学位論文要旨



No 215542
著者(漢字) 日吉,裕展
著者(英字)
著者(カナ) ヒヨシ,ヒロノブ
標題(和) 新規スクアレン合成酵素阻害剤ER-27856の薬理作用に関する研究 : 脂質代謝に及ぼす新規メカニズムの発見
標題(洋)
報告番号 215542
報告番号 乙15542
学位授与日 2003.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15542号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 助教授 渋谷,雅明
内容要旨 要旨を表示する

 高脂血症は動脈硬化の最も重要な危険因子の一つであり、血中のコレステロール、中でも低比重リポ蛋白(LDL)コレステロールの増加は虚血性心疾患のリスクを著しく増大させる。

 コレステロールは主に外因性(食事)及び内因性(肝臓での生合成)の両経路から供給されている。ヒトにおいては体内のコレステロールの約70%が肝臓で合成されており、その生合成経路における律速酵素は3-hydroxy-3-methylglutaryl coenzymeA(HMG-CoA)還元酵素である(図1)。HMG-CoA還元酵素を阻害する薬剤は効果的にLDLコレステロールを低下させることが明らかとなっており、その脂質低下作用は、肝臓におけるコレステロール生合成阻害の結果2次的に引き起こされるLDLレセプターの誘導と、肝臓からの超低比重リポ蛋白(VLDL)分泌の抑制によるとされている(図2左図)。

 血中のトリグリセライド(TG)も冠動脈疾患の危険因子として注目されており、血中TGの基準値を現在の150mg/dlから100mg/dlまで切り下げる必要があるとの報告もある。従って、LDLコレステロールと血中TGの両方を強力に低下させる薬剤は、動脈硬化の予防、及び進展抑制に大きく寄与する可能性が高い。コレステロールと血中TGの両方を強力に低下させるには、HMG-CoA還元酵素隆害剤とフィブレート系薬剤の併用が効果的であると考えられるが、これらの薬剤の併用はHMG-CoA還元酵素阻害剤の最も重大な副作用である横紋筋融解症の頻度を上昇させることが報告されており、原則併用禁忌となっている。横紋筋融解症はコレステロール低下そのものではなく、HMG-CoA還元酵素を阻害することによるメバロン酸代謝物の減少に基づくとされていることから、よりコレステロール特異的に生合成を阻害することで回避できると考えられる。スクアレン合成酵素はステロール合成に特異的となる最初の反応を触媒し、2分子のファルネシルピロリン酸(FPP)からスクアレンを生成することから、本研究ではHMG-CoA還元酵素阻害剤に優る創薬ターゲットとしてスクアレン合成酵素阻害剤に注目し、ER-28448とそのtrispivaloyloxymethyl ester体 ER-27856を見出した。

 本研究では、ER-28448、及びER-27856のコレステロール代謝、及びTG代謝に対する薬理作用を明らかにし、新たに見出したスクアレン合成酵素阻害剤のTG低下作用について、その発現機序を明らかにした。

1.ER-28448及びER-27856のコレステロール代謝に対する作用

 本研究で見出したER-28448は、ラット肝ミクロソーム中のスクアレン合成酵素活性を3.6nMのIC50値で阻害し、ER-28448のtrispivaloyloxymetbyl ester体であるER-27856のIC50値は39μMであった。一方ラット初代培養肝細胞におけるコレステロール生合成阻害作用のIC50値は、ER-28448が11μM、ER-27856は23nMであった。ラットへの単回経口投与においては、ER-27856が1.6mg/kgのED50値でコレステロール生合成を阻害したのに対し、ER-28448は50mg/kgで部分的な阻害を示すにとどまった。従ってER-27856は、ラット肝細胞ならびにin vivoにおいてER-28448のプロドラッグ体として機能することが示唆された。

 アカゲザルへの4日間連続経口投与試験において、ER-27856のコレステロール低下作用をHMG-CoA還元酵素阻害剤と比較した。その結果ER-27856は、HMG-CoA還元酵素阻害剤に優る、強力な血中総コレステロール(TCHO)低下作用を示した。一方、肝毒性の指標である血中ALT上昇作用はHMG-CoA還元酵素阻害剤と比較して軽微であった。さらにER-27856は、28日間連続投与試験においてTCHO、並びに主にLDLコレステロールからなる非高比重リポ蛋白コレステロールをそれぞれ72%、並びに95%低下させた。以上の結果より、ER-27856はHMG-CoA還元酵素阻害剤に優る血中コレステロール低下薬であることが明らかとなった。

