学位論文要旨



No 215558
著者(漢字) 平山,雄三
著者(英字)
著者(カナ)
標題(和) 長波長帯光半導体デバイスの多波長集積・超高速化に関する研究
標題(洋)
報告番号 215558
報告番号 乙15558
学位授与日 2003.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15558号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和郎
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
内容要旨 要旨を表示する

 光通信システムは10Gシステムの実用化に続き,WDMシステムの導入が盛んに進んでおり,今後,40Gを越えるTDMシステムがWDMシステムと融合しながら発展していくものと思われる。また将来的には全光スイッチを導入したフォトニックネットワークシステムが実用になる時代がくるものと予想される。これは急速に増加しつつあるトラヒックの容量に対応するための必然の流れとも言える。

 本研究ではこうした超高速大容量・長距離化の基軸となる各種光通信システムのそれぞれの萌芽期において,先行してターゲットシステムを設定し,キーとなるデバイスを対象にその主要課題を明らかにし,新規デバイスの提案,理論検討,試作評価,システムヘの適用性検討等の先駆的検討を行ったものである。すなわち,本研究は光通信システムで用いられる長波長帯光半導体デバイスの多波長集積化,超高速化に関するものであり,特にWDM(波長分割多重)システムで用いる多波長集積化光源,TDM(時間分割多重)システムで用いる超高速半導体レーザ,全光スイッチングシステムで用いる超高速光スイッチの先駆的研究である。

 第1章は序論としてWDM,TDM,全光スイッチングといった光通信システム及び光通信システム用光デバイスを概観した後,各光通信システムで使用されている,あるいは今後重要となるキー光半導体デバイスのシステム萌芽期における歴史的な研究開発経緯と本研究との関係について述べた。すなわち本論文の根幹をなす3つの柱の歴史的意義をまとめた。WDMシステムの萌芽期にはInP系で初の異波長集積化DFBレーザ光源を達成した。TDMシステム向けには,歪量子井戸構造を独自の低寄生容量構造の超高速DFBレーザに導入することにより初めて歪量子井戸による超高速・低チャープ特性を実証した。さらに,全光スイッチシステム向けに新しい光スイッチの研究を行い,景子井戸中のサブバンド間遷移を光通信波長帯で起こすことで超高速の光スイッチができる可能性を初めて提案したことを年表を用いて示した。

 第2章ではWDMシステム,TDMシステム,全光スイッチシステムを対象として各光通信システム方式で必要なデバイス性能について基本的な課題の検討を行った。すなわち波長の異なるDFBレーザを同一基板上に集積化した多波長集積レーザ,直接変調方式で用いる超高速で変調可能な半導体レーザ,時間軸上での高速切り替えが可能な全光スイッチについて課題の検討を行い,課題解決のための方策をまとめた。さらに,後続の章で述べる光半導体デバイスの詳細設計のもとになる基本的な=設計論を概観した。

 第3章では本論文の1つ目の柱であるWDM用多波長集積化レーザについてまとめた。これは回折格子により発振波長を制御できる分布帰還型半導体レーザを基本構成要素とした集積化波長多重伝送用光源であり,1984年にInP系における初の異波長集積DFBレーザを達成した(図1)。さらに重要課題であるDFBレーザの低しきい値化と波長の制御性に関し検討した。マストランスポート法によりDFBレーザの低しきい値化を達成し,ブラッグ波長と縦モードを制御することにより波長制御性を向上した。これらの技術は5nmの波長間隔で5素子同時連続発振を実現するのに貢献した。また,レーザ間のクロストークや信頼性の点からもシステム適用上,大きな支障は無いことが示された。その結果,これらの波長多重集積レーザを搭載したWDMシステムも実証された。このように今日急激な勢いで導入の進んでいるWDMシステムの萌芽期に異波長集積化レーザにより波長多重伝送用光源として良好な発振特性が得られることを世界に先駆けて実証したことは,その後の波長多重伝送システムの高性能化,実用化にも影響を与え,パイオニアとして多大な貢献をした。

