学位論文要旨



No 215516
著者(漢字) 加賀谷,文絵
著者(英字)
著者(カナ) カガヤ,フミエ
標題(和) 角膜移植後拒絶反応の新しい抑制法 : 動物実験モデルにおける検討
標題(洋)
報告番号 215516
報告番号 乙15516
学位授与日 2002.12.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15516号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 助教授 太田,信隆
 東京大学 助教授 森,庸厚
 東京大学 助教授 富田,剛司
 東京大学 講師 三崎,義堅
内容要旨 要旨を表示する

緒言 角膜移植は臓器移植の中で最も広く行われており、その透明治癒率、つまり成功率は65%と最も高い。その理由として角膜が無血管組織であること、前房という免疫学的に特殊な環境にあるためと考えられているが、しかし約30%は拒絶反応を起こし移植片不良の原因となっている。現在臨床ではステロイドの局所及び全身投与を行ってその予防・治療を行っているが、局所投与での効果不十分、全身投与での副作用が問題となることがあり、これらを解決した治療法が望ましい。これまでにT細胞と抗原提示細胞との第二のシグナルであるcostimulatoryシグナルをブロックする抗原特異的な免疫抑制が、移植後の拒絶反応抑制に有効であることが報告されている。代表的なcostimulratory分子としてCD28/CD152-CD80/CD86分子が知られており、他の臓器移植モデルや自己免疫疾患モデルでその効果が報告されているが、角膜移植ではまだ報告がない。本研究において、マウス異系角膜移植(アログラフト)モデルを用いその効果について検討した。一方新しく開発されたステロイド徐放剤であるDexamethasonedrug delivery system(DEX DDS)は、デキサメサゾン60μgを含有するポリマーである。米国において白内障術後に患者に対する臨床治験が行われ、その有効性と安全性が確認されているものであるが、角膜移植術後ではまだ検討されていない。本研究で異種移植(ゼノグラフト)モデルを用いてその効果を検討した。

方法 用いた実験動物は、Balb/cマウス、C3H/Heマウス、Lewisラットのいずれも6-8週の雄で、すべての動物はARVOの規定に基づいて扱われた。角膜移植は、マウス-マウスの異系移植ではドナー及びレシピエントを直径2mm、マウスーラットの異種移植では直径2.5mmとし、11-0ナイロン糸で8針単結紮した。アログラフトモデルでは8-0シルク糸で眼瞼縫合し、術後2日目に眼瞼抜糸、術後8日目に角膜抜糸した。2週目より手術用顕微鏡下で移植片を観察し、角膜実質の混濁により虹彩血管の観察が困難となった時点を拒絶反応と判定した。ゼノグラフトモデルでは眼瞼縫合を行わず、翌日より毎日観察し、角膜抜糸は10日目に行った。経過観察中虹彩脱出、白内障、感染等の合併症を生じたものは対象外とした。

1)モノクローナル抗体 目的とする抗体を産生する細胞から得られたハイブリドーマをヌードマウスに腹腔内注射し、得られた腹水を精製し抗CD80抗体(anti-rat IgG;RM80)及び抗CD86抗体(anti-rat IgG;po.3)を得た。これをアログラフトモデルのレシピエントマウスに腹腔内投与した。

 移植片の生着率を、Kaplan-Meierの生存曲線、Mantel-Cox log rank testにて比較検討し、抗体投与の量及び期間の異なる各群内比較を、Fisher's protected least significant difference(PLSD)にて行った。移植後2週目の時点で、抗体投与群の生着例と非投与群の拒絶例それぞれ移植片の病理組織と、角膜局所、眼の所属リンパ節である頚部リンパ節、脾臓におけるCD80およびCD86分子の免疫染色及びフローサイトメトリーによるリンパ球表面抗原の検出を行った。

2)ステロイド徐放剤 マウスーラットヘの角膜移植の際に、DEXDDSを前房内に挿入しホスト角膜下、虹彩の前に留置した(DEXDDS群)。コントロールとして、0.1%ベタメサゾン点眼群、無治療群の3群間で比較、その生着率をKaplan-Meierの生存曲線にて検討した。4週目の時点で、各群の眼球を摘出し、病理組織を検討した。

結果

1)アログラフトモデルにおける抗CD80/CD86抗体の効果

 Kaplan-Meierの生存曲線を示す。左;抗CD80抗体と抗CD86抗体の単独投与群(各0.25�r、dayO-8)と併用投与群、無治療群の4群間において各群間に有意差を認めた(Mantel-Cox 群間比較、p<0.001)。抗CD80抗体と抗CD86抗体0.25�r単独投与では無治療群に比べ生着率に有意差を認めなかったが(p=0.0037,p=0.0003)、各抗体併用で有意に生着が延長した(p<0.0001)。右;抗CD80抗体と抗CD86抗体を併用した群間の比較。dayO-8まで各0.1mg投与した群、各0.25mg投与した群及び術後3週間各0.1�r投与した群と、無治療群の4群間に有意差を認めた(Mantel-Cox群間比較、p<0.001)。各抗体を0.1�r3週間投与した群が、各0.1mg、8日間投与より(p=0.0002)、さらに先の各0.25�r、8日間投与より(p=0.0129)生着延長に効果的であった。