2.ER-28448及びER-27856のTG代謝に対する作用

 ER-27856はアカゲザルにおいて、コレステロールだけでなく血中TGも低下させた。血中TG低下作用におけるLDLレセプターの関与を明らかにするため、LDLレセプター欠損モデルとして知られるWatanabe heritable hyperlipidemic(WHHL)ウサギを用いてTCHO及び血中TGへの影響を検討した結果、ER-28448(静脈内投与)はヘテロウサギにおいてTCHOと血中TGの両方を低下させたが、ホモウサギにおいてはTCHOを低下させず血中TGのみを低下させた。従ってER-28448はLDLレセプターを介してTCHOを、LDLレセプターを介さない経路で血中TGを低下させることが示唆された。WHHLホモウサギにおける血中TG低下作用はER-27856の経口投与においても再現し、同じ投与期間でアトルバスタチンは脂質低下作用を示さなかった。従ってER-28448、及びER-27856はHMG-CoA還元酵素阻害剤が有していない新規なメカニズムで血中TG低下作用を示したといえる。

 WHHLホモウサギから単離した肝細胞におけるER-27856とRPR-107393の脂質生合成阻害活性を検討したところ、スクアレン合成酵素阻害剤はコレステロールだけでなくTG生合成を阻害した。さらにコレステロール生合成活性を誘導させたコレスチラミン負荷ラットにおいては、2種類のスクアレン合成酵素阻害剤、ER-27856とRPR-107393が肝臓からのVLDL分泌を抑制し、血中TGを低下させた。以上の結果より、スクアレン合成酵素阻害剤がLDLレセプター活性に依存しない新規なメカニズムで血中TGを低下させ、その作用に肝臓におけるTG生合成阻害作用とTG分泌抑制作用が関与していることが明らかとなった。

3.スクアレン合成酵素阻害剤のTG生合成阻害作用

 WHHLウサギの肝細胞で観察されたスクアレン合成酵素阻害剤のTG生合成阻害の作用機序を明らかにするため、SDラットより単離した初代培養肝細胞を用いて精査した。

 スクアレン合成酵素阻害剤(ER-27856及びRPR-107393)は、ラット初代培養肝細胞においてそれぞれのコレステロール生合成阻害作用の強さに依存してTG生合成を阻害した。一方、アトルバスタチンとNB-598(スクアレンエポキシダーゼ阻害剤)はコレステロール生合成のみを阻害し、TG生合成には影響しなかった。

 スクアレン合成酵素阻害剤の脂肪酸代謝への影響を検討したところ、スクアレン合成酵素阻害剤は主に酢酸から脂肪酸に至る脂肪酸生合成を阻害することでTG生合成阻害活性を発揮していることが明らかとなった。スクアレン合成酵素阻害剤と他のコレステロール生合成阻害剤を共存させた場合のTG生合成阻害作用への影響を検討した結果、スクアレン合成酵素阻害剤によるTG生合成阻害作用はNB-598共存下では影響を受けなかったが、アトルバスタチン共存下でコントロールレベルまで消失した。さらに、その作用はHMG-CoA還元酵素の産物であるメバロノラクトンにより用量依存的に増強された。さらに、ファルネソール、及びその代謝物であるジカルボン酸メチルエステルは単独でTG生合成を阻害することを見出した。従って、スクアレン合成酵素阻害剤は、増加したFPPがファルネソールを経て代謝される過程で脂肪酸合成を抑制する代謝物を生成することによりTG生合成阻害作用を発揮すると考えられる。

 スクアレン合成酵素阻害剤は、コレステロール生合成阻害に基づくLDLレセプター発現誘導と、コレステロール及びTG生合成阻害作用に基づく強力なVLDL分泌抑制作用により、HMG-CoA還元酵素阻害剤に優る脂質低下作用を示した(図2右図)。

