学位論文要旨



No 215539
著者(漢字) 斎木,祐子
著者(英字)
著者(カナ) サイキ,ユウコ
標題(和) 活性汚泥の有効利用に関する研究
標題(洋)
報告番号 215539
報告番号 乙15539
学位授与日 2003.02.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15539号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大森,俊雄
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

 活性汚泥処理により発生する余剰汚泥は主たる産業廃棄物の一つであり、環境保護の観点からその低減化や、有効利用化が重要な課題となっている。本研究では、余剰汚泥をバイオマスとしての、また微生物資源としての2つの観点からとらえ、それぞれにおける有効利用の可能性を検討した。

 本論文前半の第二章、第三章では、余剰汚泥をバイオマスとしてとらえ、その潜在的エネルギーを効率的にメタンエネルギーに変換するため、高速メタン発酵法である上向流嫌気汚泥床法(UASB法)を余剰汚泥に適用する方法を検討した。ここでまず解決すべき重要な課題は、余剰汚泥中の固形有機物を予めメタン発酵性の良い物質へ効率的に変換する方法を確立することである。そこで、第二章では可溶化法として自己消化に着目し、その条件の最適化と、残渣分離を含めた処理の連続化及びスケールアップの方法を検討した。その結果、自己消化により、1〜4日間で余剰汚泥の20%〜40%が可能であることがわかった。また、最大の可溶化率を与える自己消化条件は、固形分濃度1%前後の汚泥に対し、NaOHを最終濃度で0.1N添加し、60℃で嫌気条件下で4日間保持するものであった。また、本方法で可溶化を行うと、生成した有機酸や炭酸ガスによって懸濁液は中性〜弱酸性となり、炭酸ガスが気化し、汚泥残渣は反応槽上部に浮上濃縮し、遠心分離などを行わずに容易に清澄な可溶化液を得ることができた。さらに可溶化液は嫌気消化における中間生成物と同じ低級脂肪酸を主生成物とし、メタン発酵性も良好であることが確認できた。また、上向流の筒型の反応槽を採用することで、前述の浮上分離の特性を生かしつつ同様な可溶化率を再現する50Lの連続装置にスケールアップすることに成功した。本方法により余剰汚泥の可溶化と、UASB法を用いたメタン発酵を行うと、全体の処理時間は1〜4日程度である。従来の嫌気消化法は減容化率が40〜60%と本方法より若干良好であるが、処理時間は30目程度である。従って、本法は余剰汚泥からメタン回収を行うための方法としては大幅な処理時間の短縮化とそれに伴う処理コストの低減を可能とするものでといえる。

 第三章では、メタン発酵工程における課題の解決に取り組んだ。UASB法は、メタン菌などが自己固定化したグラニュール汚泥を用いる、画期的な高速メタン発酵法である。しかし、実用化されてから比較的目が浅く、グラニュール汚泥の微生物相に関する知見も少ない。また、実運転においてはグラニュール汚泥が浮上し、リアクターから流失するトラブルが多いことが問題となっている。ここでは、まずビール排水を処理するグラニュール汚泥にFISH法を適用し、その微生物相解析を行い、処理正常時と異状時の雛物相を比較臨その結果、安定な処理師っているグラニュール汚泥は表磨から厚さ200μm以内の比較的表面近くでメタン菌が活発化しており、その他の菌群は比較的検出量が少ない、というきわめてシンプルな微生物相をしていることが推測された。有機物がメタン変換されるまでの数段に渡る分解反応は、メタン発酵槽へ流入する前までに行われていることが示唆された。これに対し、グラニュール内部にガスを包含する浮上グラニュール汚泥は、メタン菌が表面付近のみならず内部でも活発化している場合と、表面に厚い真性細菌の層が形成される場合があり、両者とも発生したメタンガスが放出されにくいためにグラニユール汚泥が浮上していることが示唆された。10基のリアクターのグラニュール汚泥を対象とした1年に渡る長期観察の結果もこれらの推論を支持した。このような微生物相の変化が生じる要因を検討したところ、前者については高濃度排水を流入させることでメタン菌活動領域の肥厚化とグラニュール汚泥の浮上が再現することが分かった。後者については要因はより複合的であると考えられた。当初は未分解の基質がグラニュール汚泥に接触することによりそれを分解する細菌層がグラニュール汚泥表面で発達すると予想していたが、実際はそれだけでは浮上が再現するような細菌層は形成されなかった。本研究では未分解基質(glucose)の流入かつ微量の酸素添加で細菌層形成を再現したが、それ以外にもこのような微生物相変化が生じる要因がある可能性があるため、今後より詳細な検討が必要である。しかしながら、これらの結果は、今までブラックボックスとされてきたグラニュール汚泥の機能と構造面において新規の知見をあたえ、また、実設備における安定運転の方法も提示するものであり、余剰汚泥のメタン発酵のみならず、排水のUASB処理の安定化にも寄与すると考えられる。

