学位論文要旨



No 215552
著者(漢字) 佐々木,仁
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,ヒトシ
標題(和) 鉄筋コンクリート梁のせん断挙動とびひ割れ幅制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 215552
報告番号 乙15552
学位授与日 2003.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15552号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 助教授 川口,健一
 東京大学 助教授 塩原,等
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は,普通重量及び軽量コンクリートを用いたRC梁のせん断ひび割れの発生からせん断破壊に至るまでのせん断挙動を実験的・解析的検討を通して明らかにし,それを踏まえた性能評価型設計への活用としてせん断ひび割れ幅に的を絞り,せん断ひび割れ幅の制御設計法を提案することを目的としている。

 RC部材のせん断破壊は,せん断ひび割れの発生後,ひび割れの幅及びずれの増大に起因して破壊に至るまであまり変形することなく耐力が低下し,最大荷重に達すると急に耐力を失う,いわゆる脆性破壊の挙動を示すことが多い。そのため,降伏ヒンジが計画された梁部材は,耐力と十分な靭性を確保するために,ヒンジ領域の曲げ耐力を保証するためのせん断耐力を付与するとともに,必要な塑性変形に到達するまでせん断破壊が生じないよう設計される。したがって,梁部材をより合理的に設計するためには,曲げ挙動と並んで曲げモーメントとせん断力が作用するときのせん断ひび割れの発生からせん断破壊に至るまでに呈する部材の強度及び変形,せん断補強筋及びウェブコンクリートのひずみ挙動,せん断ひび割れの幅及びずれ,せん断破壊の形態,といったせん断挙動の解明が不可欠である。特に,部材のひび割れ幅制御や損傷制御といった性能評価型設計の実施にあたっては,せん断ひび割れも曲げひび割れと同様にひび割れ幅挙動の定量的評価が必要となる。

 本研究は,Kupferによる骨材のかみ合い作用を考慮したトラス理論と,その理論に増分解析の手法を組み入れた渡邊・李による解析法を基礎とし,解析的なアプローチによりRC梁のせん断挙動を解明しようとするものであるが,既往の研究では不十分であったせん断補強筋,圧縮部コンクリート及び骨材のかみ合い作用の各抵抗要素の力学性状を評価でき,さらに曲げ破壊とせん断破壊に至る部材を同時に扱うことのできる増分解析法を構築した点に特徴がある。また,せん断ひび割れ幅の制御設計法では,せん断補強筋の平均ひずみ度に加えて,主筋の平均ひずみ度,繰り返し加力の影響を考慮したせん断ひび割れ幅・ずれの評価を行い,その結果を基に常時荷重状態,使用限界状態及び補修限界状態に応じて,せん断ひび割れ幅の算定値とびひ割れ幅制御目標値との対比検証が行える設計法を提案した点に新規性がある。さらに,本研究におけるンクリート種類は,普通重量の他に,軽量1種及び軽量2種も適用範囲としている。本論文は,全7章から構成されている。

 第1章「序論」では,研究主題に取り組むことの意義を論じ,研究の背景と目的,せん断挙動に関する既往の研究と研究課題,本論文の構成と位置付けを示した。せん断挙動に関する研究は,部材の形状・寸法,コンクリート種類,せん断補強筋量と配置,主筋量,載荷形式などを因子とした実験的研究や,ストラット・タイモデル,極限解析法などによる力学モデルの観点からの理論的研究がこれまでにも数多く発表されている。実験的研究は,主に斜めひび割れ強度やせん断破壊強度に着目したものであり,部材の変形や補強筋のひずみ挙動などを追跡できるものではない。一方,力学モデルによる理論的研究は,せん断破壊強度に関するもの,せん断ひび割れの発生からせん断破壊までの強度や変形に関するもの,に分類される。本研究は,このうち後者に分類されるもので,従来曲げ破壊とせん断破壊をそれぞれ別々に扱っていたものを,同時に扱うことのできる増分解析法を提案している。

 RC梁のせん断挙動を解析的なアプローチにより解明していくためには,せん断抵抗要素である,(1)せん断補強筋,(2)圧縮部コンクリート,(3)骨材のかみ合い作用,(4)主筋のダウエル作用,のそれぞれを力学モデルに組み入れ,それらの影響度合を定量的に把握することが重要であり,そのための主たる研究課題は,(1)コンクリートひび割れ面での応力伝達挙動,(2)ひび割れたコンクリートの圧縮特性,(3)せん断ひび割れの発生間隔,であると結論付けた。

