学位論文要旨



No 215548
著者(漢字) 佐藤,克之
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,カツユキ
標題(和) 建築物の出入口段差にみる福祉環境整備評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 215548
報告番号 乙15548
学位授与日 2003.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15548号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

 これまでの日本における建築物の福祉環境整備は、国の「生活福祉空間づくり大綱」および「高齢者・身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律(通称ハートビル法)」等や、各自治体の「福祉環境整備要綱・指針」、「福祉の条例」等の制定により実施されはじめたところである。今日、全国の各市町村では人口の高齢化が一層進み、地域福祉、在宅福祉の充実が求められ福祉環境整備もより重要となっている。だが地域には多くの建築物にバリア(障壁)が実存し、一向に整備されない状況がみられる。特に2000年4月には新たな在宅福祉政策を重視した介護保険制度が実施、我々の取り巻く情勢は大きく転換し、早急な福祉環境整備の推進に向けた対応が必要である。

 そこで本研究は、個々の建築物のバリアをバリアフリーにし、地域の中の全ての建築物のバリアフリー化を実現することを大きな目的としている。福祉環境整備を推進するためには、住民への直接の窓口となる各自治体の役割が大きい。しかし、現在、各自治体では行政改革と地方分権化改革の大きな二つの制度改革の実施が求められている。福祉環境整備の政策においても限られた財源での有効な整備の実行が市町村各自治体の緊急で重要な政策課題であると考える。その様な福祉環境整備の政策課題に対処するには、個々の建築物のバリア、地域としてのバリアをそれぞれ把握し、整備の課題と目標を市町村毎に明確にすることにある。本論文は福祉環境整備のための現状を分析するための評価方法と整備の方向を示す指針の提案であり、本研究の視点は以下の3点である。(1)「出入口段差整備等の重要性」について示し、今後の整備の考え方を述べる。(2)「生活者・地域にみる福祉環境整備状況」を明確にすると同時に問題点を示す。(3)さらに「地域にみる福祉環境整備評価」として実際の調査事例により整備状況の類型化を行い、類型化から各自治体の整備状況を比較検討することが、地域における福祉環境整備の評価に有効であることを示す。

 本研究は、第I部「序論」、第II部「出入口段差整備等の重要性」、第III部「生活者・地域にみる福祉環境整備状況」、第IV部「地域にみる福祉環境整備評価」、第V部「結論」からなる5部、9章より構成される。

 第I部「序論」では、第1章「研究の目的と視点」として、.研究の背景と目的、本研究の視点と既往の研究、研究の流れと論文の構成・資料、用語の定義を行った。第2章「これまでの福祉環境整備の考え方と政策の流れ」では、建築計画における福祉環境整備の考え方、障害者の問題としての福祉環境整備、高齢者の問題としての福祉環境整備、さらに全ての人々の問題としての福祉環境整備での政策の方向性を示した。第3章「福祉環境整備における主要論点」では、出入口段差整備等の重要性、生活者・地域にみる福祉環境整備状況、地域にみる福祉環境整備評価に着目することの意義を示した。

 第II部「出入口段差整備等の重要性」では、第4章「通りにみる出入口段差整備等の重要性」として、善光寺表参道の昔と今、「ヒトにやさしいマチ」の検証の中で出入口段差整備等の意義を示した。善光寺表参道の「ヒト」と「マチ」が創り出す生活空間に「ヒトにやさしいマチ」が古くから存在し、かつ長野オリンピック・パラリンピック関連の整備、商店街再整備等、新しい「ヒト」と「マチ」にも「ヒトにやさしいマチ」が存在するのを確認した。しかし、同時に新しい「ヒト」と「マチ」の中には反対に「ヒトにやさしくないマチ」の存在も明らかとなった。また、オリンピックとパラリンピック等における福祉環境整備では、商店会の協力によって段差の解消、障害者用トイレの設置、協賛店による車いす配慮シールの掲示がされるなど、ハードからソフトまで様々な企画が行われ、「ヒトにやさしいマチづくり」が多くの人々への理解に繋がることが示された。第5章「災害時の避難行動にみる出入口段差整備等の有効性」では、災害時において入居者の避難行動、消防訓練の結果から出入口段差整備等の意義を導き出した。二方向避難を可能にするため、2階居室等から直接外部に避難できる避難用バルコニーの設置と、同様に1階についても避難用ベランダなど避難路の出入口段差整備等が重要で実際の避難訓練においても出入口となる玄関、バルコニー、ベランダ等が車いす・キャスター付きベットで通過可能となる段差整備と開口部の幅員確保が最も重要であることが示された。また同時に屋内消火栓の通水ホースが段差となり搬出障害となることが明らかとなった。

