学位論文要旨



No 215521
著者(漢字) サンディタ,ブーンターン
著者(英字) Saengdidtha,Boonterm
著者(カナ) サンディタ,ブーンターン
標題(和) タイ陸軍でのエイズ予防のための危険因子スケールの開発に関する研究
標題(洋) DEVELOPMENT OF RISK ASSESSMENT SCALE FOR HIV/AIDS PREVENTION AMONG THAI ARMY CONSCRIPTS
報告番号 215521
報告番号 乙15521
学位授与日 2002.12.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第15521号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 助教授 土屋,尚之
 東京大学 講師 Green,Joseph
 東京大学 講師 渡辺,洋一
内容要旨 要旨を表示する

導入と目的

 HIV/AIDSは世界の公衆衛生上の大きな問題である。AIDS患者およびHIV感染者の報告数は世界中で急激に増加しており、人々の健康と経済に大きな損失をもたらしている。タイでは1984年よりHIV/AIDSの流行が始まった。タイ軍新規徴募兵は2年間の従軍のため21-22歳青年男子から毎年約.60,000人が選抜され、1989年以降、軍事力維持のためすべての新規徴募兵がHIV検査を受けている。彼らはHIV感染のハイリスク集団である。現在、有効なHIV/AIDS治療薬およびワクチンのない状況下で予防策として最も有効な方法のひとつはリスクを減少させるための行動変容を促すことである。費用対効果の高い予防のためには、早期にハイリスク者を同定しリスク軽減のための集中的な教育やカウンセリングなど適切な予防サービスを受けさせることが必要であり、行動変容の介入は大集団よりも小集団の方が効果的であることが明らかとなっている。ハイリスク集団が同定されれば、より容易かつ効果的にリスクの高い行動を変容させることが可能であり、ハイリスク集団同定のための手法開発が望まれる。本研究の目的は、感染リスクの高い行動をとりながら認識が希薄な徴募兵を同定する手法を開発することである。多くのハイリスク者を同定しリスク軽減のための教育を受けさせるためには、この手法により様々な感染リスクの高い行動を特定できることが必要である。対象と方法HIV感染の共変量を同定する目的で、居住区でマッチさせたHIV陽性およびHIV陰性各240人の徴募兵についてケースコントロール研究をおこなった。対象者に人口統計学的特性(7項目)、薬物常用習慣(8項目)、性行動(8項目)、HIV/AIDSに関する知識と態度(8項目)およびコンドームに関する知識と態度、実践(4項目)、社会心理学的特性(18項目)の5部門よりなる質問票に記入するよう依頼した。データ収集は1998年2月から2000年2月にかけておこなった。無回答および矛盾する回答を除いた結果、HIV陰性群では234人、陽性群では203人となった。多重ロジスティック回帰分析をおこなった上で、受信者動作特性(ROC)曲線を描き統計学的分析をおこない、リスク評価尺度モデルを開発した。さらに分割(カットオフ)点および感度、特異度を算出した。データ入力および統計学的分析にはSPSS 10.0版とEpi-Info6を用いた。

