。よって本論文では、アジア諸国の中で最も早く、グローバル化が本格化する前の1960年代に工業化による高度成長を達成した日本と、それよりやや遅れ、グローバル化が進展した1980年代後半から1990年代に高度成長を達成したタイ・マレーシアを比較することで、グローバル化の影響を検証することができると考え、実証研究としてこの3国を取り上げることにする。タイとマレーシアは、開発主義に基づいて同時期に外資を中心としたほぼ同様の経済発展を遂げながら、政体・経済構造・開発政策の全ての面で著しい違いを持っているため、この両国の検証に基づく共通点及び相違点を指摘することで、グローバル化の持つ意味をより鮮明に描き出すことができると考えられる。

○日本の事例(全国総合開発計画を中心とした国土政策)

 第三章では、グローバル化以前の1950〜60年代に高度経済成長を達成した日本の地域格差是正政策と産業立地政策、及びその結果としての産業立地について、文献レビューを中心に検証している。まず第一に、製造業を中心とする高度成長を達成した60年代の政策を取り上げ、経済成長を担った所得倍増計画と、そのアンチテーゼとして地域格差是正を担った(第一次)全国総合開発計画、及びその関連施策をレビューし、その効果を地方分散という見地から検証している。第二に、石油危機やプラザ合意による円高以降に求められる高付加価値化とそれに続く情報化、さらにはグローバル化の反作用としての空洞化等を前提とした状況の中で見られた地域格差是正政策の変容を、三全総、工業再配置計画、テクノポリス、四全総、さらにそれに続く情報産業政策においてレビューする。

○タイの事例(国家経済社会開発計画を中心とした国土政策)

 第四章では、グローバル化が進行した1980年代の後半から高度経済成長を達成したタイの地域格差是正政策(国家経済社会開発計画などを中心とする)と産業(製造業)立地政策、及びその結果としての立地動向、さらにはそのパターンを誘発する原因について、文献レビューと、実際の収集データを用いた独自の分析、及び特定の企業へのインタビュー・アンケート調査によって検証し、地方分散の可能性と限界についても検証を行っている。

○マレーシア(マレーシアプランやその上位計画を中心とした国土政策)

 第五章では、グローバル化が進行した1980年代の後半から高度経済成長を達成したマレーシアの地域格差是正政策と、産業立地政策及びその結果としての立地動向、さらにはそのパターンを誘発する原因について、タイと同じスタンスで臨んでいる。但しマレーシアの場合は、1990年代後半から情報産業を中心とした高付加価値化を目指して各種の政策及び大型事業が進行しているため、タイとの類似性が認められる製造業立地については文献レビューと収集データの検討にとどめ、一方新しい基盤産業としての期待が大きい情報産業について、詳細な立地動向の他、インタビュー、アンケート調査により産業立地の意図について細かく検討している。

●主要な結論

 こうした検討の結果として、第六章で本論文の各章の内容をまとめた形でいくつかの論点に関する結論が導き出される。

○開発主義と国土政策

 具体的にはまず第一に、これまでのアジア諸国の国土政策の中心を担ってきた地域格差是正政策が、経済成長の理念・制度的基盤であった開発主義に基づくものでありながら、同時に矛盾を抱えていたために、結果として国土計画や国家計画が具体的な産業立地政策や実際の立地傾向とかけ離れた形で策定されたことを端的に示す。さらにその矛盾はグローバル化とともに拡大し、タテマエとしての国土政策が、ホンネとしての産業立地政策及び実際の産業立地から乖離し、またごく最近状況としてはまた擦り寄る傾向にあることを示す。

○グローバル化の下での地域格差是正の可能性

 第二の点として、主に第三章〜第五章の実証研究から示された事実から、地域格差是正の主要な手段としてグローバル化の下における産業立地の地方分散政策の可能性について論じ、必要な手段として「地方分散が可能な『非立地依存型業態』」に焦点を絞った産業立地誘導を提案する。産業は製造業に限らず情報産業でもよく、むしろ従来のような業種毎の輪切りによる地方分散政策ではなく、業態に注目した分散政策によって産業を分散させていくことが有効であることを示す。

○グローバル化の下での国土政策への提言:国際協調による地域格差是正政策

 さらに第三の点として、より広い視野でグローバル化の下でのあるべき国土政策の姿について考察し、第一章で示した地域格差概念の再定義での分類を用いて、「絶対的地域格差」の是正政策という概念をより具体的な形で打ち出すことが、国土レベルの政策の単純な縮小による様々な弊害を防ぐことになると主張する。しかし第三章から第五章までの実証研究によりグローバル化の下では一国による是正政策が難しいことから、「国際協調による地域格差是正政策」を提案する。

