学位論文要旨



No 215527
著者(漢字) 宮嶋,歩
著者(英字)
著者(カナ) ミヤジマ,アユム
標題(和) 筒内噴射ガソリンエンジン用インジェクタの噴霧パターン生成法に関する研究
標題(洋)
報告番号 215527
報告番号 乙15527
学位授与日 2003.01.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15527号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 助教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 筒内噴射(Direct Injection)ガソリンエンジン(以下、DIエンジンと略す)のさらなる低燃費化、排ガスの清浄化および高出力化のためには、成層燃焼(低負荷運転時、圧縮行程噴射)と均質燃焼(高負荷運転時、吸気行程噴射)で求められる混合気を今まで以上に適性化したエンジンシステムを構築する必要がある。従来のDIエンジンの研究では、筒内の空気流動制御がトレンドであるが、ピストン冠面に燃料噴霧が付着し易いために燃費、排ガスの改善が容易ではない。このような状況の中、本研究では、異なる運転条件下でもロバストな噴霧パターン、すなわち、筒内圧力や燃料噴射圧力の影響を受け難く、点火プラグ方向への指向性を持った噴霧パターンの生成方法を検討する。特に、本研究では、従来の燃料スワール型のDIインジェクタの先端部をステップ状に切り欠いたノズル(以下L-Stepノズルと称す)の新規開発、噴霧パターンの性質の実験的手法による検討、およびDIエンジンヘの適合性の考察を行う。

2.噴霧パターン生成の方法

 本研究で提案する新コンセプトの噴霧パターンを図1に示す。この噴霧パターンには以下の3つの特徴がある。(1)指向性のある偏向噴霧を生成することで、点火プラグ近傍に混合気を集中させピストン冠面への分布を少なくする。(2)噴霧の一部を分断することで、噴霧内外の圧力差を小さくし背圧が高い場合でも噴霧が潰れることなく形状をロバストに保つ。(3)燃料旋回素子(スワーラ)を用いることで、噴霧を微粒化する。前記噴霧パターンを生成するために開発したL-Stepノズルを図2に示す。従来のノズルの先端部を、反面だけステップ状に切り欠いた構造であり、その他の構成は従来のノズルと同じである。L-Stepノズルによる噴霧分断のメカニズムは以下の通りである。燃料がオリフィス内で旋回しているので、L-Step部の上面部と側面部から噴射される燃料は多く、下面部から噴射される燃料は少ない。従って、噴霧分布に濃淡が生じ見かけ上噴霧の一部が分断される。偏向のメカニズムについては以下のように説明される。オリフィス内を旋回する燃料は、上流から下流に流れるに従って旋回速度を失う。噴霧角は、噴霧の旋回速度と弁体軸線方向の速度の比で表されるので、L-Step部上面で噴射される方向に噴霧は偏向する。

3.実験方法

 L-Stepノズルの噴霧パターン、特にペネトレーションと噴霧角を測定するために図3に示す噴霧可視化装置を作成した。本装置はYAGレーザを用いて噴霧を可視化しCCDカメラで横断面/縦断面を撮影するものである。エンジン筒内の雰囲気場を模擬するために加圧可能な容器を設け、インジェクタに供給する燃料としてはシェルロースを用いた。噴霧のザウタ平均粒径(SMD)の測定には、PDPA計測を用いた。比較のため図4に示す、スワールノズル、テーパノズルを作成した。各ノズルの緒元を表1に示す。

4.実験結果

 3種類のノズルの噴霧パターンを図5に示す。L-Stepノズルの噴霧パターンは偏向し、噴霧の一部が分断された中空噴霧である。一方、スワールノズルは中空円錐状、テーパノズルは偏向中空円錐状の噴霧である。図6,7に示すように、背圧が噴霧パターンに及ぼす影響を検討したところ、背圧を0.1MPa,0.3MPa,0.6MPaと変化させると、L-Stepノズルの噴霧は他のノズルに比べて形状がロバストであり、噴霧角の減少は1°、ペネトレーションの減少は34mmであった。一方、燃圧が噴霧パターンに及ぼす影響はいずれのノズルに対してもほとんどなかった。次に図8に示すようにL-Stepノズルの粒径分布の特性を調べ、背圧、燃圧に無関係に、常に他のノズルに比べて微粒化の良い噴霧を生成可能なことを確認した。さらに、実験で確認が困難なオリフィス内の燃料流れと噴霧偏向との関係を把握するために、日立製作所の内製コードを用いた数値シミュレーションを補足的に行った。図9に示す通りL-Stepノズルではオリフィス内の空気はオリフィス軸に対して傾いており、傾きの方向は実験から得られた噴霧の偏向方向と一致していることから、オリフィスヘの空気進入が噴霧偏向方向に影響を受けるものとの推論を得た。

