学位論文要旨



No 215515
著者(漢字) 白土,敬之
著者(英字)
著者(カナ) シラツチ,タカユキ
標題(和) p53により発現誘導される遺伝子BAI1の単離と機能解析
標題(洋)
報告番号 215515
報告番号 乙15515
学位授与日 2002.12.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15515号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 助教授 荒川,博文
 東京大学 助教授 宮澤,恵二
 東京大学 助教授 仁木,利郎
内容要旨 要旨を表示する

 「悪性新生物」は、現在も日本における死亡原因の第1位であり、より効果のある医薬品の開発がもっとも望まれている疾患である。現在、抗癌剤として使用されている薬剤の多くは、非特異的に細胞増殖を抑制するものであり、重篤な副作用が問題となっている。癌に特異的に作用する医薬品の開発には、分子生物学的アプローチによる癌の発生、進展過程の基礎研究は必須であり、これらの過程に関与する分子を同定することにより効果的な薬物のスクリーニング系を構築することができる。癌化に関する分子の中でも、p53遺伝子は、肺癌、大腸癌、乳癌など多くの癌種で高頻度に体細胞変異が認められ、p53遺伝子の不活性化が癌化のもっとも重要な過程の1つである。p53は転写因子として働き、p53標的遺伝子の発現制御を介して、細胞周期の制御、DNA修復、アポトーシスの誘導などの生理機能を持つことが報告されている。しかし、p53の癌の発生、進展を抑制するメカニズムに付いては未知の部分が多く残されており、新規p53標的遺伝子の単離とその機能解析が必須であると考えられる。

 Tokinoらは、p53により発現誘導される遺伝子がゲノム上にp53蛋白質結合配列を持つことを利用し、p53により発現誘導される遺伝子を網羅的に単離する方法を開発した。この方法は、ゲノムに存在する機能的なp53結合配列を、酵母を用いて網羅的に探索し、その近傍に存在する遺伝子を単離するという方法である。我々は、この方法によって単離されたp53結合配列をプローブとして、新規p53標的遺伝子Brain-specific Angiogenesis Inhibitor 1、BAI1を単離した。

 BAI遺伝子は、イントロンにp53結合配列を持ち、p53が機能的に欠失しているglioblastoma細胞株T98Gにおいて、p53を導入時に発現誘導が見られ、p53標的遺伝子であることが確認された。ヒト各組織由来のmRNAを用いたNorthern blot解析の結果、BAI1遺伝子は脳に特異的に発現していることが判明した。また、我々はBAI1遺伝子に高い相同性を示す2つ遺伝子BAI2、BAI3を単離した。これらBAI遺伝子は7回膜貫通型の膜蛋白質をコードしており、既知の7回膜貫通蛋白質と比較し、長い細胞外領域と細胞内領域を有していた。この細胞外領域にはlaminin、fibronectin、heparinなどの細胞外マトリックスと結合するTSP-type 1 repeat配列が存在していた。このTSP-type 1 repeat配列領域と7回膜貫通領域は、BAI蛋白質間で高い相同性が見られ、これらの領域はBAI蛋白質の機能に極めて重要な領域であると考えられた。TSP-type 1 repeat配列については、thrombospondin蛋白質において、この配列が血管新生を抑制することが報告されている。実際に我々は、BAI1蛋白質のTSP-type 1 repeat配列部分の組換え蛋白質を作成し、ラット角膜を用いた血管新生阻害実験を行った。その結果、この組換え蛋白質はbFGFによって誘導される血管新生を劇的に阻害した。またglioblastoma細胞株でBAI遺伝子の発現を調べたところ、BAI1遺伝子とBAI3遺伝子は、初代培養astrocyteと比較して幾つかの細胞株で発現の消失・減少が認められた。この結果は、BAI1、BAI3遺伝子がglioblastomaの発生、進展に抑制的に働いており、これら遺伝子の不活性化がglioblastomaの進展に有利に働く可能性を示唆している。gliomaがより悪性なglioblastomaに進展する際に顕著な血管新生を伴うことが知られているが、p53の変異やその他のメカニズムによるBAI遺伝子の不活性化が、顕著な血管新生の原因かもしれない。p53は、細胞周期の制御、DNA修復、アポトーシスの誘導などの生理機能を持つことが報告されているが、今回の実験より、BAI1遺伝子の発現誘導を介した血管新生阻害も有していることが明らかとなり、このような多彩な機能により癌抑制遺伝子として機能していると考えられる。