 第4章では本論文の2つ目の柱である超高速レーザについてまとめた。歪量子井戸の超高速光通信への応用という観点から量子井戸平面内に圧縮歪を加えた1.5μm帯の分布帰還型半導体レーザの試作,および評価結果について述べた。1991年,世界に先駆けて歪量子井戸を超高速光通信への応用という観点から図2に示す低寄生容量構造のDFBレーザに導入し,線幅増大係数を評価した結果,約2という小さな値が得られた。これは主として微分ゲインの増大によるものである。強度変調特性は帯域17GHzと良好であり,特に波長チャープ特性について詳細に調べた結果10Gb/s変調時に於いて無歪量子井戸に比べて優れる0.4〜0.6nmの低チャープ動作を得た。さらにCRの影響が無いと仮定した場合の高速限界性能について見積もった結果,Kファクターの値として0.13nsを得,これに相当する限界帯域は68GHzと予想された。このように初の歪量子井戸の超高速応用を達成したことにより10Gbpsを超えるシステムヘの適用可能性を示し,その後の超高速光通信の進展に多人な影響を与えた。

 第5章では,本論文の3つ目の柱である光スイッチについて述べた。特に光スイッチの基礎検討として,1993年に世界に先駆けて光通信波長帯でのサブバンド間遷移を利用した光デバイスを提案し,その後,遷移エネルギーや図3に示すキャリア緩和時間の理論的検討をおこなった。すなわち,伝導帯のバンド不連続を大きくとれるInGaAs/AlAs系の量子井戸構造に着目し,この系でのサブバンド間遷移を用いた新しい通信用光スイッチングデバイスの可能性を世界で初めて理論的,実験的に検討した。キャリアの緩和時間は1.5μm帯でも計算上,数ps程度と速いことがわかった。またMBE法により量子井戸層の厚さの異なるサンプルを実際に作製し,吸収スペクトルを調べた。その結果,井戸幅の減少とともにサブバンド間エネルギーは増大し,世界で初めての1.55μmでのサブバンド間遷移を3モノレイヤーの量子井戸層で観測した。ブレークスルー技術として新しい研究の流れを作りつつある光通信波長でのサブバンド間遷移研究の最初の第一歩と位置付けられる。さらに自己誘導透過(SIT)現象を利用する事によりほとんど吸収無しに大きな光非線形性を達成する可能性についても初期的検討を行った。本研究はサブバンド間遷移を用いた新しい超高速1.5μm帯光デバイスの実現にむけての先駆的研究でありその後の研究の流れに大きく貢献した。

 第6章では21世紀の社会の姿,それを支える光通信システム技術の全体像を踏まえつつ,今後の超高速光デバイス技術を独自の視点から展望した。究極のユビキタス情報社会の姿として,遠くの相手とあたかも目の前にいるかのように立体空間の中でコミュニケーションする時代を想定しつつ,特に本論文の3本柱であるWDMデバイス,TDMデバイス,光スイッチに関わる技術が今後どのようになっていくのかを述べた。

 光通信システムの発展を支えるこれらのデバイスは,ますます重要となっており,今後の更なる発展と社会システムヘの貢献が期待される。

図1 WDMシステムを目指した2波長集積化DFBレーザの構造模式図

図2 TDMシステムを目指した歪量子井戸超高速DFBレーザの構造模式図

図3 全光スイッチシステムを目指した光通信波長帯でのサブバンド間遷移におけるキャリア緩和時間の見積もり

審査要旨 要旨を表示する

 光通信システムは10Gbpsシステムの実用化に続き,WDM(波長分割多重)システムの導入が盛んに進んでおり,今後,40Gbpsを越えるTDM(時間分割多重)システムがWDMシステムと融合しながら発展していくと期待されている。本論文は、『長波長帯光半導体デバイスの多波長集積・超高速化に関する研究』と題して、こうした超高速大容量・長距離化の基軸となる各種光通信システムのそれぞれの萌芽期において,先駆的に行った光通信システムで用いられる長波長帯光半導体デバイスの多波長集積化,超高速化に関する研究をまとめたものであり、特に、WDMシステムで用いる多波長集積化光源,TDMシステムで用いる超高速半導体レーザ,全光スイッチングシステムで用いる超高速光スイッチについて論じている。6章から構成されている。

