学位論文要旨



No 215561
著者(漢字) 松野,英寿
著者(英字)
著者(カナ) マツノ,ヒデトシ
標題(和) 真空およびスラグを利用した取鍋精錬法による鋼の高純度化、高清浄化に関する研究
標題(洋)
報告番号 215561
報告番号 乙15561
学位授与日 2003.02.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15561号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 助教授 森田,一樹
 東京大学 助教授 霜垣,幸浩
 東京大学 助教授 岡部,徹
内容要旨 要旨を表示する

 鉄鋼材料は使用用途の拡大に伴い、材料特性の高特性化、安定化の要求が年々高まり、鋼中不純物元素の低減が急務となっている。炭素、窒素、硫黄、酸素等が代表的な元素であり、真空およびスラグを用いて精錬を行なう取鍋精錬法で、これらの元素を安定的に低減する技術が望まれている。

 大量真空処理に適したRH脱ガス炉における脱炭反応の研究は、従来から高速処理を目的として行なわれてきたが、反応サイトの定量化等の反応機構については未だ不明確な点も多い。極低炭素化の促進には、反応速度の向上が重要であり、実操業で仕様の異なるRH装置の脱炭反応容量係数を、環流ガス流量、溶鋼中炭素濃度等の関数でモデル化して、包括的に定量化した。モデルにより予測した炭素濃度値と溶鋼から直接分析した炭素濃度値との比較を図1に示す。異なるRH装置においても、精度良く炭素濃度を予測でき、極低炭素鋼の安定溶製を可能とした。また、真空槽内へのArガス吹込み法により、脱炭容量係数は増大して極低炭素化が促進することも確認した。真空槽内の溶鋼表面の乱れが大きくなり、反応界面積の増加による効果と考えられた。

 また、耐火物を通して溶鋼に侵入する空気を低減する吸窒素防止浸漬管を作成して実操業で試験を行ない、吸窒素量を半減する効果があることを確認し、RH脱ガス処理中の極低窒素化溶製方法を可能とした。

 一方、真空精錬とスラグ精錬を合体させて、RH脱ガス炉へ脱硫機能を付加する検討を行なった。溶鋼へ与える攪拌力の大きい真空槽内への脱硫剤添加法を適用し、小型のRH実験装置を用いて、環流時の脱硫反応について脱硫機構を検討した。真空槽内での脱硫反応サイトを考慮するモデルにより脱硫挙動を定量化した。反応容量係数と環流サイクルが脱硫反応速度へ及ぼす影響を図2に示す。現状のRHプロセスにおいて、真空槽内ヘブラックスを添加して脱硫する場合は、反応容量係数が小さく、物質移動律速の領域であることを明らかにした。真空槽内への粉体インジェクションは、脱硫反応速度を向上するのに有効な方法であり、反応容量係数が増加し環流と物質移動との混合律速領域となるため、環流量増加も効果があることがわかった。

 一方、酸化物系介在物が少ない清浄な鋼を製造するためには、取鍋内で介在物を効率的に除去する必要があるため、真空処理と溶鋼中へのガスの溶解度を積極的に利用した脱酸方法を検討した。ガス吹き込みで溶鋼を攪拌するだけでなく、溶鋼に大量に溶解するガスをあらかじめ添加し、溶鋼の周囲の雰囲気を急速に減圧することで、過飽和となったガス気泡が介在物を核として溶鋼内部から生成させる方法を考案した。窒素を用いた小型実験により、この方法は脱酸速度増大に効果があることを確認し、その効果を定量化して実操業試験に適用を検討した。減圧時に過飽和で生成するガス気泡は、吹き込みガス気泡より微細であること、および生成ガスによる溶鋼攪拌が増加するため、窒素ガスを利用することは脱酸促進へ効果があると考えられた。また、実操業のRHプロセスにおいても、小型実験結果と同様に脱酸促進に効果があることを確認した。本プロセスにより溶製した場合と通常の方法で溶製した場合の、実操業で製造した鋼中の介在物粒径分布の比較を図3に示す。窒素を添加した場合の方が3μ以上の介在物の個数が減少し、特に材料特性に及ぼす影響の大きいと考えられる、10μm以上の大きな介在物の個数が大幅に減少した。

 さらに、介在物総量の低減ばかりでなく、スラグ精錬を利用した介在物の形態制御の課題を取り上げ、高炭素の極低酸素鋼を製造する場合に問題となる介在物の組成を調査し、アルミキルド鋼でのMgO系介在物の生成機構を解明した。耐火物およびスラグ中のMgOが溶鋼中のAl,Cにより還元される可能性があり、MgOの解離によりMgが生成し、MgO系介在物が生成すると考えられた。また、MgO系介在物の組成は、熱力学的相平衡からの予想と一致することも確認した。

 また、炭素鋼以外にも、電子材料の一つである高Ni濃度を含有した鋼中に生成する介在物組成を、スラグ脱酸を用いて熱力学的に検討し、介在物組成に及ぼすNi濃度とスラグ組成の関係を定量化し、目標の介在物組成を得るための最適なスラグ組成を明らかとした。

 本研究で得られた小型の実験結果および実機試験の結果の知見を基に、実操業での操業指針、工業的発展性について言及し、新しい高純度化精錬の目指すべき取鍋精錬プロセスの展望を述べるとともに、さらなる高清浄化の目標を定量的に提案した。

