学位論文要旨



No 215534
著者(漢字) 王,泳
著者(英字) WANG,YONG
著者(カナ) ワン,ヨン
標題(和) マウス脾臓CD8α+CD11c-Lin-細胞のCD8α+樹状細胞のコミットした前駆体としての同定
標題(洋) Identification of CD8α+CD11c- lineage phenotype-negative cells in the spleen as committed precursor of CD8α+ dendritic cells
報告番号 215534
報告番号 乙15534
学位授与日 2003.01.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15534号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 教授 田原,秀晃
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 横山,和仁
内容要旨 要旨を表示する

I.背景

 樹状細胞(Dendritic cell; DC)は、プロフェッショナルな抗原提示細胞であり、免疫系の調節において非常に重要な細胞である。また、DCにはいくつかのサブセットが存在し、それぞれのサブセットは表面抗原の特徴や機能のみならず、リンパ臓器における局在においても異なっていることが明らかとなっている。CD8α+DCは動脈周囲リンパ球鞘(PALS)のT細胞領域に局在し、一方でCD8α-DCは辺縁帯に存在する。機能の点では、CD8α+ DCはCD8α- DCと異なり、Th1タイプの免疫応答に重要なサイトカインである、IFN-γやIL-12を大量に産生する特徴がある。また最近、CD8α+ DCはin vivo において、cross-primingにより細胞傷害性T細胞を誘導することが明らかとなった。

 これまでの報告において、いくつかの造血系前駆細胞のポピュレーションがCD8α+DCへと分化しうることが示されている。胸腺由来のCD4lowリンパ球系前駆細胞が、in vivo においてCD8α+ DCへと分化しうることが証明された。また、共通ミエロイド系前駆細胞及び共通リンパ球系前駆細胞のいずれの細胞からも、CD8α+DCが分化するとの報告も成されている。これらの結果は、異なる造血系前駆細胞が、何らかの共通の分化様式を経て、CD8α+ DCへと分化する可能性を示唆している。しかしながら、CD8α+ DCへの分化を選択的に誘導する、in vivoあるいは in vitroの実験系が確立されていないことから、本細胞の発生機構については不明な点が多い。

 本研究では、in vivoにおけるCD8α+ DCの発生機構を明らかにするために、放射線照射した近郊系マウスに脾臓由来CD8α+ DC11c- lineage phenotype(Lin)- 細胞を移入するシステムを用いて、同細胞のCD8α+ DC前駆細胞としての可能性を検討した。

II.材料及び方法

1. CD8α+CD11c-Lin- 細胞の単離及び移植

 脾臓から調整した単核球より、CD8αマイクロビーズを用いてCD8α+ 細胞を濃縮した後、セルソーターによりCD8α+CD11c-Lin- 細胞を単離した。Ly5.2B6マウス由来のCD8α+CD11c-Lin- 細胞(3-5×105)を、致死量の放射線を照射したLy5.1B6マウスの尾静脈内に移入した。

2. DCの単離及びFACS解析

 脾臓、胸腺及びリンパ節をcollagenase Dにより消化し、単核球をLymphoprepを用いた比重勾配法により分離した。この単核球をCD11cマイクロビーズと反応させた後、CD11c+ 細胞をMACSカラムを用いて濃縮した。種々の細胞表面抗原に対する抗体を用い、2-color または3-colorの蛍光染色を行い、FACSにて解析を行った。

3. 免疫組織染色

 脾臓の連続組織切片を、Biotin標識抗Ly5.2抗体と反応後、streptavidin-peroxidaseとインキュベートした。その後、抗マウスCD11c、DEC-205またはCD8α と反応させ、さらに、alkaline-phosphatase標識ヤギ抗ハムスターIgGまたはヤギ抗ラットIgG抗体とインキュベートした。

4. サイトカイン測定

 Ly5.1骨髄細胞を移植して再構築したLy5.1B6マウスのCD8α+ DC、及びLy5.2脾臓由来CD8α+CD11c-Lin- 細胞をLy5.1B6マウスに移植して再構築したLy5.2+CD8α+Ia+ DCをそれぞれ脾臓より単離した後、これらの細胞をIL-12 及びIFN-γ 産生が誘導される条件下で培養した。培養上清を回収し、これらのサイトカインについて、ELISAにて定量した。

5. MLR

 BALB/c由来アロCD4+ T細胞をresponderとして用いた。比較対象とした骨髄由来成熟DCは、骨髄中のLin-c-kit+造血幹細胞をSCF+GM‐CSF+TNF-α存在下で培養することで得た。ナイーブLy5.2マウス及び再構築マウスの脾臓由来Ly5.2+CD8α+Ia+ DC、及び骨髄由来成熟DCをMMC処理し、stimulatorとして用いた。細胞増殖は、MTT法により検出した。

6. RT-PCR

 目的の細胞から、RNAzolBを用いてtotal RNAを抽出後、First-strand cDNAを合成し,これをテンプレートとして、種々のケモカイン、ケモカインレセプターに対するプライマーを用いてPCRを行った。

