学位論文要旨



No 215564
著者(漢字) 生嶋,秀人
著者(英字)
著者(カナ) イクシマ,ヒデト
標題(和) CD26分子を介したT細胞の共刺激機構へのマンノース6リン酸/インスリン様成長因子II受容体の関与の検討
標題(洋)
報告番号 215564
報告番号 乙15564
学位授与日 2003.02.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15564号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 助教授 金井,芳之
 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 松島,綱治
内容要旨 要旨を表示する

 【序論】

 CD26は最初T細胞表面抗原として報告され、その後、活性化されたT細胞に強く誘導されることからT細胞活性化抗原として確立された分子である。CD26は約110kDの糖タンパク質であり、その細胞内領域のアミノ酸残基は6残基のみでそのほとんどを細胞外領域が占める。CD26の細胞外領域は、アデノシンデアミナーゼやフィブロネクチン、コラーゲンと結合すること、またC末端に近い領域はジペプチジルペプチダーゼIV活性をすることが知られている。CD26分子の重要な機能として共刺激シグナル分子としての役割があり、CD26とCD3を固相化したモノクローナル抗体を用いて架橋すると、T細胞の増殖やインターロイキン2(IL-2)の産生を誘導する。

 CD26は抗体によって架橋されるとインターナリゼーションされて細胞表面における発現が減少する。CD26がインターナリゼーションされた細胞は、CD3ζやp56lckなどのシグナル伝達分子のチロシンリン酸化が増強されており、抗CD3抗体や抗CD2抗体の刺激に対する反応性も増強されていることから、インターナリゼーションは CD26を介するT細胞の共刺激に重要な役割を果たしている可能性が考えられるが、両者のメカニズムには不明の点が多い。

 【研究目的】

 CD26はその細胞内領域が6アミノ酸残基しかなく、CD26のシグナル伝達やインターナリゼーションにはCD26の細胞外領域と会合する分子が重要な役割を果たしている可能性が考えられるが、このような分子については明らかになっていない。本研究においては、新たなCD26結合タンパク質の同定によって、CD26の多彩な機能やCD26を介した共刺激のメカニズムを明らかにする手がかりを得ることを目的とした。

 【研究方法】

 CD26結合タンパク質の免疫沈隆:細胞表面タンパク質をビオチン化により標識した細胞に、CD26の細胞外領域部分(可溶性CD26、sCD26)を結合させた。細胞を可溶化して抗CD26抗体を用いてsCD26とCD26結合タンパク質の複合体を免疫沈降し、電気泳動、PVDF膜への転写の後、ストレプトアビジンを用いてビオチン化タンパク質を検出した。

 CD26結合タンパク質の精製及びアミノ酸配列の解析:免疫沈降の場合と同様に細胞にsCD26を結合させた細胞から細胞膜画分を調製した。細胞膜画分を可溶化した後にsCD26とCD26結合タンパク質の複合体を免疫沈降した。電気泳動を行ってCD26結合タンパク質のバンドを切り出し、トリプシン分解の後、アミノ酸配列を決定した。

 ファーウェスタンブロットによるCD26とマンノース6リン酸/インスリン様成長因子II受容体(M6P/IGFIIR)の結合の解析:CD26を電気泳動してPVDF膜に転写し、ウシ胎児血清から精製したM6P/IGFIIRを結合させた。結合したM6P/IGFIIRはウサギ抗M6P/IGFIIR抗体及び抗ウサギIgG抗体を用いて検出した。

 抗CD26抗体を用いた架橋によるCD26の発現分布の変化およびインターナリゼーション:末梢血T細胞を抗CD26抗体とインキュベーションしてCD26を架橋し、インターナリゼーションさせた。CD26とM6P/IGFIIRの発現分布の変化は免疫蛍光染色によって、CD26のインターナリゼーションはフローサイトメトリーによって検討した。

