学位論文要旨



No 215526
著者(漢字) 南,一誠
著者(英字)
著者(カナ) ミナミ,カズノブ
標題(和) 建築・居住環境の経年変化に関する実証的研究
標題(洋)
報告番号 215526
報告番号 乙15526
学位授与日 2003.01.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15526号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 松村,秀一
内容要旨 要旨を表示する

 本論文の目的は、業務用施設や住宅の経年変化の特性を分析し、長期間に渡り変化に柔軟に対応できる建築・居住環境の計画手法を考究することである。主な研究内容は、公共建築(郵便局舎)のライフサイクルコスト(LCC)を中心とした経年変化の分析、およびオープンビルディングの理念に基づき新築・改修された集合住宅の経年変化の実態調査である。研究に期待される成果は、(1)多数の施設を保有している組織が、施設群を効果的にマネジメントする手法の開発、(2)今後、展開が予想されるPFIの導入に必要となる施設運用費用に関する知見を得ること、(3)業務系施設の長期に渡る施設管理・運営に関する知見を居住系施設の管理・運営に応用することなどである。

 論文は3部で構成されており、第1部「郵便局舎のライフサイクルコストの分析」では建設費、修繕・改修工事費、光熱水費、保守費などで構成される郵便局舎のライフサイクルコストについて実態調査を行い、分析を行なっている。第2部「施設のライフサイクルと投資判断」においては、LCC算出プログラムを開発し、施設改善手法の選択に適用してその有用性を検証している。また施設投資総額を長期的に抑制するためには施設の長寿命化が有効であることを分析している。第3部「建築・居住環境の経年変化」では、建築・居住環境が時間の経過とともに用途転換や居住者自身の手による改変を伴いながら、長期に渡って使用されている海外の事例を分析し、施設の長寿命化には建築物と都市構造(アーバン・ティッシュ)の関係性構築が重要であること、また居住者が計画・管理のプロセスに参画できるオープンビルディングの手法が有効であることを論じている。

第1部「郵便局舎のライフサイクルコストの分析」

 全国の郵便局(集配普通郵便局1255局、合計6,331,854m2)の平成12年度における施設関連支出の悉皆調査の結果と、1981年に竣工した5つの標準的郵便局の完成後20年間に渡る施設関連貨用の追跡調査の結果を用いて、郵便局舎の施設運用費用の分析を行っている。調査対象とした郵便局舎の多くは、高度経済成長期に施設規模拡大のために建替えられたものであるため平均経年は23年と短く、経年40年以上の局舎は40局のみである。

(1)修繕・改修工事費の調査結果と分析

 全国の郵便局舎の悉皆調査の結果、修繕・改修工事費(修繕工事費と改修工事費の合計)は平均4,896円/m2・年(「各経年の修繕・改修工事費の合計」を「その年度に該当する施設の延床面積の合計」で除した値の平均)であることが分かった。修繕・改修工事費は竣工後20年間の累計で約5万円/m2、竣工後50年間の累計で約25万円/m2程度であった。「全国の郵便局の経年1〜20年の各年度の修繕・改修工事費の合計金額」と、「1981年度に竣工した5つの郵便局舎の20年間の修繕・改修工事費の累計金額」はほぼ同額であった。

 修繕・改修工事費は竣工後11年目,23・24年目に小さなピークを示し、35〜40年目に大きなピークを示している。一般的に竣工後20年を過ぎた段階で、空調設備機器の更改に併せて、施設全体の修繕・改修工事が総合的・一体的に実施されている。竣工後35〜40年経過した時点で大規模な修繕・改修工事が実施されるのは、規模拡大等のために建替えられる施設以外については、継続使用のために必要となる抜本的な保全工事を;の時期に実施するためである。この時期を過ぎると施設の修繕・改修工事費は安定する。

(2)光熱水費、保守費の調査結果と分析

 調査対象とした全国の郵便局舎における電気料金は年間総計158億円(平成12年度価格)であり、単位床面積あたりにすると2,506円/m2である。年間使用料金(使用量)の全国平均値は、上下水329円/m2(0.85?/m2)、ガス241円/m2(4.86?/m2)、重油270円/m2(11.93�g/n+)、灯油95円/m2(4.54�g/m2)であった。これらを合計した光熱水費は、単位面積あたり3,441円/m2・年である。光熱水費については、地域差も大きい。