(以上)

表:本論文における地域格差概念の分類

審査要旨 要旨を表示する

 本論文の目的は、グローバル化という世界の新たな潮流、また経済成長に伴って地理的に大きく流動する経済活動の下で、日本を含むアジア諸国の国土政策の根幹であった地域格差是正政策がどのような変容を遂げているのか、また今後、どのような役割を担うべきかを論じること、とされている。

 まず第一章では、これまでの地域格差是正に関する研究において、「格差」の概念が曖昧にされたまま進められてきたことを踏まえて、新たに地域格差をその問題の捉え方によって「絶対的地域格差」「相対的地域格差」に分類し、さらに後者をその指標の見方により「地域間不平等」と「地域間不公平」の2つに分類し、その違いを明確に表している。さらに世界各国で地域格差是正、あるいは均衡ある発展ということがどのように捉えられてきたかをそれらの分類を用いながら示し、欧米、日本、アジア諸国の国土政策の概念的な共通点と相違点、またそれがアジア諸国に特徴的な国家主義とグローバル化に密接に関連していることを端的に述べている。

 第二章では、地域格差是正政策に関連する理論研究のレビューを行っている。それぞれの論点を整理したうえで、第三章以降の具体例との関連についても述べている。

 第三章では、グローバル化以前の1950〜60年代に高度経済成長を達成した日本の地域格差是正政策と産業立地政策、及びその結果としての産業立地について、文献レビューを中心に検証している。まず第一に、高度成長を達成した60年代の政策を取り上げ、経済成長を担った所得倍増計画と、そのアンチテーゼとして地域格差是正を担った全国総合開発計画、及びその関連施策をレビューし、その効果を地方分散という見地から検証している。第二に、石油危機やプラザ合意による円高以降に求められる高付加価値化とそれに続く情報化、さらにはグローバル化の反作用としての空洞化等を前提とした状況の中で見られた地域格差是正政策の変容を、三全総、工業再配置計画、テクノポリス、四全総、さらにそれに続く情報産業政策においてレビューしている。

 第四章では、1980年代の後半から高度経済成長を達成したタイの地域格差是正政策と産業立地政策、及びその結果としての立地動向、さらにはそのパターンを誘発する原因について、文献レビューと、実際の収集データを用いた独自の分析、及び特定の企業へのインタビュー・アンケート調査によって検証し、地方分散の可能性と限界についても検証を行っている。

 第五章では、グローバル化が進行した1980年代の後半から高度経済成長を達成したマレーシアの地域格差是正政策と、産業立地政策及びその結果としての立地動向、さらにはそのパターンを誘発する原因について、タイと同じスタンスで臨んでいる。但しマレーシアの場合は、1990年代後半から情報産業を中心とした高付加価値化を目指して各種の政策及び大型事業が進行しているため、新しい基盤産業としての期待が大きい情報産業について、詳細な立地動向の他、インタビュー、アンケート調査により産業立地の意図について細かく検討している。

 こうした検討の結果として、第六章で本論文の各章の内容をまとめた形でいくつかの論点に関する結論が導き出されている。

 まず第一に、これまでのアジア諸国の国土政策の中心を担ってきた地域格差是正政策が、経済成長の理念・制度的基盤であった開発主義に基づくものでありながら、同時に矛盾を抱えていたために、結果として国土計画や国家計画が具体的な産業立地政策や実際の立地傾向とかけ離れた形で策定されたことを示している。

 第二に、地域格差是正の主要な手段としてグローバル化の下における産業立地の地方分散政策の可能性について論じられており、必要な手段として「地方分散が可能な『非立地依存型業態』」に焦点を絞った産業立地誘導が提案されている。産業は製造業に限らず情報産業でもよく、むしろ従来のような業種毎の輪切りによる地方分散政策ではなく、業態に注目した分散政策によって産業を分散させていくことが有効であるということが示されている。

 さらに第三の点として、より広い視野でグローバル化の下でのあるべき国土政策の姿について、「絶対的地域格差」の是正政策という概念をより具体的な形で打ち出すことが、国土レベルの政策の単純な縮小による様々な弊害を防ぐことになると主張している。しかし第三章から第五章までの実証研究によりグローバル化の下では一国による是正政策が難しいことから、「国際協調による地域格差是正政策」を提案している。

 本研究は、対象分野における特有の歴史的背景を正確に捉え、また近年の経済的・社会的状況の変容を踏まえて、将来の政策のあり方についても深く言及するものとなっており、また具体的な実証研究による確かな論拠に基づいていることから、都市工学、とりわけ国土政策・地域開発分野において顕著な見識を有する、学問的価値が非常に高い論文であると認められる。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51156