 一方、本論文後半では、活性汚泥を微生物資源としてとらえ、その利用の可能性を検討した。人類の産業活動に伴い、もともと自然界に存在しなかったxenobioticsに対しても次々と分解菌が見いだされるのは、微生物が高密度に生息し、DNA分子のやりとりが可能な"進化"の場があるからに他ならない。そのような場には、例えば活性汚泥や微生物膜などが考えられるが、実際に菌が新たな分解能を獲得するまでにどのようなことが起こっているかは仮説興階のものも多く、個々の事例の丹念な解析による知見の集積が重要である。第四章では、新規carbazole(CAR)分解菌、Sphingomonoas属KAI株を食品工場の排水処理汚泥から単離し、比較的単一な排水を処理する汚泥においても特殊な能力を示す懲生物が取得しうることを示した。またぐKAI株は土壌に添加した2-chlorodibenzo-p-dioxinや2,3-dichlorodibenzo-p-dioxinを7日間でそれぞれ96%、70%分解し、これらの菌の応用上の有用性も示された。本菌株のCAR分解遺伝子群の解析を行った結果、CARの初発酸化酵素のtermlnaloxygenaseであるCarAaの一部とメタ開裂酵秦のコンポーネントであるCarBaの一部の推定アミノ酸配列はCA10株蘇のCarAa及びCarBaとそれぞれ61%、4・%の相同性を示した。また、CA10株においてCarAaへの電子伝達の一部を担っているCarAdに相当する遺伝子配列は見いだせなかった。それまでに知られていたCAR分解遺伝子は、推定アミノ酸配列がCA10株ものと90%以上の高い相同性を示すものと、Sphingomonas sp.CB3株のように全く相同性がないものであり、その中間的な遺伝子が見出されたのは微生物がCAR分解系塗獲得するまでの進化過程を考察するギで有用である。また、KAI株のCARoperon解析中に公開されたSphingomonas sp.GTIN11株[Kilbanell et al.,2002]のCARoperonはCarRの部分を除いてKaI株と同一の推定アミノ酸配列を有していた。GTINll株のcarRはISの挿入によって破壊されており、CAR分解系酵素がが構成的に発現していた。地理的に隔離された分離源から共通性の高いoperonを有する菌が分離されたことも興味深い。分解系遺伝子の進化においてトランスポゾンを含むISの与える影響は大きいと考えられる。

 第五章では、Sphingomonas.sp.KAI株のCAR初発酸化遺伝子carAaを根粒菌Rhizobium tropiciIAM14206株中で発現させ、環境浄化への応用の可能性を検討した。得られた組換え菌PBK3-1S株はcarA単一の導入で昂るにも関わらず宿主内に存在する何らかの電子伝達系の相補により強いCARDG活性を構成的に示し、反応開始後1時間におけるdibenzofuraの分解量は5.9μg/ml(OD560=L5)であった。またnaphthaleneやbiphenylなどの多環芳香族化合物の分解活性を有していることも明らかとなった。豆科のsiratroに接種した組換え菌は、水耕系、土壌系においてその根表面で増殖し、3日間でdibenzofuranをそれぞれ48%、52%分解した。また、根粒中でも根表面と同様に活性の発現が認められた。一方、PBK3-IS株をsiratroに接種し非滅菌畑土壌中で生育させた場合、2週間後のsiratro根表面におけるこれらの菌の割合において2-13%であった。このようにrhizoremediationは微生物の分解能を環境中で安定維持・発現するために有効な手法であるが、非滅菌土壌中では投入した菌の競合性が問題となる可能性が示された。