 第III部「生活者・地域にみる福祉環境整備状況」では、第6章「生活者・設置者にみる福祉環境整備状況」において、新たな分類方法での生活形態別5施設毎の整備状況、設置主体別毎の整備状況、歩行・視覚障害等への整備状況を明確にし、生活形態別5施設分類においての視点にみる整備の意義を示した。調査結果では全調査施設の6割の建築物で出入口に段差が存在し、高齢者・障害者等の利用を困難にしていることが明確となった。生活形態別5施設分類の整備では、第1位が高齢者の生活を支える保健福祉施設で6割の整備、第2位が身近なサービス施設で4割、第3位が生活を楽しむ施設で4割、第4位が障害者・子ども・女性の生活を支える福祉施設で3割、第5位が生活に身近な交通のための施設で2割で、施設間に大きな差が認められた。出入口段差以外の調査項目でも同様な傾向があり、生活形態別5施設間の出入口段差配慮の整備状況が福祉環境整備の特定の指標となることが確認された。設置主体毎の出入口段差整備状況は国立施設、道立施設が6割と高く、市町村立施設、民間施設が4割と低い整備状況が明確になった。市町村立施設は公立施設でありながら民間と同程度の悪い整備状況で早急な整備が必要であることが示された。出入口段差以外の調査項目と出入口段差の整備状況を比較検討した結果、設置主体別施設間の出入口段差の配慮状況は生活形態別5施設間と異なり、福祉環境整備での特定の指標にならないことが確認された。歩行・視覚障害等にみる整備状況では歩行困難等の移動障害で全体の4割が整備、その中で2割がはじめから段差のないフラットな建築計画で民間施設が高く、市町村立施設、道立施設が低く、福祉環境整備の計画が異なることが明確となった。出入口のスロープの整備は3割で、全体の7割が異なる整備計画であることが確認された。また、生活形態別5施設では高齢者の生活を支える保健・福祉施設でスロープの整備が高く、生活に身近な交通施設で極端に低い。設置主体別では道立施設、国立施設で平均の2倍高く、逆に民間施設が低い。視覚障害者用点字誘導ブロックの整備では、ほとんど設置されていない。生活形態別5施設では整備に大きな差がなく2〜3%と低い。設置主体別では全体に整備が低い状況の中で道立施設が8.2%と高く、逆に民間施設は1.1%と特に低い。盲導鈴は、ほとんど整備されていない状況が明確となった。生活形態別5施設でみると高齢者の生活を支える保健・福祉施設で2.7%と整備の悪い中でも差がみられた。設置主体別では道立施設が3.4%と高く、逆に国立施設が0.6%と低く、整備の差が確認された。歩行・視覚障害の生活者としての視点で整備の状況をみると移動障害への整備は4割、これに対して視覚障害者への整備はほとんどない状況が明確となった。第7章「人口規模等にみる地域の整備状況」では、人口規模・市町村にみる整備状況、各行政圏域にみる整備状況、高齢化率・身障手帳取得率にみる整備状況について示した。人口規模・市町村にみる各対象施設間の出入口段差の整備状況は10万人以上の市部で44.1%、10万人未満の市部が44.5%、町村部が37.8%で、町村部は市部よりも整備が悪い。10万人以上の市部の生活に身近な交通のための施設は整備状況が悪く、10万人未満の市部でも高齢者の生活を支える保健・福祉施設で整備が悪い。町村部は高齢者の生活を支える保健・福祉施設で整備が高く、生活に身近な交通のための施設で低いことが示された。各行政圏域の整備状況は6圏域別で第1位道央圏、第2位十勝圏、第3位道北圏、第4位オホーツク圏、第5位釧路・根室圏、第6位道南圏の順に整備状況が悪くなっている。道内14支庁別出入口段差整備は空知、石狩で高く、日高、宗谷で低い。高齢化率・身障手帳取得率にみる整備状況では高齢化率14%未満で5割の整備、高齢化率14%以上21%未満と高齢化率21%以上で4割に満たない。高齢率別では高齢化率が高くなるに従って整備状況が逆に悪くなる傾向がみられ、各自治体の福祉環境整備を推進するための重要な視点であることが明確になった。身障手帳取得率別でも同様な逆転現象が明らかとなった。

