学位論文要旨



No 215541
著者(漢字) マ レベッカ C.ラザ
著者(英字) Ma.Rebecca C.Laza
著者(カナ) マ レベッカ C.ラザ
標題(和) 熱帯地域における高収量性雨期作イネの形態学的・生理学的特性
標題(洋) Morphophysiological traits for high-yielding wet season rice in the tropics
報告番号 215541
報告番号 乙15541
学位授与日 2003.02.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15541号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂,齊
 東京大学 教授 森田,茂紀
 東京大学 教授 大杉,立
 東京大学 助教授 山岸,徹
 滋賀県立大学 教授 秋田,重誠
内容要旨 要旨を表示する

 熱帯モンスーン気候帯の東南アジア地域では、イネの2期作が行われているところが多い。乾期作(12月〜4月)と雨期作(5月〜11月)である。前者は豊富な日射量と高気温の下でイナ作がおこなわれるが、雨期作では雨量は確保できるものの、相対的に日射量が不足気味でイネの収穫量は多くは無い。21世紀は水の世紀とされるほどに水の重要性が益々高まるだろう。地球温暖化に起因する異常気象が多発し、相対的に降雨不足が懸念されるからである。そうした中では、収量性が良くないイネの雨期作の重要度が増すことになる。乾期作時に降雨が不安定なら全体としてのイネの収量は一層の悪化に傾斜することになろう。倒伏、病虫害は別にして、雨季の日射量を減じる曇天は、雨期のイネ栽培上の大きな制限要因の1つである。雨期では、遺伝子型の低日射への適応性の差から、雨季向きの草型は乾期栽培イネの草型とは異なると考えられ、雨期での栽培に向いた草型を同定することで低日射環境条件下での収量ポテンシャルを増加させることになるものと期待できる。

 そこで、本研究では、雨期条件に適応するイネ品種・系統の形質を同定して、そうした環境に適応する機構を、遮光および乾期条件下でのイネとの比較において、国際イネ研究所(IRRI、フィリッピン)で近年開発された多様な品種・系統やNew Plant Type (NPT)を用いて解明し、雨期により適する品種開発上の学術的知見を得ることを目的として行った。研究は、主にIRRIで行い、そこでの雨期の気象条件を想定して、一部は東京大学大学院農学生命科学研究科附属農場(東京都西東京市)でも実施した。

1.雨期及び乾期におけるイネNPT系統の収量性

 フィリピンのIRRIにおける雨期と乾期とでNPT(new plant type)系統の相対的な収量性を比較したところ(1998・1999年の2回)、NPT系統のなかでの最高収量を示すものは、乾期で8.8 t ha-1、雨期では7.7 t ha-1であった。雨期では約30-49のNPT系統が、乾期では、4-7系統が両年ともに対照品種よりも高いか同程度の収量を示した。NPTの相対的な収量形成能力は乾期よりも雨期に高いことが判明した。この収量性は、雨期・乾期季両条件下で、穂のサイズと正の相関があり、穂のサイズは収量に大きな違いをもたらす要素であった。乾期におけ高収量性は、より大きな穂のサイズ(150-190粒/穂)および登熟性と高い相関を示した。一方、雨期では、中程度収量は穂のサイズ(100-120粒/穂)、シンクのサイズ及び登熟歩合の高さに規制されていることが判明した。また、2000・2001の両年、F1 hybrid等を用いて同様な実験を行ったところ、雨期では、やはり穂のサイズが収量形成に影響する重要な形質であった。

 成長期間が短く、安定して中程度の穂のサイズ(100〜115粒)をもち、登熟歩合を高めるための大きいシンクをもつNPT系統が雨期での栽培に適しており、より大きな穂のサイズの系統が乾期での栽培に適していることが明らかになった。

2遮光条件下での成長と形態的特徴

 NPT系統の成長と形態的特徴を雨期と乾期で、また遮光条件下で比較実験した。NPT系統は乾期より雨期の方が有効分げつ数が多く、また、総乾物重・個体群成長速度・葉面積指数が低いが、葉は肥厚して厚くなった。遮光処理によっては、分げつ数を増加させた。この分げつ数の増加はIRRIでよりも西東京市の方が高かった。遮光処理は、IRRIでは全ての品種の総乾物重を減少させた。総乾物重は、個体群成長速度のそれと共に西東京市で有意に減少させたが、IRRIでは有意ではなかった。これは西東京市の方が弱日射であることが原因しているかもしれない。日射量の少ない条件ではイネの葉面積成長率が大きくなった。この発見から、寡少日射条件では葉面積を大きくすることが、葉の光吸収能力、ひいては光合成能を高める上で重要な形態的形質であると示唆された。

