学位論文要旨



No 215557
著者(漢字) 洞,宏一
著者(英字)
著者(カナ) ホラ,ヒロカズ
標題(和) 制御用モータを用いたアクティブ制振装置に関する研究
標題(洋)
報告番号 215557
報告番号 乙15557
学位授与日 2003.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15557号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 助教授 金子,成彦
 東京大学 助教授 藤岡,健彦
 東京大学 助教授 鈴木,��宏
内容要旨 要旨を表示する

 近年、建物の高層化に伴い居住者が建物の振動による不快や不安をより多く感じるようになり、それらの振動を低減させ居住者に対する居住性能を向上させることは建物にとって重要な要素となってきている。建物の水平振動を低減させる方法として、建物が変形する時の振動エネルギーを柱や梁以外のエネルギー吸収部材に消費させゆれを低減させる方法と建物の屋上付近に設置される質量ダンパによってゆれを低減させる方法が代表的である。前者は一般的に大地震時のような大きなゆれに対して効果を発揮するが、小さなゆれに対してはあまり有効ではないと言われている。それに対し後者は、最もゆれの大きい屋上付近に設置して建物の全体系に慣性力を作用させるので、居住性を論じるような比較的小さなゆれでも効果を発揮することができる。本研究ではこの質量ダンパのことを単に制振装置と呼んでいる。制振装置は、まずいわゆるチューンド・マス・ダンパと呼ばれるパッシブ制振装置が実用化され、次に建物に取付けた振動センサからの信号をフィードバックしてアクチュエータで可動部を積極的に動かして建物のゆれを大幅に低減させるアクティブ制振装置の開発が進み実用されはじめている。

 本研究は、このアクティブ制振装置を研究対象とし、そのアクチュエータとしてACサーボモータとリニアモータの制御用モータを使用している。建物には風から大地震まで非常に幅広い大きさの外乱が作用するため、建物用のアクティブ制振装置においてはその作動能力を超えるような建物のゆれが必ず発生することになる。そこで制御用モータを用いた制振装置の作動限界を明確にし、その限られた作動能力の範囲において、できるだけ大きな外乱まで機能させることは建物用のアクティブ制振装置にとって実用上重要な課題である。

 本論文は、全8章から構成した。

 第1章「序論」では本研究の背景と目的、従来の研究について述べ、本研究の目的および位置づけを示した。

 第2章「制御用モータを用いたアクティブ制振装置」では、まず、高層建物用アクティブ制振装置のアクチュエータとして一般的な油圧アクチュエータとACサーボモータの比較を行った。ACサーボモータは1台当りの発生推力は小さいが、実用的に考えるとハード構成の簡素さ、設計・調整の手間および維持管理において油圧アクチュエータに勝っており、制振装置用として有利なアクチュエータであるといえる。また、リニアモータはACサーボモータと比ベトルクを直線力に変換するボールねじやラック&ピニオン等の変換機構が不要なので、ハード構成がさらにシンプルになる。さらに、リニアモータはこれらの変換機構がないため作動音が少なく、居住者への騒音や固体音の伝播を留意しなければならない高層建物用制振装置にとって非常に望ましいアクチュエータである。第2章では開発したACサーボモータおよびリニアモータを用いた制振装置の概要について示した。

 次に、これらの制御用モータを用いたアクティブ制振装置の駆動制御は、モータのドライバに組み込まれているトルク制御と速度制御を用いて行い、それぞれの制御方法で駆動した場合の制振装置の動特性について示した。特に速度制御で駆動した場合には、制御系設計等に用いるための比較的簡単な2次遅れ系による近似モデルと詳細な予測解析を行うため制振装置の特性に非線形要素を含まれる場合にも適用可能なPI制御器を考慮したモデル化を示した。また、これらの動特性の解析モデルは実験を通してその妥当性を検証した。

 第3章「制振制御則」では、本研究であつかう高層建物の制振装置の制振制御方法についてまとめた。まず、最適レギュレータによる状態フィードバック制御について示した。次にH∞制御による制振装置設置階の絶対加速度をフィードバックする制御系について示した。装置設置階の絶対加速度を用いることは制御システムを簡素化することができるので非常に実用的な制御方法である。また、これらの制御則は装置の駆動方法によって異なるのでそれぞれの駆動方法を用いた場合についても示している。

 次に、1層当りの質量が約1100kgの5層の建物実験モデルと可動部の質量が約80kgの小型の制振装置を用いた振動台加振実験を行い、状態フィードバック制御および絶対加速度フィードバック制御について制振性能の確認を行った。

 第4章「アクティブ・パッシブ切換え制御の適用」では、まず、制御用モータを用いた制振装置の作動限界について考察を行った。制振装置の作動限界として可動部のストローク限界、モータ過負荷およびドライバの過負荷限界およびモータの制御力限界が考えられるが、建物の固有振動数に可動部の固有振動数を同調させた高層建物用の制振装置の場合には制御力が飽和しても極端に制振性能が劣化しないことを予測解析により示し、考慮すべき作動限界として、ストローク限界、モータ過負荷およびドライバの過負荷限界を上げた。次にシミュレーション解析において作動限界を予測するためのモータ過負荷およびドライバ過負荷のモデル化を行った。

 次に、制振装置の応答が作動限界に達しない比較的小さな外乱レベルでは制振装置をアクティブとして作動させ、作動限界を超える大きな外乱レベルではパッシブとして機能させるアクティブ・パッシブ切換え制御を提案した。本切換え制御は、特にモータ過負荷およびドライバ過負荷による作動限界では、オペレータが手動でリセットしない限りアクティブに復帰できないため、無人運転で運用される実際の制振装置にとって非常に実用的な手段であるといえる。

 次に、可動部の費量が約4tの大型実験モデルを単体で振動台加振実験を行い、ストローク限界以外にドライバ過負荷およびモータ過負荷が起こることを示した。また、実験結果から過負荷のモデル化の妥当性を確認するとともに、アクティブ・パッシブ切換え制御のアルゴリズムの検証を行った。

 次に、地震および風外乱に対する予測解析を行い、提案するアクティブ・パッシブ切換え制御が幅広い外乱レベルに対して有効であることを示した。

 第5章「ゲインスケジューリング制御の適用」においては、アクティブとパッシブの切換えのみの場合、両者の制振性能には大きな差があるのでパッシブとなると急激に性能が悪くなってしまうため、アクティブの性能を徐々に下げながら、アクティブとして作動できる外乱レベルの範囲を広げることは非常に実用的であり、それを実現することのできるゲインスケジューリング制御の提案を行った。本ゲインスケジューリング制御は、制振装置可動部の相対速度および相対変位によって描かれるリサージュ波形が楕円になることに着目し、この楕円半径の大きさに応じて時々刻々と強弱2っ制御器による指令を切換えるものであり、スムーズな切換えが実現できる。また、本ゲインスケジューリング制御の演算は非常に簡単もので実現でき、オンライン計算に用いる演算器への負荷が非常に小さい実用的なものである。ゲインスケジューリング制御を設計するに当っては、試行錯誤を行いながら予測解析により最適な設定値を決定するが、その設計方法は設計例を示して説明し、比較的容易に最適な設定値を求めることができることを示した。また、設計例の予測解析結果を通して本ゲインスケジューリング制御の有用性を示した。

 次に、第3章で用いた実験モデルを使用した振動台加振実験を行い、本ゲインスケジューリング制御の有効性を検証した。また、本実験では基本となる制振制御則に、H∞制御による絶対加速度フィードバック制御を用いており、定数ゲインの制御系ではなく動特性をもった制御系においても本ゲインスケジューリング制御は適用可能であることを示した。

 第6章「ACサーボモータを用いた制振装置の適用」では、ACサーボモータを用いた制振装置を実際の建物に適用した例についてまとめている。第7章「リニアモータを用いた制振装置の適用」では、リニアモータを用いた制振装置の適用例についてまとめている。特に、リニアモータを用いた装置の適用例では、H∞制御により設計した装置階の絶対加速度フィードバック制御を採用し、簡素な制振システムが実現できた。これらの適用例を通して、アクティブ・パッシブ切換え制御およびゲインスケジューリング制御の有効性を予測解析により示した。また、これらの適用例では、制振装置で建物を加振し、その後の振動を自分自身で制振する自由振動実験を行い、良好な制振性能を確認した。また、制振装置が稼動した時の観測記録から風や地震の外乱における制振性能を実証した。

 第8章「結論」では、本研究の結論として、制御用モータを用いた制振装置を開発し、その作動限界を明確にして作動限界を回避するアクティブ・パッシブ切換え制御およびゲインスケジューリング制御を提案し、解析的あるいは実験的にその有効性を示し、さらに、実際の建物への適用例を示したことを述べている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「制御用モータを用いたアクティブ制振装置に関する研究」と題し、高層建物の主として風応答を制御するための、ACサーボモータあるいはリニアモータを用いたアクティブ制振装置に関する論文であり、8章から構成されている。

 第1章「序論」では本研究の背景と目的、従来の研究について述べ、本研究の目的および位置づけを示している。

 第2章「制御用モータを用いたアクティブ制振装置」では、アクティブ制振装置のアクチュエータとしてACサーボモータとリニアモータを採用した理由、および、これらを用いた制振装置の構造について述べている。また、これらの制御用モータをトルク制御と速度制御で駆動した場合の制振装置の解析モデルを示し、実験を通してその妥当性を検証している。

 第3章「制振制御則」では、制振装置の基本的な制御方法として、最適レギュレータによる状態フィードバック制御、および、H∞制御による制振装置設置階の絶対加速度をフィードバックする制御系を示し、総質量5500kgの5層建物モデルと可動部質量80kgの小型制振装置モデルを用いた振動台加振実験によって、これらの制御則による制振性能を確認している。

 第4章「アクティブ・パッシブ切換え制御の適用」では、制御用モータを用いた制振装置の考慮すべき作動限界はストローク限界と、モータおよびドライバの過負荷限界であることを示し、制振装置を作動限界に達しない比較的小さな外乱レベルではアクティブとして作動させ、作動限界を超える大きな外乱レベルではパッシブとして作動させるアクティブ・パッシブ切換え制御を提案している。また、可動部質量4tの大型実験モデルの振動台加振実験を行って、過負荷の解析モデルとアクティブ・パッシブ切換え制御則の妥当性を検証している。さらに、地震および風外乱に対する予測解析を行い、アクティブ・パッシブ切換え制御が幅広い外乱レベルに対して有効であることを示している。

 第5章「ゲインスケジューリング制御の適用」においては、アクティブ・モードにおいても、アクティブとして作動させる外乱レベルの範囲を広げるために、外乱の大きさによって制御の強さを変化させるゲインスケジューリング制御の提案を行っている。本制御則は、制振装置の可動質量の相対速度および相対変位のリサージュ図形が楕円になることに着目し、この楕円半径の大きさに応じて制御の強さを変化させる制御則である。また、実験モデルを使用した振動台加振実験や、地震および風外乱に対する予測解析を行って、本ゲインスケジューリング制御の有効性を示している。

 第6章「ACサーボモータを用いた制振装置の適用」では、ACサーボモータを用いた制振装置を実際の建物に適用した例について述べている。また、第7章「リニアモータを用いた制振装置の適用」では、リニアモータを用いた制振装置の適用例について述べている。これらの適用例では、制振装置が稼動した時の観測記録から風や地震の外乱における制振性能を実証している。

 第8章「結論」では、以上の結果を総括したものである。

 以上を要約すると、本論文は、制御用モータを用いた制振装置を開発し、その作動限界を明確にして作動限界を回避するアクティブ・パッシブ切換え制御およびゲインスケジューリング制御を提案し、解析的あるいは実験的にその有効性を示し、さらに、実際の建物へ適用し得ることを実証したものであり、振動制御工学に寄与するところ大と思われる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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