学位論文要旨



No 215565
著者(漢字) 奥,真也
著者(英字)
著者(カナ) オク,シンヤ
標題(和) FDG-PETの直腸癌への臨床応用 : 半定量手法の標準化と予後の予測指標としての評価
標題(洋)
報告番号 215565
報告番号 乙15565
学位授与日 2003.02.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15565号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 助教授 細井,義夫
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 助教授 小野木,雄三
 東京大学 助教授 阿部,裕輔
内容要旨 要旨を表示する

 近年、直腸癌の発生数は増加の一途をたどっており、その原因は主に日本人の生活パターンおよび食生活の欧米化であると考えられている。直腸癌の根治治療は主に外科的手術であるが、補助放射線治療および化学療法が広く行われている。

 再発転移の予測因子として確立されているものは多くない。術前放射線治療を施行する場合、経過中に腫瘍の生理学的振舞いに変化が生ずるため、治療による効果を解剖学的画像で判定することは難しい。

 一方、fluoro-18-deoxgyclucose positron emission tomography(FDG-PET)は、糖代謝率を直接測定でき、広く用いられている。

 絶対値定量法は、患者と術者の両方に負担を強いる動静脈採血あるいは長時間撮影が必要である。

 生理学的な直接の意味を有しない「半定量法」であるstandardized uptake value(SUV)の算出では、静注後撮影開始時刻、体重補正法、関心領域設定等の条件を一定にする必要があるにも拘らず、様々な方法で行われている。

 比較的侵襲の少ないSUV算出の手法が確立すれば、検査の効率を犠牲にせずに定量性を確保することができる。

 第一部では、低侵襲的で絶対値定量と同等の意義を有するSUVについて、絶対値定量との相関性を確認し、FDG静注後の計測のタイミングおよび関心領域の設定法の標準化を行い、また、SUVの体重補正法を比較検討した。第二部では、SUVの臨床応用として、術前放射線照射施行直腸癌の手術例について、予後予測の指標としての有用性を評価した。

第一部

半定量法SUVの標準化

目的

 腫瘍性疾患のSUV評価を行う際に必要となる諸条件、静注後の撮影開始時刻、関心領域(region of interest、ROI)の設定法および体重補正法等の標準化を目指す。

 ROIの設定法3法、静注後撮影開始時刻6種、および体重補正3種について、絶対値定量との相関および算出値の安定性について調べた。

対象と方法

 下部直腸領域直腸癌の40例(男性27、女性13例、年齢40-77歳、平均60.0歳、中央値63.0歳)を対象とした。全ての患者について、書面によるinformed consentを取得した。病変の病理学的診断は36例でadenocarcinomaであり、内29例がwell differentiated、6例がmoderately differentiated、1例がpoorly differentiatedであった。また、2例がmucinous、2例がunknownとされた。

 根治術前の術前放射線療法の前後に計2回のFDG-PETを施行した。

 333ないし444 MBqのFDGを肘静脈から注射した。静注直後から36分間のdynamic acquisitionを胸部について施行し、引き続いて20分間(5分× 4 frames)の腫瘍部のdynamic acquisitionと静注後60分の時点から6分間のstatic撮影を行った。

 二つ目のdynamic acquisition中の5点とstatic画像より、各ROIについて糖利用率定数およびSUVを算出した

画像再構成は128 × 128マトリクスで、Hanning フィルターのカットオフ周波数を0.3、filtered backprojection algorithmを用いた。腫瘍、大臀筋、総腸骨動脈、および膀胱部に対してROIを設定した。

 ROIは腫瘍部内でつピーク部の30%以上50%以下の値を示す領域に2 mm × 2 mm の矩形ROIを2-8個合算したもの(ROI1)、同4mm × 4mm ROI(ROI2)および腫瘍部あるいは各臓器に画素数44ないし99の範囲で成る不斉形ROI(ROI3)の3種を作成した。

 5名の術者が作成した計100個のROIの半定量値について変動係数(coefficient of variance、CV)を調べた。

 以下に示すSUV-bwおよび理想体重(ibw)とlean body mass(lbm)に基づいたSUV-ibwとSUV-lbmを算出した。

 SUV-bw = decay corrected PET value/ (injected dose / body weight)