図1 溶鋼中炭素濃度の分析値と計算値との比較

図2 脱硫反応速度Ksに及ぼす反応容量係数akと環流サイクルQ/Wの関係

図3 介在物の個数と粒径の関係

審査要旨 要旨を表示する

 鉄鋼材料の高性能化の要求とともに、鋼中の炭素、窒素、硫黄、酸素などの不純物元素を除去した高清浄鋼を安定して製造する技術が望まれている。大量の鋼を安価に安定して精錬する方法として、従来から真空取鍋精錬法や溶融酸化物を主成分とするスラグに不純物を吸収・除去する精錬方法が行われてきたが、さらに不純物を低減することのできるプロセスの開発が必要となっている。本研究では、真空取鍋精錬法およびスラグによる精錬法に基づいて新たな方法を開発し、効率的な不純物の除去方法、不純物の形態制御方法の精錬特性を定量的に評価し、本方法を工業的に展開する条件を明らかにしている。

 論文は7章からなる。

 第1章は緒言であり、鋼の高純度化、高清浄化の研究の背景、既往の研究について説明し、本研究の目的について述べている。

 第2章では、代表的な真空取鍋精錬プロセスであるRH(Ruhlstahl-Heraeus杜)プロセスにおける極低炭素化、低窒素化の促進のための新しい方法について、実機RHプロセスによる操業実験により検討した結果を示した。脱炭反応モデルを構築し、精錬反応速度の尺度である反応容量係数により実験結果を定量化し、反応容量係数を増加する方法を提案した。炭素の除去については、真空槽内へのアルゴンガスの吹き込みにより反応容量係数は大きくなり、より短時間で炭素除去促進の効果がある結果を得ている。窒素の低減については、アルゴンガスシールによる雰囲気からの窒素の吸収を防止する方法を開発した。RHプロセスによる精錬処理中の溶鋼への窒素吸収速度が半減し、0.0008mass%N以下の極低窒素鋼の製造が可能となった。

 第3章では、RHプロセスにおいてスラグ精錬による脱硫処理の小型装置実験および実機による実験を行い、脱硫反応を解析し、鋼の極低硫化について検討した結果を示した。真空槽内で脱硫反応サイトを考慮したモデルを構築し、実験による脱硫挙動を定量的に説明している。真空槽内へCao-CaF2系脱硫フラックスを吹き込むことにより脱硫反応速度が大きくなり、また溶鋼の環流量が増加する効果のあることを明らかにした。真空槽内での全脱硫反応に対する、真空槽内溶鋼への脱硫フラックス吹き込みによる脱硫反応の寄与は約70%であり、実機RHプロセスで0.002mass%S以下の鋼を安定して製造することが可能になったと報告している。

 第4章では、溶鋼中に含まれる不純物である酸素を介在物として除去するために、新しく考案した処理法をRHプロセスに適用した結果について述べている。溶鋼に窒素ガスをあらかじめ溶解し急速に減圧することで、溶鋼内部に微細な気泡を生成させ、溶鋼の攪拌を促進して、溶鋼中に懸濁する脱酸生成物である介在物を除去する方法である。溶鋼からの脱酸モデルを構築し、脱酸速度を定量化して脱酸条件を明らかにし、小型および実機RHプロセスに適用した。その結果、脱酸速度が大きくなり、軸受鋼に適用した場合、酸素濃度は通常の処理に比べて約1割減少し、0.00061mass%Oの鋼が得られた。

 第5章では、鋼中の介在物の総量を減らすだけでなく、材質に影響を及ぼす介在物の形態をスラグにより制御する方法を検討した結果を示した。高炭素アルミキルド鋼中に存在するMgO系介在物の生成機構を実験により検討し、スラグおよび耐火物中のMgOが還元され溶鋼に溶解した後、溶鋼に懸濁するAl2O3と反応してMgO・Al2O3を生成する機構を明らかにした。また高Ni含有鋼をスラグにより精錬した場合の介在物の形態制御法について述べている。

 第6章では、第2章から第5章で得られた実験結果、知見に基づいて、実操業での応用・展開をまとめて示し、今後、工業的に鉄鋼精錬プロセスの目指すべき方向性について考察している。将来の鋼中炭素、窒素、硫黄、酸素の到達可能な濃度について、第2章から第5章で提案した反応モデルに基づいて検討を行い、現状の生産プロセスからの改善効果の予測を行っている。その結果から鋼の高純度化プロセスの今後の方向について定量的に考察し、真空精錬法とスラグ精錬法を組み合わせた溶鋼処理プロセスの発展が必要であることを提案している。

 第7章は本研究の総括である。

 以上のように、鉄鋼製錬プロセスにおいて、高清浄鋼製造のため炭素、窒素、硫黄、酸素などの不純物の低減を念頭におき、真空およびスラグを用いた新しい精錬プロセスを提案した。反応プロセスのモデル化により得られた結果を実機プロセスに適用して試験操業を行い、鋼中不純物を低減できることを示しており、本研究の成果は実際の鉄鋼製造プロセスに適用されている。本論文では高清浄鋼の新しい製造プロセスの提案を行い、不純物の極めて少ない高清浄鋼を安定して製造できるという重要な結果を得ており、本研究の成果は鉄鋼プロセス工学への寄与が大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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