3.同化産物の分配と転流

 4つの異なる遺伝子集団、indica inbreds, F1 hybrids, NPT, NPT×indicaの収量とそれに関する生理学的形質の比較、さらに雨期条件での子実への同化産物の分配と転流を調査・検討した。その結果、雨期では、IR73409H(F1 hybridsの一つ)が最高収量(546gm-2、1998)を示し、乾期ではIR71622H(同上)が最高収量(719gm-2,1999)を示した。平均収量を遺伝子集団間で比較すると、F1 hybridsが最も高く、NPT系統が最低であった。収量は、収穫指数(HI)と相関は高いが、バイオマス生産量とのそれは必ずしも高くはなかった。

 同じ集団での出穂前の貯蔵炭水化物量と出穂後の炭水化物生産量をみると、両者には負の相関が見られた。品種横断的な特徴をみると、出穂後の炭水化物生産量は乾期の方が雨期よりも32%高く、出穂前の貯蔵炭水化物量は雨期の方が51%高かった。以上の結果は、総日射量が低い雨期のような条件下では出穂前の貯蔵炭水化物量の向上が重要であることを示唆している。

4.遮光及び窒素が葉緑体構造・機能、個葉の光合成に及ぼす影響

 雨期に適応した2品種は遮光条件下で、クロロフィル含量が高く、僅かながら光合成速度も上昇した。しかし、乾期適応品種・系統では、通常の日照条件下では高い光合成速度を示したが、遮光条件下では対照品種と比ベクロロフィル量が減ると共に、光合成速度は著しく減少し、平均すると光合成速度は18%低下した。

 これらの結果は、雨期適応品種は、低日照条件下でも高い光合成速度、クロロフィル含量、葉身窒素含量を保つ能力を持っており、これにより、高収量性機能を導いているものと考えられた。

 イネの成長、分化および収量形成に大きな影響を与える窒素は、イネの光合成器官である葉緑体の構造。機能に強く影響した。窒素濃度を変えるとグラナとストロマラメラ構造が変化し、高窒素条件下では無窒素条件下で栽培したイネの葉緑体よりも4倍量のグラナが観察された。品種IR-8は、多の品種と違って、通常条件の3倍の窒素濃度(120ppm)にも対応して葉緑体サイズが増大し、クロロフィル、タンパク質含量も増加した。IR-8の窒素応答性の良さを反映していた。無窒素条件では、多くに品種では、グラナ構造の発達が悪くデンプン粒は数が減少するが、サイズ自体には大きな変化は無かった。タンパク質をみると、粒数は影響されず、サイズが増大する傾向が見られた。

 高窒素条件下における大きな葉緑体の出現と旺盛に発達したグラナ構造はCO2固定能力や光化学反応系RS IIの効率を上げる要素になっており、雨期のような低日照条件下での栽培に適した品種を探すのに役立つと考えられる。

5.ジベレリン生合成阻害剤が収量と収量構成要素に与える影響

 日本ではジベレリン生合成阻害剤の出穂前処理が、その後の上位節間短縮に基づく倒伏軽減に役立ち、実用化している。その剤の一つのパクロブトラゾールは倒伏軽減と同時に収量向上作用も発揮するとされる。そこで、IRRI及び日本において、この剤の倒伏軽減と収量への作用について検討した。この成長調節剤のパクロブトラゾール処理は、IRRIでは7-16%、日本では1-8%の短稈化を示した。収量をみると、使用品種の中で無処理区は、IRRIではPSBRc72H(F1 hybrids)が最も高い収量(784 g m-2)を示し、日本ではIR72が最高(502 g m-2)であった。パクロブトラゾール処理を行うと、IRRIでは、NPTの1系統だけであるが、登熟歩合、一穂籾数が増大し、収量向上の傾向を示し、今後の試験研究の端緒を得た。

 以上のように、本研究では、2期作イネ栽培の中で、日照等条件的に不利な雨期のイナ作において、高収量を確保するイネが具備すべきいくつかの形態形成的特性の一端を明らかにすることができた。今後の新しい品種開発や肥培管理の改善のための知見として示唆を与えるものといえる。