III.結果

1. in vivo におけるCD8α+ DCの前駆細胞を同定するために、CD8α+CD11c-Lin- 細胞を脾臓より単離した。3-color蛍光染色より、本細胞はCD3g、B220、CD11b、Gr-1、NK1.1、Ia、CD40、CD86、CD4のいずれの表面抗原も発現していなかったが、CD8βを発現していた。本細胞は非常に数が少なく、C57BL/6マウスでは、全脾臓細胞の0.2〜0.25%であった。Gimsa染色の結果、CD8α+CD11c-Lin- 細胞は、リンパ球系細胞様の丸い形状をしていた。さらに、本細胞集団は、骨髄及び種々のリンパ節においても検出され、全リンパ節細胞の0.2%及び骨髄白血球の0.06%であった。

2. in vivo においてCD8α+CD11c-Lin- 細胞がCD8α+ DCに分化するか否かを明らかにするために、5×105個のLy5.2B6マウス脾臓由来CD8α+CD11c-Lin- 細胞を、致死量の放射線照射したLy5.1B6マウスの尾静脈内に移入した。ドナー由来Ly5.2+Ia+ 細胞は、移植後7日目においてすでに脾臓で検出され、移植後14日目にピークとなった。これらドナー由来細胞は、中位から高レベルのIaと共に、DCに特徴的なCD11c、DEC-205、CD40、CD86分子を発現していた。驚いたことに、移植後7-21日目において、これらのドナー由来細胞のすべてがCD8α を発現しており、機能の点では、これらドナー由来Ly5.2+CD8α+Ia+ 細胞が、アロT細胞の増殖を誘導した。さらに、移入された脾臓由来CD8α+CD11c-Lin- 細胞は胸腺及びリンパ節にホーミングし、それぞれの臓器においてCD8α+ DCへと分化している可能性が示唆された。

 次に、in vivo においてCD8α+CD11c-Lin- 細胞が他の系統の細胞へと分化する可能性について検討した。移植後の各time point(1,2,3,4 wks)におけるドナー由来(Ly5.2+)細胞の、CD3ε、NK1.1、Gr-1の発現について解析したが、いずれのlineage markerも検出されなかった。

3. 脾臓におけるドナー由来DCの局在を解析するために、CD8α+CD11c-Lin- 細胞を用いて再構築したマウス脾臓の凍結切片を、Ly5.2及びCD11c、DEC-205、CD8α にて染色した。CD8αの染色は、PALSのT細胞領域に認められた。また、全てのドナー由来細胞はT細胞領域に局在し、それらはCD11c、DEC-205を発現していた。

4. ドナー由来DCのサイトカイン産生パターンについて解析するために、Ly5.1骨髄細胞を移植して再構築したLy5.1B6マウスのCD8α+ DC、及びLy5.2脾臓由来CD8α+CD11c-Lin- 細胞をLy5.1B6マウスに移植して再構築したLy5.2+CD8α+Ia+ DCを、それぞれ脾臓より高純度でソートした。これらの細胞を、GM-CSF、IFN-γ、Pansorbinの存在下で40時間培養した後、培養上清中のIL-12p70量をELISAにより定量した。同様に、これらの細胞を、rmIL-12の存在下で48時間培養した後、培養上清中のIFN-γ量をELISAにより定量した。その結果、IL-12p70及びIFN-γの産生が、ドナータイプDCの培養上清に高いレベルで認められた。

5. 最後に、ナイーブLy5.2マウス及び再構築マウスの脾臓由来Ly5.2+CD8α+Ia+ DC、または、ドナーLy5.2+CD8α+CD11c-Lin- 細胞における、ケモカイン、ケモカインレセプターの発現パターンについてRT-PCRにより解析した。再構築マウスの脾臓由来Ly5.2+CD8α++Ia+DCは、CCR2,CCR5,CCR6,CCR7及びT細胞遊走活性を持つMDCを発現していた。一方、Ly5.2+CD8α+CD11c-Lin- 細胞はCCR2,CCR5,CCR7を発現していたが、CCR6及びMDCは発現していなかった。

IV.考察

 本研究において、マウス脾臓CD8α+CD11c-Lin-細胞の、CD8α+樹状細胞のコミットした前駆細胞としての同定を行った。この前駆細胞は、脾臓に存在し、CD8α+ DCには分化しうるが、CD8α- DC、T細胞、NK細胞、あるいはその他のミエロイド系細胞へは分化しなかった。いくつかの証拠から、CD8α+CD11c-Lin- 細胞が、CD8α+ DCへと分化しうるコミットした前駆細胞であることが示唆される。第一に、in vivoにおいてCD8α+CD11c-Lin-細胞はCD8α- DCには分化しないこと。第二に、in vivoにおいてCD8α+CD11c-Lin-細胞は、CD8 T cells、NK細胞、あるいはその他のミエロイド系細胞へは分化しないこと。第三に、マウスにFlt3Lを投与するとCD8α+CD11c-/dull細胞の増加が認められ、それに伴い、脾臓CD8α+ DCの劇的な増加が認められること。これらのことから、CD8α+CD11c-Lin-細胞は、in vivoにおいて、CD8α+ DCにコミットしたimmediate precursorであると考えられた。このように、コミットしたCD8α+ DC前駆細胞の同定は、細胞レベルあるいは分子レベルにおいて、異なった造血前駆細胞からのCD8α+ DCの発生を理解するうえで非常に有効であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はin vivoにおけるCD8α+ DCの発生機構を明らかにするため、放射線照射した近郊系マウスに脾臓由来CD8α+CD11c-lineage phenotype(Lin)- 細胞を移入するシステムを用いて、同細胞のCD8α+ DC前駆細胞としての可能性を検討した研究であり、下記の結果を得ている。

