学位論文要旨



No 215538
著者(漢字) 貝沼,謙
著者(英字)
著者(カナ) カイヌマ,ケン
標題(和) 大豆由来プロテインジスルフィドイソメラーゼに関する研究
標題(洋)
報告番号 215538
報告番号 乙15538
学位授与日 2003.02.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15538号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 助教授 佐藤,隆一郎
内容要旨 要旨を表示する

 タンパク質の機能発現において、立体構造の形成過程は遺伝情報翻訳後の最も重要なプロセスの一つである。タンパク質の立体構造を形成する各種化学結合のうち、システインの官能基同士によるジスルフィド結合は、共有結合であるがゆえにタンパク質の機能発現と構造保持に深く関与する。プロテインジスルフィドイソメラーゼ(PDI)は、タンパク質のジスルフィド結合の掛け替えによる立体構造形成触媒能を有するタンパク質である。また、PDIは生体内におけるタンパク質の適正な機能発現に関わり、さらに多機能タンパク質としての役割も示唆される。このため、その機能と構造については様々な角度から研究が進められている。しかしPDI研究の多くは、ほ乳類あるいは微生物由来に関するものであり、植物のPDIに関する知見はあまり得られていない。

 植物のPDIは、ほ乳類や酵母と同様に様々な成長過程に必要なタンパク質の高次構造形成を触媒し、その機能発現に関わる。このため植物中のPDI活性には、その成長を部分的に律速する生理学的な意味合いが含まれている。とくにタンパク質リッチな種子植物においてこの傾向が顕著であると考えられる。ヒトPDIのDNA配列に基づき作成したプローブを用い、アルファルファPDIのアミノ酸配列を決定したことが既報で報告されてはいたものの、植物由来のPDIはいまだに未精製であり、その性質についても知られていることは少なかった。

 このような背景において研究に着手した著者らは、植物由来PDIの構造解析および機能の解明を目的として、まず食用として知られる各種植物種子中のPDI活性を検討した。豆、小麦、大麦、米、トウモロコシなどの植物種子中に見出されたPDI活性は、チオレドキシンや他の低分子チオール化合物とは分子量的に区別された。これらPDI活性と植物種子抽出液中のタンパク質含量を比較検討した結果、両者の間には高い正の相関(R=0.9465またはR=0.9268)が認められた。この結果は、種子中のPDI活性の発現がタンパク質の生成量に比例することを示唆した。

 次いで、上記種子中でもとくに貯蔵タンパク質含量が高いことで知られる大豆種子の成長過程における、PDI活性の変動と部位特異性について検討した。大豆は畑の牛肉と呼ばれるほど栄養価の高い豆類であり、世界各地で生産されている。これは大豆が豊富な貯蔵タンパク質を含むためであるが、これまでにその一次構造と生成過程についての報告はあるものの、高次構造形成過程はほとんど明らかにされていなかった。大豆種子登熟過程、および発芽過程のPDI活性変動には、大豆種子中の豊富なタンパク質の高次構造形成過程が反映されると考えられる。

 測定結果より、登熟過程のPDI活性の最大値は開花後15〜20日の間に見られ、その後徐々に減少した。また、発芽中のPDI活性は浸漬開始2〜3日目で最大値を示し、その後減少した。登熟過程におけるPDI活性の発現時期は、これまでに報告された大豆種子中の貯蔵タンパク質によるプロテインボディー形成時期とほぼ一致していた。除去して水中に浸漬した大豆種子の活性上昇は、胚軸を残したまま浸漬したものに比較して低かった。これらの結果は胚軸中に存在する何らかの因子が、胚乳中の活性上昇に関与することを示唆した。また、タンパク質合成阻害剤シクロヘキシミド存在下で浸漬した発芽中大豆種子のPDI活性変動を測定したところ、非存在下とほぼ同様の活性および変動を示した。この結果は、休眠大豆種子中に不活性型PDIが存在する可能性を示唆した。