結果

 単変量解析にて統計学的に有意であったリスク因子は以下の通りであった。都会での居住(オッズ比1.61、95%信頼区間1.06、2.41)、肉体労働者(オッズ比1.70、95%信頼区間1110から2.64)、月収2000バーツ以上(オッズ比1.74、95%信頼区間1.16から2.61)、教育水準が中等教育以下(オッズ比2.71,95%信頼区間1.78から4.11)、喫煙(オッズ比2.46、95%信頼区間1.49から4.26)、飲酒(オッズ比1.61、95%信頼区間1.08から2.41)、マリファナ使用(オッズ比4.57、95%信頼区間1.43から19.25)、アンフェタミン使用(オッズ比3.44,95%信頼区間1.53から7.88)、ヘロイン使用(オッズ比9.32、95%信頼区間2.74から49.39)、性交前の飲酒(オッズ比1.74、95%信頼区間1.15から2.63)、性交前の薬物使用(オッズ比3.76、95%信頼区間2.16から6.56)、IDU(オッズ比6.02、95%信頼区間3.17から11.58)、注射の回し射ち(オッズ比5.80、95%信頼区間1.51から25.43)、初めての性交が買春(オッズ比3.52、95%信頼区間1.89から6,61)、性交パートナーが3人以上(オッズ比2.14、95%信頼区間1.44から3.17)、肛門性交の経験(オッズ比2.25、95%信頼区間1.12から4.71)、性病の既往(オッズ比2.80、95%信頼区間1.60から5.02)、HIVに対する危険認識(オッズ比1.61、95%信頼区間1.04から2.50)、高速運転の嗜好(オッズ比2.73、95%信頼区間1.60から5.02)、パートナーと安全な性交に関する会話がなし(オッズ比1.78、95%信頼区間1.17から2.69)、HIVに無関心(オッズ比2.28、95%信頼区間1.51から3.43)。多重ロジスティック回帰分析の結果より、HIV陽性の予測因子は月収2000バーツ以上(オッズ比1.94、95%信頼区間1.13から3.31)、ヘロイン使用(オッズ比4.18、95%信頼区間1.03から16.89)、性交前の薬物使用(オッズ比2.20、95%信頼区間1.13から4.29)、初めての性交が買春(オッズ比3.47、95%信頼区間1.69から7.13)、HIVに対する危険認識(オッズ比1.86、95%信頼区間1.07から3.25)、HIVに無関心(オッズ比1.88、95%信頼区間1.16から3.07)であった。ROC曲線分析より、新たに開発したリスク評価尺度の適切な分割点は3.5以上で、感度は83.5%、特異度は36.9%であった。2000年9月および2001年5月の新規徴募兵2400人に対しても試験した結果、感度96.8%、特異度19.3%、陽性適中率1.6%、陰性適中率99.8%であった。

考察と結論

 このリスク評価尺度はHIV感染リスクの高い徴募兵を同定し、リスクを軽減させる教育やカウンセリングおよびHIV検査をおこなうためのスクリーニングに使用されうる。またタイの青年男子のHIVスクリーニングや、ハイリスクな供血者の選別の目的で使用されうるが、さらに妥当性を高めることが望ましい。今回HIV感染リスク評価尺度の開発に用いた方法は、HIVが流行している他の発展途上国へも適用が望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、タイ王国において公衆衛生上の主要な問題疾患の一つであるHIV/AIDS感染に対するタイ軍新規徴募兵におけるハイリスク集団を同定するための危険因子評価尺度の開発を目的とし、量的手法を用いて研究したものである。具体的には、HIV陽性およびHIV陰性の各240名の徴募兵について、人口統計学的特性、薬物常用習慣、性行動、HIV/AIDSに関する知識と態度、コンドームに関する知識と態度・実践、社会心理学的特性について自記式質問票を用いてデータを収集した後、解析したものである。結果は下記の通りであった。

1.両群間における統計学的に有意な危険因子は、都会での居住、肉体労働者、月収2000バーツ以上、学歴が中等教育以下、喫煙、飲酒、マリファナ、アンタフェミン、ヘロイン使用、性交前の飲酒、性交前の薬物使用、IDU、注射の回し討ち、初めての性交が買春、性交パートナーが3人以上、肛門性交の経験、性病の既往、HIVに対する低い危険認識、高速運転の嗜好、パートナーと安全な性交に関する会話がない、HIVに無関心、の各項目であった。

2.多重ロジスティック回帰分析より得られたHIV陽性の予測因子は、月収2000バーツ以上、ヘロイン使用、性交前の薬物使用、初めての性交が買春、HIVに対する危険認識が低い、HIVに無関心の6項目であった。

3.新たに開発した危険因子評価尺度の適切な分割点は3.5以上であり、感度は83.5%、特異度は36.9%であった。

 以上、本論文は、本研究で開発された危険因子スケールがHIV感染のリスクの高い集団を同定し、リスクを軽減させる教育やカウンセリングおよびHIV検査を行うためのスクリーニングに使用されうるものであることを証明した。また、本研究手法はHIV/AIDSが流行している他の発展途上国に対しても適用が期待され、各国のHIV/AIDS対策に重要な貢献をなすものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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