学位論文要旨



No 215556
著者(漢字) 海保,真行
著者(英字)
著者(カナ) カイホ,マサユキ
標題(和) 四面体有限要素を用いた並列LES解析の実用化に関する研究
標題(洋)
報告番号 215556
報告番号 乙15556
学位授与日 2003.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15556号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨 要旨を表示する

 近年の計算機や乱流解析技術の進歩に伴い,新幹線や自動車の空力騒音・非定常流体力,流体機械の低流量域特性・乱流騒音,磁気ディスクの非定常流体力,回転電機やコンピュータの乱流熱伝達の問題など,実機レベルの非定常乱流解析に対するニーズが高まっている。並列スーパーコンピュータやPCクラスタの発達により,これらの非定常乱流解析のTAT(Turn Around Time)が1〜2日となれば,製品開発・設計に非定常乱流解析を取り込んでいくことが可能となると考えられる。このような背景に基づく従来の研究例として,現状で最も実用的な非定常解析を実現できると考えられるLES(Large Eddy Simulation)が,上記の実用問題など,様々な分野に適用されているが,いずれも,差分法や六面体の有限要素法によるもので,高精度なLESを実現するためのメッシュ生成時間が多大であるという短所がある。メッシュの自動生成が可能な四面体メッシュによる解析も多々研究されているが,いずれもRANS(Reynolds Averaged Navier-Stokes)モデルに基づくもので,実用的なLESへ適用された例は少ない。そこで,本研究では,先に挙げたような実機レベルの複雑形状流路に対する非定常乱流解析の実用化を目的として,特に工学上幅広い応用が考えられる,圧力損失予測・非定常流体力予測・乱流熱伝達予測を対象に,四面体要素を用いた有限要素法による並列LES解析技術を開発した。

 解析アルゴリズムとしては,FS(Fractional Step)法に準拠し,SIMPLER(Semi-Implicit Method for Pressure-Linked Equations Revised)法に類似の2段階の速度・圧力補正を行うアルゴリズムを提案した。ナビエ・ストークスの式の対流項に起因する数値的不安定性を除去するために,BTD(Balancing Tensor Diffusivity)項を導入するとともに,解析精度の向上を図るために,Crank-Nicholson法を用いて時間積分を行った。LES解析を行うためのサブグリッド・スケール・モデルとしてはSmagorinskyモデルを用い,壁面近傍における渦粘性係数の減衰に関してはVan-Driest型の減衰関数を用いている。しかし,この方法は,実機レベルの解析のように解像度が必ずしも十分でない場合は,壁面近傍において減衰が効かず過度な渦粘性力が働いてしまうという短所がある。これを解決するにはダイナミック・スマゴリンスキー・モデルなどの適用が考えられるが,実用上の課題が多いため,本研究では,壁面上の渦粘性係数を強制的にOにする方法の実用性を検討してみた。また,本研究においては,様々な冷却問題,特に回転電機の冷却などにみられる高レイリ数での熱伝達を精度良く求めることを目的として,温度場を解く解析機能を組み込んだ。温度場を解くための移流拡散方程式についても,Crank-Nicholson法を用いて時間積分を行っている。温度場に関する乱流モデルは,温度場O方程式モデルを用いた。

 メッシュ生成に関しては,壁面上の三角形メッシュを壁面の法線方向に層状にスイープした層状メッシュと,それ以外の領域のデローニ分割で生成した不規則なメッシュとを接続する層状-不規則接続メッシュを全自動で生成するメッシュジェネレータを開発した。本メッシュジェネレータにおいては,要素アスペクト比で代表されるメッシュの品質を改善し解の収束性を向上させるために,ラプラス・スムージングと呼ばれる節点座標を平均化する手法と,要素アスペクト比を直接改善する方向に節点座標を移動する方法を組み合わせた新しい手法を開発・採用している。この手法については,90度ベンド内の流れ解析問題にて,品質改善後のメッシュによる収束までの計算時間が改善前の約1/2になることを示し,その有効性を確認した。

 解析時間の短縮を図るための並列化に関して,解析アルゴリズムの陽的部分の並列化については,RGB(Recursive Graph Bisection)法によりメッシュを領域分割する手法を用い,陰的部分については全体マトリクスを行分割する手法を用いた。陽的部分と陰的部分とでデータ構造が異なるため,陽的部分のデータ構造から陰的部分で使用する全体マトリクスを高速に作成する手法を開発した。並列の行列解法については,日立製並列計算機SR8000,SR2201に付属している並列行列計算ライブラリの中のPCG(Preconditioned Conjugate Gradient)法のソフトウェアを用いている。並列化効率については,SR2201の32CPUを用い,約80%を実現した。