5.噴霧パターンのコントロール

 噴霧を調整する手段として、設計変更が比較的容易なノズル先端部の切り欠き深さの無次元量L/d0に着目した。図10に示すように、L/d0を小さくするほど偏向側噴霧角が大きくなることを確認した。最後に、図11に示すように噴霧写真をDIエンジンのシリンダに当てはめる事で、DIエンジンヘの適合性について検討し、L-Stepノズルにおいては、順タンブル流等の空気流動の補助を用いずに、点火プラグ近傍に混合気を集めることが可能であり(領域A)、かつ、ピストンキャビティヘの燃料付着を抑制できる(領域B)可能性を確認した。

6.結言

 DIエンジンの燃費改善・排ガス改善を行うための噴霧パターンを生成する方法に関して本研究より得られた結論を以下にまとめる。

(1)ノズルの先端部を反面だけステップ状に切り欠いた構造のL-Stepノズルを新たに開発した。

(2)噴霧パターンの特徴は以下の3点である。

1)指向性のある偏向噴霧である。

2)噴霧の一部が分断され噴霧内外の圧力差が小さいので、背圧の変動に対して噴霧形状がロバストである。

3)燃料旋回素子(スワーラ)により噴霧が微粒化されている。

(3)レーザシート法による可視化実験を行い、以下の特徴を見出した。

1)L-Stepノズルの噴霧は背圧変化にロバストである。背圧0.1MPaから0.6Mpaの増加に対し、噴霧角は1°減少、ペネトレーションは34mm減少した。

2)燃圧の影響は少ない。

(4)PDPA計測によって噴霧のザウタ平均粒径(SMD)を測定した。L-StepノズルのSMDは背圧や燃圧に対する感度が低く、常に他のノズルに比べて微粒化の良い噴霧を生成することが可能である。

(5)L-Stcpノズルの噴霧角の調整にはノズル先端部の切り欠き深さが有効である。偏向側の噴霧角は切り欠き深さが深くなるほど大きくなる。

(6)以上の結果より、L-Stepノズルは、均質燃焼/成層燃焼を両立する混合気を噴霧の貫通力だけで生成することが可能である。また、ピストンヘの燃料付着を抑制できる可能性があり、燃費・排ガスの改善に有効である。さらに、ノズル作成が比較的容易であり、筒内流動の精密な制御の必要がなくなるため、エンジンシステムのトータルコストの低減に有効であり、産業上重要な技術となることが期待される。

図1:噴霧パターンの新コンセプト

図2:L-Stepノズルインジェクタ

図3:噴霧可視化実験装置全体図

図4:比較のためのノズル

表1:ノズル緒元

図5:噴霧パターンの比較

図6:背圧の影響

図7:背圧の影響

図8:粒径測定結果(大気圧下)

図9:オリフィス内の燃料流れ

図10:L/Dと噴霧角の関係

図11:DIエンジンヘの適合性

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は論文題目「筒内噴射ガソリンエンジン用インジェクタの噴霧パターン生成法に関する研究」と題して筒内噴射(Direct Injection)ガソリンエンジン(以下、DIエンジンと略す)のさらなる低燃費化、排ガスの清浄化および高出力化を目的とし、それに合致した噴霧パターンの生成方法を提案している。すなわち成層燃焼(低負荷運転時、圧縮行程噴射)と均質燃焼(高負荷運転時、吸気行程噴射)を両立させ、しかも、両者を改善する噴霧パターンの提案、その噴霧パターンを生成するインジェクタの開発、およびレーザを用いた可視化と噴霧粒径分布計測による噴霧構造の解明を主たる内容としている。近年、DIエンジンの燃焼改善に関しては筒内の空気流動制御に関する研究がさかんに行われているが、本論文の研究は、噴霧パターン自体に注目し、異なる運転条件下でも筒内雰囲気圧力や燃料噴射圧力の影響を受け難い噴霧パターン、かつ、点火プラグ方向への指向性を持った噴霧パターンの生成方法を検討した研究である。特に、本論文では、設計変更が比較的容易なインジェクタノズルの先端形状に着目し、これに非対称性を持たせて噴霧パターンを制御する方法を新たに考案するとともに、筒内雰囲気圧力と燃料噴射圧力とが噴霧構造に及ぼす影響について考察を加え、提案した噴霧パターンがDIエンジンの性能改善に寄与することの見通しを得ている。