 抗CD26抗体によるT細胞の共刺激及び細胞の増殖の測定:末梢血T細胞を抗CD3抗体及び抗CD26抗体を接着させた96ウェルプレート上で培養して共刺激した。細胞の増殖は[3H]-チミジンの取り込みを測定することによって定量した。

 【結果】

 CD26結合タンパク質の検索及び同定:sCD26の細胞への結合をフローサイトメトリーにより検討した結果、ヒト細胞株であるK562細胞にsCD26が結合することを見いだした。CD26結合タンパク質を精製し、部分アミノ酸配列を決定したところ、得られた配列はマンノース6リン酸/インスリン様成長因子II受容体(M6P/IGFIIR)の配列と完全に一致した。さらにウサギ抗M6P/IGFIIR抗体を用いたウェスタンブロットによってもCD26結合タンパク質がM6P/IGFIIRであることが確認された。

 CD26とM6P/IGFIIRの結合に対するCD26の糖鎖中のM6P残基の必要性の検討:sCD26と抗CD26抗体を用いた免疫沈降の実験系で、マンノース6リン酸(M6P)の添加によりCD26とM6P/IGFIIRの結合が阻害された。さらにsCD26をグリコシダーゼやホスファターゼによって処理し、M6P/IGFIIRとの結合をファーウェスタンブロットで検討したところ結合の消失が観察された。これらの結果からCD26とM6P/IGFIIRの結合はCD26に付加された糖鎖中のM6P残基を介した結合であると考えられた。

 CD26とM6P/IGFIIRの結合の生理的意義の検討:T細胞に発現しているCD26のM6P残基の有無をM6P/IGFIIRを用いたファーウェスタンブロットにより検討したところ、無刺激のT細胞に発現しているCD26にはM6P残基は検出されなかったが、活性化T細胞のCD26にはM6P残基が検出された。さらに免疫染色によりT細胞のCD26とM6P/IGFIIRの発現分布を検討したところ、静止期のT細胞膜上にはM6P/IGFIIRの発現はほとんど認められなかったが、 CD26を架橋した細胞ではCD26に重なってM6P/IGFIIRの発現が認められ、架橋によってCD26とM6P/IGFIIRの会合が誘導される可能性が示唆された。さらにCD26の共刺激により増殖させたT細胞はM6Pによる増殖の阻害が認められ、CD26とM6P/IGFIIRの結合がCD26によるT細胞の共刺激において重要な役割を果たしていることが示唆された。また、フローサイトメーターを用いて、架橋によるCD26のインターナリゼーションが、M6Pの添加によって阻害されることを確認した。

 【考察と今後の展望】今回CD26の結合タンパク質として同定されたM6P/IGFIIRは、CD26の架橋によってT細胞上でコローカリゼーションすることが免疫染色によって確認された。また、CD26の共刺激によるT細胞の増殖が、M6Pの添加によって阻害され、CD26とM6P/IGFIIRの結合がCD26によるT細胞の共刺激に何らかの役割を果たしていることが示唆された。一方、M6Pによる細胞増殖の阻害は部分的なものであったことから、M6P/IGFIIRに依存しないCD26の共刺激シグナルの伝達様式も存在するものと推定される。M6P/IGFIIRは細胞内輸送に関与するタンパク質であることから、M6P/IGFIIRはCD26の細胞内輸送を通じて共刺激シグナルの伝達に関与している可能性が考えられる。最近になってCD26は架橋されることによってラフトに濃縮されること,またラフトの構造がCD26を介する共刺激に必須であることが報告された。CD26のラフトヘの濃縮をM6P/IGFIIRが仲介する可能性や、M6P/IGFIIRがラフト内でCD26と第三の分子の相互作用を仲介する可能性などが推測され、これらは今後の検討課題である。CD26を架橋したT細胞にM6Pを加えることにより、細胞の増殖とCD26のインターナリゼーションの両方が阻害されたことから、両者の間に密接な関係があると推測された。インターナリゼーションが共刺激に重要な役割を果たしているとすれば、インターナリゼーションされることによってCD26が共刺激シグナルの伝達に重要な分子と結合する可能性が考えられる。共刺激シグナルの伝達の際に、インターナリゼーションを含めてCD26の細胞内分布がどのように変化するか、また、それに伴ってCD26がどのような分子と相互作用するかについての詳細な解析は、CD26分子の機能をさらに明らかにするばかりでなく、共刺激分子がT細胞のシグナル伝達に関与する新しいメカニズムの知見を得ることにつながると考えられる。

