学位論文要旨



No 215528
著者(漢字) 戸上,健治
著者(英字)
著者(カナ) トガミ,ケンジ
標題(和) 壁面の触媒性を考慮した再突入飛行体の空力加熱の研究
標題(洋)
報告番号 215528
報告番号 乙15528
学位授与日 2003.01.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15528号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 助教授 小紫,公也
内容要旨 要旨を表示する

 近年のHOPE-Xや再使用型ロケット(RLV)の開発において、機体の経済性の向上、つまりペイロードの増加は設計に課せられた至上の命題であり、そのために機体の軽量化に対する要求が非常に厳しくなっている。HOPE-Xの例では構造重量の20%以上を耐熱構造/TPSを占めており、この部分の軽量化は機体全体の軽量化に大きく寄与できる。そのためには空力加熱量の推算精度の向上が必要である。一方、再突入時の空力加熱においては、衝撃層内で一度解離した原子が壁面で再結合することによる空力加熱の上昇は無視できない上、TPS表面に施されている耐酸化コーティングには、この原子の再結合を促進するいわゆる触媒効果があることが知られている。従って、この壁面の触媒性を定量的に評価し、空力加熱解析に組み込むことは、解析精度の向上、ひいてはTPS/耐熱構造の軽量化には必須のものである。そこで、従来からTPSの耐酸化コーティングに使用されることの多い、SiO2の壁面触媒性のモデルはいくつか提案されており、我が国でもSiO2モデルが提案され、OREXの空力加熱量を計算で再現することに成功している。ところが、壁面の触媒性による空力加熱量が全体に与える影響が大きいと言うことは、逆に考えれば、壁面の触媒性による空力加熱量を低減できれば、TPS/耐熱構造の設計に余裕が生まれ、その分機体の経済性、安全性向上に寄与できる。ところが、空力加熱現象には非常に多数のパラメータが関係しており、それらのうちどのパラメータが重要な役割を果たしているかについては、過去の研究では、明確な議論がなされていないのが現状である。そこで、本研究では空力加熱、特に壁面での原子の再結合によって発生する加熱(空力加熱の拡散項)のメカニズムを明確化し、原子の再結合による加熱量を決定づけているパラメータを明らかにすることを目的として、数値解析コードの作成、その検証、作成したツールによる壁面触媒作用と空力加熱の関係を定量的に評価することを行った。

 まず始めに熱化学非平衡Navier-Stokes解析コードの作成を行った。対象形状は軸対称/2次元とし、Parkの2温度モデルを用いた。対象とする流体は空気で、N2、O2、NO、N、Oの5成分、3種類の解離反応、2種類の交換反応を考慮し、のべ17種類の化学反応を考慮にいれた。基礎方程式は質量保存、運動量保存、振動エネルギ保存、総エネルギ保存の4種の方程式を定式化した。その方程式は有限体積法で離散化され、さらに計算の安定化のために流束ベクトル分離を行ってTVD化を図った。陰的に離散化された方程式はGauss-Seidel法で数値的に解いた。

 作成した解析コードの検証のために、まず始めにNASAで用いられている化学平衡計算のカーブフィットデータとの比較を行った。その次に米国Graduate Aeronautical Laboratory,California Institute of Technologyに設置されているT5自由ピストン型衝撃風洞で得られた、衝撃波形状、空力加熱データとの比較を行った。その結果、解析コードによる結果とカーブフィットデータ、風洞試験から得られたデータとは良好に一致し、作成した解析コードが再突入時などの超高速の流れ場を再現できていることを確認した。また、金属製風洞模型の表面の再結合効率を同定したところ、約0.02となり、文献から得られた値とほぼ等しい値を得ることができた。さらに、黒滝のSiO2のモデルを解析コードと組み合わせ、OREX(図1参照)の軌道に合わせた解析を行い、淀み点の空力加熱量の比較を行った。その結果、解析コードによる結果とフライトデータとは数%程度の誤差で良好に一致し、作成した解析コードが再突入時の空力加熱量を正しく再現できることを確認した(図2参照)。

 次に空力加熱のメカニズムに関する解析を行った。OREXの空力加熱のうち、空力加熱の拡散項を更にブレークダウンして、各成分に分解した。すなわち、である。本式から空力加熱を決める要素は、密度、濃度、壁面温度、再結合効率の4種の状態量であることが削る。図3にOREXの軌道条件での拡散項の履歴を示す。高度が高い条件では、qNがqOを上回るものの、高度が低下するにつれ、qOが増加し、一方qMはほぼ一定値から減少に転じ、最終的には殆ど0まで減少している。また、図4に淀み点に吸着した原子の割合を示し、図5に淀み点の再結合効率の時間履歴を示す。

