No | 215514 | |
著者(漢字) | 長谷川,敏彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハセガワ,トシヒコ | |
標題(和) | 医療の質と外科手術の技術集積性に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 215514 | |
報告番号 | 乙15514 | |
学位授与日 | 2002.12.18 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第15514号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.緒言 医療の質の研究は米国を中心として行われてきたが、近年、我が国でも医療の質の研究に関心が高まっている。その背景として、臨床ガイドライン(clinical guideline)とクリティカル・パス(critical pass)の普及や根拠に基づく医療(Evidence based Medicine,EBM)の発達、さらに情報技術の発達により膨大なデータが収集蓄積され、医療の質、診療の評価が技術的に分析可能となってきたこと等が考えられる。しかし、医療の質の改善を活動につなげるには、まず現実に医療の質にばらつきがあることを検証する必要がある。 医療の質のばらつきの測定方法のひとつとして、欧米では外科手術件数とその予後に関する研究が行われている。これらの研究の実績をふまえ2000年に米国科学アカデミー医学院(IOM/NAS)は、医療の量と結果に関するワークショップを開催し、こまで行われた関連研究の論文をEBM類似の手法で評価することによって、技術集積性の根拠を研究し、さらにそれらを実際の政策や臨床にいかに生かすかを検討している。しかし、我が国では実証的研究はほとんどされていない。国内外の関心の高まりを考えると、日本でも技術集積性に関する研究が求められている。 2.目的 本研究の目指すところは、日本において初めて医療の質の評価を、系統的に試みることにある。そのため「経験」「影響要因」、そして「医療の質」の相互関係の基本モデルを想定した。本研究では、医療の質は手術死亡率、経験は手術の量、そして、個別の手術患者の死亡に影響を与える要因として、地域レベル、施設レベル、個人レベルという3つのレベルの因子群を想定した。 従って本研究の目的は医療の質の評価のために、この基本モデルに基づき、以下の2つの作業仮説を検証することである。 作業仮説1:手術死亡率は施設によってばらつきがある。 作業仮説2:手術死亡率は施設当手術件数と負の相関がある。 まず、作業仮説1の検証のために記述疫学的な手法を用いて、各施設毎に診療の量(この場合、手術件数)と結果(この場合、手術死亡率)にばらつきがあることを示すこと、作業仮説2の検証のために各種の影響要因を調整した上で、手術量と診療結果に負の相関があることを統計的手法を用いて証明することを目的としている。 3.方法 (1)分析対象 1996年厚生労働省による「患者調査病院票」退院個票をデータベースとして研究を行った。対象は、1996年9月1日〜30日の1ヶ月間に全国の7481カ所の医療施設を退院した648760症例のうち、癌、血管系の手術療法が必要とされる20疾患を有し、かつ開胸・開腹手術・開頭手術のいずれかを2087施設で受けた16868症例である。 同様に1999年の「患者調査病院票」退院個票対象は、1999年9月1日〜30日の1ヶ月間に全国の7164カ所の医療施設を退院した799944症例のうち、癌、血管系の手術療法が必要とされる20疾患を有し、かつ開胸・開腹手術・開頭手術のいずれかを2291施設で受けた22718症例である。 最終的に抽出した分析対象は以下の疾患と泌尿器がん、心疾患、大動脈瘤、全脳卒中の再掲グループである。疾患毎の対象人数を以下に示す。 96年 がんグループ:食道(254)、胃(4592)、結腸(2522)、直腸(1442)、肝臓(393)、膵臓(314)、前立腺(143)、膀胱(238)、腎臓(250)、咽頭喉頭(636)、肺(992)、乳房(1814)、 血管系グループ:虚血性心疾患(660)、心奇形(359)、心内膜疾患(329)、胸部大動脈瘤(170)、腹部大動脈瘤(274)、くも膜下出血(824)、脳内出血(475)、脳梗塞(187) 99年 がんグループ:食道(280)、胃(5478)、結腸(3269)、直腸(1898)、肝臓(546)、膵臓(408)、前立腺(278)、膀胱(354)、腎臓(369)、咽頭喉頭(770)、肺(1453)、乳房(2157)、 血管系グループ:虚血性心疾患(1208)、心奇形(502)、心内膜疾患(555)、胸部大動脈瘤(285)、腹部大動脈瘤(416)、くも膜下出血(1060)、脳内出血(532)、脳梗塞(199) (2)分析方法 各疾患毎の手術後90日以内死亡(診療結果)と施設当たりの月間手術件数(手術量)との関連性を、単変量解析並びにロジスティック重回帰分析を用いて検討した。なお、手術後の死亡には施設ならびに地域レベルの問題も交絡していることが考えられたため、調整要因には個人レベルと地域レベルの変数を用いた。個人レベルの変数としては、性、年齢、入院の方法(紹介入院か否か)、地域レベル要因としては、県別人口10万人当たりの病院数、地域ブロック、平均在院日数、病床規模を変数として用いた。地域ブロックは北海道・東北、関東・北陸・信越・東海、近畿・中国・四国、九州の4区域に分類した。 単変量解析として、1999年各疾患毎の手術後90日以内年齢調整死亡率(90日死亡)と施設当たりの月間手術件数(手術量)との関連性を散布図で分析し、対数近似による回帰式を求めた。相関をみるために最小2乗法による決定係数(R2)を求めた。各疾患毎の年齢調整退院死亡率の算出には、1985年の日本標準人口を使用した。 統計分析は個票レベルで、術後90日の生死と手術量の関係の影響要因を調整した上で検定した。統計的検定手法としては、多重ロジスティック回帰分析を行い、手術量は連続変数を用いて強制投入した上で残りの諸要因について尤度比変数減少法を用いた。P<0.1を関連の傾向を示すとした。統計ソフトにはSPSS10.0Jバージョンを用いた。 先行研究と比較するために手術量はカテゴリー変数を用い、低量を月間1件、高量を月間2件以上とし、単回帰分析によって相対危険を求めた。 4.結果 1999年に最も死亡率が高い疾患は、順に胸部大動脈瘤(21.2%)、クモ膜下出血(18.5%)、脳出血(17.4%)、膵臓癌(16.8%)であった。 県別の術後死亡率は胃がん、結腸がん共に、最大と最小で1996年3.53、3.11、1999年3.24、3.11とばらつきを示した。 1999年の単変量解析の結果、90日死亡と手術量は膵臓がん、腹部大動脈瘤、くも膜下出血、脳出血を除く疾患で負の相関を示した。正の相関を示した4疾患も1996年、1999年のいずれかでは負の相関を示した。 手術量と術後90日死亡の関連について、尤度比変数減少法によるロジスティック重回帰分析の結果は以下のとおりである。関連の傾向を示したのは、1996年の胃がん(OR0.923)、肝がん(ORO.872)、膀胱がん(ORO.461)、腎がん(OR0.213)、咽頭・喉頭がん(ORO.924)、虚血性心疾患(ORO.903)、くも膜下出血(ORO.884)、全脳卒中(OR0.935)。1999年の胃がん(ORO.952)、結腸がん(ORO.900)、肝がん(ORO.832)、膀胱がん(ORO.375)、泌尿器官全がん合計(ORO.668)、肺がん(ORO.918)、虚血性心疾患(ORO.922)、心奇形(ORO.944)、心疾患全合計(ORO.980)、くも膜下出血(ORO.909)であった。両年共に関連の傾向を示したのは、胃がん、肝がん、膀胱がん、虚血性心疾患、くも膜下出血の5疾患であった。 術後90日死亡に影響を及ぼす要因のうち、関連の傾向を示したのは、年齢がいちばん多く、次いで自院の外来からの入院であった。 5.考察 手術の技術集積性に関する研究は、欧米による報告がほとんどであり日本における実証的先行研究は我々の把握する限りでは存在しない。IOM報告書の中で本論文が対象とする疾患と共通する食道がん、胃がん、大腸がん、肝がん、膵臓がん、肺がん、冠動脈バイパス術、小児心臓外科疾患、腹部大動脈疾患の9疾患について文献レビューがまとめられており、いずれも手術量は手術死亡と負の関連を報告している。本研究でも、これらの疾患に関係して、胃がん、肝がん、肺がん、虚血性心疾患、心奇形において90日死亡と手術量との独立した有意な負の関連を認めており、欧米の知見と近い結果が示されたといえよう。 今回の研究で全体的な傾向として、手術量と死亡率等に負の関連の傾向があることが認められたが、この結果は患者個人の医療施設の選択や医療施設内での質の改善、行政などに応用できる政策としては、どれくらいの手術量が理想的か示す必要がある。理想は価値観に左右され一般にこのような客観的、記述的研究からは理想を示すことは難しい。今回使用した患者調査は代表性からみると日本で最良のデータベースではあるが、一部の疾患にはサンプル数やリスク調整という観点からは限界があり、更に詳細な研究が必要である。 6.結論 (1)20疾患4再掲グループではそれぞれ施設における手術件数、死亡率が異なっており、診療の結果にばらつきがあることが示された。 (2)散布図分析によると、20疾患4再掲グループのうち17疾患3再掲グループで、手術件数毎の年齢調整術後90日死亡率は負の相関を示した。さらに正の相関を示した膵臓がん、腹部大動脈瘤、くも膜下出血、全脳卒中もはずれ値を除くと負の相関を示し、手術件数が多いほど死亡率の低い傾向が認められた。 (3)尤度比減少法による多重ロジスティック回帰分析では、地方、施設、個人レベルでの影響要因を統計的に調整しても、6疾患で手術数と手術死亡率に負の関連があることが2カ年のデータベースで繰り返し検証された。さらに10疾患4再掲グループで、いずれかの年で統計的に有意な負の関連が認められた。負の関係がいずれの年にも認められなかったのは、直腸がん、脳出血、心内膜疾患のみであった。これらの統計的分析結果から、外科手術における技術集積性が強く示唆された。 (4)患者調査は、日本全体の診療の傾向の分析に有効な資料であるが、医療技術の技術集積性を詳細に分析するには、診療結果にすべて置き換えて影響を及ぼしうる諸要因を含む、さらに詳細なデータベースの分析が望ましいと考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は患者調査による全国データベースを用いて、医療の質の定量的分析を試みた論文である。諸外国や経験則として知られていた外科手術の技術集積性を統計的な手法を使って科学的に分析した、本邦ではほぼ最初の試みと考えられる。国際的にも国内的にも医療の質の安全性の重要性が重視されている状況で、本研究のテーマとしては時宜を得ている。また患者調査という全国レベルでのデータベースを用いた研究であることも意義が深い。ただ官庁統計である患者調査の持つ限界も存在し、研究結果の理解には注意を要する。その点について論文の中でデータベースの長所、短所について詳細に述べられてはいる。分析の方法論もロジスティック回帰分析という標準的な手法を用いており、妥当と考えられる。 研究により判明したのは以下の諸点であった。 (1)20疾患4再掲グループではそれぞれ施設や地域における手術件数、また施設による死亡率が異なっており、診療の結果にばらつきがあることが示されている。 (2)散布図分析によると、20疾患4再掲グループのうち膵臓がん、腹部大動脈瘤、くも膜下出血、脳出血を除く16疾患3再掲グループで、手術件数毎の年齢調整術後90日死亡率は1996年と1999年の2回にわたって負の相関を示した。正の相関を示した4疾患でも、1996年か1999年のいずれかでは負の相関を示しており、全体的に見ると手術件数が多いほど死亡率の低い傾向が認められている。 (3)尤度比変数減少法による多重ロジスティック回帰分析では、地方、施設、個人レベルでの影響要因を統計的に調整しても、胃がん、肝がん、膀胱がん、虚血性心疾患、くも膜下出血の5疾患で手術数と手術死亡率に負の関連があることが2カ年のデータベースで繰り返し検証された。さらに、結腸がん、腎がん、泌尿器がん合計、咽頭喉頭がん、肺がん、心奇形、心疾患合計、脳卒中合計の5疾患3再掲グループで、いずれかの年で統計的に有意な負の関連が認められた。負の関連がいずれの年にも認められなかったのは、食道がん、直腸がん、膵臓がん、前立腺がん、乳がん、脳出血、脳梗塞、心臓弁膜症、胸・腹部大動脈、大動脈合計の10疾患1再掲グループであった。これらの統計的分析結果から、特定の疾患の外科手術は技術集積性を有することが強く示唆されることが判明している。 以上の結果からは、外科手術において、施設単位での手術量と手術成績には統計的に関連があることが強く示唆されており、医療の質及び医療技術の技術集積性を示す研究の一つと考えられる。本研究は医療の質に関連する研究の、本邦での今後の発展に貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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