 本研究の成果は、脂質代謝のフィードバック作用の新たなメカニズムを示唆する重要な知見になるものと考える。

図1コレステロール生合成経路

図2 スクアレン合成酵素阻害剤の薬理作用(HMG-CoA還元酵素阻害剤との比較HMGR:HMG-CoA還元酵素、HMGRI:HMG-CoA還元酵素阻害剤、SQS:スクアレン合成酵素、SQSI:スクアレン合成酵素阻害剤、FOH:ファルネソール

審査要旨 要旨を表示する

 高脂血症は血中の脂質、あるいはリポ蛋白の異常高値として定義付けられ、動脈硬化の最も重要な危険因子の一つである。一方、最近になって、血中トリグリセライド(TG)も冠動脈疾患の危険因子として注目されており、Millerらは血中TGの基準値を現在の150mg/dlから100mg/dlまで切り下げる必要があると報告している。従って、LDLコレステロールとTGの両方を強力に低下させる薬剤は、動脈硬化の予防、及び進展抑制に大きく寄与する可能性が高い。

 LDLコレステロール低下薬としては肝臓においてコレステロールの生合成を阻害する3-hydroxy-3-methylglutaryl coenzyme A(HMG-CoA)還元酵素胆害剤が第一選択として用いられており、これらの薬剤はLDLコレステロールを強力に低下させる。コレステロールとTGの両方を強力に低下させるには、HMG-CoA還元酵素阻害剤とフィブラート系薬剤の併用が効果的であると考えられるが、これらの薬剤の併用は,HMG-CoA還元酵素阻害剤の最も重大な副作用である横紋筋融解症の頻度を上昇させることが報告されており、原則併用禁忌となっている。横紋筋融解症はコレステロール低下そのものではなく、HMG-CoA還元酵素を阻害することによるメバロン酸代謝物の減少に基づくとされていることから、よりコレステロール特異的に生合成を阻害することで回避できると考えられる。スクアレン合成酵素はステロール合成に特異的となる最初の反応を触媒し、2分子のファルネシルピロリン酸からスクアレンを生成する。日吉らはHMG-CoA還元酵素阻害剤に優る創薬ターゲットとしてスクアレン合成酵素阻害剤に注目し、ER-28448とそのtripivaloyloxymethyl ester体 ER-27856を見出した。

 本研究では、ER-28448、及びER-27856のコレステロール代謝、及びトリグリセライド代謝に対する薬理作用を明らかにするとともに、新たに見出したスクアレン合成酵素阻害剤のトリグリセライド低下作用について、その発現機序を考察した。

 ER-28448は、ラット肝ミクロソーム中のスクアレン合成酵素活性を3.6nMのIC50値で阻害した。一方、ER-28448のtripivaloyloxymethyl ester体であるER-27856のIC50値は39μMであった。ER-28448のラット初代培養肝細胞におけるコレステロール生合成阻害作用のIC50値は11μM、ER-27856は23nMであった。ラットへの単回投与におけるER-28448とER-27856のコレステロール生合成阻害作用(ED50値)は静脈内投与でそれぞれ0.12mg/kgと0.022mg/kgであった。経口投与では、ER-27856が1.6mg/kgのED50値で阻害したのに対し、ER-28448は50mg/kgで部分的な隆害を示すにとどまった。従ってER-27856は、ラット肝細胞ならびにin vivoにおいてER-28448のプロドラッグ体として機能していることが示された。

 臨床においてHMG-CoA還元酵素阻害剤のコレステロ-ル低下作用は、その作用持続時間の長さに影響されることが知られている。ラットへの経口投与後のコレステロール生合成阻害の持続時間をHMG-CoA還元酵素阻害剤と比較した結果、ER-27856の持続時間はプラバスタチンやシンパスタチンより長かった。またER-27856は、ヒト肝細胞由来のHepG2細胞においてLDLレセプター活性を用量依存的に増加させた。従ってER-27856は、HMG-CoA還元酵素阻害剤と同様、in vivoにおいてLDLレセプターを介し血中コレステロールを低下させ、その作用はプラバスタチンやシンバスタチンに優ることが期待された。

