学位論文要旨



No 215550
著者(漢字) 平島,岳夫
著者(英字)
著者(カナ) ヒラシマ,タケオ
標題(和) 火災加熱を受ける鋼構造部材の変形性状に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 215550
報告番号 乙15550
学位授与日 2003.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15550号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅原,進一
 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 高田,毅士
 東京大学 講師 伊山,潤
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的

 建物に耐火性を持たせる基本方策は、建物の内部を区画化して火を封じ込めることである。火を封じ込める防火区画がなされておれば、避難と消防活動の安全が確保されるとともに財産の保全が可能となる。防火区画を具体的に実現するには、区画部材である床・壁とこれらを支える柱・梁などの構造部材を、耐火性のある材料で構成することが必要となる。従来、鋼構造骨組の耐火性は、鋼材温度を平均350℃以下となるように耐火被覆を施すことで保たれてきた。

 一方、建物の開口条件や燃種(もえぐさ)などに応じて火災性状を予測し、その火災に対する鋼構造骨組の熱変形挙動を追跡し、建物の耐火性を合理的に評価する手法が提案されている。この手法を用いて、燃種の少ない建物や開放性のある建物においては、耐火被覆を用いない鋼構造骨組の可能性が追求され、耐火鋼が開発された。このような状況下において耐火被覆を用いない一般鋼による建物の実現を試みたが、350℃以上における鋼構造部材の変形性状に関する実験データが極めて少なく、一般鋼を用いた建物において合理的な耐火設計を適用することが困難であった。

 本研究の目的は、従来の耐火試験では得られなかった350℃以上における鋼構造部材の変形性状を実験により確認することである。区画火災を受ける鋼構造骨組における熱応力変形解析の結果によると、耐震設計を施された骨組は鋼材温度が600℃位になるまで耐火性を有することが示されているが、部材に生じる熱変形は極めて大きく、局部座屈を避けがたいことが指摘されている。本研究においては、火災加熱を受ける鋼構造部材の局部座屈後における変形性状を明らかにすることを目的とし、この目的を達成するために4種類の高温実験を行なった。

高温引張試験

 火災加熱を受ける鋼構造部材と鋼構造骨組の変形性状を把握する上で、高温時における鋼材の応力・ひずみ曲線は基本的かつ重要なデータである。

 本論では、溶接構造用圧延鋼材(SM490A)における高温引張試験結果に関して、高温時の応力・ひずみ曲線をはじめ、弾性係数・0.2%オフセット強度・引張強度・伸びなどの高温時力学的特性を示した。既往の研究結果に比較すると、本試験に用いた鋼材の高温時耐力は若干低い値を示した。

 また、高温時の応力・ひずみ曲線を数値化し、高温部材実験の数値解析に用いる応力・ひずみ曲線式として妥当な数式モデルを得た。

高温時におけるH形断面・箱形断面部材の短柱圧縮実験

 鋼構造部材の局部座屈に関する研究については、常温では数多くの応力変形性能実験が実施され、板要素の幅厚比を制限することにより局部座屈を防ぐことが構造設計に反映されている。高温時における局部座屈現象についても常温時の現象と力学的には大差ないと思われるが、耐火設計の場合、熱膨張による局部座屈を避けがたいので、局部座屈後における残存応力に着目している点が、常温時の構造設計と大きく異なる。火災時特有の局部座屈後における残存応力に関する実験データは、耐火鋼についてはあるが、一般鋼についてはわずかである。

 本研究では、一般鋼による幅厚比b/t=7.5と幅厚比b/t=10のH形断面部材および幅厚比d/t=25と幅厚比d/t=30の箱形断面部材を用いて短柱圧縮実験を行ない、常温・400℃・500℃・600℃における最大耐力と局部座屈後の大変形時における残存応力を得た。鋼材の基準強度を指標として15%位までのひずみにおける実験結果を整理すると、耐火設計において重要な目安となる局部座屈後の残存応力は、H形断面部材と箱形断面部材ともに500℃においては基準強度の0.4倍程度,600℃においては基準強度の0.2倍程度であった。

 また、高温時における局部座屈後の応力・ひずみ曲線を実験的に導き、鈴木らの提案式に基づき局部座屈後の応力一ひずみ曲線を数式化した。計算結果と実験結果を比較すると、両者は定性的に概ね一致し、定量的こは実験値に対して計算値の方がやや下回る安全側の値を示した。短柱圧縮実験結果より得た応力・ひずみ曲線を用いることで、一般鋼を用いた部材および骨組の熱応力変形解析に、局部座屈後の応力低下を考慮することが可能となった。

