学位論文要旨



No 215529
著者(漢字) 柴田,潤子
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,ジュンコ
標題(和) 透過型電子顕微鏡による超伝導および酸化物機能材料の微構造解析
標題(洋)
報告番号 215529
報告番号 乙15529
学位授与日 2003.01.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15529号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 幾原,雄一
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 助教授 下山,淳一
 東京大学 助教授 山本,剛久
内容要旨 要旨を表示する

 最近の超伝導体を含む酸化物機能材料の研究開発においては、超伝導特性、圧電性、電気光学特性、強誘電性等の機能特性を向上させるために、粒界や異質材料界面、格子欠陥などの局所領域の組織制御が必要になってきている。こうしたナノレベルの材料組織制御を行うには、材料の成長メカニズム(結晶化メカニズム)を理解し、プロセス条件を最適化することが重要であり、その際、ナノ領域の構造解析・組成分析および状態分析を行うことのできる透過型電子顕微鏡(TEM)法は非常に有効な解析手法である。

 本研究では、TEM法を用いて、超伝導および酸化物機能材料の微構造解析を行い、プロセス条件と材料組織の関係、および材料の成長メカニズムを解明することを目的とした。

 超伝導材料については、その応用開発において、REBa2Cu3O7-y(RE123)系材料を線材として実用化する研究が広く行われている。RE123系材料は、磁場中での高特性が期待できるが、弱結合により特性が低下しやすいため、ある基板(中間層)の上に配向性の高い膜を作ることが必要になっている。超伝導線材の作製方法としては、真空装置が必要でなく、コストの低い塗布熱分解法(Metal Organic Deposition,MOD法)が広く注目されている。このMOD法では、原料溶液を基板上に塗布した後、まず低温で熱処理し、溶液中の有機金属塩を熱分解させる。次に、高温で熱処理し、超伝導体を結晶化させる。この熱処理過程において、結晶核の過飽和度を制御し、エピタキシャル成長を優先的に起こさせることが課題となっている。しかしながら、このMOD法においては、超伝導体の結晶化メカニズムが明らかにされておらず、プロセス条件と膜組織の関係についての研究もあまり行われていなかった。また、MOD法により作製した膜においては、必ず表面層に多結晶層が残ってしまうため、X線回折や走査電子顕微鏡(SEM)などでは、超伝導特性に寄与する界面付近の生成相や配向性を観察することができない。したがって、膜の特性を制御する上で、TEM法による断面観察を行い、膜組織を評価することが必要である。

 本研究では、このMOD法により作製した超伝導膜において、基板種類や熱処理条件などのプロセス条件と膜微構造の関係を明らかにすること、また、MOD法における超伝導膜の結晶化メカニズムを解明することを目的とした。また、超伝導線材の特性として重要な、臨界電流密度の磁場特性について、単結晶をモデルとして、超伝導体組織との関係を明らかにし、高特性の超伝導線材を作るための指針を得ることを目的とした。

 まず、MOD法における基板種類の影響を評価した。ナフテン酸塩を用いたMOD法により、格子定数や化学反応性の異なる各種基板(SrTiO3(STO),LaAIO3(LAO),MgO,CeO2,YSZ,Y2O3)(中間層)上にY123およびYb123膜を作製し、その断面をTEM法を用いて観察した。その結果、格子ミスフイットが3%以下のLAO,STO,CeO2,Y2O3基板上では、0°配向([100]Y123//[100]MgO)または45°配向([110]Y123//[100]MgO)の超伝導膜がエピタキシャル成長するが、ミスフイットの大きい(8.2%)Mg0基板においては、超伝導膜の配向が乱れる様子が観察された。また、反応性の高いYSZ基板においては、溶液のBa成分と基板のZrが反応することにより、界面にBaZrO3反応層が形成され、膜中の成分比が超伝導相からずれると同時に、BaZr03反応層表面が完全に平滑でないことが影響し、超伝導膜の配向性が乱れることが明らかになった。さらに、LAO,STO,CeO2,Y2O3基板上に成膜した場合は、電気抵抗が90K付近で速やかにゼロ抵抗になり、超伝導特性も良好であることが確認された。また、有機金属塩原料としてナフテン酸塩を使用した場合、Y2O3やCeO2などは、Y123膜との反応性が比較的低く、YSZなど反応性の高い基板との間の中間層として用いることが可能であることが明らかになった。

 また、同じくナフテン酸塩を原料としたMOD法において、超伝導膜の微構造と特性に対する熱処理条件の影響を評価した。超伝導膜は、ナフテン酸MOD法の場合、a軸配向結晶が生成しにくいYb123膜とし、基板はミスフィットパラメータの小さいSTO,LAOを用いた。仮焼温度はTG-DTA測定により、原料溶液の金属塩がすべて熱分解すると考えられる425℃とした。その上で、仮焼の熱処理条件を急加熱急冷とすると、アモルファスの仮焼膜が生成し、徐加熱徐冷で行うと、膜中にランダムな配向を持った微結晶が多数析出することが明らかになった。これらの仮焼膜を超伝導膜が結晶化する温度で熱処理すると、前者は、エピタキシャル膜として成長するが、後者の場合は、析出した微結晶が核となり、ランダムな配向をもつ多結晶膜が生成することが明らかになった。また、本焼条件については、Yb123膜がエピタキシャル成長するためには、昇温速度を速くする必要のあることがわかった。これらの結果から、熱処理中に膜中で生成した結晶核が、ランダムに成長することなく、エピタキシャル成長が優先的に起こるようにするために、仮焼は急加熱急冷で行うことが必要であり、同様に、本焼での昇温速度を大きくすることが必要であると考えられる。

 以上のように、ナフテン酸塩を原料溶液とするMOD法においては、昇温速度や保持時間などの熱処理条件を制御することにより、結晶核の過飽和度を制御することが可能であることがわかってきている。しかしながら、カーボン成分の残留がなく、より高特性が期待できるトリフルオロ酢酸塩(TFA)を用いたMOD法においては、塩の熱分解反応と超伝導膜の結晶化に、H2Oが関わるため、成長のメカニズムがより複雑になる。これまでは、TFA-MOD法においては、液相がY123の結晶化に関与していると報告されているが、詳しいことは明らかになっていない。そこで、本研究では、熱処理途中でクエンチしたY123およびNd123膜をTEMで観察することにより、超伝導膜の結晶化メカニズムを明らかにした。Y123膜では、本焼熱処理途中で析出した10nm程度のY2Cu2O5,BaF2,CuOの微結晶が互いに拡散・反応することにより、Y123と同じ組成をもつアモルファス層が生成し、その後、Y123が結晶化およびエピタキシャル成長することを示した。Nd123膜では、始めに、Nd-rich相(Nd201)が生成し、これがBaF2,CuOと反応してNd123が結晶化することが明らかになった。この結果から、Nd123膜では、Nd201相の生成を抑制すれば、特性の高い膜が得られる可能性のあることがわかった。

 さらに、超伝導線材の高特性化に関係するY123のピーク効果と双晶境界の関係について着目し、TEM法を用いた観察を行った。試料は、モデル材として、無双晶化処理条件を変えて作製した、双晶構造の異なるY123単結晶を用いた。その結果、数十nm間隔の逆位相境界(APB)の存在が、高磁場中のピーク効果と関係あることを明らかにした。APBは、制限視野電子回折パターンや、高分解能像と合わせた像シミュレーション結果から、酸素列が境界にある双晶境界の一種であると考えられる。このようなAPBは、as-grownのY123単結晶を酸素中でアニールした時、急激に酸素が拡散していく際に生成したものと考えられ、Y123中の酸素分布と関係しているものと推定される。すなわち、ピーク効果には、酸素量の異なるTcの低い相が直接関与しているものと考えられる。このことは、超伝導線材においても、熱処理条件を変えることにより、磁場中で有効なピンニングサイトを導入し、より高いJCを持つ材料を作製することが可能であることを示唆しているものと考えられる。

 酸化物超伝導材料の他、一般にデバイス等として使われるセラミックス機能材料の中には、単結晶育成が困難なものがあり、こうした材料は、ある基板の上に配向性の高い厚膜を作る必要がある。このような材料中には、格子定数・熱膨張率・化学反応性など様々な特性の異なるヘテロ界面が存在し、膜の組織・構造だけでなく、物性値にも影響を与える。TEM法は、このような界面の構造を評価するのにも効果的な手法である。本研究では、ヘテロ界面を持つ材料として、超高速・大面積成膜が可能な熱プラズマCVD法により作製したLi(Nb,Ta)O3(LNT)膜をとり上げ、プロセス条件と膜の界面付近の配向性との関係を評価した。基板温度や原料溶液供給部と基板との距離は、最適化された条件で成膜した。その結果、原料溶液供給速度が0.5〜10ml/minの範囲内で、7ml/min付近の条件で成膜した場合、高配向のエピタキシャル膜が成長することがわかった。これより供給速度が遅くなると、気孔が多く、配向性の低い多結晶膜が生成し、これより供給速度が速くなると、双晶が多くなったり、組成のずれた異相が混入していたりした。この結果から、LNT膜の成長においては、基板上に堆積する結晶核の数と大きさが大きな役割を果たし、原料溶液供給速度を適当な速さにし、基板上に堆積する結晶核の数・大きさを制御することにより、結晶性の良い膜が得られるものと考えられる。

 また、このLNT膜については、堆積初期の膜の断面をTEM観察し、基板に付着した結晶核の大きさや配向性等を調べた。その結果、堆積初期においては、エピタキシャル成長する条件で成膜しても、界面エネルギーの点で安定であると考えられるもの以外の配向性を持つ結晶核も存在していることがわかった。さらに、LNT結晶核の形態と結晶性との関係も明らかになり、アモルファスで半球状の結晶核は、Taがより多く固溶した核であることが明らかになった。このことから、原料溶液供給速度が遅く、LNT結晶核の大きさが小さい時など、Nb/Ta比の組成ずれの影響が大きくなったときは、膜の結晶性が低下するものと推察される。しかし、このような状態が局所的なものであるならば、膜成長過程において、いろいろな配向性を持つ結晶核も、安定な界面エネルギーを持つ結晶核に取り込まれ、エピタキシャル成長するものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 最近の超伝導体を含む酸化物機能材料の研究開発においては、超伝導特性、圧電性、電気光学特性、強誘電性等の機能特性を向上させるために、粒界や異質材料界面、格子欠陥などの局所領域の組織制御が必要になってきている。こうしたナノレベルの材料組織制御を行うには、材料の成長メカニズムを理解し、プロセス条件を最適化することが重要であり、その際、ナノ領域の構造解析・組成分析および状態分析を行うことのできる透過型電子顕微鏡(TEM)法が非常に有効な手法となる。本論文では、TEM法を用いて、超伝導および酸化物機能材料の微構造観察を定量的に行い、プロセス条件と材料組織の関係、および材料の成長メカニズムについての考察を行ったものである。本論文は7章からなる。

 第1章は緒言であり、これまでの超伝導および酸化物機能材料の研究開発に関する背景について概説し、材料開発における微構造解析の必要性と重要性について述べている。また、その中で、本研究の役割、位置づけ、必要性について記述し、本研究の目的について述べている。

 第2章では、超伝導REBa2Cu3O7・y(RE123,REは希土類元素)系線材の製法として最近特に注目されている塗布熱分解法(MOD法)における基板種類の影響について系統的な評価・解析を行っている。すなわち、ナフテン酸塩を用いたMOD法により、格子定数や化学反応性の異なる各種基板(SrTiO3(STO),LaAlO3(LAO),MgO,CeO2,YSZ,Y2O3上にY123およびYb123膜を作製し、その界面構造や膜組織をTEM法により詳細の観察・解析している。その結果、格子ミスフィットが3%以下のLAO,STO,CeO2,Y2O3基板上では、幾何学的に0°配向([100]Y123//[100]MgO)または45°配向([110]Y123//[100]MgO)の超伝導膜がエピタキシャル成長するが、ミスフィットの大きい(8.2%)MgO基板においては、超伝導膜の配向が乱れることなど.について系統的に明らかにした。MOD法により作製した膜では表面層に多結晶層が残ってしまうため、従来のX線回折や走査電子顕微鏡(SEM)では、定量的な解析・評価ができなかったが、本論文における断面TEM法によりはじめて膜組織制御に関する有効な情報を得ることが可能となった。

 第3章では、同じくナフテン酸塩を原料としたMOD法において、超伝導膜の微構造と特性に対する熱処理条件の影響を評価している。その結果、仮焼の熱処理条件を急加熱急冷とすると、アモルファスの仮焼膜が生成し、徐加熱徐冷で行うと、膜中にランダムな配向を持った微結晶が多数析出することをナノメーターレベルではじめて明らかにした。また、これらの仮焼膜を超伝導膜が結晶化する温度で熱処理すると、前者は、エピタキシャル膜として成長するが、後者の場合は、析出した微結晶が核となり、ランダムな配向を有する多結晶膜が生成することについても明らかにした。さらに、Yb123膜をエピタキシャル成長させるためには、本焼における昇温速度を速くする必要のあることを定量的に示した。

 第4章では、カーボン成分の残留がなく、より高特性が期待できるトリフロオロ酢酸(TFA)塩を用いたMOD法において、熱処理途中でクエンチしたY123およびNa123膜をTEM法で詳細に観察することにより、超伝導膜の結晶化メカニズムを明らかにしている。すなわち、Y123膜では、本焼熱処理途中で析出した10nm程度のY2Cu2O5,BaF2,CuOの微結晶が互いに拡散・反応することにより、Y123と同じ組成をもつアモルファス戸が生成し、その後Y123が結晶化しエピタキシャル成長することを時系列的に示した。一方、Nd123膜では、始めに、Nd-rich相(Nd201)が生成し、これがBaF2,CuOと反応してNa123が結晶化することを明らかにした。また、一連の観察結果を基に、Nd123膜では、Na201相の生成を抑制すれば、特性の高い膜が得られる可能性のあることを示した。

 第5章では、超伝導線材の高特性化に関係する臨界電流密度のピーク効果と材料微構造の関係について述べている。すなわち、条件を変えて作製した双晶構造の異なるY123単結晶を作製し、その構造をTEM法によって観察し、数十nm間隔の逆位相境界(APB)の存在が、高磁場中のピーク効果と関係あることを明らかにしている。APBは、制限視野電子回折パターンや、高分解能像と合わせた像シミュレーションによって解析し、酸素列が境界にある双晶境界の一種であるものと同定された。このようなAPBは、as-grownのY123単結晶を酸素中でアニールした際、急激に酸素が拡散していく時に生成したものと考えられ、Y123中の酸素分布と関係しているものと推定された。すなわち、ピーク効果には、このようにして形成された酸素量の異なるTcの低い相の分布が直接関与しているものと考えている。このことは、超伝導線材においても、熱処理条件を変えることにより、磁場中で有効なピンニングサイトを導入し、より高い臨界電流密度を持つ材料を作製することが可能であることを示唆している。

 第6章では、ヘテロ界面を持つ材料として、超高速・大面積成膜が可能な熱プラズマCVD法により作製したLi(Nb,Ta)O3(LNT)膜をとり上げ、プロセス条件と膜の界面付近の配向性との関係を評価・解析した。その結果、原料溶液供給速度が0.5〜10ml/minの範囲内で、7ml/min付近の条件で成膜した場合、高配向のエピタキシャル膜が成長することが分かった。これより供給速度が小さくなると、気孔が多く、配向性の低い多結晶膜が生成するが、これより供給速度が大きくなると、双晶が多くなったり、組成のずれた異相が混入していたりする。これら一連の観察結果から、LNT膜の成長においては、基板上に堆積する結晶核の数と大きさが大きな役割を果たすことが明らかとなった。すなわち、原料溶液供給速度を適当な速さに設定することで、基板上に堆積する結晶核の数と大きさを制御でき、結晶性の良い膜を得ることが可能になることを示した。

 第7章は総括である。

 要するに、本論文は、塗布熱分解法(MOD法)により系統的に作製された超伝導膜の微細構造を、主に透過型電子顕微鏡を用いて定量的に解析し、プロセス条件と膜微構造の関係、超伝導膜の成長メカニズム、臨界電流密度のピーク効果と超伝導体組織との相関性を明らかにするとともに、熱プラズマCVD法により作製した酸化物機能薄膜のプロセス条件と膜微細構造との関係を明らかにした内容をまとめたものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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