学位論文要旨



No 215547
著者(漢字) 築地,信
著者(英字)
著者(カナ) ツイジ,マコト
標題(和) マクロファージ関連細胞に発現するCタイプレクチンMGL1及びMGL2
標題(洋)
報告番号 215547
報告番号 乙15547
学位授与日 2003.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15547号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 仁科,博史
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 多細胞生物における細胞間相互作用は、個々の細胞同士の認識に始まり、協調もしくは反発などを通して、組織を形成し生物現象の営みに貢献する。癌、炎症、感染症、自己免疫疾患、神経疾患などの病態において、糖鎖構造の変化に基づく細胞間相互作用の変化が生じていることが明らかになってきている。一方、マクロファージ関連細胞は生体のホメオスタシスに重要な細胞であり、体内を隈無く循環し、生体の状況を把握するセンサー的役割を果たしている。

 マクロファージ細胞表面の内在性CタイプレクチンMGL(macrophage galactose-type C-type lectin)は、抗腫瘍活性を有する腹腔滲出マクロファージ上に発見され、組み換えMGLを用いてin vitroで認識糖鎖構造を解析した結果、腫瘍特異的に発現する糖鎖構造と重複したため、腫瘍認識分子として機能しうる可能性が示唆された。エンドサイトーシスレセプターとしての機能とホーミングレセプターとしての機能が示されている。免疫組織学的解析より、MGL陽性細胞は、正常マウス組織の結合組織に限局すること、炎症感作時に真皮から所属リンパ節に移動すること、腫瘍組織に集積することなどが明らかになっている。

 本論文では、第1章で、分化経路を明らかにすることを目指したMgl1遺伝子の転写制御に関与する転写因子の同定と、MGLの機能解明を目指したMgl1遺伝子欠損マウスの作製について、第2章で、肝臓へホーミングする樹状細胞にMGLが発現していることを、第3章で、異なる糖結合特異性を有する新規レクチンMGL2の同定について、述べる。

【第1章 MGL1のゲノムクローニング、上流配列解析、クロモソームマッピング】

 MGL陽性細胞の特徴づけを最終的な目標として、Mgl1遺伝子の転写制御に関与する転写因子の同定を試みた。129/SvJマウス由来ゲノムライブラリーより、MGL1cDNAをプローブとしたプラークハイブリダイズ法と、PCR法を用いて、ポジティブクローンを取得した。得られたポジティブクローンの塩基配列を解読し、エクソン・イントロン構造を決定しところ、Mgl1遺伝子は、全長4065残基からなり10個のエクソンから構成されていた。ルシフェラーゼ遺伝子の上流にMgl1遺伝子の上流配列をつないだベクターを、MGL陽性細胞であるマクロファージ様細胞株RAW264.7に導入し、ルシフェラーゼ活性を測定した。そのベクター変異体を作製し転写制御領域の解析を行った。さらに、ゲルシフトアッセイによる結合する転写因子の同定を行った。その結果、PU.1とNF-Yが同定された。PU.1は骨髄球分化に必須であることと、NF-Yは単球からマクロファージヘの分化段階に活性化することが知られている。MGLは単球には発現せず、組織球で発現していることを説明できる結果を得た。

 平行して、生体内におけるMGLの関与する局面を明らかにするためにMgl1遺伝子欠損マウスの作製を行うこととした。まず、MGL1に類似遺伝子が存在するかを確認することを目的に、2系統のマウスを用いた、interbackcross法による遺伝的マッピングを行った。その結果、11番クロモソーム上に存在するマーカー遺伝子(DllMit5、Trp53、Eif4a1、Cd68、Htt)と連鎖していることが明らかになった。他のクロモソーム上に類似遺伝子は見つからなかった。ターゲッティングベクターを2種類作製し、ES細胞株RW-4にターゲティングベクターを導入し、相同組み換え体をPCR法およびサザンブロット法により同定し、ブラストシストにインジェクションし、キメラマウスを作製したが、変異遺伝子の生殖系伝達は起こらなかった。