 本解析手法の検証例として,レイノルズ数が1O,OOOの円柱周りの流れ,円管サーモサイフォン内の自然対流解析,及び,プラントル数が0.71(空気)でレイリ数が103〜1010の場合の3次元立方キャビティ内自然対流解析を行い,層状-不規則接続メッシュが四面体有限要素を用いたLES解析に有効に使用できることを確認した。円柱周りの流れ解析における本解析手法の解析誤差は,円柱の抗力係数,揚力係数,ストロハル数に関して3%程度である。円管サーモサイフォンの解析では,円管の熱伝達率を誤差約30%で予測することができた。立方キャビティ内自然対流問題においても,加熱壁面の平均ヌセルト数に関する従来報告例との差は,レイリ数が103〜108で6%以下で,従来の報告例がないレイリ数が109程度以上1010までの乱流域においても,流れ場の非定常性を再現でき,平均ヌセルト数の時間平均値を安定に計算することができた。さらに本問題では,先に述べた,壁面上の渦粘性を強制的に0にする手法の実用性を示した。なお,これらの検証例において,メッシュ生成パラメタと解析精度の影響を検討した。等温場の場合には滑らかな平板に沿った乱流境界層厚さの実験式を,非等温場の場合には垂直平板自然対流熱伝達の乱流境界層厚さの実験式を用い,層状メッシュ部厚さが境界層を含み,境界層内に数層以上の層状メッシュが含まれ,かつ,層状メッシュと不規則メッシュの接続部においてメッシュ品質を連続的にすることにより高精度な解析を実現でき,層状メッシュが境界層を含まない場合でも,層状メッシュと不規則メッシュの連続性を確保すれば,それほど解析精度を落とさずにすむことを示した。

 実用問題として,先に得たメッシュ生成パラメタに関する知見に基づき,タービン発電機の通風冷却流路の圧力損失予測,新幹線車両集電装置に働く非定常流体力予測,及び,回転機械内の高レイリ数における熱伝達予測に本解析手法を適用した。タービン発電機の通風冷却流路の圧力損失予測については,検証が十分になされている六面体による解析との差は3%以内で,冷却流路入口部の流速分布・境界層厚さなどについても六面体の結果と同様であった。新幹線車両集電装置周りの解析に関しては,六面体ではメッシュ生成に膨大な時間が必要であった,パンタグラフの形状を忠実に再現するような非常に複雑な流路形状の解析が,全自動メッシュ生成の有効性を活かし,実用的なTATで可能となった。回転機械内の高レイリ数における熱伝達予測については,コイル等からの発熱を伴う回転機械内に見られる閉塞空間部の回転実験との比較において,本解析手法により計算された加熱壁面の平均ヌセルト数が,誤差15%以内で実験値と一致した。円柱周りの解析など検証問題で得られたメッシュ生成パラメタに関する知見に基づいて作成したメッシュを用いて,実用問題の高精度な解析が実現できたことから,平板乱流境界層や垂直平板自然対流の乱流境界層の実験式を用いるメッシュ生成指標が,実用問題でも有効に活用できることがわかった。

 以上の結果から,本解析手法が,六面体によるメッシュ生成に多大な時間が必要な,複雑形状を有する実用的な非定常乱流解析に有効に活用でき,圧力損失予測・非定常流体力予測・乱流熱伝達予測という,工学上非常に幅広い応用が考えられる問題に対して有効に活用できることが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は論文題目「四面体有限要素を用いた並列LES解析の実用化に関する研究」と題して,産業界における実機レベルの解析のニーズの高まりに対応した実用的な非定常乱流解析技術の構築を目的とし,四面体非構造格子を用いたメッシュ生成方法,解析アルゴリズム,並列化方法を含んだ実用性の高いLES(Large Eddy Simulation)技術の提案をしている。すなわち,複雑な流路形状に対応可能な高速・高品質な四面体メッシュ生成方法の開発,ナビエ・ストークス方程式の安定で高精度な解析アルゴリズムの提案,解析アルゴリズムに対応した高効率な並列化手法の開発,及び,提案しだLES技術の基礎的問題・実用問題における検証を主たる内容としている。従来からLESの研究は盛んに行われているが,差分法や六面体メッシュによるものが多く,複雑な流路に対してメッシュ生成に非常に時間がかかるという問題点があった。また,四面体メッシュを用いた解析についても,安定な解析の困難さから定常乱流解析に留まる研究が多い。本論文の研究は,全自動メッシュ生成が可能な四面体メッシュの有効性に着目し,四面体メッシュを用いたLESの安定化・実用化について検討したものである。特に,本論文では,円柱周りの流れ・円管サーモサイフォン・立方キャビティ内自然対流などの基礎的な検証問題に対する精度検証に加え,タービン発電機の冷却流路内の流れ・パンタグラフ周りの流れなど,実用問題における精度検証を行い,提案しだLES解析手法が,産業上幅広い応用分野が考えられる圧力損失予測・非定常流体力予測・乱流熱伝達予測に対して,有効に適用できる見通しを得ている。

