学位論文要旨



No 215511
著者(漢字) 田端,雅進
著者(英字)
著者(カナ) タバタ,マサノブ
標題(和) ニホンキバチ、ヒゲジロキバチとAmylostereum laevigatumによるスギ・ヒノキ材変色被害に関する研究
標題(洋)
報告番号 215511
報告番号 乙15511
学位授与日 2002.12.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15511号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 教授 古田,公人
 東京大学 助教授 福田,健二
 東京大学 助教授 山田,利博
 森林総合研究所 チーム長 阿部,恭久
内容要旨 要旨を表示する

近年、四国地方や南紀地方などでニホンキバチ、ヒゲジロキバチとAmylostereum属菌によるスギやヒノキの材変色被害が顕在化し、林業経営上重要な問題になっている。これまでにニホンキバチ、ヒゲジロキバチによるスギやヒノキの材変色被害の実態調査が四国地方や南紀地方などで行われ、ニホンキバチによるスギやヒノキの材変色被害は、奈良・三重・高知県で見られることが明らかになった。その後、キバチ類によるスギ・ヒノキ材変色被害の実態は、最初平成6-7年度に林野庁の情報活動システム化事業「主要材質劣化病害の被害実態の解明と被害回避法の確立」の中で取り上げられ、高知・香川・島根県の林業試験研究機関により調査が行われた。その結果、3県で被害の実態が一部解明された。また、本課題は平成8-10年度に林野庁の情報活動システム化事業「スギ・ヒノキ人工林におけるキバチ類の被害実態の把握と防除技術に関する基礎調査」としても取り上げられ、福岡.・長崎・高知・愛媛・香川・山口・鳥取・島根・和歌山・静岡・茨城県の林業試験研究機関により調査が行われた。その結果、11県の被害実態が明らかになった。近年、伐り捨て間伐木や被圧枯死木がこれらのキバチの繁殖源になっていることが考えられているが、林業経営の不振や間伐材の価格低下などにより、伐り捨て間伐木や被圧枯死木が益々多くなることが予想される。そのため、早急に全国的なキバチ類による材変色被害の実態を把握することが必要であり、被害実態調査のとりまとめを行った。

 ニホンキバチ、ヒゲジロキバチによるスギやヒノキの材変色被害を起こす病原菌の種に関しては、Amylostereum属菌2種とマイカンギア由来のAmylostereum属菌との間で培養的特性が比較検討されているだけである。また、ニホンキバチ、ヒゲジロキバチと関係するAmylostereum属菌のスギやヒノキに与える影響に関する研究は少なく、本菌の子実体由来菌株の材変色性、マイカンギア由来菌株の木材腐朽力、変色材の組織学的変化、水分通導性および直径成長は明らカ〉でない。

 そこで、ニホンキバチ、ヒゲジ揮キバチとAmylostereum菌によるスギやヒノキの材変色被害の実態、ニホンキバチ、ヒゲジロキバチと関係してスギとヒノキに材変色被害を起こす病原菌の種、病原菌のスギやヒノキに与える影響を明らかにすることを目的として研究を行った。

ニホンキバチ、ヒゲジロキバチとAmylostereum属菌によるスギやヒノキの材変色被害の実態

 ニホンキバチ、ヒゲジロキバチとAmylostereum属菌による材変色は、赤褐色〜淡褐色、スギよりもヒノキのほうが薄く、スギでは健全部との境界が濃赤褐色帯で区切られたが、ヒノキでは境界が不鮮明であった。横断面ではレンズ形〜紡錘形、軸方向では産卵痕をほぼ中心に紡錘形に広がっていた。材変色は、軸方向に大きく拡大し、接線・半径方向への広がりは小さかった。放射方向における材変色の長さの平均値は、スギとヒノキでそれぞれ25.5cm、18.1cmであった。また、材変色の長さの最大値が、スギとヒノキでそれぞれ72.5cm、39.7cmに達していた。

 ニホンキバチによるスギ・ヒノキ材変色被害は、香川・鳥取・茨城・山口・高知・和歌山・静岡・長崎県全てで認められ、ヒゲジロキバチによるスギ・ヒノキ材変色被害も、茨城・山口・高知・和歌山・静岡・長崎県で認められた。また、その被害は、スギ16-96年生で、ヒノキ10-75年生で確認された。さらに、高知県と静岡県で材変色被害は、標高30mから960mの林分まで認められた。

 「ホドロン」トラップにより誘引調査を行った綜果、ニホンキバチは、高知・三重・香川・山口・秋田・鳥取・和歌山・静岡・茨城・愛媛・福岡・長崎県の全てで発生が確認された。ニホンキバチの脱出の初発が7月上旬〜8月中旬、脱出のピークが7月下旬〜9月中旬、脱出の終息が9月上旬〜10月中旬で、調査地によって差が見られた。一方、ヒゲジロキバチは、和歌山・静岡・茨城・福岡・長崎県で比較的多く発生が確認され、高知・三重・山口・秋田県では少数であるが、発生が確認された。ヒゲジロキバチの脱出の初発が5月中旬〜6月下旬で、ニホンキバチよりも早く、発生初期に脱出のピークが見られ、その後は少数の発生が8月中旬まで続いた。

 ニホンキバチ、ヒゲジロキバチと関係してスギとヒノキに材変色被害を起こす病原菌の種ニホンキバチとヒゲジロキバチのマイカンギア由来菌株は、すべて菌叢の形態が同じで、類似したシスチジアを持ち、1菌糸型、菌糸にはすべてかすがい連結が認められた。このことから、高知・愛媛・香川・三重・和歌山・秋田県におけるニホンキバチと高知・茨城・長崎・静岡県におけるヒゲジロキバチは、1種類の菌類と関係していることが考えられた。

 ニホンキバチとヒゲジロキバチが発生しているスギ・ヒノキ伐り捨て間伐林における菌類調査によって、A.laevigatumの子実体がスギ・ヒノキ伐り捨て間伐材の樹皮上で存在することが確認された。

 変色部由来菌株、ニホンキバチの幼虫の坑道由来菌株、ニホンキバチの幼虫体表由来菌株、ニホンキバチのマイカンギア由来菌株、ヒゲジロキバチのマイカンギア由来菌株とA.laevigatumの子実体由来菌株の培養的特性および菌糸の形態的特徴がよく一致していた。また、ニホンキバチとヒゲジロキバチのマイカンギア由来の培養菌株を滅菌した新鮮なスギ丸太に接種したところ、A.laevigatumの子実体が6ヶ月後に形成された。さらに、子実体およびマイカンギアに由来したAmylostereum属菌の菌株における核内rDNAのITS領域の塩基配列やマンガンパーオキシダーゼ遺伝子の配列を調べた。その結果、ニホンキバチ、ヒゲジロキバチのマイカンギア由来菌株とA.laevigatumの子実体由来菌株では、ITS領域の塩基配列とマンガンパーオキシダーゼ遺伝子の配列がほとんど一致していた。

 スギ・ヒノキ生立木に対するニホンキバチ、ヒゲジロキバチのマイカンギア由来菌株とA.laevigatumの子実体由来菌株の病原性を明らかにするため、接種木の材変色性を調査し、接種菌の分離を行った。その結果、マイカンギア由来菌株と子実体由来菌株を接種したスギ・ヒノキ生立木すべてに自然発病と同様の材変色が見られた。また、A.laevigatumが材変色部から再分離された。

 以上のことから、スギ・ヒノキ生立木に材変色被害を起こすニホンキバチとヒゲジロキバチの病原菌は、A.laevigatumであると考えられた。

病原菌のスギやヒノキに与える影響

 スギ・ヒノキ変色材の組織学的変化を明らかにするため、光学顕微鏡と電子顕微鏡で変色部を調べた。その結果、スギ、ヒノキともに仮道管に変化が認められなかったが、変性した木部柔細胞が認められた。また、スギ変色境界部で仮道管内腔に物質が含まれているのが見られた。さらに、木部柔細胞内にA.laevigatumの菌糸が観察された。

 ニホンキバチ、ヒゲジロキバチのマイカンギアに由来するA.laevigatumの木材腐朽力を明らかにするため、スギ・ヒノキの材片に対する腐朽試験を行った。その結果A.laevigatumのスギやヒノキの材片に対する接種では重量減少が認められず、本菌は、スギやヒノキの材片に対して腐朽力がないと考えられた。

 被害木の枯死や成長低下への影響を明らかにするため、まず、ニホンキバチ雌成虫を強制産卵したスギで生立木の枯死の有無や変色材の水分通導性を調べた。その結果、強制産卵によって枯死は認められなかったが、変色した木部は水分通導性を失っていた。次に、スギ13年生と27年生の樹幹2断面の全周にニホンキバチ共生菌を人工接種し、生立木の枯死の有無や直径成長を調べた。その結果、スギに枯死が認められず、培養楊枝を接種した個体(菌接種)、滅菌楊枝を接種した個体(楊枝接種)、何も接種していない個体(コントロール)の成長率に有意な差は検出されなかった。また、スギ13年生と27年生における肥大成長過程や仮道管数は、菌接種、楊枝接種、コントロールで差が認められなかった。これらのことから、強制産卵したスギ生立木や人工接種したスギ生立木で枯死は認められず、直径成長への影響もほとんどないと考えられた。