 分布に正規性のある場合はPearsonの相関係数検定、それ以外はSpearmanの順位和検定を用いた。ROI設定のばらつきの評価にCVを比較した。

結果

 体重とSUV-bw、SUV-ibwおよびSUV-lbmとの間の相関係数はいずれも統計学的に有意ではなかった。

 t = 63を固定すると、ROI3でCVは最大となり、ROI1で最小になったが、ROI2で差はなかった(6.87%、7.27%および8.62%)。

 ROIの形状によらずt = 42ではt = 63に比して相関は低かったが統計学的有意は保たれていた。

考察

 FDG-PETが普及するにつれ、煩雑な絶対値算出には問題が指摘される傾向にあった。一方、SUVには、良悪性鑑別あるいは初期治療効果に用いる報告があり、指標として有用性があると考えられた。

 本研究は体重が多い被検者を含まず、SUV-bwがSUV-lbmよりも優れているという結論は導けなかったが、少なくともSUV-lbmが勝っているということを示す結果ではなかった。SUV-lbmの妥当性に関して更に検討が必要である。

 ROI1がピークカウント付近を避けて設定できること、術者間の再現性が高いことによって用手的な方法の中では優れていた。

 SUVのsusceptibilityがSUVの概念自体に内在する問題ではなく、一定の条件のもとでは十分な意味がある可能性が明らかとなった。

 静注後60分のSUVの妥当性が示された。

結論

 SUV-lbmとSUV-bwとは体重とは無相関であり、優劣はなかった。ただし、一般的な広い体重範囲に対応できるSUV-lbmが標準的方法として妥当である可能性がある。

 静注後の撮影時間については、60分後近辺が適当と考えられた。

 ROI1が最も安定していたが、ROI2も使用に耐える安定性を示した。

第二部

直腸癌の予後予測の指標としてのFDG-PETのSUVの評価

目的

 半定量評価を行う際の諸条件を踏まえた上で、腫瘍性疾患においてFDG-PETを長期予後の予測因子として検討する。

対象と方法

第一部と同じ40例を対象とした。

 前後対向二門全骨盤照射全50 Gyの術前放射線照射を施行した。全例で放射線照射後に直腸癌切除術を施行した。分化度、脈管浸潤、リンパ管浸潤、顕微鏡的残存およびリンパ節転移を調べた。

 全例で術前放射線治療の直前と3-5週間後の2回の検査を施行した。方法は第一部と同一である。

 放射線照射前後のSUV-bwを算出し、SUV-bw1、SUV-bw2とした。

 等分散の場合、対応のないStudentのt検定、等分散でない場合はWelchのt検定を用いた。P < 0.05を統計学的に有意とみなした。

 SUV-bw1、SUV-bw2およびSUV-bw2 / SUV-bw1を検討した。感度、特異度、尤度比および正診率をSUV-bwの閾値を変えて調べ、また、SUV-bwの判定閾値の決定について、receiver-operator-characteristics(ROC)解析を行った。

結果

 予後観察期間の平均値は3.33年(1.38ないし5.88年)であった。40例のうち、4例で局所再発を認め、13例で遠隔転移を認めた。

 SUV-bw1、SUV-bw2、SUV-bw2 / SUV-bw1のいずれにもどの組織型間でも統計学的有意差はなかった。SUV-bw1およびSUV-bw2は有意差を示さなかった。

 SUV-bw2は再発のある群と再発のない群の間に統計学的な有意差を認めた(P = 0.0466)。他方、SUV-bw1およびSUV-bw2 / SUV-bw1比は再発あり・なし群間で統計学的な有意差を認めなかった(P = 0.599およびP = 0.287)。

 SUV-bw2についてROC解析を施行し、再発群と再発なし群を峻別する閾値は、3.11から3.16の間にあるものと考えられた。閾値2.8から3.5について陽性尤度比と正診率を評価し、閾値3.2でこれらが最大になった(1.60および62.5%)。

考察

 以上の結果は、SUV-bw2が良好な予後予測の指標であることを示している。

 高いSUV-bw2値は、高いSUV-bw1値と引き続くSUV-bw変化(SUV-bw2 / SUV-bw1に相当)の組み合わせと見ることもできる。

 直観的には、SUV-bw1あるいはSUV-bw2 / SUV-bw1がより予後に相関しそうである。前者は未治療の状態の腫瘍の活性を直接に反映する指標であり、また、後者は補助化学治療の効果を数値化したものであるからである。しかし、本研究の結果は、SUV-bw2が再発率とよく相関し、SUV-bw2が高い症例については、再発の高リスク群として慎重に経過観察するべきであることを示しているSUV-bw2 = 3.2が再発・転移の高リスク群と低リスク群をよく峻別することがわかる。高いSUV-bw2が以下の二つの意味を有する。すなわち、(1)SUV-bw1、照射前のSUV-bwが高い、(2)SUV-bwが治療によって減少しない、である。これらの二項に対応するSUV-bw1もSUV-bw2 / SUV-bw1も再発率に有意に相関しない。SUV-bw2が、上記の二つの意味を適切に反映するよき予後の指標である可能性が示唆された。

