学位論文要旨



No 215554
著者(漢字) 安藤,正雄
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,マサオ
標題(和) インターフェイス・マトリクスによる構工法計画の理論と手法
標題(洋)
報告番号 215554
報告番号 乙15554
学位授与日 2003.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15554号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 助教授 松村,秀一
内容要旨 要旨を表示する

 本論文の内容と構成を表1-1に示す。

 本論文は著者が独自に定義したインターフェイス・マトリクス(IFM)を用いて,さまざま構工法計画手法を開発,実用化した成果をまとめたものである。

 序論と結論を除き,本論文は大きく三つのパートに分かれる。

 第一篇は,IFMの定義とその工程計画への応用に関する研究をまとめた第2章から第5章までの部分である。

 第二篇は第6章から第8章までで,いずれの章も多工区同期化構工法のサイクル工程に関する各種計画手法のための理論化とツール開発を扱ったものである。

 最後の第三篇は第9章の1章のみからなる。これも多工区同期化構工法の構工法計画の開発であるが,次の点でそれまでの章とは異なっている。すなわち,第1章から第8章までは「構法」を所与としたうえで工程計画を中心とするさまざまな構工法計画への展開がはかられているが,第9章では同一の建物の設計(建物基本モデル)から「構法」をさまざまに変化させ,「工法」と連動した計画手法を完成させたという点である。本論文の基底にある認識は,構法と工法は不可分であるということにあり,各章も何らかの意味でその認識に基づいた研究となっているが,第9章はその両方を双方向に操作可能な属性と値としてまとめあげたところに大きな特徴がある。その意味で,この章は本論文の結論部といってよい。

 表1-1に示すように,本論文はIFMと名づけた行列の定義に始まり,その要素にさまざまの属性を持たせることによってより高度な理論と手法への展開をはかってきた経過を跡付けるものとなっている。

 以下,第2章から第9章にいたる各章の内容について概要を記す。

 第2章はIFMの定義を行った部分である。IFMはn個の構成材(あるいは工程要素と解釈してもよい)の関係を表す行列である。前述のように,本論文は「構法」と「工法」を結ぶことを目的に構成材と工程要素を1対1に対応付けることから出発しているから,行列の軸を構成材と見れば行列の要素として表現された「関係」は構成材間の物理的なインターフェイスであり,またそれを工程要素と見れば同じ「関係」は工程順序として読める。この点がIFMの大きな独創性である。また,IFMは対角要素を0とせずに1とすることによって,後章の手法の開発に有機的に役立っていると同時に,アロー型ダイアグラムとフロー型ダイアグラムの長所を兼ね備えた行列の表現となっている。この点も行列を応用した他の工程計画手法と大きく異なる点である。

 第3章は,ランダムな順番に並んでいるIFMの軸を工程順に並びかえるトポロジカル・オーダリングを扱った章である。工程をあらわす行列から到達可能行列を求めそれを三角行列に変換するという手法はすでに存在しているが,本論文ではIFMの特性に基づいた定式化を行った。その特徴は,後章でさまざまな工程分割,構成分割を行うために,構成材間のIFで最初に定義された要素間の関係が持つ冗長性をいっさい排除せずにトポロジカル・オーダリングを可能にした点である。また,後章での展開のために,IFMから求められるさまざまな行列を写像として用意し,工程要素(またはその群)をあらわすベクトルとの演算が可能なように準備した。

 第4章ではIFMの工程要素に職種という変数を付加し,任意のまとまりの工程要素群(=サブシステム)を抽出し,あるいは最適化する方法についてまとめた。これは第3章でIFMから定義した誘引要素の概念に主としてもとづいたものである。

 第5章は,IFMの工程要素に作業時間という変数を連動させることにより,簡易な方法で最早開始日程や最遅終了日程,クリティカル・パスなどが導かれるように手法化した結果をまとめたものである。

 第6章以降は,IFMにもとづき,繰返し型の工程を持つ建築に応用できる多工区同期化構工法の理論と手法を構築した結果をまとめたものである。この段階では,施工量や資源,工区分割,工期など構工法計画に関連する多くの変数が新たにIFMと関連付けられている。手法の基礎は工区分割をIFMの部分行列化として取扱うというユニークな方法にある。また,工程分割と作業空間分割を区別して扱うためにジョブ工区とサイト工区という概念を導入したが,このことによって工区間関係を明解に説明できるようになり,手法化が可能となった。

 本章で理論化・手法化した多工区分割同期化法についてもう一つ特筆すべき点は,これが各作業ティームの完全同期化(工程的な矛盾なく各ティームが100%稼動できること)を条件とした計画法であるために,構工法計画の目標を満足する解の存在が常に保障されており,しかも多様な解の導出が可能とされていることである。多工区同期化手法に類似するラインバランシング手法や多工区同期化よりはるかに単純なタクト工程について平準化された最適解としての工程を求める試みがなされているが,本手法はこの問題が最適化問題ではないことを明らかにし,多様な解を用意できるようにしたことに意味がある。

 第7章は,IFMに時間という変数を加え,IFMの時間的変化を表現する方法についてまとめた章である。また,行列の要素にサイト工区番号を記すことにより,基準階工程をあらわす行列の次元を増やすことなく,工程の進捗状況をあらわすIFMを作ることができた。この方法はリアルタイムの工程管理手法として実用化されている。

 一方,第8章は,ジョブ工区またはそれに含まれる工程要素についてサイト工区間のインターフェイスを考慮することにより,各ジョブ工程(工程要素)に適当な多様なサイト工区分割法を矛盾なく混在させる方法を導いたものである。これにより,多工区同期化手法のバリエーションが各段に拡張されている。

 第9章はすでに触れたように,建築の「ありよう」,すなわち構法も適宜変更することによって構工法計画の手法としての完成を提示した部分である。この場合の出発点は「建物基本モデル」と呼ぶ基本設計であってその全体的な形状,品質は不変であるから,ここでいう構工法計画は生産設計に対応することになる。その手法は,3次元のCADオブジェクトとして定義された建物モデルをブール演算によって適宜分割し(あるいは分割されたオブジェクトを合成し),そこにつくりだされた構成材=工程要素をIFMの演算と連動させることによって,構工法計画の評価を行うというものである。3次元CADと時間に関する工程計画を結んだという意味で,この手法を4次元の構工法モデリングと呼ぶ。この手法は次の点で今までにないものである。

 その第一は,「関係」(IF)と量を媒介させることにより,本手法は構法,工法のいずれからも双方向的にアプローチできるようにされていることである。この点が,単にCADオブジェクトに工程順序を与えるだけの方法とは根本的に異なっている。

 第二は,この手法が慣習的な,固定的な建築の部分概念を打破して,計画対象の自由な意味分節を計画者に委ねることを許している点である。この点も,オブジェクト指向等の概念を利用した類似の試みの限界を超えるものと考える。

 建物基本モデルが計画者の介在によってさまざまに変化しつつ最終出来型に収斂してゆくプロセスに対応したこの手法は,設計の意味を再考するうえでも有効であることを最後に触れた。

 終章である第10章では,本論文の成果をまとめるとともに本研究が持つ意味について総括した。

 本研究の意味は大きく分けて次の4点にあると考える。

 第一は,「構法」と「工法」が不可分のものであり,したがって構工法という一体的な取扱いが必要なのだという認識を,構工法計画の理論と手法に具体化し得たという点である。

 第二は,多くの作業ティームの同時作業を可能にするための多工区同期化法について,完全同期化条件を明らかにしそれを前提とする手法を開発したことによって,分割された工区の資源平準化問題が最適化問題ではなく,多様な解が存在しうること,またその解を導く方法を提示し得たという点である。

 第三は,基本設計をもとにした生産設計の手順を構工法計画としてあきらかにすることにより,生産設計,基本設計の位置付けを明らかにする基礎を築いた点である。

 第四は,設計・計画において,計画者による対象の意味分節が可能であることを手法として明らかにした点にある。計画対象の構成要素はア・プリオリに存在しているのではない。部分と全体との対応は一通りではなく,全体は一意的に部分に分解されない。意味による部分の分節を随意に組み替えることなくして創造的な活動は成し得ない。著者が本研究を通じてもっとも大きな目標としていたのはこのことを明示的な理論,あるいは手法として示すことにあった。

 創造的な行為は建築をつくるプロセスの全過程にわたって存在する。その際,「部分を積み上げる」ことではなく「構想としての部分を割り付ける」ことが必要であるが,それは実践の場では日常的に起こっていることである。本研究の成果は,理論と実践のかけはしのいくばくかを築くことを意図したものである。

表1・1本論文の内容と構成

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「インターフェイス・マトリクスによる構工法計画の理論と手法」と題し、建築における構法と工法とが不可分のものであるという認識のもとに、著者が独自に定義したインターフェイス・マトリクスという方法を用いて、多工区同期化構工法をはじめとする様々な構工法計画を理論付け、かつその実用的な手法を示したものである。

 本論文は、第1章序論と第10章結論を含む10章からなるが、そのうち第2章から第5章までを第1篇として、インターフェイス・マトリクス(以下「IFM」と記す)の定義とその応用に関する研究をまとめている。第6章から第8章までは第2篇として、多工区同期化構工法のサイクル工程に関する計画手法のための理論化とツール開発について述べている。第9章は第3篇として、構法と工法を連動させた計画手法を提示している。

 第1章「序論」では、「構法」は「ありよう」をあらわし、「工法」は「やりよう」をあらわすが、その両者を統合した「構工法」という概念の重要性を論じており、その背景となった産業構造の変化や、設計・施工プロセスと組織の一体化などについて紹介している。

 第2章「IFMの定義」では、IMFを複数個の構成材(または工程要素)の関係を示す行列と定義し、構法と工法とを結びつけるために、構成材と工程要素を1対1に対応させている。このことにより、IFMが構成部材間の関係と同時に工程順序の関係も示している点に独創があるとしている。

 第3章「IFMによるネットワーキング」では、ランダムな順序に並んでいるIMFの軸を工程順に並び替えるトポロジカル・オーダーリングの手法について論じている。後章で多様な構成部材分割や工程分割の可能性を検討しているが、そのような展開に必要なオーダリングの手法を示している。

 第4章「IFMによるサブシステムの抽出」では、IMFの工程要素に職種という変数を付加し、任意のまとまりの工程要素群(これを「サブシステム」と呼ぶ)を抽出し、あるいは最適化する方法について述べている。

 第5章「IFMによる工程計算」では、IFMの工程要素に作業時間という変数を連動させることにより、最早開始日程や最遅終了日程、クリティカル・パスなどを尊びく手法について述べている。

 第6章「工区分割問題とIFM」では、繰り返し型の工程をもつ建築に応用できる多工区同期化構工法に、IFMを適用する方法を示しており、とくに、工区分割をIFMの部分行列として扱うところに独創性があるとしている。また、工程分割と作業空間分割を区別するために、ジョブ工区とサイト工区という概念を導入している。

 第7章「時間の関数としてのIFM」では、IFMに時間という変数を加えることにより、IFMの時間的変化を表現する方法を提示している。そのことにより、工程の進捗状況をあらわすIFMを作ることができ、この方法はすでにリアルタイムの工程管理手法として実用化されている。

 第8章「垂直・水平の工区複合モードを組み込んだ多工区同期化構工法の作成」では、各ジョブ工程に対して多様なサイト工区分割を可能にする方法を提示している。これにより、多工区同期化手法の適用可能性が格段に拡張されている。

 第9章「プロダクト・モデリングからプロセスモデリングヘ」では、著者が「4次元の構工法モデリング」と呼ぶ、3次元キャドと工程計画を結びつける構工法計画の手法を提示した上で、この手法によれば、計画者による建物基本モデルの操作が可能であるとしている。

 第10章「結論」では、本研究の成果をまとめるとともに、その意義を次の4点に総括している。

 1)「工法」と「構法」とが不可分のものであり、したがって「構工法」という一体的な扱いが必要であるとの認識のもとに、構工法計画の理論と手法を具体的に提示したこと。

 2)多工区同期化法について、多様な解が存在しうること、またその解を求める方法を提示したこと。

 3)基本設計をもとにした生産設計の手順を構工法言十画として示すことにより、基本設計と生産設計の位置付けを明らかにしたこと。

 4)設計・計画において、計画者による対象の意味分節が可能であることを、手法として示したこと。

 以上のように本論文は、建築生産における構工法計画を、理論と応用の両面から論じたものであり、建築学の発展に寄与するところがきわめて大きい。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51157