 第IV部「地域にみる福祉環境整備評価」では、第8章「北海道212市町村の福祉環境整備言平価」において5施設分類毎の平均整備率による類型化と分類概要、各類型毎の整備状況、道内212市町村の高齢化・類型化にみる整備状況を明らかにした。ここでは、本研究で示した生活形態別5施設分類を使用し、北海道212市町村の評価として類型化を試みた。また、データはSPSS Base 9.0で階層クラスター分析を行い、地域の高齢化状況を加え考察した。分析の結果、「全体未整備型」、「高齢者等施設のみ整備型」、「交通施設のみ未整備型」、「交通施設のみ整備型」、「全体整備型A」、「全体整備型B」の6類型が得られ、福祉環境整備評価が可能であることが示された。高齢化状況を合わせると高齢化率14%以上21%未満の高齢社会段階で「高齢者等施設のみ整備型」(最大多数である27%57自治体)を中心に、高齢化率が高く整備状況の悪い市町村が圧倒的多数を占めることが明確となった。

 第V部「結論」では、第9章「まとめと提案」として、(1)「出入口段差整備等の重要性」では今後の整備の考え方、(2)「生活者・地域にみる福祉環境整備状況」では生活形態別5施設分類等による福祉環境整備状況の把握、(3)「地域にみる福祉環境整備評価」では北海道を事例に類型化を試み、自治体の評価を行った。以上の結果から得た知見をまとめとした。さらに本研究の目的である個々の建築物のバリアフリー化から、地域の中の全ての建築物のバリアフリー化を実現するためにも、福祉環境整備評価項目は多くの人々が理解しやすい出入口段差整備が重要であること。またここで示した考え方が各自治体の福祉環境整備状況言平価を可能とすることを再度明確にし、「建築物の出入口段差にみる福祉環境整備評価」が実効性のある整備の課題・目標となり、重要な指標となることを述べ、提案とした。

審査要旨 要旨を表示する

 この論文は、福祉環境整備の政策において限られた財源での有効な整備の実行が市町村各自治体の緊急で重要な政策課題である今日、障害の有無にかかわらず多くの人にとって地域の建築物を使い易くする福祉環境整備の推進を目標として、個々の建築物ならびに街におけるバリア、特に個々の建物の「出入口段差」に注目してそれをバリアフリー化することにが福祉環境整備政策の方策として有効であることを検証することを目的としている。

 本論文は、第I部「序論」、第II部「出入口段差整備等の重要性」、第III部「生活者・地域にみる福祉環境整備状況」、第IV部「地域にみる福祉環境整備評価」、第V部「結論」からなる5部、9章より構成される。

 第I部「序論」では、第1車「研究の目的と視点」として、研究の背景・目的・視点、既往研究、研究の流れと論文の構成・資料、用語の定義を行っている。第2章「これまでの福祉環境整備の考え方と政策の流れ」では、建築計画あるいは障害者・高齢者にとっての福祉環境整備の考え方・問題点の考察を行い、さらに全ての人々にとっての福祉環境整備政策の方向性を示した。第3章「福祉環境整備における主要論点」では、出入口投差整備等の重要性、生活者・地域にみる福祉環境整備状況・評価に着目することの意義を示した。

