学位論文要旨



No 215559
著者(漢字) 石橋,雅義
著者(英字)
著者(カナ) イシバシ,マサヨシ
標題(和) 走査プローブ顕微鏡を用いた微細加工技術と応用の研究
標題(洋)
報告番号 215559
報告番号 乙15559
学位授与日 2003.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15559号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西,敏夫
 東京大学 教授 市川,昌和
 東京大学 教授 田中,肇
 東京大学 助教授 花栗,哲郎
 東京大学 助教授 伊藤,耕三
内容要旨 要旨を表示する

 冷戦終了後のグローバリゼーションは,正確な情報をより早く得ることの重要性を全世界に喚起させ,情報技術(IT;Information Technology)の社会への浸透を促す結果となった。現在ITの中心には,インターネットに代表されるコンピュータネットワークがある。インターネットが社会に浸透してきた大きな要因の一つに,コンピュータの高性能化がある。コンピュータの高性能化には,ハードウェアとソフトウェア双方の高性能化が必要である。すなわち,ハードウェアを構成する電子デバイスの高性能化によりソフトウェアの自由度が増え,高性能なソフトウェアが,さらに高性能なハードウェアを要求するといったサイクルを繰り返しながら,コンピュータは高性能化してきた。

 コンピュータのハードウェアを構成するLSI(Large Scale Integrated Circuit)の高性能化は,主に素子サイズの微細化およびLSIに搭載される電子回路の発展により達成されてきた。特に素子サイズの微細化は,LSIの高集積化だけではなく,電子の走行距離の短縮化や充放電容量の減少による高速化,低消費電力化にもつながる。素子サイズは3年間で70%に縮小される割合で年々進み,2004年には製品レベルで最小加工寸法が100nmを切ると予想されている。研究開発レベルでは,さらに数年早くこれらの作製技術が必要となる。微細加工を必要とする分野はLSIだけではない。DVD(Digital Vrsatile Disk)等の光ディスクも大容量化に伴い,記録ビットのサイズが微細化すると予想されている。また,このようなトップダウン型アプローチだけではなく,分子エレクトロニクス等のボトムアップ型アプローチの研究にも,微細な分子等の電気信号を外部に取り出すための微細な電極等の作製に微細加工技術は必要である。このように,数十ナノメートルレベルの微細加工技術の必要性は高まっている。しかし,100nm以下の構造を作製することは,従来の技術では容易ではなかった。

 LSI等の素子を作製するには,いくつかの工程が必要となるが,パターンの形状,解像度を決める工程がリソグラフィーである。現在,製品の生産,研究用素子の試作に使用されるリソグラフィーに,光リソグラフィー,X線リソグラフィー,電子線リソグラフィー,集束イオン線リソグラフィーが知られているが,それぞれに一長一短がある。最近,これらとは別の新しい研究用微細加工技術として,走査プローブ顕微鏡を使用した走査プローブリソグラフィーが注目されている。走査プローブリソグラフイーシステムは,真空を必要としないため装置構成がシンプルで,かつ,高解像度で100nm以下の構造も十分作ることができるという利点がある。しかしその反面,再現性が低く,また研究用素子試作技術としても描画速度が遅いといった問題があった。

 本論文は「走査プローブ顕微鏡を用いた微細加工技術と応用の研究」に関するものである。主として走査プローブリソグラフィーの再現性,信頼性,および汎用性向上のため,照射線量制御方法と独自のリソグラフィープロセス,および描画の高速化,広面積化の観点で研究を進展させた。全体は10章からなる。

 第一章は従来のリソグラフィーの特徴および課題,さらにそれらと比較した本論文の主題である走査プローブリソグラフィーの特徴および課題を述べる。これらの記述により本論文の導入とする。

 第二章と第三章は,信頼性,再現性,さらには汎用性の向上を目的とした照射線量制御方法に関する研究である。第二章では,均一な線幅のレジストラインパターンを再現性良く描画できる定電流照射線量制御法を提案する。さらに,この方法を用いて作製したレジストパターンを利用して,走査プローブリソグラフィーの基本リソグラフィー特性を評価,考察する。第三章では,均一なサイズのドットアレーパターンやラスタースキャンによる任意図形描画を再現性良く行うことができる定電流一定電圧複合照射線量制御法を提案する。

 第四章は,走査プローブリソグラフィーの基本特性であるレジスト内の潜像形成機構に関する研究である。様々なレジスト材料でパターンを作製し,その感度,断面形状から走査プローブリソグラフィーのレジスト内潜像形成機構を提案する。

 第五章は,基板の汎用性の向上を目的とした研究である。絶縁体基板でも使用でき,かつ高アスペクト比レジストパターンを作製できる多層レジスト法を提案する。また,工程数が少なくてすむ,高アスペクト比レジストパターン作製方法であるパターン間隙間利用法についても提案し,これらを組み合わせた金属パターンの作製について述べる。

 第六章から第八章は,描画速度の高速化を目的とした研究である。第六章は,エアースピンドルを用いた高速移動試料ステージを使用して描画を行うことにより得られた,1本の探針での描画速度の限界について述べる。第七章では,描画速度の高速化のための多探針描画技術を念頭に入れた探針の垂直方向を固定した描画について述べる。そして,第八章では,光リソグラフィーとの複合法について述べる。

 第九章は,信頼性,再現性の向上を目的とした探針の高寿命化に関する研究である。様々な導電性材料をコートした探針を用いて描画を行うことにより得られた,走査プローブリソグラフィー探針に適したコート材料について述べる。また,新規構造の長寿命走査プローブリソグラフィー探針について提案する。