高温時におけるH形断面部材の純曲げ実験

 鋼構造骨組の耐火性を検討する手段として、鋼材の熱劣化と長期荷重を考慮して得られる骨組の崩壊温度を求める設計手法が提案されている。この設計手法は、塑性ヒンジ部分における曲げモーメントは曲率の増大にかかわらず全塑性モーメントを維持すると仮定した塑性設計手法に基づいている。火災加熱を受ける鋼構造部材に降伏曲率の20倍を超える曲げ変形が生じた解析例など報告されているので、鋼構造骨組の耐火性を熱応力変形解析あるいは塑性設計により検討する場合には、鋼構造部材の大変形後における曲げモーメントの低下について実験により把握しておく必要がある。

 火災加熱を受ける鋼梁の曲げ変形性状に関する研究については、標準加熱温度を与えた単純梁の載荷加熱試験によるものが多く、主に全体的な横座屈や床拘束を伴う梁の曲げ変形性状に関するものが多い。一方、高温時における局部座屈を伴う鋼構造部材の曲げ変形性状に関する実験デ

ータは、耐火鋼についてはあるが、一般鋼についてはわずかである。

 本研究では、一般鋼による幅厚比b/t=7.5と幅厚比b/t=10のH形断面部材を用いて純曲げ実験を行ない、常温・400℃・500℃・600℃における局部座屈後の大変形時における曲げモーメントの値を得た。幅厚比b/t=10以下のH形断面部材を用いた本実験においては、ISOあるいはECCSの基準における梁の限界たわみに相当する大変形が生じても、局部座屈に伴い曲げモーメントが低下していく様子が見られず、塑性設計が適用可能であることが示された。

 また、引張試験および短柱圧縮実験より得た応力・ひずみ曲線を用いて純曲げ実験の数値解析を行なった結果、大変形時における曲げ変形性状を概ね安全側に追跡できることが示された。

高温時におけるH形断面・箱形断面部材の曲げ圧縮実験

 外柱を含む区画において火災が生じた場合、鋼梁の熱膨張により外柱は外側へと押し出され、図1に示すように、外柱の柱頭・柱脚に局部座屈が生じる可能性がある。よって、火災時における鋼構造骨組の構造安定性を検討する際には、梁の伸びだしによる水平変形を受けた外柱が存在軸力を維持できるか否かを確認することが重要である。しかし、鋼柱の耐火性に関する研究は、耐火試験によるものが多く、梁の伸びだしを考慮した実験的研究は少ない。

 本研究では、一般鋼による幅厚比b/t=7.5と幅厚比b/t=10のH形断面部材および幅厚比d/t=25と幅厚比d/t=30の箱形断面部材を用いて曲げ圧縮実験を行ない、常温・400℃・500℃・550℃・600℃における曲げ圧縮変形性状を明らかにし、火災時における鋼梁の伸びだしを受ける鋼柱の荷重支持能力を確認した。

 鋼柱における水平変形の許容値を階高の1/30として設定し、その変形に達するまで所定の存在軸力を維持したものを荷重支持能力ありと見なすと、軸力比0.3以下の鋼柱については600℃まで荷重支持能力を有し、軸力比0.5以下の鋼柱については500℃まで荷重支持能力を有することが確認された。

 また、引張試験および短柱圧縮実験より得た応力・ひずみ曲線を用いて、曲げ圧縮実験の数値解析を行なった結果、局部座屈を考慮した解析は、加熱梁の伸びだしにより大きく折れ曲る外柱柱頭の曲げ圧縮変形性状を概ね追跡できることが示された。

耐火設計への適用

 本論では、ヨーロッパ鋼構造協会連合(ECCS)において規定されている変形量の許容値と高温部材実験の結果を組み合わせて、実存する鋼構造骨組における耐火性の検証を試みた。本設計例は、既に検討された高層鉄骨架構48棟の中で、外柱における軸力比が最も大きく、また600℃までの熱応力変形解析において鋼梁のたわみが最も大きかった例であったが、骨組としては鋼材温度500℃までの耐火性を有することが確認された。

 また、鋼構造骨組の熱応力変形解析においては、短柱圧縮実験より得た局部座屈後における応力・ひずみ曲線を用いて、局部座屈を考慮した解析を行なった。本設計例では、局部座屈ありと局部座屈なしの解析結果において575℃までは大きな差が見られなかったが、収束不可能となる温度において大きな差が見られた。局部座屈を考慮した熱応力変形解析を行なうことで、より安全側の結果が得られることが示された。

結論

 本研究では、従来不足していた一般鋼に関する基礎資料を600℃までの部材実験により蓄積し、局部座屈の発生を前提とした鋼構造部材の変形性状を実験により明らかにした。本研究の成果を活用することにより、熱応力変形解析と実験の両面から、鋼構造骨組の耐火性を検討できるようになった。

図1 火災加熱を受ける鋼構造骨組の挙動

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、鋼構造の防火区画を構成する一般鋼による骨組の力学的性状について、400〜600℃における一連の実験を行い資料を蓄積すると共に、それらの結果を火災時における鋼架構の変形性状の予測に用い、数値解析に基づく耐火設計手法への適用限界について解明を試みたものである。耐火試験においては、耐火被覆が施された一般鋼による構造部材の鋼材温度が平均350℃以下かつ最高450℃以下であることを判定条件に、その耐火時間を決定していたが、1992年に実施された多数の高層鉄骨架構棟における熱応力変形解析の報告から、耐震設計された一般鋼による構造骨組は600℃程度まで温度上昇しても耐火性を保持する可能性が示されたと分析している。また、同報告では火災加熱を受ける鋼柱の柱頭と柱脚および鋼梁の端部と中央部に大きな曲率が生じ局部座屈が発生することも指摘されていることを問題とし、高温時における鋼柱と鋼梁の荷重支持能力を検証するため、本実験的研究を実施したと述べている。

 常温〜800℃までの溶接構造用圧延鋼材の高温引張試験では、5種類のSM490Aおよび1種類の裏当て金について高温時の応力・ひずみ曲線をはじめ、弾性係数・0.2%オフセット強度・引張強度・伸びなどの高温時における引張特性に関する資料を蓄積している。H形断面・箱形断面部材の短柱圧縮実験では、圧縮ひずみ15%程度における残存圧縮耐力は、H形断面部材および箱形断面部材共に、500℃においては基準強度の0.4倍程度、600℃においては0.2倍程度であったとし、この結果を用いることにより、H形断面部材の局部座屈後における応力・ひずみ曲線式を提案し、当該部材の局部座屈後における耐力低下を考慮することが可能となったと述べている。H形断面部材の純曲げ実験では、ヨーロッパ鋼構造協会の耐火設計ガイドで推奨されている梁の変形量の許容値を目安として、大変形時における一般鋼の曲げ耐力を検討し、幅厚比10以下においては、梁のたわみ許容値に相当する変形が生じても局部座屈に伴う曲げ耐力の低下が見られないことから、数値解析に基づく耐火設計の力学的性状予測に際しては、鋼梁に生じるたわみが許容値を超えないことを確認すればよいとし、塑性ヒンジ部分における曲げ耐力が曲率の増大にもかかわらず全塑性モーメントを維持すると仮定した塑性設計が適用できることを示している。ヨーロッパ鋼構造協会における柱の変形量の許容限界値(階高の1/30)を超える水平変形を与えたH形断面・箱形断面部材の曲げ圧縮実験に関しては、加熱梁の伸び出しを受ける一般鋼の柱が維持できる存在軸力を明らかにしている。すなわち、軸力比および鋼材温度を要因とする鋼柱の荷重支持能力は、幅厚比10以下の一般鋼H形断面部材については、軸力比0.3以下の柱で鋼材温度600℃まで、軸力比0.3〜0.4の柱で550℃まで、軸力比0.4〜0.5の柱で500℃までであり、幅厚比30以下の一般鋼箱形断面部材については、軸力比0.3以下の柱で鋼材温度600℃まで、軸力比0.3〜0.5の柱で500℃までであることを各々検証している。これより、数値解析に基づく耐火設計の力学性状予測において鋼柱に生じる水平変形量が許容伯(階高の1/30)を超えないことを確認して軸力比に応じて鋼材温度を制限すれば、局部座屈の影響により外柱が軸力を支えられなくなる事態を回避できる見通しが得られたと総括している。

 数値解析に基づく耐火設計への適用に関しては、先述の数値解析が行なわれた高層鉄骨架構棟の中から、外柱における軸力比が最も大きく、また600℃までの熱応力変形解析において鋼梁のたわみが最も大きかった例を用いて、防火区画による火災の延焼拡大防止のための構造部材に生じる許容変形量をヨーロッパ鋼構造協会の耐火設計で推奨されている値とし、鋼構造骨組の熱応力変形解析を実施し、局部座屈を考慮しない熱応力変形解析においては鋼材温度590℃で梁のたわみが許容値に達し、短柱圧縮実験の結果を用いて局部座屈を考慮した場合は575℃で外柱側梁端部に局部座屈が発生し580℃で収束不可能となり、これらの結果から鋼構造骨組の熱応力変形解析による鋼材温度の許容値は575℃であるとしている。また、H形断面部材を用いた軸力比0.32の外柱における鋼材温度の許容値は550℃、箱形断面部材を用いた軸力比0.47の内柱における鋼材温度の許容値は500℃となり、本実験的研究を適用して求められた本例においては一般鋼材温度の許容値は500℃であるとし、耐火設計への適用方法を具体的に示している。

 以上要するに、本研究は、従来著しく不足していた一般鋼に関する高温時の変形性状を600℃までの部材実験を行うことにより蓄積し、局部座屈の発生を前提とした鋼構造部材の残存耐力と荷重支持能力を明らかにして、実験と熱応力変形解析の両面から、一般鋼による構造骨組の耐火性能を検証可能としたものであり、この成果は鋼構造の耐火設計法の発展に寄与するところが極めて大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51267