病理

 抗体非投与群の拒絶されたマウスの角膜は、そのホストーグラフト接合部を中心に強い浮腫と著明な単核球浸潤が認められたが(A)、抗CD80/CD86抗体投与群の移植片が透明生着したマウスでは浮腫、細胞浸潤ともに抑えられていた(B)。

 免疫染色 ナイーブマウスの角膜にはCD80及びCD86の発現は認められなかったが、無治療群の拒絶されたマウスでは発現を認め(CD86>CD80)た。リンパ節では、ナイーブマウスにわずかにCD86の発現し、抗体非投与群では著明なCD86とわずかなCD80陽性細胞が胚中心に発現していた。脾臓でナイーブマウスにおいて皮質領域にCD86の発現を認め、抗体非投与群ではマージナルゾーンに明瞭にCD86陽性細胞が集簇していたがCD80はほとんど見られなかった。いずれも抗体投与群(抗CD80/CD86抗体、各0.25mg、day=0-8)ではCD80及びCD86の発現は減少していた。以上のリンパ節と脾臓の免疫染色の結果は、フローサイトメトリーによるリンパ球表面抗原の検出にても同様の発現と抗体投与による抑制が確認された。

2)ゼノグラフトモデルにおけるDEX DDSの効果

 Kaplan-Meierの生存曲線を示す。無治療群では全例8日以内に、点眼群では一眼を除いて38日目までに拒絶された。DEX DDS群では全例、8週以上にわたり透明性が維持された(logrank test p<0.001)。

病理

 無治療群の拒絶されたグラフトは著明に浮腫状で単核球を中心とした多量の細胞浸潤が認められた(A)。0.1%ベタメサゾン点眼群でも似たような所見が得られた(B)。DEX DDS群では実質の浮腫も細胞浸潤も極わずかであった(C)。

まとめ 角膜移植後拒絶反応の新しい抑制法として、T細胞-抗原提示細胞間のcostimulatoryシグナルであるCD80/CD86をブロックすることにより移植片生着率が延長し、拒絶反応抑制の可能性が示唆された。また拒絶反応の起こっているレシピエントにおいてこれらの分子の移植片局所、リンパ節、脾臓における発現を確認した。角膜移植における拒絶反応のメカニズムの解明へのステップとなり、全身的な副作用の少ない新しい治療法となるよう今後更に研究が進んでいくことが望まれる。もう一つの方法として新しく開発されたステロイド徐放剤を用い、異種移植における拒絶反応の抑制に有効であることを証明した。局所における効率の良いドラッグデリバリーシステムが近い将来臨床の場で応用可能となる事が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はマウス異系角膜移植モデルを使用し、同種異型移植におけるcostimulatory抗体を用いた拒絶反応抑制効果と、新しいステロイド徐放剤を用いた異種移植における拒絶反応抑制を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.抗CD80抗体と抗CD86抗体の単独投与群と併用投与群、無治療群の4群間において各群間に有意差を認めた。抗CD80抗体と抗CD86抗体0.25mg単独投与では無治療群に比べ生着率に有意差を認めなかったが、各抗体併用で有意に生着が延長した。抗CD80抗体と抗CD86抗体を併用した群間の比較では、dayO-8まで各0.1�r投与した群、各0.25�r投与した群及び術後3週間各0.1�r投与した群と、無治療群の4群間に有意差を認めた。その中で各抗体を0.1�r3週間投与した群が、各O.1mg、8日間投与より、さらに先の各0.25�r、8日間投与より生着延長に効果的であった。角膜移植後拒絶反応の新しい抑制法として、T細胞-抗原提示細胞間のcostimulatoryシグナルであるCD80/CD86をブロックすることにより移植片生着率が延長し、容量依存性に拒絶反応が抑制されるの可能性が示唆された。

 2.ナイーブマウスの角膜にはCD80及びCD86陽性細胞の発現は認められなかったが、無治療群の拒絶されたマウスでは発現を認めた(CD86>CD80)。リンパ節では、ナイーブマウスでわずかにCD86が発現し、抗体非投与群の拒絶反応マウスでは胚中心に著明なCD86とわずかなCD80の発現を認めた。脾臓でナイーブマウスにおいて皮質領域にCD86の発現を認め、抗体非投与群の拒絶反応マウスではマージナルゾーンに明瞭にCD86陽性細胞が集簇していたがCD80はほとんど見られなかった。いずれも抗体投与群ではCD80及びCD86の発現は減少していた。以上のリンパ節と脾臓の免疫染色の結果は、フ口ーサイトメトリーによるリンパ球表面抗原の検出においても同様の発現と抗体投与による抑制が確認された。

 3.新しく開発されたステロイド徐放剤であるDexamethasone drug delivery system(DEX DDS、デキサメサゾン60μgを含有)は、マウスーラット異種移植において8週目の時点でその透明生着率は100%であり、対照群として無治療群0%、ベタメサゾン点眼群16.7%に比べ有意に有効であった。局所における効率の良いドラッグデリバリーシステムであることが示された。

 以上、本論文はマウス角膜移植モデルにおいて抗接着分子抗体により拒絶反応抑制効果が認められ、その効果に一致して所属リンパ節及び脾臓での抗原の発現増強と減少を証明した。また、新しいドラッグデリバリーシステムが角膜移植後に使用可能であることを証明した。本研究は臨床上の角膜移植への応用の可能性に貢献していると考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク