学位論文要旨



No 215522
著者(漢字) 榊原,達哉
著者(英字)
著者(カナ) サカキバラ,タツヤ
標題(和) ホタルルシフェラーゼを用いた微生物検出法の迅速、高感度化に関する研究
標題(洋)
報告番号 215522
報告番号 乙15522
学位授与日 2003.01.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15522号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 講師 福島,健
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

 製薬業界、食品飲料業界等において、微生物検査は不良品の発生を防止し、高品質を保つ上で非常に重要な検査である。従来の微生物検出法である寒天培養法は、微生物を培養してコロニーを形成させて、これを計数するもので、混釈培養法とメンブレンフィルター(MF)法の2種類が汎用されている。しかしながら、結果を得るのに数日から1週間かかるという問題点がある。そこで、従来法よりも早く結果を得るために、ホタルルシフェラーゼ(FFL)を用いたATP法、RMDS(Rapid Microbe Detection System)法等が開発された。

 ATP法とは、FFLを用いるATP発光試薬によって、試験管に採取した微生物の菌体内に存在するATPを発光量としてルミノメーターで測定することにより無培養で微生物数を定量する方法であり、米飯、生薬などの微生物数の多いサンプルに適用できる。しかしながら、サンプル中に含まれている菌体外ATPの影響によりバックグランド(BG)発光が高くなり感度良く定量できないことが問題となっていた。そこで、強力な菌体外ATP消去法が必要であると考えた。

 一方、RMDS法とは、従来のMF法より迅速な微生物数の定量法として開発されたものである。これは、MF上に捕捉した微生物を培養して微小なコロニーを形成させ、菌体内ATPを抽出し、ATP発光試薬で発光させ、この輝点を高感度カメラであるRMDS装置で撮影して、輝点を計数することにより微生物数を定量するものであり、飲料、製薬用水などの微生物数が少なくろ過性の良いサンプルに適用されている。しかしながら、この方法ではATP発光試薬の発光量がATPの消費とともに減衰し積算発光量が不足しているので、培養して微小なコロニーを形成させてから測定する必要があった。そこで、無培養で微生物数を定量するためには、高い積算発光量を得られる発光試薬の開発が必要であると考えた。

 本研究では、微生物数を無培養で高感度かつ迅速に定量する分析法の確立を目指して、(1)強力な菌体外ATP消去法の開発によるATP法による微生物数定量の高感度化、及び(2)高い積算発光量を得られる発光試薬の開発によるRMDS法による無培養での微生物数定量を試みた。

【本論】

1.ATP法による微生物数定量の高感度化

 強力な菌体外ATP消去法を確立しBG発光を少なくすることでシグナル-ノイズ(SN)比を向上させ、ATP法による微生物数定量の高感度化を図るため、様々なATP分解酵素を探索した。その結果、アデノシンリン酸デアミナーゼ(ADase)(ATP、ADP、AMP等のアデニンヌクレオチド類からの脱アミノ化反応を触媒する酵素)とアピラーゼ(APase)(ATP、ADP、ITP、IDP等からの脱リン酸化反応を触媒する酵素)に着目した(図1)。両酵素を併用した結果、1%酵母エキスのBG発光を2.4×106 RLU(Relative Light Unit)から25 RLUに低下できた(図2)。

 米飯由来サンプルのBG発光は14200 RLUであったが、本ATP消去法で処理することにより、38 RLUに低下でき、米飯中の微生物数を400 CFU(Colony Forming Unit)/gまで無培養での定量を可能とした(図3)。このように、BG発光の減少によるSN比向上により、ATP法による微生物数定量の高感度化が達成された。

2.RMDS法による無培養での微生物数定量

2-1.ピルビン酸オルトリン酸ジキナーゼ(PPDK)を用いたFFL酵素サイクリング系の構築

 従来のRMDS法の欠点は、ATP発光試薬による1CFUあたりの菌体内ATPの積算発光量が不足しているため、微生物の培養を必要とすることである。そこで、微生物を培養する代わりに、1CFUあたりの菌体内ATP及びAMPをサイクリングして高い積算発光量が得られる発光試薬(PPDK発光試薬)の開発を試み、これによりMF上にて無培養状態の微生物の検出が可能になると考えた。

 PPDKは、AMP、ピロリン酸及びホスホエノールピルビン酸(PEP)から、ATP、ピルビン酸及びリン酸の生成を触媒する酵素である(図4上段)。そこで、PPDKとFFLを組み合わせることで、FFLによりATPから生成したAMP及びピロリン酸を再びATPに変換してサイクリングさせ、高い積算発光量が得られるか否かを検討した(図4)。また、PPDK発光試薬中のATP及びAMPによるBG発光を低下させるためにADaseを添加したところ、BG発光は2.6×106 RLUから510 RLUに低下した。これらの結果、PPDK発光試薬の5分間の積算発光量は、従来のATP発光試薬の場合に比べて43倍に達し(図5)、高い積算発光量を得ることに成功した。

2-2.PPDK発光試薬を用いるMF上での微生物数定量の検討

 次にPPDK発光試薬をMF上の無培養状態の微生物に適用し、PPDK-RMDS法による微生物数定量について検討した。MFに種々の微生物の1CFUの菌体内ATPに相当する量のATPをスポットし、PPDK発光試薬を噴霧して、RMDS装置で5分間測定することにより感度を調べた。その結果、0.31から5.0 amol/spotのATPを検出することができ、本法はMF上の1CFUの無培養状態の微生物に由来するATPを輝点として検出できる感度を有することが判った。各種微生物(ブドウ状球菌、大腸菌、乳酸菌、緑膿菌)をPPDK-RMDS法に供したところ、いずれも無培養で輝点として検出することに成功した(図6)。各微生物とも輝点数とコロニー数はほぼ一致し、従来のMF法(35℃、48時間培養)と良好な相関関係(R2=0.973)が示された(図7)。このように、PPDK発光試薬を用いて菌体内ATP及びAMP由来の輝点をRMDS装置にて撮影し、微生物数を無培養で定量することができ、RMDS法の迅速化が達成された。

2-3.菌体内アデニンヌクレオチド(AN)含量の分別定量

 PPDK-RMDS法においては、水などのように、栄養源を含まないサンプルも対象となる。そこでPPDK-RDMS法で糖非存在下の大腸菌の検出を試みたところ、その存在を確認でき、その輝点数とCFUはほぼ一致した。このような栄養源を含まないサンプルでは、菌体内ATP量が減少して、検出ができない可能性もあったが、PPDK-RMDS法では微生物の検出が可能であった。そこで、AN含量を分別定量する方法を開発し、栄養源の有無による菌体内ANの組成変動を調べ、PPDK-RMDS法がサンプル中の栄養源の有無になぜ影響されないのかを検討した。

 菌体内AN含量を分別定量するために、3種類の発光試薬を作製した。総AN(ATP、ADP及びAMPの合計量)を測定する発光試薬は、ATP+AMP量(ATP及びAMPの合計量)を測定するPPDK発光試薬にピルビン酸キナーゼ(PK)(ADP及びPEPからATPの生成を触媒する酵素)を添加して作製した。ATP量を測定する試薬はPKもPPDKも含有しない。各発光試薬に各AN溶液を別々に、あるいは混合して添加し測定を行ったところ、いずれも安定な発光パターンを示し、目的とするANが検出されていることがわかった。各ANの検量線は、それぞれ良好な直線性、感度及び再現性を示し、これら3種類の発光試薬によって各ANを分別定量できると考えられた(図8)。

 これらの発光試薬により各菌体内AN含量を分別定量した結果、糖存在下では菌体内ANのほとんどはATPであり、菌体内ATP+AMP量は、総ANの90%以上であった。一方、糖非存在下ではATPの割合が数%と極端に少なくなる微生物(大腸菌と乳酸菌)があったが、これらの微生物ではAMPの割合が増加していた。各微生物の菌体内ATP+AMP量は、糖の有無に関らずPPDK-RMDS法で検出可能な0.31amol/CFU以上であり、総ANの約80%以上を占めていた。また、各微生物の菌体内ADP量は、糖の有無に関らず総ANの約20%以下であった。

 これらの結果より、菌体内ATP及びAMPの合計量は糖の有無に大きく影響されないので、PPDK-RMDS法は栄養源を含まないサンプル中の微生物の無培養検出にも有用であると考えられた。また、菌体内ADPは総ANの約20%以下であるので、ADPを測定しなくても、十分な感度が得られることも判った。

【総括】

 本研究において微生物数を無培養で高感度かつ迅速に定量する分析法の確立を目指して、(1)ATP法による微生物数定量の高感度化、ならびに(2)RMDS法による無培養での微生物数定量を達成した。(1)においては、ADaseとAPaseを併用する強力な菌体外ATP消去法を確立し、これにより、菌体外ATPを消去し、BG発光の減少によるSN比向上によって、ATP法による微生物数定量の高感度化が達成された。(2)においては、FFL とPPDKの反応を組み合わせることで、FFLにより生成したAMP及びピロリン酸を再びATPに変換してこれをサイクリングさせ、高い積算発光量が得られるPPDK-FFL酵素サイクリング系を確立した。この系によって、無培養状態での菌体内ATP及びAMP由来の輝点を、RMDS装置で画像検出でき、RMDS法の迅速化が達成された。また、PPDK-RDMS法は、サンプル中の栄養源の有無による影響を受けにくい点でも有用であった。

 本研究を製薬業界、食品飲料業界等における微生物検査に適用して迅速、高感度化することにより、微生物汚染による不良品発生率の低下、製品の迅速な出荷等が可能となることが期待される。