 本論文では、活性汚泥のバイオマスとしての実用的な利用方法を提案した。また、より高度な利用法を追求し、新たな環境対応型技術につなげるために、活性汚泥を汚染物質分解菌の分離源として利用する可能性も示すことができた。今後、活性汚泥を単なる廃棄物ととらえず、多くの可能性を有した微生物集合体として積極活用していくことで、さらに環境汚染物質の分解能の獲得機構に関する知見が得られ、最終的な環境浄化につなげていくことが可能となると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、活性汚泥処理で発生する余剰汚泥がバイオマスとして、また微生物資源として有効利用できる可能性に着目し、余剰汚泥からのメタン回収システムの構築を試みたほか、難分解性物質であるcarbazole(CAR)の新規分解菌の単離を試み、その初発酸化遺伝子を単離、解析するとともに、根粒菌にて発現させることで、有効なダイオキシン浄化法の開発を試みたものであり、全六章から構成される。

 第一章では、余剰汚泥の利用に関する現在までの知見のほか、活性汚泥由来菌の多様な分解性と有用性について詳しく述べている。

 第二章では、余剰汚泥から上向流嫌気汚泥床法(UASB法)によりメタン回収を行うための前処理方法として余剰汚泥の可溶化方法を検討している。その結果、余剰汚泥に0.01NのNaOHを添加した上で60℃、嫌気条件で保持し可溶化を促すことが、生成物質のメタン発酵への適合性および処理の採算性から最適であり、余剰汚泥からのメタン回収の高速化が図れる可能性を示している。

 第三章では、UASB法の処理主体であるグラニュール汚泥の微生物相をfluorescence in situhybridization(FISH)灘より検討している。その結果、メタン発酵が正常に行われた時のグラニュール汚泥は表層から200μmまでの領域にMethanosaeta属メタン菌が活性化しており、その他の菌群は比較的検出量が少ないこと観いだしている。一方、グラニュール内部にガスを包含して浮上する異常時のグラニュール汚泥は、メタン菌がグラニュール内部でも活性化している場合と、表面に細菌層が形成されている場合があり、発生したメタンガスが放出されにくいためにグラニュール汚泥が浮上していると推定している。また、このような微生物相の変化が生じる要因としては、高濃度排水の流入とglucoseなど未分解基質の流入の影響が大きいことを明らかにし、UASB法の安定化に寄与する知見を得ている。

 第四章では、活性汚泥の微生物資源としての活用の見地から、新規CAR分解菌KAI株を単離し、その属をSphingomonas属と同定し、実験室レベルで土壌に添加した2-chlorodibenzo-p-dioxin及び2,3-dichlorodibenzo-p-dioxinを7日間でそれぞれ96%、70%分解した結果を得ている。また、巨大プラスミド上にコードされているCAR分解系遺伝子の単離、解析を行い、それらがoperon構造を有すること、既知のCAR分解菌Pseudomonss resinovoiransCA10株とはアミノ酸レベルで60%の相同性を有する初発酸化酵素遺伝子をコードしていることを示している。また、本解析中に公開されたSphingomonas sp.GTIN11株のCARoperonは、KaI株と同一のCARoperonのcarRにISが挿入して生じたものであると推定している。

 第五章では、carAaを広宿主城ベクターpBBRIMCS-2を用いて根粒菌Rhizobium tropici lAM14206株に熱することによりPBK3-IS朱を構築し、得られた菌株がCARAa単一の導入であるにも関わらず、宿主内に存在する何らかの電子伝達系の相補により強いCAR1,9a-dioxygenase活性を構成的に発現することを示している。さらに、豆科植物のsiratroに種したPBK3-IS株は、水耕系、土壌系においてその根表面で増殖、モデル汚染物質として添加したdibenofuranを3日間でそれぞれ48%・52%分解した結果を得ている。また非滅菌土壌中における挙動も検討し、環境中では浄化のために投入した菌の競合性が問題となることを指摘している。

 第六章では本研究で得られた成果をまとめ、活性汚泥の有効利用の今後の可能性について概説している。

 以上、本論文は、余剰汚泥の効率的なメタン発酵システムの構築・及び余剰汚泥を構成する微生物の環境浄化_の適用等、微生物学を基礎とした複数の見地から活性汚泥の有効利用法を検討し、当該分野に新知見を与えたものとして学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。

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