審査要旨 要旨を表示する

 熱帯アジア地域の多くの国では、一年に2回イネを作付けする二期作が行われている。豊富な日射量と高気温に基づく乾期(12月〜4月)の高収量イナ作と、雨量は確保できるものの、収穫量がそれほど多くない相対的に低日射量下での雨期作(12月〜4月)である。従来乾期作に力点がおかれていたが、近年、熱帯林の伐採や異常気象の頻発等による土壌保水力の低下や干ばつが常態化しつつある中で、潅漑水の依存度が高い乾期作の収穫面積が減少し、雨期のイナ作に依存する比率が上がってきている。水の世紀といわれる21世紀は、水の重要性が益々高まり、収量が劣る雨期作での飛躍的な増収を考える必要がある。

 そこで、本研究は、雨期条件に適応するイネ品種・系統の形質の同定と、その環境適応機構を、国際イネ研究所(IRRI)で近年開発されたNew Plant Type (NPT)等を用いて比較生態・生理学的に解明し、雨期に適する新品種を開発する上での学術・的知見・示唆を得ることを目的として行った。研究は、IRRIの水田圃場とともに熱帯域での雨期の気象条件を想定して、日本(東京都西東京市)でも実施した。

 本論文は5章からなり、第1章では雨期と乾期におけるイネNPT系統の収量性の特性について比較・検討したところ、最高収量を示す系統は、乾期で8.8 t ha-1、雨期では7.7 t ha-1であった。雨期では30-49の系統が、乾期では4-7系統が対照区よりも高収量か同程度の収量を示した。この収量性は、両条件下の何れも穂のサイズ(1穂当たりの籾数)と正の相関があり、穂サイズは収量を規制する主要素と判断された。乾期の高収量性は、より大きな穂サイズ(150-190粒/穂)および登熟性に依存し、一方雨期では、中程度の糖サイズ(100-120粒/穂)、シンクのサイズ及び登熟歩合の高さが収量を規制していることを明らかにした。F1 hybrids種を用いた雨期の実験でも同様な結果を得た。これらのことから、乾期作での大きな穂サイズに対して、安定して中程度の糖サイズをもち、登熟歩合を高める大きいシンクをもつNPT系統が雨期での高収量性栽培に適していることが判明した。

 第2章では乾期・雨期における遮光条件下でのイネの生態的・形態的特性を比較検討し、雨期作のイネは、葉面積を増大させることが光吸収能・光合成能を高める上で重要な形態的要素であることを明らかにした。第3章では同化産物の分配と1転流について検討し、出穂前の貯蔵炭水化物量と出穂後の炭水化物生産量とは負の相関があることを明らかにした。出穂後の炭水化物生産量は乾期イネの方が雨期のそれに比べて32%高く、出穂前の貯蔵炭水化物量は雨期イネの方が逆に51%高胃ことを認めたこのことは、総日射量が低い雨期では、出穂前の貯蔵炭水化物量の増高が収量増にとって重要であることを示唆している。

 第4章では遮光及び窒素が葉緑体構造、光合成に及ぼす影響を調べた。雨期に適応した品種は、遮光下でクロロフィル含量が高く、光合成速度も上昇した。一方、乾期適応系統のイネでは、遮光条件下でクロロフィル量の減少と共に光合成速度も顕著に減少した。イネの収量形成に寄与する窒素成分は、イネの光合成器官である葉緑体の構造・機能に強く影響し、特に品種IR-8は、他の多くの品種と違って、窒素濃度に依存してグラナ構造を促進的に発達させて葉緑体サイズを増大させ、クロロフィル、タンパク質含量も増大し、窒素応答性の良さを示した。この知見は、雨期のような低日照条件下での栽培に適したイネ品種の探索に役立つと考えられる。第5章では、イネの収量と収量構成要素にプラス効果をもたらす可能性のある植物生長調節剤の影響を調べた。日本で実用化しているジベレリン生合成阻害剤(矮化剤。パクロブトラゾール等)のNPTイネに対する出穂前処理は、上位節間短縮に基づいて短幹化して倒伏軽減効果を示すとともに、少数系統では登熟歩合・一穂籾数が増大し収量の増加傾向を示すことを明らかにした。今後のNPTイネの増収に向けた試験研究の端緒を得ることができた。

 以上のように、本研究では、今後期待される雨期のイナ作の展開に向けて、高収量性を実現するためにイネが具備すべき形態学的・生理学的諸特性を明らかにすることができた。このことは、新しいIRRI品種・系統の探索・開発研究や肥培管理技術等の改善に役立つ知見として大きな示唆を与えるものであり、学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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