図1.ADaseとAPaseによるATP分解経路

図2.各種酵素による1%酵母エキスの バックグランド発光の低下

図3.米飯中微生物数の定量値の比較

図4.PPDKを用いたホタルルシフェラーゼ酵素サイクリング系

図5.PPDK発光試薬(太線)と従来のATP発光試薬(細線)の発光パターンの比較

図6.PPDK-RMDS法による画像(大腸菌)

図7.輝点数とCFUの相関

図8.各発光試薬によるATP、ADP、AMP等量混合液の検量線

審査要旨 要旨を表示する

 医薬品原材料や医薬品のみならず、食品・飲料の品質管理において、微生物検査法は必須の分析法である。従来、迅速な微生物検出法としてホタルルシフェラーゼを利用する菌体内ATPの発光検出法(ATP法)が知られているが、試料由来の菌体外ATPがバックグラウンドノイズとなるため、シグナルノイズ比が低く、微生物を高感度検出できないという欠点が残されていた。また、飲料などの濾過性のよい試料に適用されるRMDS法(メンブレンフィルター上に捕捉した微生物をCCDカメラで検出する手法)においては、ATP発光試薬の積算発光量が低く、メンブレンフィルター上の微生物を培養して微小なコロニーを形成させてから測定する必要があり、迅速性に欠けていた。

 榊原達哉氏は上記の状況を考慮し、菌数を無培養条件下で高感度かつ迅速に定量する微生物検出法の確立を目的として、

(1)ATP法による菌数定量の高感度化、(2)RMDS法による無培養状態での菌数定量について、研究を行った。

 (1)において、同氏は、ATP法による菌数定量の高感度化のためには菌体外ATPを完全に消去し、バックグラウンド発光を低減させることでシグナル-ノイズ(SN)比を向上させ、高感度化を図ることができると考えた。様々なATP分解酵素を探索した結果、ATP、ADP、AMP等のアデニンヌクレオチド類からの脱アミノ化反応を触媒するアデノシンリン酸デアミナーゼ及びATP、ADP、ITP、IDP等からの脱リン酸化反応を触媒するアピラーゼに着目し、両酵素を併用する新規ATP消去法を確立した。これを用いることで、バックグラウンド発光量を従来法の1%以下にまで低減させることに成功し、ATP法による菌数定量の高感度化を達成した。

 (2)において、同氏はピルビン酸オルトリン酸ジキナーゼ(PPDK;AMP、ピロリン酸及びホスホエノールピルビン酸より、ATP、ピルビン酸及びリン酸の生成を触媒する酵素)に着目した。従来のRMDS法にてホタルルシフェラーゼにより消費されたATPから生じるAMP及びピロリン酸を、再びATPに変換する新規なサイクリング系を構築すれば(PPDK-RMDS法)、従来法よりも高い積算発光量が得られると考えた。そこで、PPDKとホタルルシフェラーゼを組み合わせた発光試薬(PPDK発光試薬)を調製し、ATP(5.0x10-15mol)に適用した結果、高い発光量が安定して持続でき、従来のRMDS法に比べて約40倍の高感度化が達成された。本PPDK-RMDS法はAMPも同時測定が可能であった。PPDK-RMDS法を、無培養条件下での各種微生物検出に適用したところ、いずれも輝点として計数することができ、また、操作にかかる時間を含めても30分以内で検出でき、測定の迅速化も達成した。

 次いで、同氏は栄養源(糖)を含まない試料(医薬品製造における原料水中菌数測定等)へPPDK-RDMS法の適用を試みたところ、本法では糖非存在下のサンプルでも、微生物を十分に検出することができた。その原因を調べるために、同氏は、各アデニンヌクレオチド(AMP、ADP、ATP)の分別定量が可能な新規発光系を開発し、糖の有無による微生物中のアデニンヌクレオチド組成を調べた。その結果、糖非存在下ではATPの割合が数%と極端に少なくなる微生物もあったが、菌体内ATP及びAMPの合計量は、糖の有無に関らず総アデニンヌクレオチドの約80%以上を占めていた。したがって、ATPとともにAMPを測定する本PPDK-RDMS法によって、栄養源(糖)が存在しない条件下においても微生物検出が可能になったことが判明し、本法が十分に実用に供し得る微生物検出法であることが明らかとなった。

 以上のように、榊原達哉氏は、従来のホタルルシフェラーゼを用いるATP発光検出法(ATP法)を一層高感度化し、また、ATPのみならずAMPも同時検出できる実用に耐えうる迅速かつ高感度な微生物検出法を開発した。これら一連の研究は、生物発光を利用する高感度検出法の実用性を高めるものであり、分析化学の進展に寄与すると考えられ、博士(薬学)の学位をうけるに値すると判断した。

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