 第1章は序論としてWDM,TDM,全光スイッチングといった光通信システム及び光通信システム用光デバイスを概観した後,各光通信システムで使用されている,あるいは今後重要となるキー光半導体デバイスのシステム萌芽期における歴史的な研究開発経緯と本研究との関係について述べた。すなわち本論文の根幹をなす3つの柱の歴史的意義をまとめた。WDMシステムの萌芽期にはInP系で初の異波長集積化DFBレーザ光源を達成した。TDMシステム向けには,歪量子井戸構造を独自の低寄生容量構造の超高速DFBレーザに導入することにより初めて歪量子井戸による超高速・低チャープ特性を実証した。さらに,全光スイッチシステム向けに新しい光スイッチの研究を行い,量子井戸中のサブバンド間遷移を光通信波長帯で起こすことで超高速の光スイッチができる可能性を初めて提案したことを年表を用いて示した。

 第2章ではWDMシステム,TDMシステム,全光スイッチシステムを対象として各光通信システム方式で必要なデバイス性能について基本的な課題の検討を行った。すなわち波長の異なるDFBレーザを同一基板上に集積化した多波長集積レーザ,直接変調方式で用いる超高速で変調可能な半導体レーザ,時間軸上での高速切り替えが可能な全光スイッチについて課題の検討を行い,課題解決のための方策をまとめた。

 第3章では本論文の1つ目の柱であるWDM用多波長集積化レーザについて論じている。これは回折格子により発振波長を制御できる分布帰還型半導体レーザを基本構成要素とした集積化波長多重伝送用光源であり,InP系における初の異波長集積DFBレーザを達成することに成功した。さらに重要課題であるDFBレーザの低しきい値化と波長の制御性に関し検討を加え、マストランスポート法によりDFBレーザの低しきい値化を達成し,ブラッグ波長と縦モードを制御することにより波長制御性を向上した。これらの技術は5nmの波長間隔で5素子同時連続発振を実現するのに貢献した。また,レーザ間のクロスト一クや信頼性の点からもシステム適用上,大きな支障は無いことが示された。

 第4章では本論文の2つ目の柱である超高速レーザについて論じている。歪量子井戸の超高速光通信への応用という観点から量子井戸平面内に圧縮歪を加えた1.5μm帯の分布帰還型半導体レーザの試作,および評価結果について述べた。1991年,世界に先駆けて歪量子井戸を超高速光通信への応用という観点から低寄生容量構造のDFBレーザに導入し,線幅増大係数を評価した結果,約2という小さな値が得られた。これは主として微分ゲインの増大によるものである。強度変調特性は帯域17GHzと良好であり,特に波長チャープ特性について詳細に調べた結果10Gbps変調時に於いて無歪量子井戸に比べて優れる0.4〜0.6nmの低チャープ動作を得た。さらにCRの影響が無いと仮定した場合の高速限界性能について見積もった結果,Kファクターの値として0.13nsを得,これに相当する限界帯域は68GHzと予想された。このように初の歪量子井戸の超高速応用を達成したことにより10Gbpsを超えるシステムヘの適用可能性を示し,その後の超高速光通信の進展に多大な影響を与えた。

 第5章では,本論文の3つ目の柱である光スイッチについて論じている。特に光スイッチの基礎検討として,世界に先駆けて光通信波長帯でのサブバンド間遷移を利用した光デバイスを提案し,その後,遷移エネルギーやキャリア緩和時間の理論的検討をおこなった。すなわち,伝導帯のバンド不連続を大きくとれるInGaAs/AlAs系の量子井戸構造に着目し,この系でのサブバンド間遷移を用いた新しい通信用光スイッチングデバイスの可能性を世界で初めて理論的,実験的に検討し、その結果,井戸幅の減少とともにサブバンド間エネルギーは増大し,世界で初めての1.55μmでのサブバンド間遷移を3モノレイヤーの量子井戸層で観測した。ブレークスルー技術として新しい研究の流れを作りつつある光通信波長でのサブバンド間遷移研究の最初の第一歩と位置付けられる。

 第6章では、21世紀の社会の姿,それを支える光通信システム技術の全体像を踏まえつつ,今後の超高速光デバイス技術を独自の視点から展望するとともに、本論文のまとめを行っている。

 以上これを要するに、本論文はInP系において多波長集積半導体レーザを初めて実現するとともに、歪量子井戸構造がレーザの高速化に有用であることを実験的に示し、さらに量子井戸におけるサブバンド間遷移現象を利用した1.5μm帯光デバイスを先駆的に提案したものであり、電子工学の発展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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