 全国の郵便局舎における保守貨を分析した結果、年間平均で、(1)設備の運行管理・保守等に691円/m2、(2)庁舎清掃に1,448円/m2、(3)警備委託に428円/m2、(4)ごみ処分に127円/m2の維費が支出されていることが判った。全国の保守費総計を、データが得られた局舎の延床面積の総計で除した金額は、2,681円/m2であった。設備機器の運行管理・保守の対象としては、防災警報・消防・受変電・非常通報・空調・給排水・浄化・昇降機設備等が含まれる。保守費については、施設規模が拡大するに従い、単位面積あたりの費用が逓減する傾向が見られた。

(3)郵便局舎のライフサイクルコストの算定

 郵便局の施設運用費用の分析結果にもとづき、郵便局舎のLCCおよびEUAC(年等価格)を算出した。各経年の修繕・改修工事費については全国調査の結果を用いて計算しているが、40年間のLCCの計算では、40年以上施設を使用するのに伴う修繕・改修工事費の影響を除外するため、35〜40年目の費用について調整を行なっている。光熱水費については気候区分毎に分析して得た重回帰式を用いて算出している。保守費については、平均単価に経過年数を乗じている。新築工事費は発注工事単価の実績に基づき22万円/m2と仮定した。

LCC(20年)=406,891円/m2 EUAC(20年)=20,344円/m2・年

LCC(40年)=625,404円/m2 EUAC(40年)=15,635円/m2・年

LCC(60年)=887,440円/m2 EUAC(60年)=14,790円/m2・年

 40年間のLCCの内訳は新築工事費35.1%、修繕・改修工事費22.9%、光熱水費22.0%、保守費17.1%、除却・処分費2.7%である。

第2部施設のライフサイクルと投資判断

(1)ライフサイクルコスト算出プログラムの開発

 ライフサイクルコストの分析結果にもとづき、建設プロジェクトの企画段階において、施設改善手法を比較検討するために用いるLCC算出プログラムを作成した。このプログラムは、(1)郵便局舎の施設運用の実態に基づいたものであること、(2)建替や増築等の施設のライフサイクルのシナリオに対応して時系列的に生涯費用を算出できること、(3)設備機器の技術革新等に伴うエネルギー消費の効率化や保守形態の変更に対応できること、(4)他の用途の建物にも応用可能であることなどが特色である。開発したライフサイクルコスト算出プログラムを、実際の施設改善手法の選択に適応して、その有用性を検証した。

(2)施設の長寿命化による投資コストの縮減

 郵便局舎を従来のように、(1)竣工後40年経過した時点で2倍の規模に建替える場合と、(2)40年目には30%増築し、60年目に2倍の規模で建替える場合とを比較すると、今後60年間の累計で、新築工事費は38.9%滅、修繕・改修工事費は1.4%城となり、総額で20236億円(

第3部建築・居住環境の経年変化

(1)コンバージョン(施設の用途転換)による建物の長期利活用

 日本の都市再生、都市居住の推進の参考とするため、英国のコンバージョンによる建物ストックの有効利活用について調査を行い、その背景と効果を分析した。英政府機関はロンドン都市部などでオフィスが余剰になることや小世帯用住宅が不足することを的確に予測し、税制上の優遇措置や規制緩和により、オフィスの住宅転用を政策面で支援している。余剰になったオフィスを需要が伸びている住宅に転用することにより、「地域レベル」で建物ストックを有効にマネジメントすることは、地球環境問題や資源の有効利活用、廃棄物処理の問題の解決に寄与するため、日本の居住環境の整備においても有効な手法である。

(2)居住者参加による居住環境の経年変化

 オランダでは1960年代から「オープンビルディング」の理念が提唱され、集合住宅の入居者は自分が住む住環境の設計主体になるだけでなく、入居後の模様替えも容易に行なえることが目標とされてきた。初期の実験的集合住宅が入居後20年以上経過した現段階で、どのような変化をしているのかを現地調査した。オランダの事例は、賃貸住宅においても施設所有者と人居者との間で、何をどのように改修してよいかという管理・運営のルールが明確に決定されていることが、長期に渡って住み続けられる住環境を実現するためには重要であることを示している。

(3)オープンビルディングによる団地再生

 ドイツの社会主義時代に建設された大型パネル工法による大規模団地が、壁の崩壊後、オープンビルディングの考え方に基づき、活気ある居住環境に再生された実例を調査し、日本の団地再生に応用可能な知見を抽出した。現地調査、首長らへのヒアリングの結果、都市・住棟・住戸で構成される居住環境の各レベルの計画・管理に居住者自身が参画する手法が、既存団地の再生にも有効であることが判った。日本においても、団地再生の成否は、住戸内部の仕上げ、設備の改修にとどまらず、共用部分・外部空間の改修まで、住民の合意形成を図りながら実施できるか否かにかかっていよう。