 また,せん断ひび割れ幅の制御設計法に関しては,せん断ひび割れ幅の挙動を定量的に評価する必要があるが,曲げひび割れ幅の研究と比較すると,せん断ひび割れ幅の研究は少ない。現時点では,土木学会示方書,CEB/FIPモデルコード,ソ連のSNIPにせん断ひび割れ幅の規定が設けられているが,いずれの規準とも,長期荷重が作用することによって生じるせん断ひび割れ幅と,地震力による残留せん断ひび割れ幅との両者に対して,ひび割れ幅の算定値と許容ひび割れ幅との対比検証が行えるものにはなっていない。また,それら設計規準におけるせん断ひび割れ幅算定式の背景となっている既往の評価式は,ひび割れを横切るせん断補強筋のひずみとひび割れ間隔を関数とした表現にとどまり,部材軸方向のひずみ,すなわち主筋量の影響が考慮されていない。したがって,より合理的なせん断ひび割れ幅の制御設計法を提案するためには,(1)主筋量の影響も考慮したせん断ひび割れ幅の評価,(2)繰り返しの影響を考慮した残留せん断ひび割れ幅の評価,(3)常時荷重状態,使用限界状態,補修限界状態に応じた設計手順の提案,が必要であると結論付けた。

 第2章「梁のせん断挙動に関する基礎実験とその評価」では,せん断挙動の解析法を構築するうえでの課題である(1)コンクリートひび割れ面での応力伝達挙動(骨材のかみ合い効果),(2)ひび割れたコンクリートの圧縮特性(有効圧縮強度),(3)せん断ひび割れの発生間隔,について,既往の研究調査を行い,それらの力学的特性に関する基礎実験とその定量的評価について論じ検討した。

 コンクリートひび割れ面での応力伝達挙動に関しては,単調載荷を対象に,せん断応力成分,圧縮応力成分を含めた形の応力伝達構成式の導出を試みた。応力伝達構成式を導くうえでは,(a)複雑なひび割れ表面の形状を正確に評価できるか,(b)微細な接触面での伝達応力を的確に評価できるか,が課題となる。そこで,先ず上記(a)のひび割れ表面形状の評価に関しては,普通重量及び軽量コンクリートのひび割れ面を対象に,操作が簡単で,かつ比較的多量のデータを採取できるCCD(Charge Coupled Device)方式のレーザ変位計を用いて実測し,そのデータを基にひび割れ表面形状の定量的評価を行った。その結果,ひび割れ面の複雑な形状は,微小単位の平面の集合体でモデル化できることを示した。また,微小単位の接触面の面積は,接触面角度の確率密度関数,接触面高さ有効係数を用いて定量化した。次いで,上記(b)の接触応力の構成則に関しては,接触面直交方向の一軸圧縮応力-局所変位関係で評価した弾塑性モデルにより定式化した。以上により,ひび割れ面での応力伝達構成式を得ることができた。得られた応力伝達構成式は,単調載荷による水平一面せん断実験の実験結果と良好に対応した。

 ひび割れたコンクリートの圧縮特性に関しては,本研究で実施した引張-圧縮載荷型のRC平板の実験結果と,同様な加力形式で得られた既往の実験データを統合し,それを基に軽量から普通重量のコンクリートまで適用できる圧縮強度低減係数の評価式,ひび割れたコンクリートの圧縮応力度-圧縮ひずみ度関係モデルを提案した。

 せん断ひび割れの発生間隔に関しては,普通重量及び軽量コンクリートを用いたRC梁の既往の実験データと,既往の提案式との適合性を検証し,その検証結果を踏まえて精度の良い簡略化した推定式を導くことにした。その結果,普通重量コンクリート梁ではKupfer式を用いることによって,また軽量コンクリート梁ではKupfer式を低減修正することによって,平均せん断ひび割れ間隔の実験値を比較的精度よく推定することのできる提案式を導いた。

 第3章「RC梁のせん断挙動の解析的評価法」では,2章で導かれた各構成則を組み入れることにより,単調載荷におけるせん断ひび割れの発生から種々のせん断破壊に至るまでに梁部材が呈するせん断挙動を逐次予測できる増分解析法を構築した。本解析法は,Kupferによるトラス理論と渡邊・李による解析法を基本としているが,(1)曲げ解析を併用することにより,曲げ破壊とせん断破壊とが同時に扱えること,(2)普通重量から軽量コンクリートまでの範囲を扱えること,(3)せん断抵抗要素であるせん断補強筋,圧縮部コンクリート,骨材のかみ合い作用のそれぞれの力学性状を定量的に評価できること,(4)種々の破壊モードに至る部材の荷重変形関係を追跡できること,に特徴がある。

 解析法の構築に際しては,せん断補強筋と骨材のかみ合い作用によるせん断抵抗要素を,部材の端部領域と中央領域とでひび割れ角度が異なるトラス機構に置き換えモデル化した。圧縮部コンクリートの抵抗要素については,部材両端を斜めに結ぶコンクリートのア一チ機構に置き換えモデル化した。そして,それら機構の応力の釣合い状態,ひずみの適合状態にKupferによる骨材のかみ合い作用を考慮したトラスモデルを組み入れ,より現実的な力学モデルに改良した。ただし,主筋のダウエル作用については,本解析ではモデル化を行っていない。また,解析では,せん断破壊の危険領域として梁材の端部領域を仮定し,その破壊モードには,せん断ひび割れ幅の拡大あるいはせん断ずれの増大に起因するせん断引張破壊と,主せん断ひび割れ近傍でのコンクリートの圧壊によるせん断圧縮破壊を想定している。

 第4章「せん断破壊が先行するRC梁のせん断挙動解析に対する検証」では,曲げ降伏前にせん断破壊が先行した普通重量及び軽量コンクリートを用いたRC梁を対象に,せん断終局強度,破壊モード,荷重変形関係,せん断補強筋のひずみ度,せん断ひび割れ幅について,本研究で実施した軽量2種の実験データと既往の実験データとの適合性を検証した。その結果,解析値は,せん断終局強度,破壊モード,荷重変形関係,せん断力-補強筋ひずみ度関係,せん断力-せん断ひび割れ幅関係の実験値と良好に対応した。ただし,繰り返し載荷の試験体に対しては,荷重変形関係における最大荷重以降の耐力低下と,繰り返しによるせん断ひび割れ幅のシフト現象を精度よく評価できないものもみられた。また,普通重量コンクリート梁の場合は,合せん断力の80%程度をせん断補強筋と骨材のかみ合い作用とによるせん断力で伝達し,軽量2種のコンクリート梁の場合は,せん断補強筋と圧縮部コンクリートとで全せん断力の殆どを伝達していることが分かった。

 第5章「曲げ降伏後せん断破壊するRC梁のせん断挙動解析に対する検証」では,曲げ降伏後にせん断破壊した普通重量及び軽量1種のコンクリートを用いたRC梁を対象に,荷重変形関係,せん断補強筋のひずみ度,せん断ひび割れ幅について,既往の実験データとの適合性を検証した。その結果,解析値は,主筋降伏時の部材角,最大荷重までの荷重変形関係,せん断力-補強筋ひずみ度関係の実験値を精度よく予測できた。しかし,せん断力-せん断ひび割れ幅関係の実験値を過小評価し,荷重変形関係における最大荷重以降の耐力低下を十分な精度で予測できなかった。

 第6章「RC梁のせん断ひび割れ幅に対する制御設計法への提案」では,先ず既往のせん断ひび割れ幅の評価式と各国のせん断ひび割れに関する設計規準について調査し未解決な問題を明らかにした。次に,2章から5章までの研究成果を基に,普通重量及び軽量コンクリートを用いたRC梁のせん断ひび割れ幅及びせん断ずれの評価式を導いた。その評価式の導出に際しては,せん断補強筋のひずみ度の他に,主筋量の影響と繰り返し加力の影響を検討した。さらに,得られた評価式を基本にせん断ひび割れ幅の算定式を導き,せん断ひび割れ幅の制御設計法を提案した。提案内容は,基本方針,適用範囲,ひび割れ幅の制御目標値,常時荷重状態,使用限界状態及び補修限界状態に応じた設計法である。

 第7章「結論」では,本研究の内容を総括するとともに今後の研究課題について述べた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「鉄筋コンクリート梁のせん断挙動とびひ割れ幅制御に関する研究」と題し、鉄筋コンクリート造(RC)梁のせん断ひび割れの発生からせん断破壊に至るまでのせん断挙動を実験的・解析的に明らかにするとともに、せん断ひび割れ幅の制御設計法を提案することを目的とし、全7章からなる。

 第1章「序論」では、研究の背景と目的、せん断挙動に関する既往の研究と研究課題、本論文の構成と位置付けを述べている。せん断破壊に至るせん断挙動に関する既往の研究には、種々の因子のせん断挙動に及ぼす影響を明らかにする実験的研究と、ストラット・タイモデルおよび極限解析法などによりせん断強度を評価する解析的研究が数多く発表されているが、部材の変形や補強筋のひずみ挙動などを追跡できる実験的な研究は少なく、曲げとせん断挙動を同時に扱う解析的研究も少ない。そこで、本研究では、せん断挙動を定量化するためには、(1)コンクリートひび割れ面での応力伝達挙動、(2)ひび割れたコンクリートの圧縮特性、(3)せん断ひび割れの発生間隔を定量的に明らかにすることが重要であるとしている。また、せん断ひび割れ幅の制御設計法に関しては、(1)主筋量の影響も考慮したせん断ひび割れ幅の評価、(2)繰り返しの影響を考慮した残留せん断ひび割れ幅の評価、(3)常時荷重状態、使用限界状態、補修限界状態に応じた設計方法などの研究が必要であるとしている。

 第2章「梁のせん断挙動に関する基礎実験とその評価」では、せん断挙動をモデル化するための課題として、(1)コンクリートひび割れ面での応力伝達挙動(骨材のかみ合い効果)、(2)ひび割れたコンクリートの圧縮特性(有効圧縮強度)、(3)せん断ひび割れの発生間隔に関する既往の研究を詳細に検討し、独自の基礎的な実験を行っている。例えば、コンクリートひび割れ面での応力伝達挙動を定量化するために新しくレーザ変位計を開発し、ひび割れ表面形状の定量的評価を行い、ひび割れ面の複雑な形状は微小単位の平面の集合体でモデル化できることを明らかにするとともに、微小単位の接触面の面積を接触面魚度の確率密度関数と接触面高さ有効係数を用いて定量化している。また、ひび割れ部における接触応力の構成則に関して、接触面直交方向の-軸圧縮応力-局所変位関係で評価した弾塑性モデルにより定式化し、単調載荷による水平-面せん断実験の実験結果に対して妥当性を検証している。

 ひび割れたコンクリートの圧縮特性に関して、引張-圧縮載荷型のRC平板の実験結果に基づき、圧縮強度低減係数の評価式およびひび割れたコンクリートの圧縮応力度-圧縮ひずみ度関係モデルを提案している。また、せん断ひび割れの発生間隔に関しては、既往の研究に基づき、平均せん断ひび割れ間隔の実験値を比較的精度よく推定する式を提案している。

 第3章「RC梁のせん断挙動の解析的評価法」では、2章で導いた各構成則を用いて、単調載荷におけるせん断ひび割れの発生からせん断破壊に至るせん断挙動を予測できる増分解析法を構築している。この解析方法は、(1)曲げ破壊とせん断破壊とが同時に扱えること,(2)普通重量および軽量コンクリートを扱えること、(3)せん断補強筋、圧縮部コンクリートおよび骨材のかみ合い作用を定量的に評価できること、(4)種々の破壊モードに至る部材の荷重変形関係を追跡できること,に特徴があるとしている。

 第4章「せん断破壊が先行するRC梁のせん断挙動解析に対する検証」では、曲げ降伏前にせん断破壊が先行したRC梁を対象に、せん断終局強度、破壊モード、荷重変形関係、せん断補強筋のひずみ度、せん断ひび割れ幅について実験データとの適合性を検証している。ただし、繰り返し載荷の試験体に対しては必ずしも十分な精度で評価できないものがあることを述べている。

 第5章「曲げ降伏後せん断破壊するRC梁のせん断挙動解析に対する検証」では、曲げ降伏後にせん断破壊したRC梁の荷重変形関係、せん断補強筋のひずみ度、せん断ひび割れ幅を実験データとの適合性を検証し、解析モデルがこれらを精度よく評価できることを示している。しかし,せん断力-せん断ひび割れ幅関係の実験値を過小評価し、荷重変形関係における最大荷重以降の耐力低下を十分な精度で予測できないとしている。

 第6章「RC梁のせん断ひび割れ幅に対する制御設計法への提案」では、2章から5章までの研究成果を基に、RC梁のせん断ひび割れ幅及びせん断ずれの評価式を導き、せん断ひび割れ幅の制御設計法として、基本方針、適用範囲、ひび割れ幅の制御目標値、常時荷重状態、使用限界状態及び補修限界状態に応じた設計法を提案している。

 第7章「結論」では,本研究の内容を総括するとともに今後の研究課題について述べた。

 本論文は、鉄筋コンクリート造梁のせん断ひび割れ発生からせん断破壊に至るまでのせん断挙動を定量化するとともに、せん断ひび割れ幅の制御設計法を提案するもので、構造工学、特に鉄筋コンクリート構造学の発展に大きく貢献するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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