 以上のようにBAI1蛋白質の細胞外領域が、血管新生を阻害する活性を持つことが判明した。しかし、BAI蛋白質は構造から7回膜貫通型受容体であり、細胞外からの何らかの刺激を細胞内の分子に伝達する活性も持っている多機能蛋白質である可能性が考えられた。そこで、BAI1蛋白質細胞内領域と結合する蛋白質を単離することにより、BAI1蛋白質の機能を推察する目的で、yeast two-hybrid systemを用いた実験を行った。その結果、BAI1蛋白質細胞内領域と結合する分子として3つの新規遺伝子、BAP1、BAIAP2、BAP3が単離された。これら蛋白質はBAI1蛋白質細胞内領域に結合することが、in vitroの蛋白質結合実験や免疫沈降法により確認された。これら蛋白質の構造的な特徴より、それぞれ以下のような機能を有していると考えられた(図)。BAP1蛋白質はMAGUKファミリーに属し、PDZ domainを介した膜蛋白質などのクラスタリングを行っている。BAIAP2蛋白質は、SH3 domainを介してBAI1蛋白質に結合し、何らかのシグナルで核へ移行するシグナル伝達物質として機能している。BAP3は、C2 domainを有しており、Ca2+の濃度上昇を感知するセンサー的な働きをしている。これら遺伝子もBAI1と同様に脳に多く発現しており、特にBAP1遺伝子とBAIAP2遺伝子のヒト脳各部位における発現パターンはBAI1遺伝子と同じであり、神経系の細胞に特異的に発現しているneuron-specific gamma enolase(NSE)のパターンと酷似していた。またBAP1と相同性の高いPSD-95、BAP3と相同性の高いMunc-13は、シナプスの機能に関する報告が多数なされている。これらのことから、BAI1蛋白質は主に神経細胞で発現し、シナプス機能に関与している可能性が示唆された。実際に今回の実験で、ラット胎児より調整したgrowth cone画分にBAI1蛋白質が濃縮されていることが明らかとなった。しかし一方で、初代培養astrocyteにおいては、BAI1遺伝子が発現していることが確かめられており、神経系以外の細胞でも若干発現していると考えられる。またBAI1蛋白質に存在するTSP-type 1 repeat配列は、thrombospondin以外にもUNC-5、F-spondin、semaphorin Vなどのnervegrowth-coneの誘導や軸索の増殖に関与する分子に存在することが報告されている。

 COS・7細胞を用いて一過性にBAI1発現vectorを導入すると、COS-7細胞は非常に細いfilopodia様の擬足を伸ばし、劇的に細胞の形態が変化することが判明した。導入するとこのような変化をもたらす遺伝子として、GAP-43やsynaptotagminが報告されている。これら蛋白質は神経系に発現しており、GAP-43はBAI1蛋白質と同様、growth cone画分に存在する。BAI1遺伝子導入時に、このような形態変化が起こる理由は不明であるが、BAI1蛋白質細胞外領域と細胞外マトリックス、BAI1蛋白質細胞内領域と細胞骨格などの相互作用の結果、filopodia様の形態変化が起きると考えられた。

 これまで述べてきたように、今回の実験でBAI1について以下のことが明らかとなった。(1)脳特異的に発現している。(2)mRNAの発現パターンが神経特異的に発現しているNSEと同じである。(3)BAI1蛋白質がgrowth cone画分に存在している。(4)nerve growth-oneの誘導や軸索の増殖に関与する分子に存在するTSP-type 1 repeat配列を持つ。(5)神経の機能に重要な役割を担っているMAGUKファミリー分子BAP1と結合する。(6)細胞質と核に局在する情報伝達分子BAIAP2と結合する。(7)シナプスの機能に関与しているMunc13、synaptotagminと相同性のある分子と結合する。(8)COS-7細胞に一過性に発現させると、synaptotagminやGAP-43と同様にfilopodiaを形成する。これらの結果からBAI1の機能を類推すると、BAI1は何らかの外部からの刺激に応答して、細胞間相互作用、細胞外マトリックスとの相互作用を通したnerve growth-coneの誘導、あるいは神経伝達物質の制御などに関与していることが考えられる。