 ER-27856はコレステロールを低下させるだけでなく、アカゲザル及びコレスチラミン負荷ラットにおいてTGを低下させた。これらの作用はHMG-CoA還元酵素阻害剤では観察されないことから、スクアレン合成酵素阻害剤がトリグリセライド代謝に対して新規な作用を有することが示唆された。

 TG低下作用におけるLDLレセプターの関与を明らかにするため、LDLレセプター欠損モデルとして知られるWatanabe heritable hyperlipidemic(WHHL)ウサギを用いてTCHO及びTGへの影響を検討した。その結果ER-28448は、ホモウサギにおいてはTCHOを低下させずTGのみを低下させた。従ってER-28448はLDLレセプターを介してTCHOを、LDLレセプターを介さない作用でTGを低下させることが示唆された。

 WHHLホモウサギから単離した肝細胞におけるER-27856の脂質生合成阻害活性を検討したところ、ER-27856は24時間培養においてコレステロールだけでなくトリグリセライド生合成を阻害した。ER-28448、及びER-27856のTG低下作用がトリグリセライド生合成阻害に基づく可能性が示唆された。ER-27856とは構造の異なるスクアレン合成酵素阻害剤RPR-107393も同様にトリグリセライド生合成を阻害したことから、この作用がスクアレン合成酵素の阻害に基づく薬理作用であることも明らかとなった。スクアレン合成酵素阻害剤(ER-27856とRPR-107393)はラット初代培養肝細胞において、それぞれのコレステロール生合成阻害作用の強さに依存したトリグリセライド生合成阻害作用を示した。一方、アトルバスタチンとスクアレンエポキシダーゼ阻害剤(NB-598)はコレステロール生合成のみを阻害し、トリグリセライド生合成には影響しなかった。

 次に、スクアレン合成酵素阻害剤が肝細胞の脂肪酸代謝にどのような影響を及ぼしているかを検討したところ、主に酢酸から脂肪酸に至る脂肪酸生合成を阻害することでトリグリセライド生合成阻害活性を発揮していることが明らかとなった。さらに、スクアレン合成酵素阻害剤がどのような経路でトリグリセライド生合成を阻害しているかを知るために、様々な化合物の添加実験を実施した。スクアレン合成酵素阻害剤によるトリグリセライド生合成阻害作用はNB-598共存下では影響を受けなかったが、アトルバスタチン共存下でコントロールレベルまで消失し、HMG-CoA還元酵素の産物であるメパロノラクトンにより用量依存的に増強された。従って、スクアレン合成酵素阻害の結果増加したファルネシルピロリン酸代謝物がトリグリセライド生合成を阻害していることが示唆された。さらに、ファルネソール、及びその代謝物であるジカルボン酸メチルエステルは単独でトリグリセライド生合成阻害作用を示した。以上の結果より、スクアレン含成酵素阻害剤は、増加したファルネシルピロリン酸がファルネソールを経て代謝される過程で脂肪酸合成を抑制する代謝物を生成することによりトリグリセライド生合成阻害作用を発揮することが明らかとなった。

 本研究をまとめると、まず、強力な新規スクアレン合成酵素阻害剤ER-28448とそのプロドラッグ体であるER-27856を見出した。ER-27856はHMG-CoA還元酵素阻害剤に優るTCHO低下作用を示し、アカゲザルへの28日間連続投与試験においてはnon-HDLコレステロールをほぼ消失させた。またER-27856は強力なTG低下作用を示し、LDLレセプター活性に依存しない新規なメカニズムでTG低下作用を示すことを見出した。さらに、スクアレン合成酵素阻害剤がトリグリセライド生合成阻害作用を示し、その作用がスクアレン合成酵素阻害の結果増加したファルネシルピロリン酸がファルネソールを経て代謝される過程で脂肪酸生合成を抑制する代謝物を生成することによることを明らかにした。

 以上のごとく、申請者・日吉祐展の博士論文は、コレステロール低下薬の創出に向けて新たな知見を加え、さらに高等動物におけるニコレステロール代謝とトリグリセリド代謝との連関を見いだすという基礎的知見も得ており、博士(薬学)の学位に値する内容を有するものと者えられる。

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