 第II部「出入口段差整備等の重要性」では、第4章「通りにみる出入口段差整備等の重要性」として、善光寺表参道の今昔と「ヒトにやさしいマチ」の現地検証を行い、出入口段差整備等の意義を示した。すなわち、表参道の「ヒト」と「マチ」が創り出す生活空間に既に古くから工夫が存在し、長野オリンピック・パラリンピックの際の商店街再整備においても、さまざまな「やさしいマチ」と同時に「やさしくないマチ」の存在があることを明らかにしている。また、段差解消、障害者用トイレの設置、協賛店の車いす配慮シールの掲示など「ヒトにやさしいマチづくり」が多くの人々への理解に繋がることを指摘している。第5章「災害時の避難行動にみる出入口段差整備等の有効性」では、災害時における入居者の避難行動、消防訓練の結果から出入口段差整備等の意義を導き出している。すなわち、二方向避難を可能にするため、2階居室等から直接外部への避難用バルコニー設置と、1階についても避難路としてのベランダヘの出入口段差解消が重要であることを示している。さらに屋内消火栓通水ホースが段差となっていることも明らかにしている。

 第III部「生活者・地域にみる福祉環境整備状況」では、第6章「生活者・設置者にみる福祉環境整備状況」においては、新たな分類方法による生活形態別5施設毎、設置主体別毎、歩行・視覚障害別等の整備状況を明確にし、生活形態別5施設分類の視点からの整備の意義を示している。調査結果では全施設の6割で出入口段差が存在すること、生活形態別の整備状況では、第1位が高齢者保健福祉施設で6割、第2位が身近なサービス施設で4割、第3位が生活を楽しむ施設で4割、第4位が障害者・子ども・女性の生活支える福祉施設で3割、第5位が身近な交通施設で2割となり施設間格差の実態を示している。また、出入口段差以外の項目でも同様な傾向があり、出入口段差整備状況が環境整備の代表指標となることを発見している。

 第IV部「地域にみる福祉環境整備評価」では、第8章「北海道212市町村の福祉環境整備評価」において5施設分類毎の平均整備率による類型化と分類、整備状況、道内212市町村の高齢化・類型化にみる整備状況を明らかにしている。本研究で開発した生活形態別5施設分類を使用し、北海道212市町村評価の類型化を試みている。すなわち、調査データをSPSS Base 9.0により、階層クラスター分析を行い、地域の高齢化状況を加えて考察している。分析の結果、「全体未整備型」、「高齢者等施設のみ整備型」、「交通施設のみ未整備型」、「交通施設のみ整備型」、「全体整備型A」、「全体整備型B」の6類型が得られ、福祉環境整備評価における指標として有効であることを示している。また、高齢化の状況を合わせると高齢化率14%以上21%未満の高齢社会段階で「高齢者等施設のみ整備型」を中心に、高齢化率が高く整備状況の悪い市町村が圧倒的多数を占めることを明確にしている。

 第V部「結論」では、第9章「まとめと提案」として、(1)「出入口段差整備等の重要性」では今後の整備の考え方、(2)「生活者・地域にみる福祉環境整備状況」では生活形態別5施設分類等による福祉環境整備状況の把握、(3)「地域にみる福祉環境整備評価」では北海道を事例に類型化を試みて自治体毎の評価を行いっている、そして以上の結果から得た知見をまとめとしている。

 上記のように、本論文は、障害の有無にかかわらず多くの人にとって地域の建築物を使い易くする福祉環境整備の推進に向かって個々の建築物ならびに街におけるバリア、特に個々の建物の「出入口段差」に注目してそれをバリアフリー化することの有効性を検証し、福祉環境整備評価項目として、多くの人々が理解しやすい「出入口段差」整備が重要であること、各自治体の福祉環境整備状況評価に本研究で示した考え方が有効であることを明確にしたものである。高齢社会を迎えたわが国でますます重要視されてきたバリアの解消や各自治体における今後の福祉環境整備について基本的な知見を示し、建築計画学の発展に大きな寄与をしたものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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