 【第2章 樹状細胞の肝臓へのホーミングに関与するMGL】

 肝臓のリンパ節は、血中の外来抗原に対して免疫反応を惹起する過程に重要である。そのリンパ節に抗原情報を伝達するのは、並中を循環している樹状細胞(dendritic cells;DCs)である。DCsは、肝臓のKupffer細胞(KCs)に接着することで肝臓へホーミングし、一部の細胞はDisse腔に沿って肝臓のリンパ節に抗原の情報を伝達することが、ラットのモデルで明らかになっている。このKCsとDCsの接着の分子メカニズムは不明であったが、N-acetylgalactosamine(GalNAc)によって阻害されることより、糖鎖認識分子の関与が示唆された。そこで、消化管系リンパ液由来のDCs、肝臓由来KCs、チオグリコレート誘導腹腔滲出細胞(TG)のRNAを抽出しRT-PCR法にて、GalNAcに特異性を示すと考えられる、MGL、アシアログライコプロテインレセプター(Asgr1、Asgr2)、Kupffer細胞レセプターである(Kcr)の4種類の発現を検出した。その結果、DCsには、MglとAsgr2が発現していた。一方、KCsには全てのレクチンが発現していた。GaiNAcを介する糖鎖認識分子として、MGLを含むCタイプレクチンが発現し、ホーミングに関与していることが明らかになった。

【第3章 糖結合特異性の異なる新規レクチンMGL2のクローニング】

 ゲノムサザンブロット解析時に、いくつかの制限酵素で消化した場合に、エキストラバンドが出ることが明らかになり、MGL1に類似遺伝子の存在が考えられた。Mgl1遺伝子欠損マウスの解析を行う上で問題になることと、多様な糖鎖構造を見分ける分子としてのレクチンが、多様性を有する可能性があることが考えられたので、新規レクチンの同定を試みることにした。マウスMGL1とヒトMGLの配列に相同性を有する新規配列をESTデータベースより検索した。得られた配列断片をもとにプライマーを作製しRAW264.7細胞株から作製したcDNAを用いて、RACE法にて全長をクローニングした。その遺伝子をMGL2と命名した。この遺伝子はMGL1と高い相同性を有していたのでスプライシング産物の可能性が考えられた。そこで、ゲノム構造の解析を行った。その結果、Mgl2遺伝子は、エクソン・イントロン構造が酷似の全長7136残基からなる異なる遺伝子としてコードされていた。さらに、マウスBACライブラリーのデータベースを検索したところ、Mgl1遺伝子とMgl2遺伝子をともにコードするBACクローンが同定された。これらは11番クロモソームにマッピングされており、類似遺伝子であるAsgr1、Asgr2とクラスターを形成していることも明らかになった。この遺伝子の細胞外ドメインからなるリコンビナント蛋白質を作製し、糖結合特異性についてELISAにて解析した。その結果、MGL1はLex構造に親和性を有するが、MGL2はその構造ではなく、単糖のGalNAcに親和性を示した。現在までに得られているMGL1に結合するモノクローナル抗体(LOM-4.7、LOM-8.2、LOM-8.7、LOM-H、LOM-14)の反応性をELISAにて検討した。その結果、LOM-14だけがMGL2にも結合した。それらの抗体を用いて、このレクチンの発現について解析した。チオグリコレート誘導腹腔滲出細胞をLOM-14とLOM-8.7を用いて二重染色した。その後、LOM-8.7の結合性で高結合性と低結合性の細胞に分画した。それら細胞のmRNAを回収しMGL1およびMGL2の遺伝子についてRT-PCR法にて発現を確認した。その結果、どちらの細胞にも遺伝子が検出されMGL1とMGL2の遺伝子発現に関しては同一細胞で共発現していることが明らかになった。さらに、Mgl1遺伝子欠損マウスの凍結切片をLOM-8.7とLOM-14で染色したところ、LOM-8.7の反応性はなくなっていたが、LOM-14の染色像に変化が見られなかった。Mgl1遺伝子およびMgl2遺伝子の上流配列の比較より、PU.1結合領域は保存されていたが、NF-Yについては異なっていた。他にも異なる領域が存在した。これは異なる発現制御機構が存在する可能性を示している。ある刺激条件下もしくは分化段階でこれら遺伝子の発現量比が変化する可能性が考えられる。