 【結論】本研究において、CD26に結合するタンパク質としてマンノース6リン酸/インスリン様成長因子II受容体(M6P/IGFIIR)を見出した。M6P/IGFIIRはCD26に付加された糖鎖中のM6P残基を介して結合すると考えられた。T細胞においては、活性化された細胞中のCD26でM6P残基が増加すること、またCD26の架橋によってM6P/IGFIIRがCD26とコローカリゼーションすることを確認し、CD26とM6P/IGFIIRが会合していることが示唆された。さらに、CD26を介した共刺激によって誘導されるT細胞の増殖がM6Pによって阻害されたことからM6P/IGFIIRがCD26を介したT細胞の共刺激に重要な役割を果たしていることが示唆された。M6P/IGFIIRは細胞内輸送に関与する分子であることから、M6P/IGFIIRがCD26の細胞内輸送を通じてCD26によるT細胞の共刺激に関与している可能性が推測された。架橋によって誘導されるCD26のインターナリゼーションが遊離M6Pの添加によって阻害され、インターナリゼーションがCD26を介した共刺激に重要な役割を果たしている可能性が考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、T細胞の活性化に重要な役割を演じていると考えられるT細胞表面抗原であるCD26について、その多彩な機能やT細胞の共刺激のメカニズムを明らかにするため、新たなCD26結合タンパク質の同定とその機能の検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.CD26の細胞外領域部分を可溶性タンパク質とした可溶性CD26(sCD26)の各種細胞に対する結合を検討し、ヒト細胞株であるK562細胞に対する結合を見いだした。K562細胞からCD26結合タンパク質を精製し、部分アミノ酸配列を検討したところ、ヒトのマンノース6リン酸/インスリン様成長因子II受容体(M6P/IGFIIR)の配列と一致することが示された。さらにウサギ抗M6P/IGFIIR抗体を用いたウェスタンブロットによってもCD26結合タンパク質がM6P/IGFIIRであることが示された。

 2.CD26とM6P/IGFIIRの結合はマンノース6リン酸(M6P)の添加により阻害されることが示された。さらに、sCD26をグリコシダーゼやホスファターゼによって処理し、M6P/IGFIIRとの結合をファーウェスタンブロットで検討して結合の消失が確認され、CD26とM6P/IGFIIRの結合はCD26に付加された糖鎖中のM6P残基を介した結合であると考えられた。

 3.T細胞に発現しているCD26のM6P残基の有無をM6P/IGFIIRを用いたファーウェスタンブロットにより検討し、無刺激のT細胞に発現しているCD26にはM6P残基は検出されないが、活性化T細胞のCD26にはM6P残基が検出されることが示された。

 4.免疫染色によりT細胞のCD26とM6P/IGFIIRの発現分布を検討し、CD26を架橋した細胞ではCD26に重なってM6P/IGFIIRの発現が認められることを確認し、架橋によってCD26とM6P/IGFIIRの会合が誘導される可能性が示された。

 5.CD26の共刺激により増殖させたT細胞は、M6Pによる増殖の阻害が認められ、CD26とM6P/IGFIIRの結合がCD26によるT細胞の共刺激において重要な役割を果たしていると考えられた。

 6.フローサイトメーターを用いて、架橋によるCD26のインターナリゼーションが、M6Pの添加によって阻害されることが示された。

 以上、本論文は、CD26に結合し、CD26を介したT細胞の共刺激シグナルの伝達に重要な役割を果たす可能性のある分子として、M6P/IGFIIRを見出した。本研究はこれまで未知に等しかった、CD26を介したT細胞の共刺激シグナル伝達機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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