 次に、これまで活性変動を追うことで検討してきた大豆PDIの特性をさらに詳細に解析するために精製し、その特異性および一次構造を明らかにした。本精製は発芽中の大豆をホモジナイズした抽出液を初発サンプルとし、その後6段階の過程を経た。最終的に得られたタンパク質の精製効率は12,000倍であった。精製された大豆PDIはこれまでに報告されたPDIと同様、分子量60,000程度のサブユニットが二つ結合したホモダイマーであった。しかし、その等電点は従来報告されたもの(pI4.02-4.5)とは異なりアルカリ側(pI7.65)であった。これは著者らが知る限り、高等植物由来のPDIの精製に成功したはじめての例である。

 精製された大豆PDIをプロテーゼで分解後、その断片のアミノ酸配列を決定した。その結果得られた34のアミノ酸配列のうち、異なる2つの配列中にそれぞれ活性部位アミノ酸配列APWCGHCKが見いだされた。また活性中心近傍のアミノ酸配列は、これまでにDNA配列から推測された他の植物由来PDIの活性中心近傍と高い相同性を示した。

 精製された大豆PDIの、ジスルフィド結合掛け替え反応の普遍性を確認するため、各種還元変性タンパク質を用いてリフォールディング実験を行った。リフォールディング実験には、卵白リゾチーム、大豆由来トリプシンインヒビター(Bowman-Birk Trypsin in hibitor)、卵白アルブミンを還元変性したものを基質として供した。卵白リゾチームと大豆由来トリプシンインヒビターはその活性を指標に、卵白アルブミンはCDスペクトルの吸収に見られる二次構造の消長を指標に高次構造の回復を観察した。

 大豆由来トリプシンインヒビターは、小胞体とほぼ同様の酸化還元的な環境下で、最も高いトリプシン阻害活性の回復(90%)を示した。しかし、同条件下で本タンパク質が有するキモトリプシン活性阻害能の回復を検討したところ12%しか回復しなかった。この結果は、ジスルフィド結合の掛け替えによる大豆由来トリプシンインヒビターの立体構造形成過程に、二つの律速段階が存在する可能性を示唆した。一方、CDスペクトルの観察結果から還元変性卵白アルブミンが大豆PDI存在下で、その二次構造をほぼ完全にリフォールディングすることが示された。これらリフォールディング実験において、酸化還元的な環境の調整は重要な因子であった。

 本論文で精製を報告した大豆PDIと同様に、従来一次構造が明らかにされたPDIには、いずれも共通してAPWCGHCKのアミノ酸配列が2ヶ所保存されている。この配列はチオレドキシン活性部位との相同性から、ジスルフィド結合交換反応の活性中心であると考えられている。著者らはこの配列を有するペプチドをMAP(Multiple Antigen Peptide)ペプチド上に合成し、そのPDI活性を測定した。その結果から、ジスルフィド結合交換反応にCXXCモチーフは必須であることが明らかになった。しかし、本配列のみではPDI活性を発現し得ず、この配列が何らかの立体構造をとった場合にはじめてPDIとしての活性を持ちうることが明らかになった。

 本論文は以上の骨子から構成されており、植物由来PDIの構造と機能をタンパク質側から検討した結果、およびPDI活性部位の構造と機能について論じたものである。

審査要旨 要旨を表示する

 タンパク質の立体構造を形成する結合のうち、ジスルフィド結合はタンパク質の機能発現と構造保持に大きく寄与する。本論文は、ジスルフィド結合の掛け替えによる立体構造形成を触媒しタンパク質の機能発現に重要な役割を果たす酵素、プロテインジスルフィドイソメラーゼ(PDI)のうち、ほとんど解析されていなかった植物由来のPDIについて、その単離、構造/機能の解析を行ったもので7章からなる。

 第1章でPDI研究の背景について述べた後、第2章ではまず各種食用植物種子中のPDI活性を検討した。豆、小麦、大麦、米、トウモロコシなどの植物種子中に見出されたPDI活性は、チオレドキシンや他の低分子チオール化合物とは分子量的に区別された。これらPDI活性と植物種子抽出液中のタンパク質含量を比較検討した結果、両者の間には高い正の相関が認められた。