【総括】

 Mgl1遺伝子の発現制御に関与する転写因子の同定を行ったところ、PU.1とNF-Yの関与が明らかになった。PU.1は骨髄球分化に必須であることと、NF-Yは単球からマクロファージヘの分化段階に活性化することが知られている。MGLは単球には発現せず、組織球で発現していることを説明できる結果であった。

 ラットにおいて、肝臓にホーミングする樹状細胞と肝臓のKupffer細胞にMGLを含むCタイプレクチンの発現が確認され、ホーミングレセプターとして機能する可能性が示された。

 マウスにおいて、高い相同性を有する二つのMGL(MGL1とMGL2)が存在することが明らかになった。それらは異なる糖特異性を有していた。チオグリコレート誘導腹腔滲出細胞においては、共発現していたことより、協調的に働く可能性が示された。

 しかし、MGL1およびMGL2の上流配列の比較より、PU.1結合領域は保存されていたが、NF-Yについては異なっていた。他にも異なる領域が存在した。これより、異なる発現制御機構が存在する可能性が示された。Mgl1遺伝子およびMgl2遺伝子は、マウスクロモソーム11番に、他のCタイプレクチン(Asgr1およびAsgr2)とクラスターをなしていることが明らかになった。今後、これらCタイプレクチンの使い分けによる多様性の形成について解析する必要性が示された。

審査要旨 要旨を表示する

 マクロファージ関連細胞に発現するCタイプレクチンMGL1及びMGL2と題する本論文は、マクロファージ細胞表面のに発現するカルシウム依存型レクチンの一つであるMGL (macrophage galactose-type C-type lectin)とその遺伝子について述べている。三つの章から成り、第1章では、Mgl1遺伝子の転写制御に関与する転写因子の同定と、Mgl1遺伝子欠損マウスの作製について、第2章では、肝臓へホーミングする樹状細胞にMGLが発現するという新たな発見について、第3章では、MGL1とは異なる糖結合特異性を有する新規レクチンMGL2の同定と性質の解析が主題である。マウス及びヒトのMGLはこれまでに当教室で精製cDNAクローニング、特異的なモノクローナル抗体の作成などが行なわれ、エンドサイトーシス受容体としての機能とホーミング受容体としての機能が示されていた。また免疫組織学的解析より、MGL陽性細胞は、正常マウス組織の結合組織に限局すること、炎症感作時に真皮から所属リンパ節に移動すること、腫瘍組織に集積することなどが明らかになっていた。学位申請者はこの分子の免疫生物学的な機能を明らかにすることを目標に、マウスを材料にゲノム遺伝子のクローニングと遺伝子欠損マウスの作成を目指して研究を行なった。その過程で、極めて相同性の高い第二のMGL遺伝子の存在明らかにし、そのcDNAクローニングを行なってレクチンとしての特性を解明した。従来から知られていたものをMGL1、新規に発見したものをMGL2と命名した。具体的には学位論文は以下の内容を含んでいる。

 第1章では、MGL1のゲノムクローニング、上流配列解析、染色体マッピング、及び遺伝子破壊マウスの作成について述べられている。

 129/SvJマウス由来ゲノムライブラリーより、MGL1 cDNAをプローブとしたプラークハイブリダイズ法と、PCR法を用いて、ポジティブクローンが得られた。このゲノムクローンの塩基配列を解読し、エクソン・イントロン構造が決定された結果、Mgl1遺伝子は、全長4065残基からなり10個のエクソンから構成されてる事が判明した。interbackcross法による遺伝的マッピングの結果、11番クロモソーム上に位置が決定された。

 ルシフェラーゼ遺伝子の上流にMgl1遺伝子の上流配列を連結したベクターが、MGLを恒常的に発現している細胞であるマクロファージ様細胞株RAW264.7に導入され、ルシフェラーゼ活性により遺伝子発現レベルが定量された。さらに、ベクター変異体が作製され転写制御領域が決定され、ゲルシフトアッセイによって結合する転写因子の同定が行われた。その結果、骨髄球の分化に重要な因子であるPU.1と、単球からマクロファージへの分化に必須なNF-YがMgl1遺伝子の転写制御因子として同定された。