 第1章では,研究の動機・背景・目的,従来の研究,及び,論文の構成が述べられている。ここで申請者は,従来のLESや四面体メッシュを用いた角断などに関する多くの研究活動の成果をまとめることにより,非定常乱流解析の産業界での適用を進めるには,Turn Around Timeが短く安定な解析を実現できる実用的なLES技術を構築する必要があることを述べている。

 第2章では,安定で高精度な非定常乱流解析を実現するための,ナビエ・ストークス方程式の解析アルゴリズム及びLES解析手法を提案している。特に,非構造格子特有の解析の不安定性を除去するために,FS(Fractional Step)法に準拠しSIMlPLER(Semi-Implicit Method for Pressure-Linked Equations Revised)法に類似の2段階の速度・圧力補正を行い,Crank-Nicholson法とBTD(Balancing Tensor Diffusivity)項を導入した解析アルゴリズムを提案するとともに,壁面近傍のメッシュ解像度不足に起因するスマゴリンスキーモデルがもつ問題点に対する実用的な解決策を試行している。

 第3章では,高精度な解析を実現するための四面体メッシュ全自動生成手法,及び,その高品質化手法が述べられている。壁面の三角形メッシュを壁面の法線方向にスウィープして生成する層状メッシュとそれ以外の領域の不規則メッシュを接続する層状-不規則結合メッシュを全自動で生成するジェネレータを開発するとともに,その高品質化のためラプラススムージングによる方法と要素アスペクト比を直接改善する方法を組み合わせた手法を開発している。高品質化の効果は90度ベンド流れ解析を例題に検証されている。

 第4章では,解析時間短縮のための高効率な並列化手法が述べられている。第2章で提案された解析アルゴリズムに対応し,陽解法部分と陰解法部分とに異なる並列化を施し,その間にデータ構造変換を行うというハイブリッドな並列化手法を開発し,日立製並列計算機SR2201の32CPUを用いて約80%の高い並列化効率を実現している。

 第5章では,等温場の解析結果について述べている。基礎的検証問題としては,円柱周りのレイノルズ数が10,000の流れを解析している。生成パラメタが異なる4種類のメッシュを用いて,速度場,圧力場,速度変動,流体力変動などについて検証を行うとともに,境界層厚さを見積もるための指標として,滑らかな平板に沿った乱流境界層厚さの実験式を採用し,メッシュ生成パラメタと境界層厚さ,解析精度との関連についての結論を導いている。実用的検証問題としては,タービン発電機のロータ冷却流路の圧力損失予測,パンタグラフの非定常流体力予測を取り上げ,解析精度の検証を行うとともに,上記メッシュ生成パラメタについての結論との関連について説明している。また,複雑な流路形状であるパンタグラフの問題において,従来の六面体メッシュを使用した解析とメッシュ生成時間,解析時間などの比較を行い,本解析手法の実用性の高いことを確かめている。

 第6章では,非等温場の解析結果について述べている。基礎的検証問題として,円管サーモサイフォンと立方キャビティ内自然対流を取り上げ,熱伝達率についての解析精度の検証を行っている。実用的検証問題としては,回転電機の冷却などでしばしば問題となる回転閉塞空間内の高レイリ数熱伝達予測を取り上げ,解析精度の検証を行っている。その中で,境界層厚さを見積もるための指標として,垂直平板の自然対流熱伝達の実験式を採用し,等温場と同様,その指標が有効であることを説明している。

 第7章においては全体の結論及び今後に残された課題が述べられている。

 以上を要約すると,実用的なLES技術の構築という面からみて,本研究において提案された四面体非構造格子によるLES解析手法は,メッシュ生成手法,解析精度,TATなど様々な面において,実用性の高い手法である。さらに,精度検討の内容についても,圧力損失予測,非定常流体力予測,乱流熱伝達予測という,産業上非常に幅広い応用が考えられるものを対象としており,提案されたLES解析手法は,産業上重要な技術となることが期待される。

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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