1. in vivo におけるCD8α+ DCの前駆細胞を同定するために、CD8α+CD11c-Lin- 細胞を脾臓より単離した。3-color蛍光染色より、本細胞はCD3ε、B220、CD11b、Gr-1、NK1.1、Ia、CD40、CD86、CD4のいずれの表面抗原も発現していなかったが、CD8βを発現していた。本細胞は非常に数が少なく、C57BL/6マウスでは、全脾臓細胞の0.2〜0.25%であった。Gimsa染色の結果、CD8α+CD11c-Lin- 細胞は、リンパ球系細胞様の丸い形状をしていた。さらに、本細胞集団は、骨髄及び種々のリンパ節においても検出され、全リンパ節細胞の0.2%及び骨髄白血球の0.06%であった。

2. in vivo においてCD8α+CD11c-Lin- 細胞がCD8α+ DCに分化するか否かを明らかにするために、5×105個のLy5.2B6マウス脾臓由来CD8α+CD11c-Lin- 細胞を、致死量の放射線照射したLy5.1B6マウスの尾静脈内に移入した。ドナー由来Ly5.2+Ia+ 細胞は、移植後7日目においてすでに脾臓で検出され、移植後14日目にピークとなった。これらドナー由来細胞は、中位から高レベルのIaと共に、DCに特徴的なCD11c、DEC-205、CD40、CD86分子を発現していた。驚いたことに、移植後7-21日目において、これらのドナー由来細胞のすべてがCD8α を発現しており、機能の点では、これらドナー由来Ly5.2+CD8α+Ia+ 細胞が、アロT細胞の増殖を誘導した。さらに、移入された脾臓由来CD8α+CD11c-Lin- 細胞は胸腺及びリンパ節にホーミングし、それぞれの臓器においてCD8α+ DCへと分化している可能性が示唆された。

 次に、in vivo においてCD8α+CD11c-Lin- 細胞が他の系統の細胞へと分化する可能性について検討した。移植後の各time point(1,2,3,4 wks)におけるドナー由来(Ly5.2+)細胞の、CD3ε、NK1.1、Gr-1の発現について解析したが、いずれのlineage markerも検出されなかった。

3. 脾臓におけるドナー由来DCの局在を解析するために、CD8α+CD11c-Lin- 細胞を用いて再構築したマウス脾臓の凍結切片を、Ly5.2及びCD11c、DEC-205、CD8α にて染色した。CD8αの染色は、PALSのT細胞領域に認められた。また、全てのドナー由来細胞はT細胞領域に局在し、それらはCD11c、DEC-205を発現していた。

4. ドナー由来DCのサイトカイン産生パターンについて解析するために、Ly5.1骨髄細胞を移植して再構築したLy5.1B6マウスのCD8α+ DC、及びLy5.2脾臓由来CD8α+CD11c-Lin- 細胞をLy5.1B6マウスに移植して再構築したLy5.2+CD8α+Ia+ DCを、それぞれ脾臓より高純度でソートした。これらの細胞を、GM-CSF、IFN-γ、Pansorbinの存在下で40時間培養した後、培養上清中のIL-12p70量をELISAにより定量した。同様に、これらの細胞を、rmIL-12の存在下で48時間培養した後、培養上清中のIFN-γ量をELISAにより定量した。その結果、IL-12p70及びIFN-γの産生が、ドナータイプDCの培養上清に高いレベルで認められた。

5. 最後に、ナイーブLy5.2マウス及び再構築マウスの脾臓由来Ly5.2+CD8α+Ia+ DC、または、ドナーLy5.2+CD8α+CD11c-Lin- 細胞における、ケモカイン、ケモカインレセプターの発現パターンについてRT-PCRにより解析した。再構築マウスの脾臓由来Ly5.2+CD8α+Ia+DCは、CCR2,CCR5,CCR6,CCR7及びT細胞遊走活性を持つMDCを発現していた。一方、Ly5.2+CD8α+CD11c-Lin- 細胞はCCR2,CCR5,CCR7を発現していたが、CCR6及びMDCは発現していなかった。

 以上、本論文はマウス脾臓CD8α+CD11c- Lin-細胞の、CD8α+ 樹状細胞のコミットした前駆細胞としての同定を世界で初めて成功したものである。本研究は細胞レベルあるいは分子レベルにおいて、異なった造血前駆細胞からのCD8α+ DCの発生を理解するうえで非常に有効であると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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