 Mgl1遺伝子欠損マウスの作製を目標に、ターゲッティングベクターが2種類作製され、ES細胞株RW-4に導入された。相同組み換え遺伝子を含む細胞がPCR法およびサザンブロット法により同定され、胚盤胞に導入され、キメラマウスが作製された。しかし、変異遺伝子の生殖系伝達は起こらなかった。

 第2章では、血中を循環している樹状細胞が肝臓へホーミングし、肝臓のリンパ節において抗原提示を行なう際に、樹状細胞に発現しているMGLを介する肝臓のクッパー細胞への接着が重要である可能性が示された。獨協大学医学部解剖学松野教授らとの共同研究によるラットを用いたこの部分の研究では、肝臓を構成する細胞や樹状細胞の遺伝子発現解析から、MGLを発現している細胞が樹状細胞であることが明らかにされた。

 第3章では、MGL2 cDNAのクローニング及びリコンビナント蛋白質として発現したレクチン分子の性質を明らかにする研究が行なわれた結果が述べられている。マウスMGL1とヒトMGLの配列に相同性を有する新規配列をESTデータベースより検索し、その結果得られた配列断片をもとにプライマーが作製されRAW264.7細胞株から作製したcDNAを用いて、RACE法にてこの遺伝子の全長がクローニングされた。MGL2と命名されたこの遺伝子はMGL1と高い相同性を有していた。ゲノム遺伝子構造の解析の結果、Mgl2遺伝子は、エクソン・イントロン構造がMGL1と良く似た全長7136残基からなるMgl1とは異なる遺伝子としてコードされていた。マウスBACライブラリーのデータベースに、Mgl1遺伝子とMgl2遺伝子をともにコードするBACクローンが同定され、11番染色体に類似遺伝子であるAsgr1、Asgr2とクラスターを形成していることも明らかになった。

 これらの遺伝子の細胞外ドメインからなるリコンビナント蛋白質の糖結合特異性をELISAにて解析した結果、MGL1はLex構造に、MGL2は単糖のGalNAcに親和性を有することが判明した。一方、既に作成されていたMGL1に結合するモノクローナル抗体(mAb LOM-4.7、LOM-8.2、LOM-8.7、LOM-11、LOM-14)の反応性がELISAによって検討された結果、LOM-14はMGL1及びMGL2に結合することが明らかになった。チオグリコレート誘導腹腔滲出細胞を材料に、これらのモノクロ?ナル抗体によってMGL1及びMGL2を発現する細胞の違いが解析された。mAb LOM-8.7の結合性が高い細胞の画分と低い細胞の画分が得られたが、mRNAを回収してMGL1およびMGL2の遺伝子の発現レベルについてRT-PCR法にて比較すると、どちらの細胞にもMGL1及びMGL2の遺伝子が検出され、少なくともmRNAに関してはMGL1とMGL2は同一細胞で共発現していることが明らかにされた。また、Mgl1遺伝子欠損マウスの皮膚など複数の組織の凍結切片では、細胞に対するmAb LOM-8.7の反応性は見られないが、mAb LOM-14は結合性を示した。これらの結果から、MGL2の発現はMGL1の発現レベルによって影響を受けないと考えられた。これらの研究成果から、これまでには全く予想されていなかった、二種類の糖鎖認識特異性の異なるしかし構造や発現と言う意味では極めて類似したC型レクチンが、マクロファージ及びその類縁細胞に発現していることがが明らかにされた。遺伝子の5'上流配列を見る限りMGL1とMGL2の発現制御が全く同じであるとは考えにくく、また糖鎖認識特異性の違いは内在性リガンドが異なる事を強く示唆した。

 以上の研究成果は、マクロファージ及びその類縁細胞に発現する糖鎖認識分子の免疫学的な役割を理解する上で極めて大きな貢献をし、今後の研究の重要な基盤となると予想される。よって、本研究を行った築地信は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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