 まず、qOについて分析を行った結果、密度は4倍に増加、濃度は約40%減少、壁面温度による変化は40%上昇、再結合効率同じオーダを推移している。したがって、qOの単調増加は、高度低下による密度の上昇が原因であることが判った。今回計算した条件では、機速(淀み点エンタルピ)が十分に大きいため、速度が低下した状態でも酸素原子は機体周りに比較的多く存在するため、機速低下に伴う酸素原子濃度の減少は比較的少なかった。ただし、図4から、γOOは10-2のオーダで推移しているのに対し、γONは大きく減少している。その理由は淀み点エンタルピの減少によりN原子の量が急激に減少することにより、壁面に吸着しているN原子の数が減少しているからである。従って、OがOに衝突してO2が生成する再結合による熱量が殆どを占めており、Oが壁面上のNに衝突してNOに再結合して発生する熱量は極めて少ないと考えられる。

 次にqNであるが、ほぼ一定値から、減少に転じ、最終的には殆ど0となる。密度の効果は酸素の場合と同様で4倍の増加、壁面温度による変化は単調に40%増加した。一方、N原子濃度は単調に減少し、時系列的に50%、20%と減少した後、最終的に高度60kmの条件ではほぼ0まで減少している。次に再結合効率の効きを評価する。γNNは図3から判る通り、計算の当初から値としては小さい上、さらに10-5から10-11へと大きく減少をしている。γNOは、10-3から10-2の高めの値で推移しているため、この両者の和は、γNOが支配をしており、結局、(γNO+γNN)としては、10-3〜10-2程度の値をとり、大きくは変化しない。以上から、最終的にqNは窒素原子の減少がその推移を決定づけていることが判る。逆に言えば、速度が速い(淀み点エンタルピが高い)条件では、N原子もO原子同様、壁面近傍に比較的多く存在するため、そのN原子が壁面に多量に吸着しているO原子と再結合してNOとなることで、熱量を発生させていることがわかった。つまり、壁面近傍でのN原子の消費はN2への再結合ではなく、NOへの再結合であることが判明した。よって、従来再結合が起こりにくいとされていたNOの再結合はOREXの軌道の場合、高度68km以上では無視できない量であり、その後急激に減少し、高度60km以下では殆ど無視できることが判った。

 また、壁面触媒性が空力加熱量に及ぼす影響としては、上記の拡散項が支配的であるが、対流項への影響も定量的に評価を行った。SiO2を想定した有限触媒壁と完全触媒壁の結果を比較すると、OREXで高度76kmの場合、対流項トータルで203kW/m2から233kW/m2加熱量が増加した。これは、壁面の触媒性によって衝撃層、特に境界層内の温度分布が変化していることを示唆している。事実、有限触媒壁の場合と完全触媒壁の場合の温度境界層を比較するとその両者には有意差が認められた。

 最後に温度境界条件の妥当性について論ずる。フライト前の解析においては壁面温度は未知であるため、放射平衡の仮定の上で壁面温度を決定することが多い。しかし、OREXのフライトで実測した壁面温度と放射平衡の仮定をおいた壁面温度は大きく異なっているため、壁面での再結合のメカニズムが変化する可能性があるからである。そこで、壁面放射率を変化させて、壁面温度を1570K〜1940Kの範囲で変化させたところ、淀み点の空力加熱量としては1%未満の変化しかなく、その変化は無視できる結果となった。ただし、壁面温度が1900Kを超えると、気相中のO原子はN原子と再結合する割合が増加し、気相中のN原子はN原子と再結合する割合が増加し、気相中のO原子とN原子が果たす役割が変化することが判った。従って、空力加熱量の観点からは放射平衡の仮定でも問題ないと考えられるが、物理現象を正しく捉えているとは言えないことが判った。

 以上から、再突入時の機体周りのN原子とO原子の空力加熱に対して果たす役割を明確にできたと考えられる。つまり、機体の速度が速く、淀み点エンタルピが高い状態では、N原子が相当量機体の周りに存在し、そのN原子は壁面に吸着しているO原子と再結合してNOを生成して発熱することがわかった。その限界は0REXの場合は機速約6000m/s以上(高度約60km以上)である。また、再突入軌道のほぼ全域でO原子は解離しており、壁面に吸着しているO原子と再結合してO2を生成しており、拡散項の大部分を占める熱量を発生させていることがわかった。

図1:OREXの概要

図2:熱流束時刻歴

図3:.拡散項の内訳

図4.:淀み点に吸着している原子の割合の履歴

図5.:淀み点の再結合効率履歴

審査要旨 要旨を表示する

 理工学修士戸上健治提出の論文は「壁面の触媒性を考慮した再突入飛行体の空力加熱の研究」と題し、本文6章及び付録1項から成っている。

 地上と宇宙空間との間で物資や人を輸送する将来型宇宙輸送システムの開発においては、機体の経済性の向上は安全性・信頼性の確保とともに必須の課題である。このような輸送システムに用いられる宇宙飛行体は、地球大気への再突入時に苛酷な空力加熱を受けることが知られており、そのための耐熱構造/熱防御システムを有することが必要である。機体の経済性は、機体の軽量化によるところが大きく、それは機体構造の20%以上を占める耐熱構造/熱防御システムの軽量化に依存する。したがって、空力加熱量の推算精度の向上が必要である。再突入時の空力加熱は飛行体前面に生じる強い衝撃波後方の高温気体からの熱流束によって生じるが、このとき、高温気体中で解離した原子が機体壁面で再結合することによる加熱が無視できない。これは、機体壁面の触媒性に大きく影響されることから、壁面触媒性を正確に推定することが必要とされてきた。しかしながら、壁面触媒性による空力加熱現象には非常に多数のパラメータが存在するので、従来より、どのパラメータが重要な役割を果たしているのかが明確でないきらいがあった。

 このような観点から、著者は、壁面での原子の再結合による加熱のメカニズムを明確化し、それを決定づけているパラメータを明らかにするために、数値解析コードを作成し、既存の簡易計算法と衝撃風洞による実験によって検証した上で、それを用いた数値解析によって、壁面触媒性作用と空力加熱量との関係を定量的に評価することとした。

 第1章は序論で、本研究の背景を述べ、再突入宇宙飛行体の空カ加熱におよぼす壁面触媒性メカニズムの解明の必要性を強調している。その中で、従来の研究動向との関連を述べ、本研究の目的と意義を明確にしている。

 第2章では、本研究を行うために作成した熱化学的非平衡ナビエ・ストークス(Navier Stokes)数値解析コードの内容について述べている。解析は軸対称/2次元物体まわりの空気を対象とし、5成分化学種および17種の化学反応を考慮に入れている。質量保存、運動量保存、振動エネルギー保存、総エネルギー保存に関する方程式を基礎方程式とし、有限体積法で離散化するとともに、流束ベクトル分離を行って数値計算の安定化を図っている。同時に、定式化に際して用いた熱力学的関係式、輸送係数、触媒性を有する壁面の境界条件について説明し、解析結果の可視化法についても述べている。

 第3章では、解析結果の妥当性を検証するために、カリフォルニア工科大学の自由ピストン駆動型高エンタルピー衝撃風洞を用いて行った実験の概要を述べ、代表的な圧力履歴および熱流束結果を示している。

 第4章では、本研究での数値解析コードによる衝撃波形状および熱流束に関する計算結果を、従来のカーブフィットデータおよび風洞実験結果と比較することにより、その有効性を検証している。また、金属製風洞模型の表面の再結合効率を同定したところ、文献値とほぼ等しい値を得ることができた。

 第5章では、上記数値解析コードを用いて行った実際の再突入飛行体の空力加熱解析結果について述べ、壁面触媒性が衝撃層内の構造および空力加熱量に与える効果について物理化学的考察を行っている。二酸化珪素(SiO2)の触媒性モデルを用い、OREX(軌道再突入実験機)の軌道に合わせた解析から得られたよどみ点の空力加熱量は、フライトデータと数%程度の誤差範囲内で良好に一致し、解析コードの有効性を示した。この際、空力加熱のメカニズムを詳細に検討することにより、対流による熱流束と拡散による熱流束の定量的評価、および個々の再結合反応による加熱の評価等を行った。OREXの飛行環境においては、酸素原子(O)の再結合による酸素分子(O2)の生成時の加熱だけでなく、窒素原子(N)が再結合して一酸化窒素(NO)が生じるときの加熱も寄与していることを示した。また、壁面の温度境界条件による加熱についても検討している。

 第6章は結論で、上記各章における考察の総括を行い、再突入飛行体の空力加熱におよぼす壁面触媒性の効果について知見をまとめている。

 付録Aでは数値解析で用いたヤコビアン行列とそれに伴う種々の行列の詳細について補足している。

 以上要するに、本論文は再突入飛行体の空力加熱におよぼす壁面触媒性のメカニズムと効果を、熱化学的非平衡ナビエ・ストークス解析を用いた物理化学的検討によって定量的に明らかにしたものであり、空力加熱量の正確な推定法を示すとともに、耐熱構造/熱防御システムの軽量化、ひいては将来型宇宙輸送システムの経済性向上に示唆を与え、その成果は航空宇宙工学に貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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