結論

 放射線照射後のSUV-bw2によって直腸癌の長期予後の予測が可能である可能性が示唆された。

 SUV-bw2が3.2以上の患者群については、高リスク群として経過観察をするプロトコールに有用性がある可能性があると考えられた。

総合考察

 半定量法の至適撮影条件および算出条件を明らかにできた。

 半定量法の臨床応用における議論が重要視されていなかった点を変革させうる的土台を提唱できたことは有用である。

 後半では、直腸癌におけるSUVの有用性を、長期間の経過観察との関連において調べた。

 本研究の範囲では、術前照射後のSUVによる予後の判定が有用であると断じられない。しかし、照射後の糖代謝が重要である、というのは重大な示唆であり、今後、直腸癌以外の腫瘍についても同様に、術前補助療法後のSUVを検討し、この性質を更に明らかにできることを期待する。

まとめ

 FDG-PETの直腸癌への臨床応用について検討した。

 半定量法standardized uptake valueについて、関心領域、腫瘍集積時間および体重補正法に関する至適な条件を検討した。

 直腸癌の根治手術に際して術前放射線治療を施行する場合、放射線治療後のFDG-PETにおけるSUVを用いた判定が、長期予後の予測因子として有用である可能性があると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はfluoro-18-deoxgyclucose positron emission tomography(FDG-PET)の定量法特に、standardized uptake value(SUV)による半定量法について、絶対値定量との相関性を厳密に議論し、FDG静注後の計測のタイミング、関心領域の設定法および体重補正法についての標準化を行い、また、その臨床応用として、術前放射線照射施行直腸癌の手術例について、予後予測の指標としての有用性を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1. 体重と各種の体重補正法によって補正されたSUV値との相関係数はずれも統計学的に有意ではなく、体重によって補正したSUV-bwが、脂肪を除く体重成分を反映するlean body massによって補正したSUV-lbmよりも優れているという関係は証明されず、SUV-lbmの妥当性については更に検討が必要であるが、本研究が体重の多い被検者を含まないことから、SUV-lbmに優位性がある可能性はあることが示唆された。

2. FDG静注後63分における定量値が、それ以外の時刻のものよりも絶対値定量との相関性が高かった。

3. 関心領域の設定については、当該部位におけるピークの集積から30%を示す領域内に小矩形関心領域を2-8個設定して、その和を定量に用いる関心領域とすると最も安定した定量性を示した。ピークカウント付近を避けて設定できること、術者間の再現性が高いことがその理由と考えられた。

4. 以上の1.-3.項より、SUVについて従来指摘されている問題点は、SUVの概念自体に内在する問題ではなく、一定の条件のもとでは十分な意味がある可能性が明らかとなった。

5.体重で補正した放射線照射後のSUV値であるSUV-bw2によって直腸癌の長期予後の予測が可能である可能性が示唆された。放射線照射前のSUV値である、SUV-bw1およびSUV-bw2 / SUV-bw1 比には、直腸癌の長期予後との統計学的に優位な相関がみられなかったが、SUV-bw2と長期予後との間には統計学的に優位な相関がみられた。

6.SUV-bw2についてのROC解析の結果、再発群と再発なし群を峻別する閾値は、3.11から3.16の間にあるものと考えら、また、閾値2.8から3.5について陽性尤度比と正診率を評価することによって、SUV-bw2が3.2以上の患者群については、高リスク群として経過観察をすることに有用性がある可能性があることが示唆された。

 以上、本論文は、腫瘍領域についてのFDG-PETの半定量に関しての基礎的検討を行い、標準的手法の要件を明らかにし、また、直腸癌における長期予後の予測指標としての臨床的有用性を示したものである。本研究は、これまで明らかにされていなかったFDG-PETのSUVによる半定量の有用性と臨床的意義を論じたものであり、腫瘍性疾患の画像診断学および治療学に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51158