(4)オープンビルディングの観点から評価した居住環境の経年変化

 郵便局舎のライフサイクルコストの分析から判明したように、建物を長期的に使用することは経済的である。同時に、施設の利用者や住宅の居住者が、満足した生活を継続するには、既存の建築・居住環境を二一ズに合わせて、不断に変化させていくことも必要である。都市化の進展の中で社会的に除却されている建築物(スケルトン)の長寿命化を実現するためには、都市レベルの変化に柔軟に対応できるスケルトンを計画・設計することが重要である。建築・居住環境の経年変化の実態分析から得られる知見は、長期間に渡って持続し得るスケルトンを計画することに、有益な知見を与えてくれる。

審査要旨 要旨を表示する

 建築・居住環境は、物理的にも、また社会的・経済的有用性という観点から見ても経時的に変化していく。建築・居住環境を限られた費用の中で維持改善していくためには、不具合を補修したり、要求条件の変化に対応して改修するなど、長期間にわたって建築・居住環境のマネジメントしていかねばならない。そのためには、建築・居住環境にはどのような経時変化がおきるのか、そしてその経時変化に対応するためには、どのくらいの費用が必要になるのかについて、有効なモデルを構築することが不可欠である。

 しかしながら、建築・居住環境の経時変化や、それに伴う費用を正確に把握するには、長期間にわたって観測しデータを収集する必要があるがため、既往研究では極めて限られたデータしか得られなかった。このような実証的データにもとづいた知見の欠落は、建築・居住環境を長期間にわたってマネジメントしていくための意思決定においては、限られたデータ分析から得られたモデルが用いられてきたため種々の支障が生じていた。

 本論文は、建築・居住環境の経時変化について、公共建築のライフサイクルコストの実態調査と世界各地の集合住宅等の現地調査を踏まえて、建築・居住環境の経時的変化やライフサイクルコストを実証的に分析したものである。

 本論文は3部で構成されている。第1部「郵便局舎のライフサイクルコストの分析」では、郵便局舎のライフサイクルコストについて実態調査を行い、ライフサイクルコストの算出プログラムの開発を試みている。第2部「施設のライフサイクルと投資判断」では、プログラムを施設投資を支援する手法の開発が試みられている。さらに第3部「建築・居住環境の経年変化」では、世界各地の集合住宅等の現地調査を踏まえた解析及びライフサイクルマネジメント手法について考察が加えられている。

 第1部「郵便局舎のライフサイクルコストの分析」におけるデータ収集期間は20年に及ぶものであり、かつ用途などのビルディングタイプもほぼ同じであることから、そこから得られた解析結果は学術的にみて極めて貴重な業績である。

 加えて、本論文は、修繕費などが経年とともに単調増加するものではなく、経年一定以上経過した建物では、むしろ修繕費はほぼ横ばいになっていくことを実証した。これは、極めて意外な事実であり、それだけにそのような傾向の発見は高く評価される。

 第2部「施設のライフサイクルと投資判断」では、建物・居住環境のライフサイクルにわたって生起する現象が、事前予見が困難な不確定な因子によって影響されることに着目し、ライフサイクルコストがどの程度までばらつくかを確率的にモデル解析している。これは従来のライフサイクルコスト研究になかった視点であり、その解析結果は高い学術的価値をもっていると評価できる。

 第3部「建築・居住環境の経年変化」では、建築・居住環境が時間の経過とともに用途転換や居住者自身の手による改変を伴いながら、長期に渡って使用されつづけられている海外の実例を分析することによって、環境負荷が少ないサステナブルなものであるためには、都市構造(アーバン・ティッシュ)との関係性が重要であること、また居住者が計画・管理のプロセスに参画できるオープンビルディングの手法が有効であることを実証的に明らかにしようと試みている。従来の研究においては、建物単体の耐用性を向上させる方策に関心が集まってきたが、本論文は、建築単体の長寿化のためには、むしろ都市構造(アーバン・ティッシュ)をそれぞれの地域の暗黙的ルールも考慮しつつ構築していくことが肝要であることが実証的に示されている。これも業績として高く評価できるものである。

 このように、本論文の成果は、施設が完成した後の長期に渡り、経済的で環境負荷が少なく、所有者・居住者・利用者などのニーズに適合することができる計画・マネジメント手法を考究し、それに有用な知見や提示したものとして学術的に高く評価できるものである。またその学術成果は、建築・居住環境のライフサイクルマネジメントのパフォーマンス向上に寄与する社会的・実務的意義ももっている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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