 第3章では上記種子中から、豊富な貯蔵タンパク質を有し、その一次構造と生成過程についての報告はあるものの、高次構造形成過程がほとんど明らかにされていない大豆種子に注目し、そのPDI活性変動と部位特異性について検討している。その結果、大豆種子登熟過程のPDI活性は開花後15〜20目の間にピークを示し、その後徐々に減少した。発芽中のPDI活性は浸漬開始後2〜3日目でピークを示し、その後減少した。登熟過程におけるPDI活性のピークは、大豆種子中のプロテインボディー形成期とほぼ一致していた。また、発芽初期における大豆種子中のPDI活性上昇の大部分は胚乳由来であった。しかし胚軸を除去して水中に浸漬した大豆種子の活性上昇は、胚軸を残したまま浸漬したものの約1/2であった。これらの結果は胚軸の存在あるいは胚軸中の何らかの因子が胚乳中の活性上昇に関与することを示唆した。タンパク質合成阻害剤シクロヘキシミド存在下で浸漬した発芽中大豆種子のPDI活性変動は、非存在下のものとほぼ同等であったことから、発芽初期の大豆PDIの活性は休眠大豆種子中に存在する不活性型PDIが、何らかの刺激により活性型に変化したため発現することが示唆された。

 第4章では大豆PDIの特性をさらに詳細に解析するためにその精製を試み、特異性および一次構造の解明を行っている。発芽中の大豆をホモジナイズした抽出液を初発サンプルとし、最終的な精製効率は12,000倍であった。これは高等植物由来のPDIとしてははじめての精製例である。精製された大豆PDIはこれまでに報告された多くの微生物或いはほ乳類のPDIと同様、分子量60,000程度のサブユニットが2分子結合したホモダイマーであった。しかし、その等電点は従来報告されたもの(pI4.0〜4.2)とは異なり弱アルカリ域にあった。精製された大豆PDIを2種類のペプチダーゼで分解後、そのペプチド断片のアミノ酸配列を決定した。その結果、二つの加水分解ペプチド中に、それぞれ異なる活性部位アミノ酸配列APWCGHCKが見いだされた。また活性中心近傍のアミノ酸配列は、これまでにDNA配列から推測された他のPDIと高い相同性を示した。

 第5章では、大豆PDIのジスルフィド結合掛け替え能の普遍性を確認するため、各種還元変性タンパク質を用いてリフォールディング実験を行っている。リフォールディング実験には、卵白リゾチーム、大豆由来トリプシンインヒビター、卵白アルブミンなどの還元変性物を基質として供し、活性やCDスペクトルの吸収に見られる二次構造の消長を指標にして高次構造の回復を観察した。PDIが存在するといわれる小胞体とほぼ同様の酸化還元的な環境下で、PDXを共存させた変性トリプシンインヒビターは、高いトリプシン阻害能の回復を示した。また。還元変性卵白アルブミンは、大豆PDI存在下でその2次構造をほぼ完全にリフォールディングさせた。

 従来一次構造が明らかにされたPDIには、大豆PDIと同様にAPWCGHCKのアミノ酸配列が2ヶ所保存されている。この配列はチオレドキシン活性部位との相同性から、ジスルフィド結合交換反応の活性中心であると考えられている。第6章ではこの配列を有するペプチドをMAPペプチド上に合成し、そのPDI活性を測定した。その結果から、ジスルフィド結合交換反応にCXXCモチーフが必須であること、この配列が何らかの立体構造をとり、チオール基間に適当な位置関係を築いた場合にはじめてPDIとしての活性を持ちうることが明らかになった。第7章は総合考察となっている。

 以上本論文は、これまで解析されていなかった植物由来PDIを初めて単離精製することに成功し、その構造を明らかにするとともに、PDIの機能をタンパク質側から詳細に検討したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク