学位論文要旨



No 215555
著者(漢字) 徳田,君代
著者(英字)
著者(カナ) トクダ,キミシロ
標題(和) ボイラー用微粉炭焚き低NOXバーナーの開発とその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 215555
報告番号 乙15555
学位授与日 2003.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15555号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 吉識,晴夫
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 本研究は,微粉炭焚きボイラーから発生する窒素酸化物(NOx)の排出量を,燃焼過程の制御によって低減する技術,すなわち低NOx燃焼技術を対象としている。著者らは窒素酸化物が問題化した1970年代に,低減が容易で当時ニーズが大きかった油焚きおよびガス焚きボイラーから発生する窒素酸化物の低減手法の開発に着手し,予混合燃焼方式によるNOx低減燃焼技術を確立している。この予混合燃焼方式によるNOx低減燃焼技術とは,それまでの主流であった拡散燃焼方式から発想を変えて,燃料濃度の濃い予混合炎と薄い予混合炎を組み合せて燃焼させる方式である。予混合炎のNOx発生量を調べると,空気比(実際空気量の理論燃焼空気量に対する比)が1の近傍でNOx発生量が最も多く,空気比が1より低い燃料過濃度火炎と1より大きい燃料淡濃度火炎では、NOx発生量が著しく低下する。そこで,燃料全体を過濃度火炎側と淡濃度火炎側に分けて別々に供給して2種類の火炎を形成させ、火炎後部で過濃度火炎側の余剰燃料を淡濃度火炎側の余剰空気で燃焼させることにより、全体としては空気比が1に近い条件で燃焼させても、低NOx燃焼を達成できる。この予混合燃焼方式のバーナーは,PM型(Pollution Minimum)バーナーの名称で,国内外の多くの実機ボイラーに適用されている。しかし,1973年以降の数次に亘る石油ショックを契機に,石油資源の節減が世界のエネルギー政策となり,ボイラー燃料の石炭転換が進められることになった。ただ,石炭は油・ガス燃料に比べ10倍程度の有機窒素を含有し,微粉炭燃焼で発生するNOxは,油・ガス燃焼時にくらべてはるかに多い。このため,石炭への転換には優れたNOx低減技術の導入が不可欠である。このような社会のニーズに鑑み,著者らは油・ガス焚き低NOxバーナー開発で得られた知見を活用しながら,微粉炭焚き低NOxバーナーの開発並びに実機ボイラーへの応用に関する研究に着手した。

2.微粉炭のNOx発生特性試験と微粉炭焚き低NOxバーナーの構想および構造

 石炭は20%ないし40%の揮発分を含有し,固定炭素と灰分を主成分とするチャーが,残りの大部分を占める。また,それぞれに窒素分が1〜2%含まれている。石炭を平均粒径が15〜30μm程度の微粉状にして,1次空気で炉内へ搬送して燃焼させた微粉炭の燃焼過程は,図1の右側に示すように,主に揮発分が燃焼する1次燃焼域と主にチャーの燃焼が行われる2次燃焼域に分けられる。本研究ではこの点に留意して,まず図1の左側に示す微粉炭燃焼のNOx発生特性に関する基礎試験,次いで燃焼試験炉による実用サイズバーナーを用いたNOx特性検証試験を行った。これらの試験の結果を纏めて整理したのが図2である。

 図2でまず,(A)の1次燃焼域で発生するNOxについて調べると,微粉炭を搬送する1次空気と石炭の質量流量比がほぼ石炭中の揮発分の理論空気量に相当する値(3〜4kg/kg-coa1,空気比換算で0.4〜0.5)でNOx発生量が極大となり,それ以下の領域では揮発分の燃焼は酸素不足となり,揮発分中の窒素分のNOxへの転換は少なくなる。一方,1次空気と石炭の質量流量比が揮発分の理論空気量に相当する値を超え,石炭自体の理論空気最に相当する値(7〜8kg/kg-coa1,空気比換算で1.0)までの間にある領域は,石炭中の固定炭素の酸素不足状態での燃焼が始まる領域である。この領域では1次空気/石炭比が増大するにつれて揮発分中窒素分のNOx転換は増大するが,固定炭素から発生する還元物質(炭化水素,NH3,HCNなど)の作用によりNOxの還元も増加するため,1次燃焼域出口のNOxは1次空気/石炭比が増大すると共に低下する。さらに,1次空気と石炭の質量流量比が石炭自体の理論空気量に相当する値以上では,燃焼場そのものが酸素過剰となり,石炭中有機窒素分のNOxへの転換が増大し,NOx発生量は1次空気/石炭比の増大と共に急激に増大する。また,図中(B)の2次燃焼域では,1次燃焼域で燃え残ったチャーが燃焼し,1次空気/石炭比が増大すると共に2次燃焼域での燃焼割合が減少し、NOx発生母は減少する。1次燃焼域と2次燃焼域で発生したNOxの合計が,図中の(C)である。このような基礎的研究結果にもとづく低NOxバーナーの構想を,図3に示す。すなわち,石炭の1次燃焼域からのNOx低減には,揮発分の理論燃焼空気量に相当する値に近い1次空気/石炭比(図中Co)を,燃料過濃度混合気(図中C1)と燃料淡濃度混合気(図中C2)に分けて燃焼させることで達成される。

 また,チャーの燃焼が主体の2次燃焼域では,2次空気を酸素不足領域に保つことで低NOx化が達成される。ただし,燃焼を完結させるためには大部分の燃焼が終わった領域にさらに追加の燃焼用空気(OFAやAAと呼ばれる)を供給する必要がある。これら構想に基づいた微粉炭焚きPM型低NOxバーナーの構造を図4に示す。微粉炭/1次空気の混合流を,遠心力を利用した分配器で,燃料過濃度混合気(図中Conc)と燃料淡濃度混合気(図中Weak)に分けて炉内へ供給し,燃焼させるように工夫してある。

3.大型試験炉による微粉炭焚きPM型低NOxバーナーの性能検証と実機ボイラーへの応用

 大型試験炉による試作PM型バーナーの燃焼試験の結果は,図5に示すように,従来型バーナーのNOx発生量の約1/3という画期的な低NOx値を達成した。この成果を実機ボイラーへ適用するに当たっては,微粉炭バーナーのNOx発生量を一致させるための相似則に関する考察,さらに火炉熱流動特性への影響評価が必要である。まず微粉炭燃焼の数学モデルから,小型バーナーと大型バーナーのNOx発生相似則は基本的に,(1)形状が相似であること,(2)1次空気と2次空気の速度比が一定であること,(3)バーナーの代表寸法はバーナー燃焼量の1/3乗に比例させることによって達成できることを明らかにした。この相似則は,試験炉および実機ボイラーでのデータによって,実機へ適用可能なことが検証された。さらに,PM型バーナーの燃焼形態が従来方式のそれと異なることから,実機の火炉熱流動特性への影響をボイラー火炉シミュレーション計算によって調べ,PM型バーナーを採用する際の火炉設計の健全性を確認した。これらの成果を反映させた微粉炭焚きPM型低NOxバーナーの初号機は,産業用ボイラー(蒸発量250t/h)に適用され,良好なボイラー性能と共に,目標通りの120ppmレベルの低NOxを達成している。

4.A-PM型低NOxバーナーの開発と実機ボイラーへの応用

 微粉炭焚きPM型低NOxバーナーを装着したボイラーが増える中で,さらなる低NOxのニーズと共に,ボイラー大型化に伴う配置の簡素化やバーナー保守管理の合理化などのニーズが強くなった。これらのニーズに応えるため図6に示したように,低NOxバーナー技術によるNOx低減効果と,燃焼過程で発生する炭化水素のNOx還元効果を活用した炉内脱硝効果とを,相乗して発揮させるための新たなNOx低減手法の開発に取り組んだ。これに採用されるバーナーは図7に示すように,有効な炉内脱硝空間を確保するための短炎化を図るとともに,微粉炭の濃淡分離器を内蔵して構造の単純化を行っている。このバーナーは微粉炭焚きA-PM型バーナーと名付けられ,1000MWe微粉炭焚きボイラーを含む多数のボイラーに適用された。その結果は図8に示すように,これまでのPM型バーナーを採用したボイラーのNOx発生量に較べ,同一未燃分レベルでさらに約15〜30%のNOx低減を達成できることが確認された。

5.結 言

 以上で述べたNOx低減技術開発により,最新の微粉炭焚きボイラー出口のNOx排出レベルは,従来に比し格段に減少し,約1/5となっている。これらのNOx低減技術は特許登録されるとともに,国内での実用はもとより世界7ヶ国のボイラーメーカーに技術輸出され,世界各地の微粉炭焚き火力プラントに採用されて大気環境の改善に貢献している。また本バーナーは,安定着火と低未燃分燃焼にも優れており,石油コークスや半無煙炭などの難着火性燃料焚きボイラーへの適用や,将来の難燃性燃料を対象とした石炭ガス化炉用バーナー等にも適用が期待される。

図1 試験装置の概要

図2 NOx発生量と1次空気/石炭比との関係

図3 微粉炭焚きPM型バーナーのNOx低減構想

図4 微粉炭焚きPM型低NOxバーナーの構造

図5 4th試験炉によるPM型バーナーの燃焼試験結果

図6 微粉炭焚き低NOx燃焼システム

図7 PM型バーナーの構造とA-PM型バーナーの構造比較

図8 実機ボイラーにおけるA-PM型バーナーの燃焼特性

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は論文題目「ボイラー用微粉炭焚き低NOxバーナーの開発とその応用に関する研究」と題して、微粉炭焚きボイラーから発生する窒素酸化物(NOx)排出量の低減を目的とし、微粉炭燃焼過程の制御によって、安定着火と未燃分低減を両立させながらNOxを低減する方法を提案している。すなわち石炭の燃焼特性に係わる基礎試験によってNOx発生特性を解明し,この結果に基づいて低NOxバーナーの基本構想を明らかにし,さらに容量の異なる微粉炭バーナーにおけるNOx発生相似則を導き,実機での低NOx性能の実現を実証することを主たる内容としている。これまで微粉炭燃焼で発生するNOxの低減に関しては、燃焼用空気に再循環排ガスを混入する方法など燃焼場全体をマクロに考えた研究が行われてきたが、本論文の研究は、1次燃焼域(1次空気と予混合された微粉炭の燃焼域、主に石炭中揮発分の燃焼域)と2次燃焼域(燃え残りの微粉炭が2次空気と拡散混合して燃焼する領域、主にチャーの燃焼域)に分けて低NOx燃焼法を検討した研究である。特に、本論文では、石炭粉砕機からバーナーへ送られてくる1次空気と微粉炭の混合流に着目し,これを石炭濃度の濃い混合流と石炭濃度の稀薄な混合流に分配器で分けて燃焼させる低NOx燃焼方法を新たに考案すると共に、燃焼試験炉の小型バーナーを実機ボイラーの大型バーナーにスケールアップする際のNOx発生量を一致させるための相似則について論じ,実験的に検証して実用可能としている。これらの成果により実機ボイラーで画期的な低Nox化を達成している。

 第1章では,本研究の目的とその背景となっている大気汚染物質に関する法規制,NOx発生機構に関する従来の知見およびNOx低減に関する研究動向が述べられている。ここで申請者は、石炭が油・ガス燃料に較べ数10倍の有機窒素分を含む事で、格段のNOx低減を実現するには基礎試験による微粉炭燃焼のNOx発生メカニズムの解明と新しい燃焼法の構想が必須である事を述べている。

 第2章では,微粉炭焚き低NOxバーナー開発に関連するボイラーの技術開発動向がNOx低減問題以外の側面から述べられている。発電用ボイラーの大容量化と共にバーナーの大型化が進み、昼間と夜間の電力需要格差が大きくなるなど運転手法が変化したことで,バーナーに高度で複雑な要求が課せられることになった事を説明している。

 第3章では,本論文に先だって開発された油焚き・ガス焚き低NOxバーナーの構造とNOx発生機構概要が述べられている。本論文での低NOxバーナー構想のヒントになった、燃料濃度の濃い予混合火炎と薄い予混合火炎を組み合わせて燃焼させる低NOx燃焼法の考え方が示されている。

 第4章では,はじめに微粉炭の燃焼モデルの提案とこれに基づく基礎燃焼試験結果が述べられている。微粉炭の低NOx燃焼には、 (1)空気不足の揮発分燃焼域のガス温度を高く且つガス滞留時間を長く保持するバーナー構造、 (2)効果的なガス冷却でチャー燃焼域のガス温度を出来るだけ低く保持する火炉上部構造、 (3)石炭粉砕機からバーナーへ送られてくる1次空気と微粉炭の混合流を,石炭濃度の濃い混合流と石炭濃度の稀薄な混合流に分配器で分けて燃焼させるバーナー構造が、効果的である事が説明されている。さらに、これらの要件を満たす低NOxバーナー(PM型低NOxバーナーと呼称)の構想及びそれに基づき新たに考案した構造が提案されている。

 第5章では,微粉炭燃焼試験設備および微粉炭焚きPM型低NOxバーナーの試験結果について述べられている。PM型低NOxバーナーのNOx発生量は,従来型バーナーのNOx発生量の約1/3という画期的な低NOxを達成し、従来バーナーに較べ格段に安定に着火できると共に、未燃分は低いレベルにある事が示されている。

 第6章は,燃焼試験設備の小型バーナーを実機ボイラーの大型バーナーにNOx発生量を一致させてスケールアップするための相似則について述べられている。数学モデルによる相似則の誘導とその燃焼試験設備や実機ボイラーでの検証結果が示されている。

 第7章は,微粉炭焚きPM型低NOxバーナー採用時のボイラー特性予測について述べられている。燃焼試験で得られた微粉炭焚きPM型バナーの火炎特性(火炎軸方向の発熱率分布)データーを用い,実機ボイラーでのガス流動解析,燃焼解析および伝熱解析を行って得られるボイラーの熱流動特性が説明されている。

 第8章は,実機ボイラーでの微粉炭焚きPM型低NOxバーナーの性能に関する実機での実証を行なった結果を示している。蒸発量が250t/hの比較的小型の産業用ボイラー初号機で、目標通りの低NOx性能やボイラー性能を達成した事が述べられている。

 第9章は,一層の低NOx化のニーズおよび設備の簡素化や運転保守性のニーズに対応した次段階の低NOxバーナー(A-PM型と呼称)の開発と実機ボイラーへの応用に関して述べられている。炉内脱硝と低NOxバーナーの性能を相乗してより効果的に発揮させるためのA-PM型バーナーの構想及び構造と、実機1000MWeボイラーでの運転実績について述べられている。

 最後の第10章では,全体の結論が述べられている。

 以上を要約すると、微粉炭焚きボイラーから発生するNOxの低減に関して、本研究において新たに提案された微粉炭燃焼モデルとそれに基づいた基礎試験のデータは、この分野の基礎研究と応用研究の両面に置いて有用な資料である。また、開発された微粉炭焚きPM型低NOxバーナーは従来型バーナーのNOx発生量の約1/3という画期的な低NOxを達成し、従来バーナーに較べ格段に安定に着火できると共に未燃分が低いレベルにあり、微粉炭焚きボイラーの安定・高効率運転に有用である。また本バーナーは,石油コークスや半無煙炭などの難着火性燃料焚きボイラーへの適用や,将来の難燃性燃料を対象とした石炭ガス化炉用バーナーへの適用など、産業上重要な技術となる事が期待される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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