 以上のように、本論文では、ニホンキバチとヒゲジロキバチによる材変色被害のとりまとめを行うことによって、全国的な本被害の実態が明らかにされた。また、ニホンキバチ、ヒゲジロキバチと関係してスギ・ヒノキ生立木に材変色被害を起こす病原菌の種は、これまでにキバチ類との関係が報告されていないA.laevigatumであることが明らかにされた。さらに、病原菌のスギやヒノキに与える影響では、変色した木部は水分通導性を失うものの、変色木部の仮道管に変化は認められず、直径成長への影響はほとんどないことが明らかにされた。

審査要旨 要旨を表示する

 ニホンキバチ、ヒゲジロキバチとAmylostereum属菌によるスギ・ヒノキの材変色被害が西日本地域で顕在化し、近年、切り捨て間伐の増大に伴って林業上重要な問題となってきている。これら被害についてはその実態が明らかにされておらず、Amylostereum属菌のスギ・ヒノキ材質に及ぼす影響については明らかにされていない。

 本論文は、ニホンキバチ、ヒゲジロキバチとAmylostereum属菌によって引き起こされるスギ・ヒノキの材変色被害の実態を.明らかにし、スギ・ヒノキに材変色を起こす病原菌について検討を加え、この病原菌のスギ・ヒノキ材質に及ぼす影響について明らかにしたもので、6章よりなっている。

 第1章では、ニホンキバチ、ヒゲジロキバチとAmylostereum属菌によるスギ・ヒノキの材変色被害の実態について明らかにした。ニホンキバチによるスギ・ヒノキ材変色被害は茨城・静岡・和歌山・鳥取山口・香川・高知・長崎各県で認められ、ヒゲジロキバチによる被害は茨城・静岡・和歌山・山口・高知・長崎各県で認められた。ニホンキバチ成虫の活動についてみると、7月上旬に発生し、活動のピークは7月下旬〜9月中旬、活動の終息は9月上旬〜10月中旬であった。一方、ヒゲジロキバチ成虫の活動はニホンキバチよりも早く5月中旬に発生し、発生初期に活動のピークが見られ、その後、少数の発生が8月中旬まで続くことが明らかにされた。

 第2章及び第3章では、スギ・ヒノキに材変色を引き起こす病原菌について検討し、ニホンキバチ、ヒゲジロキバチのマイカンギア由来の菌株、スギ・ヒノキ変色部由来の菌株、ニホンキバチ幼虫の坑道由来の菌株、ニホンキバチ幼虫の体表由来の菌株、A.laevgatum子実体由来の菌株について、それぞれの培養的性質および菌糸の形態的性質を検討した。その結果、それらが全て同一であることが明らかにされた。そこで、ニホンキバチとヒゲジロキバチのマイカンギア由来の培養菌株を滅菌した新鮮なスギ丸太に接種した結果、接種6ヶ月後に".1∂θのg3加盟の子実体が形成された。これらのことからA.laevgatumはキバチ亜科昆虫と共生する菌類であることが、世界で初めて確認された。

 第4章では、Amylostereum属菌子実体およびマイカンギア由来の菌株について、核内rDNAのITS領域の塩基配列とマンガンパーオキシダーゼ遺伝子の配列について検討した結果、A.laevgatum子実体由来の菌株とニホンキバチ、ヒゲジロキバチのマイカンギア由来の菌株とでは、その配列がほとんど一致していた。そこで、分子系統解析を行った結果、A.laevgatumは既知のA.chailletii、A.ferreumとグループを形成し、A.Arelatumとは分かれた分子系統を示した。

 第5章では、本病原菌のスギやヒノキに与える影響について組織学的変化および材質腐朽力について検討した結果、強制産卵ざせたスギ生立木や人工接種したスギ生立木ではスギの枯死は認められず、直径成長への影響もほとんど認められなかった。また、A.laevgatumのスギ・ヒノキの材片に対する腐朽力は認められなかった。

 第6章は、総合考察に当てられ、ニホンキバチ、ヒゲジロキバチとA.laevgatumによるスギ・ヒノキの材変色との関係について述べている。

 以上のように、本研究は学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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