 そして,第十章では,以上の記述をまとめ本論文の結論を述べる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「走査プローブ顕微鏡を用いた微細加工技術と応用の研究」と題し,走査プローブ顕微鏡を用いた微細加工技術である走査プローブリソグラフィー技術とその応用に関し述べられている。主として走査プローブリソグラフィー技術の再現性,信頼性,および汎用性向上を目的とし,走査プローブリソグラフィー装置の開発,走査プローブリソグラフィー技術の基本特性の評価とパターン形成機構の提案,および,それを用いた微細構造の作製について示されている。本論文は10章よりなる。

 第一章は序論であり,現在使用されているリソグラフィーの特徴と,従来のリソグラフィーと比較した走査プローブリソグラフィーの特徴および問題点について述べられている。

 第二章では,走査プローブリソグラフィーの信頼性,再現性の向上を目的として開発された定電流照射線量制御法と,この方法で作製したレジストパターンを用いて評価した走査プローブリソグラフィーの基本特性について述べられている。定電流照射線量制御法を用いると,従来の定電圧照射線量制御法を用いたときと比べ,パターン線幅が均一なラインアンドスペースパターンが再現性良く作製できることが示され,この原因について考察されている。また,走査プローブリソグラフィーの基本的な特性として,(1)レジスト内での電子の主な伝導機構は電界放出であるが,複数のメカニズムによる伝導が生じている可能性が高いこと,(2)レジスト膜厚が15nmの時,最小で線幅25nmのラインアンドスペースレジストパターンが作製できるが,最小加工線幅はレジスト膜厚に依存すること,(3)電子線リソグラフィーで問題となる近接効果はほとんど生じないためパターン設計が容易であること,等が示されている。

 第三章では,走査プローブリソグラフィーの信頼性,再現性の向上を目的として開発された定電流-定電圧複合照射線量制御法について述べられている。ドットアレーのような孤立パターンは従来の定電圧照射線量制御法や第二章に記述された定電流照射線量制御法では作製が困難である原因,ドットアレーパターン作製のため新たに提案した定電流-定電圧複合照射線量制御法の有効性,および,定電流-定電圧複合照射線量制御法とラスター走査描画方式との組合せによる任意形状のパターン描画法について述べられており,この方法を用い,60nmの解像度で様々な形状のレジストパターンが作製可能であることが示されている。

 第四章では,走査プローブリソグラフィーでレジストをパターニングする際のレジスト内の潜像形成機構について述べられている。レジストの材料であるべース樹脂と感光剤に,別々に走査プローブリソグラフィーで照射,生成したパターンを観察することにより,(1)走査プローブリソグラフィーではべース樹脂単体でネガ型レジストとして働くこと,(2)一般的なノボラック系の2成分系ポジ型レジストが走査プローブリソグラフィーではポジ型レジストとして働かない理由は,電流照射によるべース樹脂の不溶化が感光剤との反応より低照射線量で起きるためであること,が示されている。さらにレジストパターンの断面形状の照射線量依存性から,走査プローブリソグラフィーにおけるレジストパターン形成機構について提案している。

 第五章では,走査プローブリソグラフィーを汎用性の高いリソグラフィー技術とするために開発された,高アスペクト比レジストパターン作成プロセスである多層レジストプロセス,レジストパターン間隙間利用法,および,それらを使用した金属パターンの作製ついて述べられている。多層レジストプロセスでは,3層レジスト法により,膜厚340nm,線幅50nmのラインアンドスペースレジストパターンが,レジストパターン間隙間利用法では,単層レジストプロセスでも膜厚50nmのレジスト膜に最小で幅約15nmのスペースパターンが,さらに,これらと電解メッキ法を組み合わせれば,高密度磁気ドットアレーが作製できることが示されている。

 第六章では,描画速度の高速化を目的とし,1本の探針だけで描画する走査プローブリソグラフィーでの描画速度の限界について述べられている。描画速度を毎秒25cmにしてもパターンは描画できるが,高速で描画すると探針の摩耗が激しく,描画速度は探針の耐久性により制限を受けることが示されている。

 第七章では,描画速度の高速化のための多探針描画技術を念頭に入れた,探針の垂直方向を固定した描画について述べられている。探針の垂直方向の位置を固定しても,描画するために電圧を印加すると,探針-基板間にクーロン力が働き,探針のカンチレバー部が曲がり,探針が試料表面に接触して描画できることが示されている。さらに,垂直方向無制御で複数の探針を一度に使用して描画を行うことにより,マルチチップ描画実用化への可能性が示されている。

 第八章では,実質的な描画速度の高速化を目的とした,光リソグラフィーと走査プローブリソグラフィーとの複合プロセスについて述べられている。この方法を用い,ミリメートルオーダのコンタクトパッドのついた100nmレベルの微細な電気伝導度測定用四端子電極を容易に作製できることが示されている。

 第九章では,信頼性,再現性の向上を目的とした探針の高寿命化について述べられている。様々な導電性材料をコートした探針を用いて行った描画実験より,窒化チタンがコート材料に適していることが示されている。また,新規の長寿命走査プローブリソグラフィー用探針として鉛筆型探針について提案している。

 第十章は,以上の記述をまとめ,走査プローブリソグラフィーが100nm以下の微細構造が作製できる研究用微細加工技術として有用な手段であることが述べられている。

 以上をまとめると,本論文は高再現性,高信頼性,および高汎用性をもった走査プローブリソグラフィー装置を開発し,その基本特性やパターン形成機構について考察するとともに,それを用いて高密度磁気ドットアレーや電気伝導度測定用微細四端子電極等の微細構造を作製することにより,その有用性を実証したものである。これらの業績は,ナノテクノロジー研究者に100nm以下の微細構造が容易に作製できる研究用微細加工技術を提供するだけではなく,樹脂の電流照射による化学反応に関する学術研究にも寄与するものと評価できる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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