 今回の研究でBAI1蛋白質は、少なくとも血管新生阻害活性と、神経系の細胞におけるシグナル伝達という2つの機能を持ち合わせていると考えられた。血管新生阻害作用については、今後BAI1遺伝子を用いた癌の遺伝子治療など、臨床応用を目指した研究が必要であると考えられる。また、神経系の細胞におけるBAI1遺伝子の機能に関しては、リガンド分子の同定が必須であると考えられ、内因性のリガンド分子を用いた実験が可能になれば、in vivoでのBAI遺伝子の機能解析も可能になると考えられる

 今回の研究で得られた知見は、BAI1の2つの機能を明らかにしただけでなく、今後のBAI1の機能解析の方向性を考える上で十分に役立つものであり、今後本研究を土台として更なる研究が行われることが期待される。

図:細胞におけるBAI1蛋白質と相互作用する蛋白質の図

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、癌抑制遺伝子であるp53の未知の機能を解明するために、ゲノムに存在する機能的なp53結合配列を網羅的に探索し、近傍に存在するp53標的遺伝子を単離して、その機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.単離したp53結合配列をプローブとして、新規p53標的遺伝子Brain-specific Angiogenesis Inhibitor 1、BAI1を単離した。BAI1遺伝子は、イントロンにp53結合配列を持ち、p53により発現誘導されることが確認された。BAI1遺伝子は脳に特異的に発現しており、7回膜貫通型の膜蛋白質をコードしていると推測された。BAI1蛋白質の細胞外領域には、TSP-type 1 repeat配列が存在しており、この領域の組換え蛋白質に、血管新生阻害活性があることが、ラット角膜を用いた血管新生阻害実験にて明らかとなった。

 2.BAI1遺伝子に高い相同性を示す2つの新規遺伝子BAI2、BAI3を単離した。これら遺伝子に存在するTSP-type 1 repeat配列領域と7回膜貫通領域は、BAI1遺伝子と高い相同性を示し、これらの領域はBAI蛋白質の機能に極めて重要な領域であると考えられた。glioblastoma細胞株でBAI遺伝子の発現を調べたところ、初代培養astrocytesと比較してBAI1遺伝子、あるいはBAI3遺伝子の発現の低下・減少が認められる細胞株が存在することから、BAI1、BAI3遺伝子がglioblastomaの発生、進展に抑制的に働いていることが示唆された。

 3.yeast two-hybrid systemを用いた実験により、BAI1蛋白質細胞内領域に結合する3つの新規遺伝子、BAP1、BAIAP2、BAP3を単離した。BAP1蛋白質はMAGUKファミリーに属し、PDZ domainを介してBAI1蛋白質と結合していることが示された。BAIAP2蛋白質は、SH3 domainを介してBAI1蛋白質に結合し、核へも移行できるシグナル伝達物質として機能していることが示唆された。BAP3は、C2 domainを有しており、Ca2+の濃度上昇を感知するセンサー的な働きをしていると考えられた。これら遺伝子もBAI1と同様に脳に多く発現しており、ヒト脳各部位における発現パターンが、神経系の細胞に特異的に発現しているneuron-specific gamma enolase(NSE)と酷似しており、神経細胞で機能していることが示唆された。

 4.ラット胎児より調整したgrowth cone画分にBAI1蛋白質が濃縮されていることが明らかとなった。また、COS-7細胞を用いて一過性にBAI1発現vectorを導入すると、COS-7細胞は非常に細いfilopodia様の擬足を伸ばし、細胞の形態が変化することが観察された。同様な変化をもたらす遺伝子であるGAP-43もBAI1蛋白質と同様、growth cone画分に存在することから、BAI1蛋白質も神経細胞で機能している可能性が示唆された。

 以上、本研究で新規に単離されたp53標的分子であるBAI1遺伝子は、血管新生阻害活性を有すると同時に、神経系の細胞においてもシグナル伝達に関与する蛋白質と相互作用することが示された。本研究は、p53が血管新生阻害活性を持つBAI1遺伝子の発現調節を介して、癌抑制遺伝子として機能している可能性を明らかにするとともに、BAI1遺伝子の神経系における機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク