学位論文要旨



No 215531
著者(漢字) 火原,彰秀
著者(英字)
著者(カナ) ヒバラ,アキヒデ
標題(和) マイクロ・ナノ化学システムのための基盤技術に関する研究
標題(洋) Study on Fundamental Technologies for Micro and Nano Chemical Systems
報告番号 215531
報告番号 乙15531
学位授与日 2003.01.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15531号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 教授 平尾,公彦
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 金,幸夫
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、近年著しい進歩を遂げた微小空間を利用した化学実験における、新規実験操作開発および微小空間中液体の物理化学的特性について検討した結果をまとめたものである。半導体微細加工技術等を利用して基板上に微小空間を加工し、その微小空間を化学実験空間とする研究は、1990年代以降急速に発展し、Micro Total Analysis Systems(μ-TAS)と呼ばれている。μ-TASの既存の研究の多くは、生体成分の分離分析を強く指向している。微小空間は、分離分析だけでなく汎用的な化学操作の集積化に利用可能と考えられるがこれまで研究例はなかった。本研究では、はじめに汎用的な化学操作集積化に重要な役割を果たす水相/油相接触制御法を開発した。次にその微小空間中流体を解析する分光学的キャラクタリゼーション法を開発した。さらに微小空間中の水物性を様々な方法を用いて明らかにした。

 第1章では、近年のμ-TASの歴史的な発展過程とその意義をまとめ、本研究で基盤としている「集積化学実験室」という概念の有用性を示した。さらに集積化学実験室を実現するための課題として、微小空間中の流体制御法の開発・微小空間中における分光学的キャラクタリゼーション法の開発・微小空間中液体の物性解明を挙げ、研究に対する意義を明確にし、本研究の目的を明らかにした。

 第2章では、微小空間の特長を活かした汎用的な化学操作集積化として「マイクロ多相流」を提案した。マイクロ多相流とは、微小流路(マイクロチャネル)中で、池水を多相層流として接触させる手法である。まずマイクロ多相流における「油水水度差に基づく重力」「油水界面張力」「油水粘度差」の影響を理論的に考察した。特にマイクロチャネルでは、界面張力が重力より1万倍以上優勢であり、油水界面は重力による制限を受けにくく、軽液/重液/軽液のような接触操作が設計できることを示した。次に、油水3相流・気液3相流・液液5相流がマイクロチャネル中において、実現可能であることを示した。さらに、マイクロ多相流制御のために表面処理パターニング法を開発した。親水性・親油性表面のパターニングにより、配置を制御したマイクロ多相流を実現した。本章で提案・開発したマイクロ多相流は、複雑な多段化学操作を集積化するシステム設計の際に重要である「マイクロ単位操作」に必要不可欠であり、微小空間化学実験において重要な役割を果たすと考えられる。

 第3章では、微小空間中のためのキャラクタリゼーション法として、2つの顕微分光法を新たに開発した。まず、マイクロ多相流での液液界面における分子輸送計測のために、顕微準弾性レーザー散乱法を開発した。準弾性レーザー散乱法は界面張力を測定する手法であり、熱力学的考察から界面分子密度を知ることができる。しかし、マイクロ液液界面を計測するための顕微測定例はない。顕微配置・流れ雑音の問題点を解決したシステムを実現し、分子輸送現象を解析した結果を示した。次に、マイクロ空間における高速化学現象を計測するために、高感度と広い適用性を併せ持つ時間分解熱レンズ顕微鏡を開発した。対物レンズによる時間分解能低下を補正し、熱レンズ顕微鏡に必要な励起光とプローブ光の間の焦点距離差を調整できる配置を実現した。水和電子形成過程を観測し、本システムの有用性を示した。本章で開発した顕微分光法は、マイクロチップ化学システムの中にある液液界面・固液界面といったナノ空間領域での現象を追跡できる手法を開発した点で意義がある。

 第4章では、比界面積が極端に大きいときの固体と液体の相互作用という基礎化学的観点から、ナノ空間に閉じこめられた液体の物性について検討した。制御可能かつよく規制された数十ナノメートルから数百ナノメートルの実験空間はこれまでなかった。そこで幅・深さが1μm以下のナノチャネル作製法を開発した。ナノチャネル中の水の物性を流動速度解析・時間分解蛍光法・時間分解熱レンズ法の3つの方法で検証した。解析の結果、ナノチャネル中の水は粘度が高く、誘電率が低いことが示唆された。これらの結果は、水の水素結合ネットワークとガラス表面電荷の相互作用から説明できると考えられる。ナノチャネル中の水物性変化は、液体の集合的挙動への壁面化学状態の影響を検討できる新しい実験手法を提供している点で重要である。実用的にも、今後の超集積化化学システムにおけるシステム設計に重要である。

 以上要約したように、本研究では微小空間における汎用的な微小化学操作の開発、微小空間のための分光学的キャラクタリゼーション法の開発、微小空間中液体物性について研究した。実用・基礎両面における本研究の成果は、微小空間を用いた化学実験が新しい学問分野として確立するために大きく貢献するものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、近年著しい進歩を遂げた微小空間を利用した化学実験における、新規実験操作開発および微小空間中液体の物理化学的特性について検討した結果をまとめたものである。半導体微細加工技術等を利用して基板上に微小空間を加工し、その微小空間を化学実験空間とする研究は、1990年代以降急速に発展し、Micro Total Analysis Systems(μ-TAS)と呼ばれている。μ-TASの既存の研究の多くは、生体成分の分離分析を強く指向している。微小空間は、分離分析だけでなく汎用的な化学操作の集積化に利用可能と考えられるがこれまで研究例はなかった。本研究では、はじめに汎用的な化学操作集積化に重要な役割を果たす水相/油相接触制御法を開発した。次にその微小空間中流体を解析する分光学的キャラクタリゼーション法を開発した。さらに微小空間中の水物性を様々な方法を用いて明らかにした。

 第1章では、近年のμ-TASの歴史的な発展過程とその意義をまとめ、本研究で基盤としている「集積化学実験室」という概念の有用性を示した。さらに集積化学実験室を実現するための課題として、微小空間中の流体制御法の開発・微小空間中における分光学的キャラクタリゼーション法の開発・微小空間中液体の物性解明を挙げ、研究に対する意義を明確にし、本研究の目的を明らかにした。

 第2章では、微小空間の特長を活かした汎用的な化学操作集積化として「マイクロ多相流」を提案した。マイクロ多相流とは、微小流路(マイクロチャネル)中で、油水を多相層流として接触させる手法である。まずマイクロ多相流における「油水水度差に基づく重力」「油水界面張力」「油水粘度差」の影響を理論的に考察した。特にマイクロチャネルでは、界面張力が重力より1万倍以上優勢であり、油水界面は重力による制限を受けにくく、軽液/重液/軽液のような接触操作が設計できることを示した。次に、油水3相流・気液3相流・液液5相流がマイクロチャネル中において、実現可能であることを示した。さらに、マイクロ多相流制御のために表面処理パターニング法を開発した。親水性・親油性表面のパターニングにより、配置を制御したマイクロ多相流を実現した。本章で提案・開発したマイクロ多相流は、複雑な多段化学操作を集積化するシステム設計の際に重要である「マイクロ単位操作」に必要不可欠であり、微小空間化学実験において重要な役割を果たすと考えられる。

 第3章てば、微小空間中のためのキャラクタリゼーション法として、2つの顕微分光法を新たに開発した。まず、マイクロ多相流での液液界面における分子輸送計測のために、顕微準弾性レーザー散乱法を開発した。準弾性レーザー散乱法は界面張力を測定する手法であり、熱力学的考察から界面分子密度を知ることができる。しかし、マイクロ液液界面を計測するための顕微測定例はない。顕微配置・流れ雑音の問題点を解決したシステムを実現し、分子輸送現象を解析した結果を示した。次に、マイクロ空間における高速化学現象を計測するために、高感度と広い適用性を併せ持つ時間分解熱レンズ顕微鏡を開発した。対物レンズによる時間分解能低下を補正し、熱レンズ顕微鏡に必要な励起光とプローブ光の間の焦点距離差を調整できる配置を実現した。水和電子形成過程を観測し、本システムの有用性を示した。本章で開発した顕微分光法は、マイクロチップ化学システムの中にある液液界面・固液界面といったナノ空間領域での現象を追跡できる手法を開発した点で意義がある。

 第4章では、比界面積が極端に大きいときの固体と液体の相互作用という基礎化学的観点から、ナノ空間に閉じこめられた液体の物性についてけ検討立した。制御可能かつよく規制された数十ナノメートルから数百ナノメートルの実験空間はこれまでなかった。そこで幅・深さが1μm以下のナノチャネル作製法を開発した。ナノチャネル中の水の物性を流動速度解析・時間分解蛍光法・時間分解熱レンズ法の3つの方法で検証した。解析の結果、ナノチャネル中の水は粘度が高く、誘電率が低いことが示唆された。これらの結果は、水の水素結合ネットワークとガラス表面電荷の相互作用から説明できると考えられる。ナノチャネル中の水物性変化は、液体の集合的挙動への壁面化学状態の影響を検討できる新しい実験手法を提供している点で重要である。実用的にも、今後の超集積化化学システムにおけるシステム設計に重要である。

 以上要約したように、本研究では微小空間における汎用的な微小化学操作の開発、微小空間のための分光学的キャラクタリゼーション法の開発、微小空間中液体物性について研究した。実用・基礎両面における本研究の成果は、微小空間を用いた化学実験が新しい学問分野として確立するために大きく貢献するものと期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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