 第1章では、研究の動機、背景、目的及び論文の構成が述べられている。ここで申請者は、近年行われたDIエンジンの燃焼改善に関する多くの研究活動の成果をまとめることにより、排気ガス清浄化と燃焼安定性の向上のためには、噴霧パターン自体を積極的に制御する必要があることを述べている。

 第2章では、これまでにDIエンジンに用いられてきた混合気形成方法と噴霧パターンの役割について述べている。特に成層燃焼の安定化に及ぼす噴霧パターンの影響について詳しく考察している。さらに従来のインジェクタノズルを比較検討し、インジェクタノズルを開発するための課題を抽出するとともに、以降の章で述べる噴霧パターンの現象理解に必要となる噴霧構造の基本特性について説明している。

 第3章では、はじめに燃費改善・排ガス改善を実現する新しい噴霧パターンのコンセプトが提案されている。そのコンセプトには、以下の3つの特徴がある。(1)指向性のある偏向噴霧を生成し、点火プラグ近傍に混合気を集中させピストン冠面への噴霧分布を少なくする。(2)噴霧の一部を分断して噴霧内外の圧力差を小さくし、背圧が高い場合でも噴霧が潰れることなく、噴霧形状を安定に保つ。(3)燃料旋回素子(スワーラ)を用いて噴霧を微粒化する。次に、従来のスワールノズルの先端部を半面だけステップ状に切り欠いた構造のL-Stepノズルを新たに開発している。続いて、噴霧が分断・偏向されるメカニズムについてオリフィス内部の燃料の旋回速度と軸線方向速度に着目した考察が行われ、分断は噴霧分布の濃淡によって生じ、偏向は旋回速度と軸線方向速度の比によって説明できることが示されている。

 第4章では、噴霧のペネトレーションと噴霧角を測定するために開発したYAGレーザ、CCDカメラによる可視化装置と実験方法、粒径分布を測定するために開発したPDPA計測装置と実験方法について説明している。噴霧実験においてはエンジン筒内の雰囲気場を模擬するために加圧可能な容器を設けるとともに、インジェクタに供給する燃料としてはシェルロースが用いられている。

 第5章では実験結果について述べている。実験には、比較のために、L-Stepノズル、スワールノズル、テーパノズル(ノズル先端半面をテーパ状にカットしたノズル)の3種類のノズルが用いられている。L-Stepノズルの噴霧パターンは偏向し、噴霧の一部が分断された中空噴霧である。一方、スワールノズルは中空円錐状、テーパノズルは偏向中空円錐状の噴霧である。背圧が噴霧パターンに及ぼす影響が検討され、L-Stepノズルの噴霧は他のノズルの噴霧に比べて背圧変化に対して安定な形状を保つことを確かめている。一方、燃料噴射圧力が噴霧パターンに及ぼす影響はいずれのノズルに対しても小さいことが示されている。次にL-Stepノズルの粒径分布の特性が検討され、背圧、燃料の噴射圧力に無関係に、常に他のノズルに比べて微粒化の良い噴霧を生成可能なことが確認されている。さらに、オリフィス内の燃料流れの数値シミュレーションを実施し、L-Stepノズルではオリフィス内の燃料流れがオリフィス軸に対して傾いており、傾きの方向は実験から得られた噴霧の偏向方向と一致していることを明らかにし、噴霧偏向がオリフィス内流れの影響であることを示している。

 第6章においては、噴霧パターンの制御について考察している。噴霧を調整する手段として、設計変更が比較的容易なノズル先端部の切り欠き深さの無次元量に着目し、それを小さくするほど偏向側噴霧角が大きくなることを確認し、望ましい噴霧パターンの取得に成功している。更に、噴霧写真をDIエンジンのシリンダに当てはめることによってL-Stepノズルにおいては、空気流動の補助を用いずに点火プラグ近傍に混合気を集めることが可能であり、かつ、ピストンキャビティヘの燃料付着を抑制できる可能性があることを示している。

 第7章においては全体の結論が述べられている。

 以上を要約すると、DIエンジン用インジェクタ噴霧生成に関して、本研究において新たに提案された噴霧パターンとその特徴に関する実験データは、この分野の基礎研究と応用研究の両面において有用な資料である。開発したL-Stepノズルインジェクタは、均質燃焼/成層燃焼を両立する混合気を噴霧の慣性力だけで生成することが可能である。また、ピストンヘの燃料付着を抑制できる可能性があり、燃費・排ガスの改善に有効である。さらに、ノズル作成が比較的容易であり、筒内流動の精密な制御の必要がなくなるため、エンジンシステムのトータルコストの低減に有効であり、産業上重要な技術となることが期待される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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